9 ちょっと痛いくらい
「レイヤ――!」
アルの悲鳴が背中を揺らす。
正面から向かってくる白い光が、オレの腹ど真ん中に当たった。
何か眩しいし、こういうのって前にもあったような。
あ、あれだ。エルフの森を出たばかりの頃、アルを庇って人族の偽兵士達に撃たれたヤツ。
あれ、痛いとか苦しいとかないんだけど、意識がすーっとなくなっちゃうんだよなぁ。困る。
今回もあんな感じになるのかな。いや、ここで意識を失っちゃ終わりだから、ちょっと気合入れないと。
「ふんっ!」
「レイヤ!?」
がばっと後ろから肩を引かれて、振り向くと心配そうなアルの顔が間近にあった。
「何てことするんだ、お前! 大丈夫なのか!? どこを撃たれた!?」
「どこって……あ、うーん。何か平気っぽい」
「どこか痛くないか? 傷は?」
「傷にはなってなさそう。痛みは――そうだな、せいぜいBB弾が当たったくらいか」
さっき背中を掠めてった光線も、やっぱちょっと痛いくらいのものだ。
「BB弾って何だ?」
「――もう! 2人でいちゃいちゃしてんじゃないわよ! あっ痛っ! ほら、次が来るわよ――セット、全詠唱破棄【地殻盾】」
間断的に飛んでくる光線がむき出しの太腿に当たったらしい。ベヒィマが悲鳴を上げている。だけど、その合間に唱えた呪文が、土を盛り上げ、オレ達とエンジェルの間を遮ってくれた。
「おお、ありがと……天使の虚空の地表も普通の地面とおんなじっぽいな。下から見た時はつるっつるの金属みたいに見えたけど」
「そんなことより、本当にお前大丈夫なのか?」
「あ、うん……全然」
痛みは微々たるものだ。前回、人族にやられたレーザー銃のときも確かにまあ無事ではあったけど、あの時は食らってすぐに気絶してしまった。だけど今回は、あのときのような、くらりとくる感覚もない。
「あっ、もしかしてあれ……人族の武器は、天使の虚空製なのか? こっから技術が流出して――いやでも、そうだとしたら、やっぱりオレは何で平気なんだ。前の時はしばらく寝込んだのに」
「――きゃー! ん、もう! 痛いって言ってるでしょ!」
考え込んでる内に、背後でベヒィマが悲鳴を上げている。
どうやら、隙間からさっきの光線が当たったらしい。けど、やっぱ気絶するような感じじゃない。
「人族の武器は強化されてたから……とか?」
「いや、多分魔力で防御できるんだろう。単純にお前とベヒィマの魔力量が、人族とは段違いなだけだ」
「そうよ。アルセイスが食らったら、あたしみたいにはいかないわよ! さすがに、寝込むまではならないだろうけど」
「やっぱ魔力量か」
自分では全然分かんないけど、どうも魔力は増えてるらしい。
確かに、ぱんつの威力が上がってるな、とは思ってたんだけど。
アルが眉をしかめて呟く。
「無意識にガードしてるんだろうな、その近くに居るだけで酔いそうな魔力で」
「オレの魔力ってそんな、二日酔いのおっさんのアルコール臭みたいに漂ってるの!?」
「訳わかんないこと言ってないで、これからどうすれば良いのか考えてよ!」
ベヒィマに促され、オレ達は顔を合わせてため息をついた。仕方ないので、土壁から顔を出して向こう側をうかがってみる。
「あれ、いない……?」
「まずい、後ろだ!」
アルがオレの腕を引いて叫ぶ。
振り向けば、確かに準備万端のエンジェルがいつの間にやらそちらへ移動していた。
「いつの間に!」
転移の魔術は魔族にしか使えないはずなのに。どんなマジックだ!
考える間もなく、再び向けられたエンジェルの両手の先から、例のレーザー光がオレ達の方に向かってくる。
「んもう――セット、全詠唱破棄【地殻盾】」
「ばか! こんな距離で2度目を使ったら、崩れるだろ」
慌てたアルの声の後に、ぐらりと地面が揺れた。
思わず両足を踏みしめた瞬間、背後からベヒィマの笑い声が聞こえる。
「ふははっあたしを甘く見ないでちょーだい! 腐っても地魔と呼ばれた魔族三将軍なんだからっ――セット、全詠唱破棄【召喚土塊竜】!」
足もとがうねる。バランスを取ろうとふらふらしてたところを、アルに後頭部掴まれて強制的に伏せさせられた。
どしゃりと地面に突いた膝は、柔らかい土に受け止められて全く痛くない。
そうこうしている内に、四つん這いの状態ですら振り飛ばされそうなくらいに地面が動き始めた。
「【飛翔土塊竜】!」
ベヒィマの号令に従って、手足の下で泥が跳ねあがる――いや、浮かび上がる。
「んなっ!?」
気付けばオレは、泥でできたドラゴン――というよりアザラシのような造形の何かの背に乗っていた。泥アザラシは天使の虚空の台地の上を、身体をくねらせながら飛んでいる。
「こ、これは――」
「あんなのいちいち相手してられないわ! ここまで飛べば多分、あの光線は届かない、はず――」
ちらりと背後を見た途端、ベヒィマがドヤ顔のまま固まった。
つられて振り向いたオレも、一瞬言葉を失くす。
飛んでんじゃん。
「うわ、何で!? 飛ぶかよ、普通!」
「そうか、エンジェルだから、飛んでもおかしくはないな。さっきいきなり後ろに出て来たのもそのせいか」
「あの手品みたいな瞬間移動!?」
「そう言えば、飛行ユニットが付いてると、前にドワーフが言ってたような……」
アルが額に指をあてて呟いている。
えっそうだっけ!? いや、確かに修理の時、そんなことを言ってたような言ってなかったような!
あれ? じゃあエンジェルの義体を使ってるオレも、飛べるんだっけ……?
「痛っいたったたたたっ! なんであたしばっか狙うのよ!」
思い出そうとしている内に、ベヒィマの悲鳴が背後で響く。
どうやら集中砲火を食らってるらしい。
「もー! これ以上やるなら――【爆散土塊竜】!」
「ちょ、今かよ――!?」
止める間もなく足もとの泥アザラシは爆散し、オレ達の身体は宙に放り出された。
ありがたいことに、土煙でエンジェルの光線は一時的に遮られてるようだけど。
「あんたなぁ!」
「まだ水着に飛行の魔術が残ってるから大丈夫よ」
確かに、まだかろうじて浮かんでいられはするらしい。
魔術切れまでちょっと心もとないので、早めに足の着くところに降りたいけど。
「ほら、とりあえず、あの辺に一回降りましょ。あそこなら、木が密集してていきなり光線でぴしぴし撃たれたりしないだろうし」
「そうだな。お前達はともかく、俺はあんまり無事ではすまなそうだ」
ベヒィマの言葉に頷いたアルセイスが、いち早くそちらを目指して先を飛ぶ。
確かにベヒィマの言う通りだ。一回あそこで体勢を立て直そう。魔術のかけ直しも必要だろうし。
下から見たあのつるりとした面とは全然違って、こちら側は本当に、下界の地面と全く変わりない。
普通に生えてる木々の茂みに、アルセイスが潜り込もうとした瞬間――何故か茂みが不自然に揺れた。
「――うわ」
「アル!?」
すぱーん、と小気味よい音と共に、アルの身体が地面へ弾き落とされた。
その脇の茂みから顔を出して、ふん、と鼻を鳴らしたのは鱗を輝かせたマーメイド――ダフネだ。
「良い気味ね。マーメイドキックの威力、思い知ったかしら」
「あんた、こんなとこにいたのか!?」
そう言えばオレ達は、もともとこいつを追っかけてここに来たのだ。
到着早々、エンジェルとぶつかってしまったけれど。
「あのさ、海魔レヴィはどこにいるんだ!? それに、そもそもあんたここまでどうやって……」
問いかけるオレをぎっと睨み付けたマーメイドは、オレの背後に目を向けた途端、慌てて茂みの中へと戻っていく。
振り向けば、背後にいるのは――大量のエンジェル達。
「ダフネ、あんた何で逃げるんだよ」
「馬鹿なの!? あんなの当てられたら、痛みで悶絶しちゃうわ! あなた達は良いわね、そんなもっこもこの魔力してたら、どうせ当たってもちょっと痛いくらいで済むんでしょ!」
「もっこもこ……」
そんな、着ぶくれみたいな表現されても。
アルコールとか厚着とか、何か好き勝手言われてるんだけど――何より困るのは自覚がないことなんだよなぁ。