3 ぐるぐる・ストラグル
「……と、こういう感じで水着には色々パターンがある」
砂浜に描いた絵から顔を上げて目の前のアルセイスに視線を移す。アルはびっくりした顔でまだ砂絵を見詰めていた。
アルとベヒィマとオレと、3人で夕暮れの砂浜にしゃがみ込んで、作る予定の水着のデザインについて説明中。
ビキニタイプ、ワンピース。デザインでいうとオレにはちょっと名前分かんないけど、肩のところにひらひらした袖が出てたり、首の後ろで結ぶようなタイプや、ひもで編み上げるタイプ。記憶してるだけでも結構色々ある。
ヘタクソなデザイン画だけど、ないよりはマシ。大体伝わったらしい。
砂浜に描いた絵と自分の身体を交互に眺めてから、アルはオレの目を見上げた。
「お前が似合うと思うものにしてくれれば、それで良い」
夕焼けを映す瞳の美しさで、胸がどきりと高鳴る。
全部任せる、って百パーセントの信頼で、舞い上がりそうになった自分を必死に引き下ろす。
「いやいやいやいや、ほら、動きやすさとかさ。こういうビキニだとお腹とか全部見せまくってる訳だからちょっと恥ずかしいとかさ。あるでしょ、何かほら」
「あたし、ワンピースが良い。腰回りにスカートひらひらさせてね。あっこういう袖にもフレアあるのが良いわ。もちろん、色は黒を基調に。レースもたっぷり使って」
ベヒィマの方は、それなりに注文があるようだ。棒の先で砂浜に絵を描き足しつつ、普段着ているゴスロリっぽいドレスに水着のデザインを近付けて来た。なるほど、やっぱそのドレスは自分の好みなのね。
まだ何やら呟きながら、砂の水着に更にごてごてと飾りを付け足してるベヒィマから視線をそらして、再びアルに目を戻す。
「ベヒィマはこんだけ注文つけてるんだぞ? アルも何か……」
「動きやすさは、最初からお前が可能な限り配慮してくれてるだろうし」
ふっとアルセイスが微笑みを浮かべる。
夕焼けに照らされたその表情だけで、オレは口を閉じた。
少し考えるように首を傾げてから、アルは言葉を続ける。
「恥ずかしさは……いつもみたいに、お前が見て似合うって思ってくれるなら、それで良いよ」
ついにオレは、砂浜に頭から突っ込んだ。
舞い上がる砂の向こうで、アルセイスが慌てて「大丈夫か?」なんて聞いてくれてるけど、大丈夫、オレは大丈夫だ。おーるおーけー、何の問題もない。良いさ、あんたに似合うとびきりの水着を作ってやる。
せっかくの注文をまっさらにされたベヒィマがきゃんきゃん文句を言ってるけど、とりあえず全部脳内に入ってるから大丈夫だ、と黙らせた。
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「ねー、結構透けるんじゃない、これ?」
小屋に戻って準備を整えてるオレに向け、ベヒィマが残り少ない流水布を目の前で広げて見せてくる。言う通り、確かに布を挟んでても、ベヒィマの不満げな表情がはっきり見えている。
もともと川に張られてた流水糸がほぼ透明だった訳だから、それをぎゅっと織り込んだ流水布もやっぱり透けてる。密度が高い分、かすかに白みがかってはいるけど、やっぱ透明だ。
「これじゃ、中が見えちゃうんじゃない? 何かちょっと……」
「やめろ、そういういかがわしいのを作るつもりはないから」
身体に当てようとしているのを止めて、布を奪い返した。手近にあった黒い綿っぽい布を空いた手で取り上げ、2枚を重ね合わせる。流水布で黒い布を挟み込んでベヒィマの方へ見せた。
「黒が良いんだろ? こうやって普通の布を内側に挟んでやれば、ちゃんと色がついて見えるし、内側の布も濡れない」
「ふーん、ちょっと黒みが足りない気もするけど、まあ最初の一枚としては良いかな……」
どうやら、流水布を透過した黒じゃ濃さに不満があるらしい。
割と知ってたけど、ベヒィマは自分好みのおしゃれに結構うるさい。
「けど、そんなふうに作っていくと、流水布、結構ぎりぎりなんじゃない? むしろ足りないくらい」
「そうだな。失敗は厳禁だし、あんたの言ってたフレアスカートだとか、レースだとかは流水布で覆えないな。ヘルガに頼み込んで、こっそり妖精の川辺から取ってきて貰うことも出来なくはないけど……」
ヘルガも、今や妖精の川辺の中を堂々と歩ける身ではない。内緒で連絡を取り合う相手くらいはいるのかも知れないが、そもそも、本人はエルフの森にいる。これから動いてもらうとしたら、明後日の新月には間に合わない可能性が高い。
「まあ、やっぱり無駄にしないのが一番だ。いつかヘルガに流水布の作り方が聞けたら、増産できないか試してみよう。そしたら、ちゃんと全部流水布で覆った完全防水の水着を作ってやるから」
「いや、別にあたしもそこまでしなくてもなんだけど」
「……濡れないのはすごく良いな」
ぼそりとアルが呟いたのを、もちろんオレは聞き逃さなかった。
アルセイスの唯一洩らした希望。アルの水着は出来るだけ流水布できっちり覆ってやった方が良いってことだ。
――ということは。つまり。
つまり。
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そこからはかなりの突貫作業だった。
何せ、明後日に間に合わせなきゃいけないのだから。
何かとまとわりついてくるベヒィマの相手をしつつ、縫ったことも型紙もない、初めて縫う水着という代物を縫い上げていく。
タンクトップやブラジャーを縫った経験があって、良かった。
伸び縮みさせたい部分は、流水布と一緒に貰っておいた流水糸で縫うことにした。
アルがその糸を指先にとって眺めつつ、ぼそりと呟く。
「流水布や糸は切れないだろう? 前に使ったときはサイズを合わせて注文してたから問題なかったが……どうやって縫うつもりなんだ」
「切れないね、でも繊維をよけて穴を開ける――針を通すくらいはできる。だから、縫うのはできるんだけど、布を裁つのが出来ないんだよなぁ……縫い合わせたあまりは内側に縫い込んじゃうしかない」
「内側に縫い込む?」
「不要な箇所は縫い代として、内側に折って縫うんだよ……身体に合わせるためには、ダーツとか取った方が良いかも」
手元にあった胸部分の流水布を、アルの胸元に当てて、はみ出たところを折って見せた。
「こうやってさ、折り込んで、このまま布を裁たないで縫うんだ。折り紙みたいだな」
「折り紙? その説明はよく分からないな」
服の上からではあるけど、ちょうど良いから、このまままち針を打って形を決めてしまおう。
本格的に両手を伸ばして、布をアルセイスの身体に添わせていく。膝立ちのオレを、アルはじっと見下ろして尋ねた。
「……つまり、すべてのパーツの形を、こうやって一個一個触りながら決めなきゃいけない?」
「触りなが……えっ、いや、別にそんなことはないけど!」
むしろ、いつもみたいに事前にサイズを測ってしまえば、折るのも切るのも作業としてはそんなに変わりない。ただ、布を先に裁って縫うのと違って、折り込んでいく作業は折るも引き出すも細かく調整ができるので、試着してから直しやすいってだけで。仮縫いが簡単って言えば良いか。
慌てて離そうとした手を、アルがぎゅっと引き戻した。
「離すなよ。もっと触らないと分からないんじゃない?」
「わっ分かるよ! ちょ……あんた、今のわざとだろ!」
「わざと? 何が」
「何がって……」
オレの言うこと理解してないふりしてたんだろ、って指摘が喉元で止まった。
くすくす笑う顔があんまり可愛いから。
「からかって悪かったよ。お前はいちいち反応するし、面白いんだ」
「……言ってろよ」
「悪いって。拗ねるなよ」
「拗ねてなんかない」
そう、拗ねてない。ただ……まっすぐ見てられないだけだ。
からかわれてるって分かってるのに、うっかりオレの方が本気になりそうだから。