19 ぱんつの話
「……と、いうのが、メイノとヘルガには言ってない話だったんだ」
ここまでに分かってるぱんつの話を、オレは片っ端から説明した。
ラインライアでは、国民に勇者と崇められている莉亜がぱんつを穿かせていること。
ぱんつを穿くと、魔力が強化されること。
だけど、ぱんつを穿くってことは淫欲を解放するってことで――つまり、子どもの作り方がオレのいた世界と同じようになってしまうってこと。
こっちの世界の作り方である、2人きりの密室で「好き」って言い合ってちゅーするという方法ではなく。
「ふむう、ラインライアでは何やらおかしなことが進んでおるとは聞いたが、そのようなことになっておるとは」
「なるほど。じゃあ、私は既にレイヤの世界風のやり方で、子どもを作らなきゃいけないのね」
「えっと……そ、そうです」
「何をもじもじしとるのじゃ、おぬし」
横からメイノに突かれたが、オレは心を落ち着け、あえてヘルガの期待しているであろう話を無視して、別の話題に取り掛かった。
「それで、オレが話したいのは、何でぱんつにそんな力があるかってことなんだけど」
「それこそが、女神に逆らう唯一の方法だからよ」
愛らしい顔に似合わぬ声色で、吐き捨てるように囁いたベヒィマに、全員の視線が向かった。
「もうずっとずっと前からこの世界は、同じところを繰り返してるの。何も進まず、何も変わらず……かつての複製が何度も同じことをしているだけなの」
以前、オレと夢を共有してそのことを知っていたアルセイスだけが、黙って頷いた。
ヘルガとメイノは理解しかねて、きょとんとした顔をしている。
「複製って言われても……私、双子以外にそっくり同じ人なんて見たことない」
「大体数百年に一度くらいの間隔だもの。ランダムに順番は入れ替わるから、時々連続で出てきちゃったりもするけど、一つの魂が終わってから次の魂が生まれるから、同時期に生まれることはあり得ないわ」
「ふむ、つまりここにいるわしも、数百年前にいた何もかも同じわしの複製に過ぎぬと?」
「……そうね」
ベヒィマが一瞬口ごもった理由は、オレにも分かった。
オレも同じことを考えてたから。
「その複製なんだけどさ、やっぱり、延々と同じ複製をするのは難しくて、段々劣化してきてるんだ。ちょっとずつだけど」
「それは……過去の統計を紐解くに、現在まで徐々に死産の確率が増えておるのも、もしかして同じ要因なのかの?」
気軽な調子で口にしたが、メイノの眼差しは真剣だった。
本来、この世界の生き物は、死産というものを経験しない。
誰かのお腹に宿るのは、かつての誰かの完璧なコピーだから、生まれる前に死ぬ理由がない。
オレにはこの世界の統計を知る術はないが、メイノにはある。実際にその問題について調査し、対策を必要としていたのだろう。
同じ危機感を持つ者の存在に、オレの中からくるりと私が浮き上がる。
ここは、私が答えた方が早そうだ。
「――ああ、そうだ。千年前に私は既にその状況を認識していた。あれから千年、私の不在の間にも、情報の破損は進んでいる。複製の情報劣化により失われた情報が、生命維持に必要な部分となれば……子は産まれる前に死ぬしかない」
私の言葉に、メイノは一瞬目を見開いたが、すぐににやりと笑みを浮かべた。
まだ混乱しているヘルガだけが、困った顔でアルセイスを見る。
「ねえ、分からない私がおかしいの? 情報って何? 複製って何なの? 何でそれと、生まれる前に子どもが死んじゃうことが関係するの?」
「ああ、俺はレイヤの頭を通して見ていたから理解できたんだが……そうだな。お前の魂は昔生きてた誰かの魂を、そのまま移したものだと思えば良い。このコップの水を入れ替えるように」
テーブルの上から持ち上げて、片手に持ったコップから、アルセイスは器用にもう片方の手の中の空のコップへ水を移し替えた。一滴も零さずコップを満たした後、空になった方をヘルガに渡す。
「見ろ。全部移したつもりだが、まだ底に水が残ってる」
「……つまりそれが、情報が壊れるってことなの?」
「同じ部品を使って同じように組み上げ直したつもりでも、機械というものは何故か同じように動くとは限らんでの。わしが誰かの複製であったとしても、やはりそれはわしとは違うものなのじゃろ」
メイノの理解が早かったのは、この世界の技術を担うドワーフとしての経験や知識があったからなのだろう。
3人の会話を見守りながらいつものように私の手を握ろうとしたベヒィマが、ふと躊躇して結局手を引っ込めた。
「どうした、ベヒィマ」
「えっ……いえ、何でもないわ、魔王さま」
触れれば管理者としての権能で、機体を壊してしまうと思っているのか、それとも今の私が玲也ではないことに気付いて手を止めたか。案外、後者なのかも知れないが。
一抹の寂しさをため息で散らし、私は微笑んだ。
「実際、君たちは千年前の私の仲間にそっくりだ。アルセイスはレスティキ・ファに、ヘルガはクリュティエに、そしてメイノは――ブリヒッタ」
「ブリヒッタは我がユーミルの祖と伝わる……その、女王なのじゃが」
「それこそが情報の破損なのだろう。レスティも女性だし」
女神の計算では、男女の別はこの世界において最も影響の少ない因子だから、他の情報ほど破損を徹底的に避ける作りになっていないのだ、と私の知識は理解していた。
もちろん、今の彼らに伝えられるような話ではない。そこまでの理解は望むべくもない。かつてのレスティなら、いざ知らず。
「それが――俺たちがこの時代の勇者になるという言葉の意味か?」
私に向けられるアルセイスの冷ややかな視線にも、もう慣れた。
レスティを思い出し私が失望した数と同じだけ、彼女もまた私が玲也ではないことに不満を感じているのだろう。
私はそっと内側のレイヤを宥めてから、微笑みを返す。
「そうだな。そうしてもう一つ――私の作る下着があれば、君たちは勇者と呼ばれる程の力を得ることが出来る、ということだ」
「ふふふ、わしが勇者か。良いぞ良いぞ」
こういう状況でポジティブな面だけを拾える性格、全くもってかつてのブリヒッタそのものだ。
ひとまずは口にしないことにするが。
「下着にはそれだけの力がある。下着は私が千年前、女神に対抗するために作ったプログラムだからだ」
こちらに転移してきたばかりのレイヤに、シトーが下着を作らせようとしたのは、恐らくそれが理由だろう。
彼はレイヤの中の私を目覚めさせ、多分――再び女神に戦いを挑もうとしている。
一度は私を、裏切ったはずなのに。
「既に聞いたかも知れないが、今レイヤの中にいる私――私は、実は千年前に魔王と呼ばれたバアルそのままではない。あくまでその複製だ。だから……君たちと同じように、いや、もしかするともっと恣意的に情報が破損している」
とん、と胸元を指さすと、ベヒィマが途端に泣きそうな顔になった。
その髪を撫でてから言葉を続ける。
「本物の魔王もまた、ラインライアで下着を作り淫欲を解放しようとしている。彼女もまたこの世界を統括する女神に戦いを挑もうとしているのだろう――だが」
「あの人は、『この世界を滅ぼしたい』って言ってたわ。きっと……千年の間の情報破損が、もう後戻りできないところまで来たって、そう思っちゃったのよ」
「もしくは、絶望してしまっているのかも知れないな。千年前に勇者スィリアとシトーに裏切られ、異世界で長い放浪の時を過ごしたのだろうから。その辺りの記憶が全くないために、この私にはあの彼女の考えていることが理解できないのだが」
額に指をあてて考えてみたが、やはり何も思い出せない。
異世界に飛ばされた後の記憶が、どうやら私にはないようだ。複製したのがそれ以前である故に、その先の情報についてはもとより持っていないのだろう。
メイノが、笑って手を上げる。
「良く分かったぞ、偽魔王とやら。つまり彼女ら同様、わしもまたぬしのぱんつとやらを穿けば、勇者に比する力を手に入れることが出来る訳じゃな」
「その通りだ。しかし――」
「しかしそれには、子孫を残す方法が変わってしまうというデメリットがある、ということじゃろ? 分かっておるさ。だがな、わしがどうするかなど……我が婚約者殿ならお分かりじゃろ?」
ちらりと隣に視線を向けると、ヘルガは困った顔でテーブルを見下ろしている。
「……何であなたがそんなに私に執着するのか、私には全然分からないわ」
「分からぬでも良いさ。わし自身が分かっておれば」
どうやらメイノが本当に求めているのは、勇者としての力の方よりも、婚約者と子を生せることのようだ。
テーブルの下、密かに繋ごうとしたメイノの手が、乱暴に振り払われた。見えていないつもりだろうが、こちら側からも割とはっきり見えているので反応に困る。
しょんぼりと、だが表面上は何食わぬ顔で膝の上に手を戻した。メイノは、しかし前言を撤回しようとはしない。受け入れられなくとも構わぬ、ということなのだろう。
この光景をシトーに見せてやりたいなど、私が思うのは傲慢だろうか。
メイノはヘルガへの愛を貫こうとしている。表面上、拒絶されたとしても。
だが――そっぽを向いたヘルガの頬が微かに赤くなっていることも、実のところ私には見えていたのだった。
もしも、かつてのシトーに正面から私を止めるだけの勇気と愛があったならば、もしかすると私もまた、心動かすことがあったかも知れない。
だが――変わってしまった関係はもう、覆すことは出来ないのだ。