13 ぱんついっちょの理由
振り返って見れば、よくぞここまで逃げ続けられたと、自分でも思う。
アルセイスの部屋を出たところで、早速、魔術が切れて起きてきたエルフ達に囲まれた。
周囲の様子から、ここがアルフヘイムの宮殿の中だというのは分かっていたから、旧版で覚えていたとおりの地下の抜け道を通り、森に入り込んだ。
旧版の知識があってこそ、の逃亡劇。
そこまでは、何とか追手を巻けていたらしい。
自分のアイテムボックスに大量にあった(らしい)装備やらアイテムは、メインメニューが開かないために何一つ使えない。鎧の裏にしまってある財布は消えてはいないけれど、森の中では役に立たない。
空腹や喉の渇きは現実と同じように訪れ、仕方なしに川辺に寄って水を飲むことにした。もしこれで、腹痛に襲われるようであれば、どれだけ(無駄に)リアルな作りなんだと言わざるを得ないが、幸いにしてとりあえず大丈夫らしい。腹は減ったけど。
他の生理的な欲求についても、ギリギリまで我慢したがやっぱりどうしようもなくなって、その辺で用を足した。斎藤さんは大丈夫だって言っていたが……本当だろうか。現実に戻ったら装置の中がヤバイことになってたらどうしよう。
でも、そんな悩みは長くは続かなかった。
本人達も言っていたとおり、森の中はエルフのテリトリだ。どんなに息を潜めたつもりでも、次々に出会う獣達や虫達、森の木々までがエルフの味方をする。
すぐにオレの居場所はバレ、一昼夜の内にはこうして肉薄するところまで迫られ――そして、今に至るというワケだ。
目の前に「どうぞ」と差し出された純白のぱんつを前にして、オレはその布に手をかけるべきか否か悩んでいる。
いや、もちろんこうして見ると、尻があり得ない程ぱつぱつだったり、腹の穿き口の部分が全然止まってなくてずり落ちそうになっててでも何故か落ちなかったり、太腿から尻の下半分が(意図せぬ形で)露わになってたりして、何かもう穿かせているの申し訳ない感じはする。
縫い目はヒドイし、布の端はほつれてるし、身体に全然合ってない。
ってか、穿いてるとこ見ると、全然ぱんつの形じゃない。大事なところをギリギリ隠せてるのが奇跡的なくらいだ。
だけど、コレ、そもそも脱がせることが出来るのだろうか?
さっきは【下着装備】で穿かせたワケだけど、その逆の【脱装備】は存在するのか?
【下着装備】の後からアンダーウェアはどっかいっちゃったけど、うまいこと脱がせたら、また戻ってくるのか?
そもそも、斎藤さんがナビをしてくれてた魔法の数々は、今も使えるのか?
もし使えるなら、【変容】ももっかい使えるのか?
いや、いやいやいや。
でも、その辺がはっきりしてないのに脱がしたり【変容】したりしちゃダメだ、この体勢じゃ。
「……人族の王国ラインライアが密かに魔王と通じていることを、既に我らは掴んでいる。先にアルフヘイムに攻め込んできた魔物の群れは、お前が操ったものだな?」
「へ?」
全く身に覚えがない。
動きを止めたオレを宥めるように、アルセイスはどことなく優しい声で語りかけてくる。
「お前は何を目的にしている? 俺をこの姿にして満足か? 我がアルフヘイムの戦力を欠いたつもりか? しかし残念だったな。俺以外にも聖槍リガルレイアの遣い手は存在する。お前の目論見は無駄だったのだ……」
レスティそっくりの声を聞きながら、オレの手はその白い布に触れる直前で震えている。
「たとえ覚悟していたとしても、このまま無為に捕らえられて、八つ裂きにされるのは誰だって嫌だよな? せめて、少しばかり減刑を望んでみてはどうだろう。具体的に言えば、この変な布を外すとかしてくれれば、俺ももう少しお前のことを思いやれるようになるかも知れない……」
さり気なく導こうとしているようだが、結果的に全くさり気なくない。
とにかく脱ぎたくて仕方ない、という思いが直球で伝わってきた。
いや、分からなくもないし反省もしてるんだけど、一生懸命作ったのも事実だから、こんなに必死で脱がせてくれと言われると切ないものもある。
が、脱がせてやりたい優しさと、単なるエロ心が混ざって、気持ちはしっちゃかめっちゃかだ。
自分のことが嫌いになりそう。ついでに、そんな状況にオレを置く、あんたのことも。
「ああもう……何でそんなに脱ぎたがるんだよ……! あんた、変態か?」
こちらとしてもいっぱいいっぱいだったんだけど、この言い方はさすがに向こうも気に障ったらしい。
先程までの猫なで声を捨てて、再び掴みかかってきた。
「お前も穿いてみれば分かる。恐ろしい程に穿き心地が悪いんだよ。こんないつ破れるか分からんような端切れを貼り合わせたシロモノを穿かせる方がよっぽど変態だろ!」
実際に穿いてる人にそう言い返されたら、ぐうの音も出ない。
頑張って作ったはずではあるけど……確かに、良い出来じゃない。
何故だ……もっとこう、サイズを測ったりとかしなきゃいけないってことなんだろうか。そもそも裁縫とかほとんどやったことないのは確かに問題だと思うけど。
こっちが悩んでる内に、向こうは心を決めたらしい。
ぎりぎり届きそうで届かないオレの手を払い除け、立ち上がった。
「――もう良い! お前にそのつもりがないなら、ここで死ね!」
「ぅお!? ちょ、ちょっと待って……」
待ってもらったところでどうする決意もないけれど、とりあえず止める。
所詮ゲームだ。死ぬのは怖くないが、斎藤さんと連絡が取れない今、一応最後まで抗ったほうが心象は良いだろうと思えた。
制止なんて聞いちゃいないアルセイスは、冷たい目でオレを見下ろすと、呪文の詠唱を始める。
「【我、永華に穿つ墓標】――」
ああ……これ【氷柱の剣舞】の詠唱だ。
やり込んだ分、呪文で分かる。旧版ランジェリの中でも割と好きな魔術だ。氷系でも上級の方に入るんだよな、エフェクト綺麗だし。呪文に合わせて吹き上がった霧の中から氷の刃がきらきら光りながら生まれている。
リメイク版だとこんな感じになるのか……とか、直撃したら死ぬことそっちのけでちょっとワクワクしていたら、アルセイスの肩を後ろから1人のエルフが掴んだ。
「――ねえ、アルセイス……アル! 落ち着いて」
声に聞き覚えがあるような気がして、よくよく見たら、コリナの町で見かけた人だ。ああ、あの時も、オレに絡むアルセイスを止めてくれたのはこの人だっけ。
「うるさいぞ、ルシア! 邪魔するな!」
……が、アルセイスの方はあんまり聞く耳持っちゃないらしい。
ため息をついたエルフの女――ルシアは、オレの前に回り、庇うように両手を広げた。
「待ちなさいって。殺すのは良いけど、殺したらあなたが元に戻る方法も一緒に失われるのよ? 気が短すぎるわ……」
「放っておいてくれ! こういう何も考えてないような人族の顔を見てると吐き気がするんだよ!」
「人族にトラウマがあるのは知ってるけど、ちょっと落ち着きなさい。……そもそもあなた、何でホーズ穿いてないのよ? どこに置いてきたの?」
首を捻ったルシアの両足がオレの前にあるんだけど、アルセイス以外はルシア本人含めて皆、タイツみたいな何かを穿いている。これがルシアの言う『ホーズ』というヤツなんだろう。
生足でこんな森の中をウロウロしてるのはアルセイスだけだ。破廉恥な。
「……穿けないんだよ!」
「は?」
「こんなことになったせいで、サイズが合わないんだ。太腿の途中で引っかかって、穿けないの!」
吐き捨てるような口調だった。
女体のバランスからして、尻とか太腿とかが元より大きくなっちゃってる分、今までの服が合わなくなったらしい。
破廉恥なのはオレと斎藤さんの方だった。ごめん。
「もう。早く言いなさいよ、あたしの貸したのに」
「そんな恥ずかしいこと言えるか、バカ!」
「言わずにそんな格好で森の中ウロウロしてるヤツと、どっちがバカなのか分かんないの」
「それだけじゃなくて、何かこの……アンダーウェア着てない状況で、その上から何かを穿くのが何だか……キモチワルイんだよ……バカ」
「そんな可愛い顔で悪態つかれても怖くも何ともないからね?」
ルシアとの会話で連発されててようやく分かったけれど、アルセイスの「バカ」は口癖みたいなものらしい。
無意味に罵倒されたルシアがため息をついてから、こちらを振り向いた。
「えっと……人族さん? ここまでのとこ、あたし達アルセイスの証言だけで動いてるから一応きちんと確認しておくわ。あなたがアルセイスをあんな風にしたっていうのは本当なのよね?」
しゃがみ込んで話しかけられたが、さっきまでのアルセイスの迫りようとは全然違う。こちらの話を聞こうという姿勢が見えて、ようやく少し安心した。
「いや、いや違うんだ。いや、半分は本当だけど、もう半分はちょっと違うんだ。その……確かにその場にいたのはオレなんだけど、オレがやりたくてやったんじゃなくて、実際にやったのは斎藤さんって人で――」
うんうんと頷きながら浮かべられた笑顔に、心を開いて説明を試みる。
「それで、どうやったらアルセイスはもとに戻るの?」
「いや、やったのはほとんど斎藤さんだから、オレは戻る方法知らないけど、試してみたら何か出来るかもだけど、正確なこと知るには斎藤さんと連絡が取れないと――」
「なるほど」
ぴたり、と笑顔が消えた。
立ち上がったルシアが、背後のエルフ達に向かって声をかける。
「連れて帰りましょう。拷問にかけて、何としてでもアルを戻す方法を聞き出さなきゃ」
「……ぅええええ!?」
ちゃんと聞いてくれてたワケじゃなかった。どうやったら話が通じるんだ……!
さっきぶつけた鼻も痛いし、捻ったらしい右足も痛い。痛覚は現実よりも甘いとは聞いてるが、やっぱ痛み自体はあるっぽい。こんなんで拷問なんか受けたら、絶対痛い。
「待って、そ、それくらいならここでいっそ一思いに!」
エルフの男衆に抱えられるように立たされながら、哀れなオレは慈悲を求める。
死ぬのは出来れば回避したいけど、拷問とかそういう辛いのよりはマシな気がする。斎藤さんには悪いけど、途中でオレのナビを放置した自分の責任だと思ってもらうことにしよう。
アルセイスが、ゴミ虫を見るような冷たい目でこちらを見下ろしてくる。
「……俺は、もうこいつの顔を見ていたくない」
「大丈夫よ、アルのいないとこでやるから」
「生存してることすら許せない」
「大丈夫よ、無事アルが元に戻ったらちゃんと抹消するから」
「そもそも、こいつ本当に何も知らないんじゃないか?」
「その可能性もあるけど、それならますますここで殺すわけにいかないでしょう。そのサイトウとか言うヤツをおびき出さなくちゃ」
何だかヒドい言われようだ。一体オレが何をした――いや、色々したんだけども。
引きずられ引っ立てられながら、どうしようかと悩んでいる内に――森の奥の方で、突然眩しい光が輝いた。
直後、轟音が響き、それを追うように熱風が吹き抜けていく。
「――敵襲か!?」
一番最初に我を取り戻したアルセイスが、はためくローブの裾を押さえながら駆け出した。喧嘩っ早いのはオレに対してだけじゃないらしい。
その背中を、エルフ達が思い思いに追いかけていく。
このままオレのこと忘れてくれれば――と思っていたが、どうもそれはさすがに望めないらしい。
「アルに続くわよ! 森に危険があるなら、確認しなきゃ!」
駆け出すルシアに指示をされた男達は頷いた。
両腕を引っ立てられながら、無理やりに動かされる捻ったままの右足がちょっとだけ心配になる。
コレ……現実に戻ったとき、ちゃんと痛みとか消えてるんだろうか。