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汝、眼前の純白を愛せよ  作者: 狼子 由
第六章 One Way Or Another
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8 ローリング・ボウリング・ソウイングマシン

 自動裁縫機――つまりミシン。

 ずっと「こっちの世界にもあれば良いのにな」と思ってたものが、目の前にある。

 周りを見れば、人垣を作っていたドワーフや、その間にちらほら混じるフェアリー達。

 フェアリーはティルナノーグからの旅人だろうか。織布と縫製の得意なフェアリー達が気にかけるのだから、これは期待できそう。


 ミシンの横に立っている少女っぽい見た目の店員ドワーフは、もったいぶった様子で布を動かす。ミシン針の下に布を通し、バチン、とスイッチオン。

 途端に、ドドドドドドっと爆音が鳴り響く。ミシンの横にくっついてるのは棚かと思ったら、バカでかいモーターだったらしい。


 間近でエンジンを全開に吹かした時みたく、けたたましい音が鳴り響く。思わず両手で耳を押さえた。

 オレの後ろについてきてたアルセイスは、他の種族より耳が良いせいか、頭を抱えて可哀想なくらい縮まってしまっている。


 そんな人々を満足げに見回し、少女店員はミシンのスイッチを切る。

 取り上げた布には、ガッチリと糸目が食い込んでいた。


「ちょ、ちょっと見せて!」


 少女店員の手から布を奪い取って、ひっくり返す。

 裏にもきちんと糸が回っている。上糸と下糸がそれぞれに引き合って布を止めるタイプの……つまり、もとの世界でも一般的なタイプのミシンだ。

 このデモで縫われている布は厚すぎず薄すぎず、だけど、この世界の下着にするならまあこのくらいの厚さでも問題ないんじゃないだろうか。アルセイスからは、穿き心地と共に耐久性を求められることが多いし。


 もしもこれを買えば、今よりもっと下着ぱんつが縫える。

 もっと簡単に、もっと大量に。

 ごくりと唾を飲み込んで、それからふと思いあたった。


 だけど……もとの世界のミシンって煙吹いてたっけ?


「あ、あの……店員さん」

「はいはい、なんじゃろかお兄さん。なんでもお答えしますじゃ。針を上下させる部分は一般的な機構ですがじゃ、アルベルティナ流に改良されてるのはこの、糸の絡まりを最小限にするためのカマの形なのじゃ!」

「……他にもまして鬱陶しい喋り方だな」


 アルセイスがオレの後ろでぼそりと呟いたのは、幸いなことに店員さんには聞こえなかったらしい。

 オレは誤魔化すように慌てて両手を振った。


「なになに、アルベルティナ流? え、何それ、あんたの名前? あーいや、そういうこと聞きたいんじゃなくて。これって、その……動力は」

「蒸気じゃぞ」

「えっと……燃料は」

「石炭じゃな」

「やっぱ石炭なのかよ」


 思わず頭を抱えた。


 いや、石炭!? マジで!?

 そんなもん持って旅をするのは不可能だろ。

 機械自体もまあとてつもなく大きいのに、そいつを稼働させるための機構部分はめちゃくちゃでかいし、それに加えて更に燃料を抱えて歩くだなんて――無理。

 いや、そもそも職業裁縫者向けの据え付け用ってことなんだろうか。旅路に持って歩こうなんてこと自体が端から……いやいや、待て。その前にもっと大きな問題が。


「こっちの世界のミシン――自動裁縫機って、蒸気機関が一般的なの?」

「何を言うのじゃ! これはアルベルティナが開発した、世界に一つしかない自動裁縫機ですじゃ」

「あの、じゃあちょっと聞きたいんだけど――」


 店員さん――いや、アルベルティナさんがぎゅっと掴んでる布を指す。


「その布さ、だいぶ黒ずんでるみたいなんだけど」

「石炭使ってるので、多少は汚れるに決まってますじゃ」

「その言葉をフェアリー族の前で堂々と言えるのか? これから縫う布が汚れたら大問題だろう」


 アルセイスの言葉を聞いて、深緑の瞳がばっと見開かれた。

 どうやら今初めて気付いたらしい。


「えっ……待、待っ……じゃあもしかして、このままじゃ使えないってことですか……?」

「語尾の『じゃ』が抜けてるぞ」


 アルセイスが、冷たい視線でどうでも良いツッコミを入れる。

 オレは軽く首を振って答えた。


「ちょっとって言うか、まあ……だいぶ使えないと思うよ」

「何と……! 思いもよりませんでしたじゃ……まさか、アルベルティナ工房の威信をかけた渾身の力作が、そんな……」


 がくりと膝を突くアルベルティナさんの周りから、人垣がばらばらと散らばっていく。

 どうやらこれはモノになりそうにない、とドワーフ達も悟ったらしい。

 オレの前にいたフェアリーに至っては、だいぶ早い段階で見切りをつけてたようなので、まあやっぱそれを仕事にする人から見れば使えないんだろう、このミシン。


「あの、元気出してください。なんかすみませんでした」


 落ち込むアルベルティナさんの肩を叩き、オレも離れようと背を向けてから、ふと気付いた。

 も一度振り返って、アルベルティナさんに声をかける。


「……そう言えば、あんたさっき、『針を上下させる機構は一般的』って言ってなかった?」

「言いましたのじゃ。自動じゃない裁縫機なんてものなら、ほら……そこらに売ってますじゃろ」


 アルベルティナさんの指す先には、軒下にミシンらしきものを並べる店がいくつもあった。

 ――えっ待って。何!? やっぱこの世界にもミシンってあるの!?


 思わず駆け寄ったオレを見て、そっちの店のドワーフ少年の店員さんがにこにこしながら声をかけてきた。


「裁縫機をお求めか? うちの裁縫機はどれも品が良いでな、フェアリー達にも大人気じゃからの、大変オススメじゃ」

「裁縫機! あるじゃん、ミシン! あの、ちょっとこれ見せてください!」


 金属製の台の上に乗っかっているのは、紛れもなくミシン。

 形が角ばってたり、本体に蔦模様が描かれてたりと、全体にクラッシックな雰囲気は漂ってるけど、確実にミシンだ。


「これだよ、これ! えっと……店員さん、これの動力は?」

「足じゃな」

「……足?」


 店員ドワーフさんはにこりと笑ってミシン台の前に立った。

 小さな足で机の下についているペダルのようなものを踏み込むと、ととととと、と軽い音がしてミシンが動き出す。

 踏む。針が動く。踏む。針が動く。

 なるほど、足のペダルが上下すると、針も動くようになってるらしい。よく見れば、確かにペダルからミシン本体までベルトがつながっている。


 若干のタイムラグを間において、ミシンは軽やかに動いている。

 タイミングを掴むまでは大変そうではあるが、縫うスピードは明らかに手縫いより早い。

 これ、うまく使えば、ぱんつを大量生産できるのでは……?

 いやでもでも、待てよ。本当に大量生産なんてして良いのか、あんな――


 悩みこんだオレの横に、追いついてきたアルセイスが興奮した様子でオレの肩を掴んだ。


「――レイヤ」


 その期待のこもった声と言ったら。

 瞳の緑がキラキラ輝いて、ああ、もうあんたほんと綺麗。

 オレの言葉を待ってるって、言われなくても分かってしまった。


 こんな顔されたら――オレに出来ることは一つしかない。


「……すいません、これください」


 毎度ありー、と店員ドワーフさんの明るい声が響く。

 本当にこれで良いのかと思わなくもないけど、世にも珍しいアルの満面の笑みを見てしまったら、前言撤回なんてする気にはなれない。


 これで良いんだと自分に言い聞かせつつ、ふと後ろを振り向く。

 つい今出て来た店先では、再び動き始めたさっきのミシンがヤバい音を立てている。

 吹きあがる煙にちらちら隠れながら、悔しげにハンカチを噛むアルベルティナさんの視線を、あえて無視した。


 いや、ほら。

 この人のノリ……どっかで知ってるような気がして仕方なくて。

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