7 足りない部品
「……んーむ、難しいの」
オレの腹を検分していたバンダナさんが、ぽつりと呟いた。
あまりにも不穏過ぎるタイミング。
アルセイスが顔色変えて噛み付こうとする。
正面からそれを目線で止めて、オレは出来るだけ落ち着いた声で問いかけた。
「やっぱ直らない……かな?」
「いんや、そうは言わんがの。こりゃあちょっとばかし部品が足りんかも知れん」
ぽりぽりと工具の先で頭を掻いている。
少しばかり表情をやわらげたアルは、ポーチを叩いた。
「必要な部品はどこにある。贖う必要があるなら、俺が出るが」
「いや、ちと古すぎてな。ユーミルの内に部品があるかどうか」
「ドワーフでさえ持っていないと?」
「うむ。そうさの、天使の虚空か火竜の砂漠にならあるかもしれん」
演算装置の住まう天空か、廃棄処理の廃棄物集積所か。
どっちもどっちで微妙なラインだ。
魔王の知識が浮かんでくる。無感情に世界の継続のみを旨とするエンジェル族と、顔を隠し無言のまま死者の回収に勤しむサラマンダー族。
共に、エルフであるアルセイスにとっても、フェアリーであるヘルガにとっても、親しい仲の種族じゃない。
「天使は論外にしても、火竜か――王族の顔くらいは知っているが、直接言葉を交わしたこともないぞ。付き合いがあるのは、お前らだけだろう」
「だの。となると、メイノ王にお出まし願うしかないかもじゃのう」
「メイノがいれば、サラマンダー達とも友好的に取引できる……か?」
「メイノ王ならば、天使とも通信は出来ようよ。会話になるかどうかは分からんが。まあ、とりあえず今日は応急処置じゃ。こいつで塞いどくぞ」
ガムテープみたいな粘着性のある布が、べたりと腹の傷を覆った。
押さえていたアームがぱっと離されて、身体の自由が戻る。
両手をぐりぐり回すオレを見ながら、バンダナさんは苦い顔で首を回した。
「緊急にどうこうってこたぁないがの、ぬしの身体からは必要な部品がいくつか欠けとるようじゃ。あんまり無理して動かすんじゃないぞ」
「それは……走ったり飛んだりとか、そういう?」
「おお、それじゃ。飛ぶのは良くない。飛行用のパーツはごっそりダメになっとる。変に動かんようにさっき止めたつもりじゃが、どうかのう。エンジェルなら飛びたいもんじゃろうが、我慢じゃ」
むしろ驚いた。
オレ、飛べるんだ!? 初めて知ったわ。
いや、エンジェルは飛べるぞ、めっちゃ飛べる――ってさっきから魔王の記憶が教えてくれてはいるけど。
自分の身体は本当は飛べるっていうことと、オレ自身が飛べるって信じるのとは結構食い違いがある。
うーん、やっぱり実感として飛べる気がしない。
いや、飛ぶなって言われてるんだから良いんだろうけど。
「あ、わ、分かった」
「他に問題はないのか? 突然倒れたり、動けなくなったりなんてことは……」
「普通にしとる分には問題ないじゃろ。腹の部品は抉れてなくなっとるでの、何がないのか何が残っとるのか……正直な話、何のためにあるのか分からん部品も入っとるから、今日すぐには何とも言えん。じゃが、歩く話す物を食う、そういう普通の動きについては部品は揃っとるようじゃな」
「無責任なことを」
吐き捨てるアルを押さえておいて、オレは軽く頭を下げた。
「古い素体って言ってたもんな、分かんなくても仕方ないさ。けど、ありがと。とりあえずこれで、安心して旅に……」
「旅!? 何を言うとる。部品さえそろえばバシっと直してやるわい! しばらくユーミルに滞在して待っとれ、メイノ王に直談判じゃ!」
「えっ!? えぇ……」
その厚意は嬉しいんだけど、オレほら、もっかい妹と話しなきゃいけないなーと思ってるんだよな。
前の時はほとんど追い払われるようにしてラインライアから出て来た。
本音なんてちっとも聞けてない。だけど今なら多分、魔王の力も前よりちゃんと使えるはずだ。
もしかしたら――いや、きっと、本物の魔王の居場所も、莉亜なら知ってるんじゃないかと思うんだ。
「あの……とりあえず問題なく動くのなら、オレは……」
「馬鹿、そんな訳にいかないだろう」
味方のはずのアルセイスに止められた。
眉を寄せてすこんと額を小突かれる。
「ユーミル最高の技師が、派手に動くとどうなるか分からないと言ってるんだぞ。大人しく言うことを聞いておけ」
「そうじゃそうじゃ」
あんたら、さっきまで喧嘩してたじゃん……。
あまりの気の合いように、言い返したくなる気持ちをぐっとこらえた。
「よし、そうと決まればまずは王城へ行くかの。途中報告もした方が良かろうし、滞在するなら城で面倒見てもらう方が良いじゃろ」
「気は進まないが、まあ……どこへ行ってもドワーフばかりだしな」
勝手に話が進んでるぞ。
外出用のマントを羽織ったアルセイスが、荷物を掴んでちょいちょいとオレに手招きしてる。
止めようかとも思ったが――考え直して、ひとまず大人しくついてくことにした。
部品を手に入れるのにどのくらい時間がかかるのかくらいは、確認しておいても問題はない。
バンダナさんの案内で工房を出て、ユーミルの大通りへと入る。
真っすぐに向かう先、不安定に伸びた大樹のようなシルエットの王城が見えた。
中央部分、レンガと鉄骨で組まれた円柱状の建物に、脇から枝のように伸びる鉄塔が刺さっている。
アルセイスが眉をしかめたのは、エルフの美意識からするとあまりに不自然だからだろう。
オレはその脇腹を指先で突いて黙らせてから、隣に並んだ。
「あの王城もだけど、大通りで売ってるものも、ユーミルらしい感じするなぁ」
「まあ……そうだな」
頷くアルセイスを引っ張って店の方へ向ける。
「あれ、ほら。機械の塊だけど、何するものなんだろうな?」
「ドワーフの考えることは分からん」
ちっとも考えてない答えを貰って苦笑を返し、辺りをきょろきょろ見回してみた。
なんだか人が集まっている場所がある。小さな人垣の向こうからは、何やら口上じみた声が微かに聞こえる。
興味を惹かれて近付くと、店頭で宣伝目的のデモンストレーションをしているらしい。
人垣の隙間から覗き込めば、鉄板にボルト打ちっぱなしの箱型機械が、ごちゃごちゃくっついたいくつもの筒から煙を吹いていた。
店員さんが、ぶっしゃぶっしゃと吹き上げる煙を払いつつ、布を振り回している。
「さー、どうぞご覧くださいなのじゃ! こちら最新式の自動裁縫機ですじゃ! どうですじゃ、この動き、滑らかな縫い目!」
「自動裁縫機!?」
耳に入った単語に、思わず身体を乗り出した。
待って待って、ちょっと。
それってそれってもしかして――!?