5 はかない約束
工房の場所を確認した後、ヘルガはメイノ王の誘いで王城へ顔を出すことになった。
修理中はオレが見張れないだろうから、とベヒィマも一緒に城へ連れて行った。
ちなみに、アルセイスはヘルガに誘われる前に思い切り首を振っていた。
オレのことを心配してくれてるのもあるかもだけど、メイノや他のドワーフに囲まれるのが嫌なのだろう。ここなら、ドワーフはバンダナのひとだけだ。
そのバンダナさんは、今、工房中をひっくり返して部品を探しまわっている。
オレとアルに出来ることは、その慌ただしい姿を眺めながら、工房の隅で待つことだけだ。
ふと、隣に座っているアルに、小さな声で尋ねてみた。
「あんたとメイノって、何かもめごとでもあったの?」
「いや、そもそも種族間で仲が悪いんだ、エルフとドワーフは。俺とメイノも出会う前から印象最悪だった。それで、初めて会ったその日の内に一戦やらかした」
「おお……いや、一応、顔見知りではあったんだよな」
「エルフだけじゃないぞ。各種族の王族同士なら、まあそれぞれ何度かは会うだろう。ドワーフ以外とは交流を断っているエンジェルと、世界の敵と認識されている魔族は例外だが。それでも、種族ごとに会う回数の多寡はあるし、俺もメイノとは数える程しか会ってない。アルフヘイムとユーミルじゃ、住んでる場所も生業も全く重ならないから、助け合う必要性もないしな。この状態じゃ仲良くなりようがない」
ため息と共に答えが返ってきた。
アルの方も、ドワーフに対して無意味に突っかかっているという自覚はあるらしい。
じっと眺めていると、困ったように眉をひそめた。
「理論上は分かってるぞ。ただ、長年にわたって積み重なった互いの感情は、俺とあいつの代だけではどうにもならないんだ」
「いや、それも分かるけどさ。そもそも、何でそんなに仲が悪いの」
「元をただせば千年前の勇者の時代まで遡る」
アルの言葉をきっかけに、魔王の記憶がぞわりと浮かび上がった。
嫌な予感で口に出す。
「もしかして」
「我らの祖レスティキ・ファと、当時のドワーフの女王ブリヒッタは――あー、伝承では勇者をめぐって掴み合いの喧嘩をしたと」
「あ、ごめん……それ、魔王だ」
千年前の伝承は、今の世に正しく伝わっていない。魔王の成した功績の多くが、勇者のものとされてしまっているらしい。この辺り、斎藤さんが「今こそ魔王を真の勇者と認めさせたい」的に力が入っちゃう理由の一つだと思う。伝承で勇者と呼ばれているスィリアの性格上、事前に魔王をあっちの世界に逃がす時に、こうなることは読めてた。あいつ、ノリで生きる男だから。魔王の仲間を全部操るのに成功したなら、まんまと玉座に座るくらいはするだろう。
それはどうやら、男女関係についても同じらしい。
確かに、アルフヘイムに残された書物で、魔王の恋人レスティキ・ファは勇者の子を産んだって言われてたけど……そうか、ブリヒッタもか。
魔王曰く、レスティキ・ファと2人で並んでいるとブリヒッタが必ず間に潜り込んできたとか、真夜中の寝室に「やだー、雷怖いよ、お兄ちゃん!」と言いつつ忍び込んではレスティキ・ファがいることに気付いてマジ喧嘩になったとか……とかとか。
「魔王、女の癖に女にもモテるんだよな。まあ、この世界だとあんま男女の区別って関係ないからなのかも知れないけど」
「なるほど、そうか。その伝承も魔王のものなのか」
アルセイスが重々しく頷く。
「恋愛感情による諍いは根深いものだ。俺にもよく分かる」
「そうなの? 気付かなかったけど、アルフヘイムでもアルセイスを巡る女の闘いとかあったの?」
「……大体、取り合いになってる当人が鈍すぎると、問題は深刻に悪化することが多いな」
苦々しい顔で、アルセイスはぷいとよそを向いた。
どうやらあんまり言いたくないこと……なのかな? 何かすごく怒った顔してるけど。
問いただすより前に、両手いっぱいに部品を抱えた工房の主が、オレ達の方へ戻ってきた。
「ぬし、修理の間はどうするのじゃ? そこな野蛮エルフは」
「誰が野蛮エルフだ」
「えっと……一緒にいるって無理ですか? 修理中は危ないでしょうか」
アルの悪態をスルーして尋ねたると、バンダナさんはきょとんとした顔で答えた。
「いや、わしは良いんじゃがな」
「わしは? 他に何か問題が?」
「ぬしが恥ずかしくないかと思っての」
アルセイスと顔を見合わせる。
バンダナさんは頷いて、がばっと腹の前で手を広げて見せた。
「旅の連れと言っても、中身を全部見られるのじゃぞ? 内側に抱えとるもの全部じゃ。困らんかの」
「中身って……」
そう言われると、ちょっと考えなきゃいけない気持ちになってきた。
けどまあ、うーん……内臓だろ? 部品の寄せ集めみたいなもんだ。どうせ、オレの中身なんか歯車とかバネとかそんなんばっかりだ。
うん、やっぱり、ぜひとも避けたいと言うほど恥ずかしい訳じゃない。
あっさりオレが頷くのを見て、バンダナさんもまた頷き返した。
「ふむ、構わんと言うならわしゃ良いのじゃ。よしよし、じゃあそこに転がれ」
指示された通り、道具のごろごろ転がる作業台に登る。
片手がないのを気遣ってか、アルセイスが脇を支えてくれる。オレを見る眼差しは、どこか不安げにも見えた。
「大丈夫だよ、アル。心配すんなって、バンダナさんを信じろ」
だってお前のことだから気になるんだよ、と口の中でもごもご言い返した声は、多分すぐ傍にいるオレにしか聞こえなかっただろう。
オレは笑って頭をくしゃくしゃと掻きまわす。邪魔くさそうに睨んでるけど、オレから離れはせずにむしろ身体を寄せて来た。
横目でバンダナさんが道具の準備に熱中している様子を確認してから、その肩に手を置いて軽く抱き寄せた。胸元で、ぽつりとアルセイスが囁く。
「……ちゃんと直してもらうんだぞ」
「もちろん。こないだの続きもまだだし」
久々の距離感に、大変積極的だったいつかの夜のことを思い出しながら答えると、途端にその顔が真っ赤になった。
「お前っ……今それ言うのは反則だろう!」
「えっ、何!? あの時はあんたの方がノリノリだったじゃないか」
こっちの世界に来てから、正直そんなこと考えられるほどの余裕がなかった。だから、そういう欲求については、考えないってことしか出来なかったんだけど。
思い出せば、オレにだって興味とか好奇心とか……その、欲求とかはある。
それに何より、アルとそういう風になりたいって気持ちとか。
誘うように右手で抱き寄せる。アルは一瞬顔をしかめた後、綺麗な手をオレの頬にそっと添えた。
唇に蝶が舞い降りるような、優しい口付けだった。
「……続きは、終わってから」
「お、おう……」
正直、修理そのものより、そっちのことのがドキドキする。
アルがぱっと身体を離した途端、向こうから戻ってきたバンダナさんがオレの顔を覗き込んだ。
「準備はいいかの?」
「お、お願いします」
「うむ。自分でスリープモードに入れるか?」
「スリープモード?」
「分からんか? じゃあ、わしの方で入れてみることにするのじゃ」
カツン、カツンと鎖骨の下、胸元辺りを指先で叩かれた。
一定のリズムで骨を伝う感触に、何故かぼんやりと眠くなってくる。
これがスリープモードってヤツなら、きっとオレが毎夜やってるアレだ。アレってスリープモードだったんだ。へー。
うとうとと瞼が降りてきそうになったところで、バンダナさんがぽつりと呟くのが聞こえた。
「うむ、人族なのにサイトーさんはわしら以上によう知っておったのう。エンジェルのスリープモードの入れ方なんぞ、聞かにゃ知らんかったわい」
「……え、今のこれって……斎藤さんが……」
「おい、これがシトーの差し金だと言うなら、そう簡単にレイヤの身体をお前に預けることは――」
これってほんとに信じて良いんだっけ、なんて問い返すよりも睡魔の訪れの方が早かった。
アルが血相変えてバンダナさんに掴みかかろうとしてる気配が、どんどんぼやけて遠くなっていく。
夢の向こうで、パリン、と何かが割れた音がした。
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沈む意識はまるで、背中から水底に落ちていく時みたいだ。
外界からシャットアウトされて、自分の中へもぐりこんでく。
まばたきした睫毛から、気泡がくるりと肌を伝って上がっていく。
底に背中がついて、唇からぷくり、大きな泡が漏れた。
あとは、ただ静かな波音だけが遠く響く。
いつまでも繰り返す、遥か頭上の波の煌きを見上げている。
転がるオレの横に、いつの間にか細い足首がそっと湖底を踏んでいた。
少しずつ視線を上げると、向こうもまたこちらを見下ろしてくる。
長い黒髪に包まれた黒い瞳が、オレを認めてゆるく微笑んだ。




