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汝、眼前の純白を愛せよ  作者: 狼子 由
第六章 One Way Or Another
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2 気の進まない旅程

 微妙なバランスを取りながら、オレ達はドワーフの山ユーミルへ向かうことになった。

 何のバランスって……そりゃ、もう。メンバー間のパワーバランスに他ならない。


 アルセイスは例によって空気とか読まない。いや、読めない。

 ヘルガは読んでるらしいんだけど、今回ばかりは無視する意向だ。普段割と周囲を気にするタイプなので、こういうのは珍しい。何かよほど譲れない部分があるんだろうか。

 ベヒィマにはそもそも、空気を読んでオレ達を心地よくさせる必要性がない。何なら仲たがいしてくれた方が面白い、くらいに思ってるんじゃないかな。知らんけど。


 ということで、空気読めててパーティの平和を強く求めるオレが(オレだけが)、率先して姫君3人に傅きつつ、一路、北東を目指すことになった訳だ。


莉亜りあには微妙に狙われてるみたいだけどさ、別に表立って追っかけられてる訳じゃないし、真っすぐ街道を行けば良いんじゃないのか?」

「……本当は避けたいところだがな。ユーミルへ行くのも、街道を歩くのも」


 歩きながら尋ねたオレに、微かに眉を寄せてアルセイスが答える。

 目線を向けて問い返すと、ちらりとベヒィマの方を目で示した。


「ユーミル行きの是非はもう他に手もないことだが、あまり派手に動けば、アレを追っていつジーズが来てもおかしくない。出来る限り見付からないようにしたいが、ジーズも俺達の考えることなど想定しているだろうな。せめて道中は潜んでいたいところだが……」

「だが?」

「この辺りは俺の見知った森じゃない。街道を外れれば、目的地なんてすぐに見失ってもおかしくない」


 アルフヘイム周辺の森ならいざ知らず、エルフのアルセイスでも、知らない森には慎重らしい。

 ティルナノーグからユーミルまでの道順を知っているとしたら、ヘルガだが――


「ちょ、ちょっと。そんな目で見られたって何も出ないよ。私だって、ユーミルには挨拶がてら1、2度行ったことしかないし」

「街道を通れば分かるな?」

「まあ、多分――あ、ううん。分かる。分かるよ、私に任せておきなさい、レイヤ」


 オレの視線を受けて、突然胸を張る。

 会話に入っていなかったベヒィマが、オレの背後でくくっと笑った。

 途端に、空気がぴしりと凍る。


「――さあ行くよ、レイヤ。こっちだから」

「ヘルガ、そんなにレイヤの手を引くと危ないだろう」

「アルこそ、下着ぱんつズレて足手まといになっても知らないから」

「お前、いつまでそのこと根に持ってるんだ。そもそも、俺はくれると言うから貰っただけで」

「ふーん、くれたものなら貰って良いんだー」

「うるさいわね、黙って歩けないの、あんた達」

「――お前が指図するな」

「――あなたに言われたくない」


 ……女3人寄れば姦しいってこのことかな。

 一部、女に含めて良いのかよく分かんない人がいるけど……まあ、うん。いや、含めて良いんだよな? こないだのはそういうことだよな?


 言い合いながら先を歩く3人の後を、オレもまたひっそりと追うのだった。



●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●



 ヘルガとアルセイスが言い争う背中を見つつ、オレはこっそりとベヒィマに話しかける。


「……で、あんたはこんな素直についてきちゃって良いの? 今なら逃げ出せるぜ」


 逃亡教唆の囁きは、ベヒィマにとっては馬鹿らしい話だったらしい。はあ、とため息が聞こえた。


「で? 逃げてどうするの。ティルナノーグに戻って住民虐殺でも始める? あたしの目的は聖弓フロイグリントだって言ったでしょ」


 確かに、その聖弓フロイグリントはヘルガがしっかと結わえて背に負っている。


「あたしのあるじが、アレをお求めなのよ。ジーズは一旦引いたけど、あたしは諦めないわ」

「……莉亜りあが?」

「それに、さっきあのクソエルフも言ってたじゃない。どうせジーズもあたしを探してる。あんた達と一緒にいる方が見つかりやすいから便利」


 なるほど、と頷くと呆れた顔で睨まれた。


「馬鹿じゃないの、あんた。納得してどうすんのよ」

「え、いや……だって正論だろ」

「そうじゃなくて。あたしは『ジーズと合流して聖弓を狙う』って言ってんのよ。警戒しなさいよ。ってか、殺しなさいよ、今の内に。今ならあたし、まだ弱ってんだから」


 ツンと澄ました顔をするので、思わず笑ってしまう。

 で、それでますます睨まれる。


「何笑ってんのよ。あんた、呑気過ぎるんじゃないの?」

「わざわざそうやって忠告してくれるベヒィマもね。黙っとけば不意打ちだって出来るのに」

「なっ……」


 絶句したと思ったら、顔を赤くして小走りで先を歩き始めた。

 アルとヘルガを追い抜いていく小柄な背中をオレも速足で追いかける。


「あ、待てよ」

「うるっさいわね、ついてこないで!」

「いや、オレもこっち行くし」

「あんた一体何なのよ! あたしの魔王さまにそっくりな顔してさ……そんな魔王さまみたいなこと言わないでよね!」

「ああ……やっぱ似てるのか。斎藤さんが間違って連れてくるくらいだもんな。もともと魔王の影武者に使ってたらしいし」

「今そういう話してないのよ! そのマイペースなとこ、ほんとそっくりだわムカつく!」

「待てって――おい、ストップ」

「あんたの言うことなんて聞くもんですか!」

「いや、そうじゃなくって……あっ」

「えっ……きゃー!?」


 予想外に可愛い声が響いた。

 前も見ずに駆けだしたベヒィマが、道に倒れてた人の背中を思い切り踏んづけたのだ。

 勢いでバランスを崩した少女に駆け寄り、片手で受け止める。


「……っセーフ」

「い、ちょ、ちょっと――」


 我に返って暴れ始めたところで手を放す。

 道端にしゃがみ込んで、背中を見下ろした。

 後ろから、喧嘩していた2人が駆け寄ってくる。


「どうした?」

「何? 誰か倒れてるけど」

「あー、行き倒れかなぁ。おーいあんた、生きてるか?」


 声をかけながら、その姿を観察する。

 旅人にしてはえらく小柄だ。少女然としたベヒィマと比べても、まだ小さいくらい。

 旅装なのか、分厚い外套を羽織っている。土埃に汚れてはいるが、生地は滑らかで織りも厚い。ちらりと覗いた裏地からしても、高価そうな感じがする。


 揺らすと、呻き声が聞こえた。

 生きてるらしい。

 慌てて身体をひっくり返す。

 外套のフードの下から濃い緑の髪が零れ落ちた。


 少女? いや、少年か?

 性別はよく分からないが、やっぱり子どもみたいだ。幼いながら顔立ちは整っているが。

 乾いた薄い唇が震えて、掠れ声が漏れた。


「……うぅ……み、水」

「大丈夫か? ほら、水」


 腰に提げておいた水筒を外して差し出す。

 オレの横に素早く膝を突いたヘルガが、背中を支えて水筒を握らせた。


「もう、あなた何やってるの」


 叱り付ける口調に思わず謝りそうになったけど、よくよく見れば、ヘルガの視線は行き倒れの人の方に向いている。

 口元に水を含んで、うっすらと開いた瞳は髪と同色の緑。

 その目がヘルガを捉えて、はっと見開かれた。


「……ヘルガ?」

「メイノ、あなた何でこんなところに」

「ヘルガ――! ほんとにヘルガじゃな!?」


 泣き出しそうな顔で、ヘルガの胸元にがばっと抱き着いている。

 その姿をオレの頭越しに見ていたアルセイスが、ぽつりと呟く。


「これは……ユーミルの王、メイノか」

「はっ――おぬしはアルセイス!? 何故おぬしがヘルガと共に……あっまさかヘルガを攫ったのはおぬしの差し金かっ」

「そんな訳あるか。寝ぼけるのも大概にしろ」


 どうやら、彼ら全員既知の間柄らしい。

 説明を求めてアルセイスを見たけれど、例によって例の如く気付かないままスルーされた。


「ユーミルでお前に会わないようにと、それだけは祈っていたんだがな。まさか辿り着くより先に出会うとは」

「わしだってこんなところでおぬしに会うとは――いやっそんなことよりヘルガじゃ! わしはぬしを探して山を出たのじゃ!」

「はあ!? あなたまたユーミルを抜け出したの? あれほど国民に迷惑だと言っておいたのに……」

「そういうところが、お前の好きになれないところなんだよ」

「ぬしに好きになって貰おうなどとは思っておらん!」


 行き倒れてた割に、ユーミルの王様は案外元気だ。

 ノンストップで言い争う3人の間に割り込めず、思わずため息をついた。


 思ってたより近く、オレの斜め後ろから、おんなじタイミングでおんなじような小さなため息が聞こえてきたことだけを、ありがたいと思っておこう。

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