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汝、眼前の純白を愛せよ  作者: 狼子 由
第六章 One Way Or Another
112/198

1 バランスって大事

 ()()は確かにここにいる。

 少しばかり変則的で、おかしな隣人と容れものを共有してはいるけれど。


 「なあ?」と呼びかけたところで、返事はない。

 隣人と会話出来る訳でもない。

 何ならもしかすると、オレがいなければこの身体を自由に使えるのに――なんて思ってるのかもしれない。


 だけど、この容れもの(からだ)はオレのものだ。

 譲るわけにはいかない。


 オレは、知らなきゃいけない。

 オレの中の魔王バアルは本物の複製コピーだったとして――じゃあ、その複製コピーをインストールされた、容れものの持ち主――エンジェルの中に最初からいた()()とは、一体何者なんだ?


 莉亜りあの兄。

 妹と斎藤さんに騙され、この世界に突っ込まれた哀れな男子高校生。

 壊れたエンジェルに、最初から入っていたのだろうか。


 莉亜りあは、オレのことをどう考えているんだろう。

 ただこの世界に自分が戻るために、女神の命に従って魔王バアルを倒すためだけに、オレをこの世界に送り込んだのか。


 だとしたら――本物の魔王バアルは、一体どこに?



●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●



「……で、こういう身体になったところで、生理的な反応は変わらないみたいなんだよな。腹も減るし眠くなるしトイレも行くし。機械の身体って言っても、エンジェル族はみんなこうなんだろ? 魔王バアルの記憶ではエンジェルにも故障おわり製造はじまりがあったみたいだし、同型機かぞくもいたみたいだから、そう考えるとやっぱ普通に暮らしてたってことなんだろうなって……」


 失われたオレの左腕を直せるのは、きっとエンジェルのメンテナンスに慣れたドワーフ族くらいだろう。

 そんな想定のもと、森の中を抜けて、ドワーフの山ユーミルへと向かう道行きの途中。


 三者三様の沈黙の中、オレだけが一人で喋っている。

 助けを求めてちらりとアルセイスに視線を送ったけど、思いっきり逸らされた。

 どうやら、昨晩の最後のキスが良くなかったらしい。へそを曲げていらっしゃるご様子。


 ベヒィマは黙ってオレを睨み付けている。

 偽物は認められないそうだから、容れものを共有してるオレに対しても容易に許せはしないものがあるのだろう。


 こういう時の潤滑油、頼みの綱のヘルガはと言えば――完全に拗ねていた。


「……な、ヘルガ? ほんとのとこはどうなんだ?」

「知らない」

「し、知らないことはないだろ。あんた、フェアリーのお姫様だし、エンジェルやドワーフともそれなりに付き合いが」

「あなたに教えなきゃいけない義務はないわ」

「いや、義務はなくても、ほら……親切心とか好意とかそういうもので」


 食い下がると、じろりと睨み付けてくる。


「作ったぱんつ全部、アルにあげちゃった癖に」

「いや、それはほら、アルセイスとの約束の方が先だったから……」

「知らない。私が持ってきた流水布だったのに」


 ぷい、と横を向かれて、慌ててその視線の先へ回り込んだ。

 真面目にアルセイスのフォローが必要になってきた。必死に目で助けを求めるけど、アルの青い目がこっちを向くことはない。

 この目を振り向かせるために、作りかけのぱんつを夜なべで縫い上げて贈呈したというのに、そんなことはアルにとってはさしたる問題でもないようだ。

 ヘルガの顔を覗き込みながらしばし無言で歩いていると、胸の辺りの高さで、ふう、とため息の音がした。

 ベヒィマだ。


「……あんた達って、案外仲が悪いのね」


 今日最初の発言がそれである。

 守られていた沈黙に、びしりとヒビの入る音が聞こえたような気がした。


「仲が悪いのは魔族の方だろう。お前のお仲間は迎えにも来ずにどうした」


 振り向いたアルが、オレを通り越しベヒィマの顔に目を向ける。その声色の低いことと言ったら!

 ヘルガもベヒィマに一歩近寄る。


「そもそも、こんな風に夜逃げみたいに荷物抱えて逃げなきゃいけなくなったのは誰のせい? ようやくティルナノーグへ戻ったばかりの私が」

「シトーのせいでしょ」


 きっぱりと言い切って、ベヒィマは口をつぐんだ。

 まだ言い足りないヘルガが、ぐぬぬ……と身を乗り出したのを、横から引き戻す。


「や、ほら。実際問題として、悪いのは斎藤さんだし。いやあ、あいつ悪人だなぁ」

「ああ……全くだな」


 吐き捨てたアルセイスの声を聞いて、ほっと胸を撫で下ろした。

 どうやら、うまく矛先をベヒィマから逸らして、斎藤さんのせいに出来たらしい。

 この場にいない人物に罪を着せるのはあんまり好きじゃないんけど――今回ばかりは、ほんとに斎藤さんのせいなんだから仕方ない。


 昨晩、ヘルガの戻りが遅かったのは、ティルナノーグで暴れまわったメガネにスーツ姿の魔族がいたせいだと言う。

 しかもその魔族は、ヘルガが「私を助けてくれた人族だ」と言って連れてきた男で、戻ってきたヘルガは魔族の化けた偽物だと言い放った。

 ――つまり、オレ達と別れた斎藤さんは大人しく逃げ帰っていた訳ではなく、その足でティルナノーグへ向かい、大ボラ吹きまくって周囲を混乱させていたと言う……最低だな、あの人!


 幸いにして、ティルナノーグでは襲ってきたグリフォンの大群に対処するため、名だたる戦士たちが集まってきたところだった。ついでに、グリフォンの群れと暴れていたメガネの魔族は別陣営だったらしく、相打ちが多くてグリフォン退治も捗ったらしい。

 なんだかんだ言いながら、フェアリーの負傷者はグリフォンによる怪我人ばかりだったのも、まあ……斎藤さんらしいと言うか、らしくないと言うか。


 結局、単騎で襲ってきたメガネの魔族は、グリフォンが一頭残らず片付いた後、戦士たちの集中攻撃を受けることになってあっさり引いたそうなのだが――そこへちょうど戻ってきたヘルガは、大変な面倒に巻き込まれることになった訳だ。

 ――戻ってきたヘルガ姫は、本当に本物なのか、と。

 ヘルガからすれば、まさかそんな疑惑をかけられるとは想像もしていない。王家縁の証拠の品も、「死んだヘルガ姫から奪ったのではないか」などと言われれば、それを超える反論など出来はしない。


「私は間違いなくヘルガだって言ってるのに、『そもそも人族がたとえ姫君とは言え、フェアリーを助けることなどあるだろうか』とか。えっ今更それ言うの、って感じ」

「全くだ。王族の義務として、正しく国を継ぐこと、子孫を残すことが求められるのは分かるが……手のひらを返すような態度は、誠実ではない」


 唇を尖らせたヘルガの言葉に、ヘルガ同様、国を追われたアルセイスが頷いた。

 つまり、斎藤さんのやったことは最後のひと押しであって――ヘルガが子どもを作れないということが周囲に知れた時から、彼女は微妙な問題に巻き込まれていたんだろう。

 ヘルガいわく、ティルナノーグ王は最後まで彼女を信じていたそうだが、もともと国王が絶対的な権力を握る国ではない。周囲が揃って反対すれば、親子の愛情だけを頼りに意見を押し通すのは難しい。

 ――結局、何とか周囲の荷物をまとめ、逃げるように国を出てきたという訳だ。


「……ま、これで晴れて私もただのフェアリーね。アルセイスと同じ風来坊ってこと」


 ヘルガはさっぱりした顔でオレの方を見た。

 が、表情通りの心境でないことなんて、オレにだって分かる。

 そうと知っていれば、アルに渡したぱんつの半分でも、ヘルガを慰めるために渡したのだが。ヘルガからこの話を聞けたのは、オレがアルセイスに手持ちのぱんつを全部捧げて許しを乞うた後のことなので、どうしようもない。

 その当のアルセイスは、ちらりとオレの方を見てから、苦笑した。


「まあ、どうせお前もついてくるつもりだったんだろう? なら丁度良い。それくらいに思っとけ」

「……そうね。廃嫡については先輩もいることだし、心強いわ」


 アルセイスが王子じゃなくなったのは、オレと斎藤さんのせいなので、それはそれで責任を感じる。

 あ、いや……ヘルガについても、決め手は斎藤さんのせいか。

 あの人、オレの人生に爪痕ばっかり残してくな。


 普段通りの会話が始まりようやく落ち着いたところで、木々の根っこに足を取られたベヒィマが、口をつぐんだまま前につんのめった。


「おっと」


 右手を伸ばして支えようとして――支えた勢いでバランスを崩して倒れそうになる。

 痛みはないのだが、どうも左腕がなくなってから姿勢が崩れやすい。

 根本だけ残った左腕を振り回して必死に態勢を戻そうとしたところで、両脇からアルとヘルガが支えてくれた。


「大丈夫か?」

「危ないよ、気をつけて」


 オレを挟んで対面した2人は、目が合った瞬間ににこりと微笑を交わす。


「ヘルガ。分けても良いが、半分ずつじゃないぞ」

「もちろん、独り占めするつもりはないけど、私の方が多く取るわ」


 半分ずつ? 何のことかは分からないが、笑顔の裏で火花が散ったように見えたのは、オレの気のせいだろうか……。

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