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汝、眼前の純白を愛せよ  作者: 狼子 由
第一章 Ready To Run
11/198

11 1+1はどうやらゼロ

「……がはっ……あっあああっ!」


 膝の下で、腹を突き上げたアルセイスが唸り声を上げている。

 その動きでピンと張った白いネグリジェ――『エルフのナイトウェア』が張り付いた胸元には、確実に、今までになかった膨らみが存在していた。

 まろやかな隆起を見せつけるように背を逸らし左右に身を捩る身体を、必死で押さえ込む。


「おっおい!? ちょ、斎藤さん……!」

『大丈夫です。もう落ち着きますから』


 斎藤さんが答えた途端、聞こえていたかのように、突然アルセイスの身体が動きを止めた。力を失った背中が、落ちるようにベッドに沈んだ。

 両手から力が抜けて暴れなくなったのを確認し、そろそろと手を離す。

 馬乗りの姿勢で見下ろせば、呼吸を荒げて身体を弛緩させたエルフの女――女が、そこにいた。


「えっ……うわ……っ!」


 つい口から出たけれど、自分でも何が「うわっ」なのかは、ちょっとよく分からない。

 憧れのレスティキ・ファにあまりにも似てるのがアレなのか。ゲームのNPCとは言え、無理やり性別を変更するという行為に変態性を感じているのか。

 もしくはその……あの、その……こんな格好の美女が真下に横たわってるなんて、男子高校生なら仕方ないのか。


 オレの声に反応して、アルセイスの指先がぴくりと動いた。だるそうに眉をひそめた青い瞳が見上げてくる。

 この至近距離で眺めれば、まるっきりゲーム画面から抜け出したレスティの顔にしか見えないから、勝手に胸が高鳴るのも致し方なし。

 長い金色の睫毛も、先の尖った耳も、バラ色の唇も、まるで生きてるみたいだ。

 何てリアリティ。VRすげぇ。現代科学すげぇ。斎藤さんすげぇ。


 黙って見詰めていると、わざとらしい咳音が聞こえてきた。


『ごほん。……あの、良いですか?』

「お!? あ、うん! はいはい、良いです。全然良いです。大丈夫です!」

『……じゃ、お手数ですが、今日の目的を達しましょうか』


 何となく敬語を取り戻したオレに、斎藤さんは笑い混じりの提案を突きつけてくる。

 今日の目的――つまり、ぱんつだ。


「あっ、ぱっぱぱぱぱぱ……!」


 口から心臓が出そうになったけど、飛び出しかけた心臓をぎりぎりで飲み込んだ。

 腰の下のレスティ――じゃない、アルセイスが顔をしかめて唇を開く。


「おい、今のは何だ……何、をし、た……?」


 言いながら、自分の声の変化に気付いて目を丸くしている。

 高い鈴を鳴らすような声は、かつて旧版ランジェリで呪文詠唱の時に聞こえるレスティの声にそっくりだ。

 見開かれた青い目が、怯えを含んでゆっくりとオレの方へと向けられた。


 ……正直に言います。

 すっっっげぇ感動した。


 や、まあこんなことすれば、同じ男としてちょっと切ない気持ちとか分かるような気もして、アルセイスに申し訳ないなぁって思いもそこはかとなくあるんだけど、嫌な思いもさせられた相手だし、基本的に人の話聞かないし、口より先に手が出るし、ほら……所詮ゲームキャラだしね、うん。仕方ない。

 中ボスを倒したようなほっとした気持ちと、難関を1つクリアした達成感、それに加えて憧れの人(の、そっくりさん)が目の前にいる喜び。しみじみ噛み締めながら、オレは開きっぱなしのメニューウィンドウに指を置いた。


 横たわる向こうから見れば、それは何か怪しい術の前触れに見えたんだろう。

 慌てたアルセイスの手が、転がったままの聖槍リガルレイアを掴む。


「させる、か……! この――【其は青藍の刻限】――!」

「ぅわ、いきなり【聖光翼刃斬セラフィーム・フローレス】!?」


 慌てるオレに、斎藤さんは苦笑混じりに答える。


『いや、もう大丈夫ですよ。旧版の設定、覚えてないですか?」

「旧版の設定――ああ」


 さして考えなくても思い出した。

 旧版ランジェリにおいて、聖槍リガルレイアを使うのが、レスティキ・ファでなく勇者である理由だ。

 リガルレイアはエルフ族に伝わる聖武具だと言うのに、レスティが勇者に使って欲しいと差し出したワケ。それ即ち――聖武具は男にしか使えない、から。


「――【永劫の腕に抱け ――最終奥義聖光翼刃斬セラフィーム・フローレス】……っ!?」


 声に力がないとは言え、詠唱は滞りなく終わった。なのに、オレの目の前に突き出された槍の柄は、さっきと違ってうんともすんとも言わない。

 アルセイスは慌てた様子で柄を振ってみせる。オレは単純にその柄を握り返した。

 柄を真横に掴んだまま片手で押し下げ喉元に食い込ませると、息苦しさと不可解でアルセイスの動きが止まる。

 斎藤さんの嘲笑が聞こえた。


『本当に、ざまぁないなレスティキ・ファめ。……いやいや、さ、今度こそどうぞ』

「――はいはい、『装備変更』っと」


 仲間設定された『アルセイス』の装備を選択して、空中でクリックする。

 詠唱を、と斎藤さんに促され、空中に宣言する。


「――【下着装備ランジェリインストール】!」


 画面に表示されている人形の黒いアンダーウェアが、オレの作ったバラ柄のぱんつに置き換わる。

 瞬間、何かが弾けるような音が足元から聞こえた。


「――っひゃ……!」


 それと同時に、愛らしい悲鳴が上がる。

 どきりとしながら首を捻って背中ごしに、レスティ――いや、アルセイスの身体を見下ろしてみた。

 さっきまでネグリジェの下に透けていた黒いアンダーウェアが消えて、布一枚を隔てた下は真っ白な太腿の――

 ――耳元で、ファンファーレが鳴る。


『クエスト08。下着装備、完了しました』

『クエストクリア報酬、経験値150を付与しました』

『クエスト09。最初の下着解放を開始しました』

「――っや、ご、ごめん!」


 レベルアップファンファーレを聞きながら、彼女の上から跳び下りた。薄い布の向こうで透けた肌が目に入った途端、自分がどんな体勢だったのかがようやく本気で理解できたのだった。

 いや、あんまちゃんとは見れてないんだけど、実際に穿かせてみると何か微妙にぱんつっぽくないシルエットになってたような気がしないでもないけど……でも、いや――あんまちゃんと見れない。何か恥ずかしくて。


 目の前に広がるこの視界は所詮ゲームなのに、ゲームでしかないのに、所詮ゲームなんだけど――何か、今のゲームってめっちゃリアル……!

 どけたと言うのに、まだ自分の足の間にやらかい何かが挟まってるような気がする。さり気なく自分の内ももを撫でながら、ざりざり後退ってベッドを降りた。


「きさ、ま――何、を――これはどういうことだ……!」


 真っ赤に上気した顔で、レスティ――じゃない、アルセイスが身体を起こす。まだ力が入らないのか、足元は震えて頼りない。

 思わず駆け寄りそうになったけれど、きっと睨み付けられて足を止めた。


「おい! 何だこれ、何だ、俺の身体はこんな――!?」

『……何だ何だって……くくっ……見りゃ分かるでしょうに……くははははっ……』


 苛立った声で叫ぶアルセイスに比べて、何か知んないけど斎藤さんだけが実に楽しそう。

 もちろん斎藤さんの声はアルセイスには聞こえてないはずだ。だから、怒りのままにベッドを飛び降り、再び聖槍を振り回しているのは、斎藤さんに対してじゃない。


「貴様、何をした! アルフヘイムの王の子に何を――何という屈辱を――!」

「いや、その……」

「何という……うっ……屈辱……! 何と……」


 怒っているらしいけど、何というか……その、表情的にはどっちかと言うと泣きそうな顔に見えるので、さすがにNPCとは言え、段々申し訳ない気持ちが大きくなってくる。


「うーん。あの、斎藤さん……」

『ちょ、見てくださいよ、あれ! あの姿でリガルレイア使うつもりらしいですよ、健気にも! さすがレスティキ・ファの末裔だ! あっははは!』

「いやあの、斎藤さん。何かやっぱこれはさすがに――」


 さすがにちょっとマズくないですか、と問おうとした瞬間。

 突然、続いていた斎藤さんの笑い声が一瞬途切れた。


『ははは――はは――』


 プツップツッという小さな破裂音を挟んで、音が掠れている。


『――って、あんなに――レスティキ――情けない姿を――おや?』


 気付かず話し続けていた斎藤さんが、ぴたりと言葉を止めた。

 最後の不思議そうな声だけが、妙に耳に残る。


「えっと、斎藤さん……?」


 さすがに不安で、呼びかけた。

 だけど、答えてきたのは、斎藤さんの声じゃなかった。ここにいるはずのない意外な声が、耳に響く。


『――ああっおにいっ! お兄、ダイジョブ!?』

「……えっ?」


 聞き覚えのある声。

 「お兄」という呼びかけ。

 この声は、まさか――


「――莉亜りあ?」


 いや、まさかじゃない。

 紛れもない、オレをこのバイトに来させた妹、莉亜りあの声。


『お兄、無事!? 心配し――ちょっとこのおっさ――何やって――』

『はあっ!? 誰がおっさんで――は、法的には何の――』

『法的とか関係な――たの企みは分かってんのよ!』


 はっきりと聞こえたと思ったのも束の間、莉亜りあの声も斎藤さんと同じで、どうにもノイズが多くて全文は聞き取れない。向こうで揉めている様子だけは伝わってくるけれど。


 そもそも、何で家にいるはずの莉亜が斎藤さんのところにいるんだ?

 状況が分からないままに耳をすましていると、斎藤さんがボヤく声が途切れ途切れに聞こえてきた。


『――くそっ――の連発は、すがに――れじゃダメで――の魔力が切れてしまえば――』


 ぷつぷつ途切れて聞こえるから、何を言ってるのか全く分からない。電波がまともに届いてない通話みたいだ。

 そんなことを考えている内に、目の前に開きっぱなしになってたメニュー画面にまでノイズが走り出した。画面は段々薄くなって、何だか消えかかっているような……。


『――兄っ――ならず助けるから、待ってて――』

「えっ……ちょ、ちょ待って、莉亜! 斎藤さん!」

『――とせさん――クエスト――リアして――すれば、私は――』

「ええええっ!? ちょっとー!?」


 あれよあれよと言う間に聞こえない音がどんどん増え、画面もほとんど見えなくなり、最後は――プツリ、と何かが切れた音がして、斎藤さんの声も莉亜の声も聞こえなくなった。

 同時に、メニュー画面も完全に透明になってしまった。


「……えっ!? や、さ、ささささ斎藤さん!? 莉亜!? 斎藤さーん!」


 どうすれば良いのかも分からず、自分の耳を押さえてみたり、頭をぺこぺこ殴ったりしたが、呼びかけに答える声はない。右手を何度も上下してみるが、メニュー画面が再び開く様子もない。

 ちょ、何だコレ? これってまさか……えっ孤立無援!?


 いや、それどころかそもそも――このゲーム、どうやったら終われるんだ!?


「……貴様、それは何のマネだ――」


 視線を戻せば、真っ赤な顔でオレのおかしな動きを見詰め、穂先を向けるネグリジェ姿のアルセイスがいる。

 大股に槍を構える姿は、さすが正当な持ち主。堂に入ったものだ――とか、感心してる場合じゃない。


「え、えっと、つまり……」

「このアルフヘイム中のエルフに術をかけ真夜中に押し入り、王の子アルセイスに不可思議なる呪いをかけた人族よ――」


 見れば、指先まで震えている。寒いのかな、可哀想だなぁ、とぼんやりそれを眺めてから――唐突に気付いた。

 多分、顔が赤いのも指が震えているのも、吊り上がった目尻に涙が溜まっているように見えるのも、寒さや羞恥が理由じゃない。

 ――つまり。


「――その生命をもって、罪をあがなえ!」


 突き出された刃を転がるように避けながら、ようやく理解した。

 これ……めっちゃ怒ってるじゃん!

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