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汝、眼前の純白を愛せよ  作者: 狼子 由
第五章 Kiss You
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13 【遥けき】日々 3

「わらわはな、自由になど興味はないぞ」


 くはあ、と気だるげな欠伸。

 私は困惑し、眉を顰めた。


 波の音、白い砂の敷き詰められた床。

 天井の穴から、揺れる光が差し零れる。

 海底だと言うのに、何故かここだけ呼吸が出来るのはありがたい。


 真珠に珊瑚、玉座は宝石に囲まれている。

 その上に、半人半蛇の女はだらりと身を持たせかける。

 蛇身の鱗が、床に落ちた光に当たってきらりと光った。


 同胞察知ネットワークの届かぬ海底、ようやく見付けた5人目の同胞は、黒い瞳で私を見下ろしている。


「お前の軍門に下るつもりはない。わらわには下僕は大勢おる故に……特段に苦労も感じておらぬ。話はそれだけか? 終わったなら、帰っておくれ」

「いや、お前一人が興味ないと言ったところで世界は――」

「――これ、誰ぞおらぬかえ」


 乳白色の貝殻に飾られた長い尾が、身じろぎに合わせじゃらじゃらと音を鳴らす。

 途端に、急速度で海上から飛び込んできたマーメイドが一人、私の横へ並んだ。


「お呼びでしょうか、管理者(アドミニストレータ)さま」

「客人のお帰りじゃ。とっとと追い返せ」

「はっ……あの、しかし……こちらも同じ管理者(アドミニストレータ)さまで……」


 ちら、と私を見上げるマーメイドの黄金の瞳に浮かぶのは、躊躇と恐怖。

 その表情に一瞬、レヴィが苛立ったような怒りを黒い瞳に浮かべた。すぐに押し込めるように瞼を伏せたが。


 海魔レヴィが海底に君臨するのは、管理者である故。ならば、同じ管理者たる私に対しても礼を失してはならないと、マーメイドは考えているのだろう。言いつけに従うべきか否か、迷っている。

 その躊躇に付け入ってごねれば、まだここにいることも可能ではある。しかし、そんなマーメイド虐めには気が乗らぬのも確かだった。


「大丈夫だ、何をせずとも自らの足で帰るよ」

「は、はあ……」

「では、レヴィ。また来る」


 縮こまるマーメイドと呆れ顔の海魔レヴィに片手を上げて見せ、私は踵を返した。

 簡単に説得を諦めるつもりはない。ただ出直すだけだ。

 しかし、自らの境遇に不満を感じぬ者をどう言って説得するか、非常に難しい問題であることは確かだった。



●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●



「で、ドウスんだよ。聞いた話じゃ、レヴィには俺らがイラナそうだって」

「そうだな、シトー……じゃない、ジーズか」


 後ろから声をかけられて振り向く。予想とは違う人物が立っていたので、慌てて頭を下げた。


「悪い、シトーと間違えた。口調が似ているように思ったから……いつの間にやら、随分と流暢に喋るようになったな」

「あの人、ウルッセーんだ。俺がテキトーな喋り方してるとオコルし……」


 そう言えば、以前ベヒィマがそんなことを言っていたか。シトーに懐いているようだと。

 シトーと普段どんなやり取りをしているのか聞きたいと思ったが、私が口を開く前に、目を逸らしたジーズが話を戻す。


「それより、レヴィだロ。あいつ多分、このままじゃ仲間になんかナラナイぜ」

「ああ……」


 もしも、レヴィがそれで満足なのなら、それでも良いのかも知れない。

 だが、しかし――


「このまま放っておいて、女神に言いつけサレルのもシャクだしな。人魚の海底(ニライカナイ)ゴト吹っ飛ばすくらいしてやれば、さすがにサミシクなるかも」

「いや、それは」

「そうなのカ? でも、俺らの動きをバラされたら困るだロ? じゃあ、殺すカ」


 極端過ぎる――だが、確かに私の頭の隅でちらりと舞った思いつきを、言葉にされた。

 ごくりと喉を鳴らした瞬間、扉が開く。

 開いた扉を引いて中に入ってきたのは、先ほど話題の主となっていたシトーだった。


「あ、こんなところにいた。何やってるんですか、ジーズ。魔王さまの邪魔をしてはいけないとあれ程言ったでしょう」

「ほーら、ウルッセーのが来た……じゃあナ!」

「こら、ジーズ――!」


 入れ替わるように扉から駆け出ていく背中を、シトーは腰に手を当てて眺めている。

 その姿が私にはあまり馴染みのない風だったので……思わずくすっと笑い声が漏れた。


「魔王さま。人の顔見て笑うとか、止めてくれねぇか」

「いや、すまん……くくっ、いや、親としての風格が出て来たと思ってな」

「親なもんか。あんな状態で放っとけねぇって思っただけだ」

「だが……その、さっきの口調も意識してやっているんだろ? ジーズが真似するものだから、丁寧な口調を覚えさせようと」


 シトーの頬がかっと赤くなった。そのまま片手で目元を覆い、私から顔を隠してしまう。

 さすがに私も笑うのをやめたが、真剣に謝るべきかと少し悩んだ。

 そんな躊躇の間に、シトーが絞り出すような声で話し始める。


「……あんたは、管理者の長なんだから」

「お、おう」

「あんたと話すときは、丁寧に話せっ……ったら」

「うむ……」

「俺が手本を見せろっつーから……仕方なく、たら、癖になって……」


 最後はほとんど聞こえないような声だった。何やらとても恥じ入っている様子だが、何がそんなに恥ずかしいのか、私には分からない。やって見せるのは、物を教える時の基本だろう。

 とは言え、このまま黙って座り込みそうな勢いのシトーを放っておく訳にもいくまい。私は軽く頷いてから、思いついたことを口にした。


「私と話す時に丁寧にと言ったのなら、お前も普段の口調じゃなく、私との会話を直せば良いのじゃないか?」


 シトーは一瞬、動きを止めた。

 しばらくの無言の後、覆っていた手を外し、顔を上げる。

 黒い瞳がにやりと歪んだ。


「魔王さま、私はあなたの下僕しもべ、一の配下。どのようなご命令であろうとも、あなたの思うがままに――」

「――やめろ、気色悪い。分かった、私が悪かった」

「いいえ、魔王さま。やめませんとも。我があるじ、我がいのち、我が王。我らが支配者よ、魔族の長よ! 私どもはただ、あなたに従う子羊です」

「やめろぉ!? お前、普段と言ってること違い過ぎるだろ!」


 ――とっ捕まえてぶん殴るまで、シトーの悪ふざけは止まらなかった。

 いや、その後も何だかんだで同じことを繰り返され、その度に。

 その度に気色悪いと叱り付けたが――それ以上に、酷く寂しかった。


 私は、違う。

 私は――私が求めているのは。ただ。


 ――私は本当に、魔族の長たる資格があるのだろうか。



●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●



「先に追い払われたと言うのに、またわらわの元に来るのか。此度こそは違う演し物を用意してきたか?」


 人魚の海底(ニライカナイ)の静かな空間で、レヴィは妖艶な笑みを浮かべている。


 私は黙って首を振り、その正面に立った。


「ならば、わらわの心を動かすような魅力的な提案があると言うのか? まさか、馬鹿の一つ覚えのように、ただ配下に下れとのたまうだけではあるまい」

「いや」


 長く黒い髪に、天井から差し込む光が波の形を揺らす。

 レヴィの赤い唇が僅かに歪んだ。


「では、何のために」

「私はお前に配下になれなどと言った覚えはない」

「魔族の長と名乗っておいて、何を言う」


 ずるり、と長い尾が床を這う。

 その尾の隙間を真っすぐに詰め寄り、レヴィの手を取った。


「私の求めているものは、同じ目線で共に歩む者だ。たとえ一人きりでなかったとしても、お前が海の管理者(アドミニストレータ)ならば、私は――私達は、お前の孤独を知っている」


 見開かれた黒い瞳を覗き込み、その手を我が胸の中央に当てる。


「私はただ、家族が――共に生きる者が欲しかっただけだ。私に王の器などはあるまいよ。だから、お前を無理に誘うつもりはない。だが――」


 掴んだ指先は冷たい。

 だが、その手が動いて、私の指を握り返す力を確かに感じた。


「だが、お前が呼べば私は必ずお前の元に駆け付ける。紅に染まる朝に、時の止まった午後ひるさがりに、孤独な夜に。いつでも、どこからでも」


 何故ならば、お前もまた我が同胞であるのだから。

 レヴィは呆れたように唇を歪め――そして、結局は何も言わなかった。



●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●



 うまくいっていると思っていた。

 馬鹿にされることも、甘く見られることもさしたる問題ではない。

 それは――反応が返って来るということは、孤独ではないということと同義だから。


 何であろうが、言葉があるということだから。

 誰かがそこにいるということだから。


 今思えば、私は浮かれていたのだろうか。

 誰かを信じられる喜びに酔っていたのかも知れない。


 何の警戒もしていなかった。

 全てうまくいっていると思っていた。


 近しい人々と過ごす時間の甘美に。

 一つの目的を共にする幸福に。

 自らの手で誰かを喜ばせる歓喜に。

 ただ、溺れていた。

 孤独を追いやったというだけで、より深い不幸の味も知らぬ癖に。


 だから、それは或いは当然のことだった。

 その男を頭から信じ、不用心に受け入れた。その報いを受けたのだ。

 私の持つ幸福の全てを、愛する人々を巻き込んで。


 我らと同じ黒い髪を持つ男は、その名を()()()()といった――。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 斎藤さんの口調がいつもと違って、この口調の斎藤さんも好きです(о´∀`о)
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