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汝、眼前の純白を愛せよ  作者: 狼子 由
第五章 Kiss You
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9 ここを壊して

「強がる娘は可愛いけどさ、適当なところで折れるのも賢い生き方だぜ、アルシアちゃん」

「賢さを言うなら、お前が手本を見せてくれ」


 お前が逃げろ、とアルはわざとらしく顎をしゃくって見せる。

 分かりやすい挑発に、ジーズは苛立った様子で眉をひそめた。


「おめおめ帰れやしないさ。おれ達はまだ目的を果たしてないんだ」

「なら、俺達のことなんか放っておいて、ティルナノーグへ向かえば良かったのに。聖弓フロイグリントが欲しいだけなら、ヘルガを追いかけた方が賢い。……なのに、放っておけなかった。何故だ?」

「何故って……」

「何故そんなに拘る。淫魔シトーに、魔王の存在に、千年前の裏切りとやらに。リアの命を差し置いても、ぐちゃぐちゃに踏み付けてやらなきゃ気が済まない程に。今逃げれば許してやるって? 嘘をつけ。最初からそんな選択肢はないだろ。……俺がこれだけ言ってもふらふらしながらここに残ってるレイヤが、そんな選択肢選ぶ訳ないと知ってるんだろ」


 ずいぶんと、こいつのことをよく知ってるじゃないか、と肩を竦めた。

 アルには珍しいコミカルな仕草に、聞いてたオレも思わず笑ってしまう。ジーズが忌々しげに睨みつけてきた。


「あんたね、いつまでも笑ってられると思うなよ。本当にティルナノーグが無事だと思ってんのか?」

「グリフォンが向かったって? あんなもの所詮、獣だ。フェアリー達は何度もベヒィマの侵攻を受けてる、魔物対策くらいしているさ」

「……りあは確かにレスティキ・ファ(あんた)を殺すなとは言ったがな、おれはシトーとは違う。ただの従順な下僕じゃない。ただ大人しく言うこと聞いてるつもりはないぜ。間違って当たっちまったとか、後から何とでも言えるしな。ベヒィマだってこの状況じゃ、他に方法がなかったって言えばそれで納得してもらえるだろうさ」

「堂々と命令違反の宣言か? 俺がお前らの主なら、任せるのは不安で仕方ないだろうな」

「そんなことはないさ、おれはいつだって主の為に動いてる。たとえそれが彼女の意にそぐわないことだったとしても……」

「そういう輩が一番信用ならないんだ」


 会話を続けるアルセイスが、ジーズ達に見えない角度で背中をとんとんと叩いてきた。

 合図だ。

 何の合図かは分からないけど、この人が、前に出る以外でオレを呼ぶ訳がない。

 ならば。


 とん、と少し強めに突いた後、指先が離れた――その、瞬間に。

 そのまま手を離したアルセイスが前方へ駆け出した。


 ジーズもそれは読んでいる。

 アルの突進を阻むように手を突き出した。


「――セット、全詠唱破棄カット極限(アルティメット)――」

「――【極限防壁アルティメット・シールド】!」


 重ねるように、唱えていた【極限防壁アルティメット・シールド】をぶつける。

 触れ合ったシールド同士が干渉して、ぽっかりと穴が空いた。

 舌打ちしたジーズが身をひねる。その横を駆け抜けたアルセイスは、ふらふらと揺れるベヒィマに体当たりをかける。ひと塊で転がりながら、肩越しに叫んだ。


「――ヘルガ!」


 ジーズがはっと背後に視線を向ける。

 その時には、既に準備は整っていた。

 草むらで片膝を立てたヘルガが、ジーズに向け聖弓フロイグリントを構えている。


「――【黄金の波に沈め! 最終奥義 聖雷針矢雨ヘルヴィム・カタラクト】!」

「――っがあっ!?」


 避ける隙もなく降り注ぐ黄金の雨の下、ジーズが苦しみに身を捩る。


「……やっ……ジーズ……!」


 アルセイスの下で力なく藻掻くベヒィマが、その姿を見て手を伸ばす。

 ジーズはちらりとそちらを見たが、間断なく降る雨からは逃れようがなかった。

 一瞬の沈黙の後、結局は一時撤退を選んだらしい。


「――【転移(ゲート・オン)】」


 地面からせり上がってきた扉が軋みながら開き、ジーズの姿をその中へと覆い隠す。

 閉ざされた扉が地面へ沈んでいく様を、ベヒィマは黒い瞳を見開いて見ていた。


「……今度こそ逃げた、かしら?」

「だと思うよ。気配が消えたっぽい」


 オレの探る限り、近くにジーズの気配はない。

 答えると、ヘルガの後ろで茂みが揺れ、斎藤さんが姿をあらわした。


「斎藤さん……?」


 声をかけたけれど、斎藤さんはオレと目を合わせたくないように、下を向いたままだ。

 ヘルガが肩越しにちらりとそちらを見ながら、首を振った。


「私を迎えに来てくれたのは良いけれど……さっきからずっとこの調子。一体こっちで何が――」


 その目がオレの脇腹に当てられ、そこで見開いたまま言葉を失った。


「……何それ?」

「オレも良く分かんないけど。斎藤さんや……多分そこの、ベヒィマには分かるんだよな、多分」


 どっちでも良いから説明してくれ、という気持ちを込めて両方を交互に見つめたけれど、どっちもオレとは視線を合わせてくれなかった。

 ベヒィマは肩で息をしながら、上に乗るアルセイスを見上げている。


「……ねぇ、レスティキ・ファ」

「それは俺の名前じゃない」

「誰でも良いわ、お願いよ……」


 血まみれの頬を歪めて、唇を開いた。


「あたしを止めるなら、殺してちょうだい。もうずっと……一人ぼっちで、こんなのはもう、いや……」


 思わず息を飲んだオレには目もくれず、アルセイスはただ首を振る。


「魔族は死なないんだろ」

「核があるの。女神の作った……この、お腹の真ん中、ここを」


 小さな手がアルセイスの手を取り、自分の腹へと導く。

 アルセイスは感情の浮かばない瞳でその動きを見下ろしていた。


「ここを、壊せば。もう動けないわ……」

「……馬鹿なことを」


 苦々しく呟いたのは、斎藤さんだった。

 視線を上げないまま、ベヒィマを見もしないで吐き捨てる。


「千年の間、孤独だと言うなら私だってそうでしたとも。それをあなたは、こんなに簡単に投げ捨てて。私など突然異世界ですよ? ですが、それでも挫けず魔王さまを追い続けて――」

「――追い続けて、結局、あんたが見つけたのは()()だったじゃない」


 ベヒィマの言葉が、くっ、と詰まったのは笑ったのか、それとも。

 斎藤さんが、ぎしり、と動きを止めた。

 ベヒィマはそんなことどうでも良さそうに、再びアルセイスに視線を戻した。


「あたし、こんなことしたかった訳じゃないの……ただ、いつかみたいに、好きな人と一緒にいたかっただけなの……だから」


 殺してちょうだい、と囁いた。

 そんな風に思うしかなくなるようなきっかけを作ったのは、多分、魔王オレで――だけどどうやら、今のベヒィマの言葉で分かってしまった。


「ベヒィマ。今の話……レイヤの中にいるのは――」

「――オレは魔王じゃない、んだな?」


 ようやく、ベヒィマの目がオレを見た。

 何の感情もない――いや、怒りと憎しみの籠もった黒い瞳が。


「そうよ、あんたなんて……」

「じゃあ、()とは一体何者――いや」


 それを尋ねるより先に、言っておかなければいけないことがあった。


「アル、呪文を止めろ。あんたね、頼まれたからって、ノー躊躇でぶっ潰そうとするんじゃない」

「敵に情けをかける必要があるか?」

「あんたのそういうとこ、嫌いじゃないけどさぁ……」


 本腰入れて説得しようと思い直した途端、アルセイスは両手で顔を覆ってベヒィマの上からどけた。

 しばらくそのまま黙っていたけれど、決意した表情で手をおろし、オレを睨みつけてくる。


「き……嫌いじゃない、んだな?」

「え、うん……」


 むしろ多分、オレあんたのこと好き――とはさすがに言えなかった。

 ノリでそういうこと言えるような人間だったらどんなに良いか。

 ……いや、そこで恨めしそうにこっち見てるあんた、あんたさっきオレのこと捨てて逃げただろ。

 かつ、さっきまでオレと目も合わせなかった癖に、こういう時だけそういう顔するし。


「……はっ、この魔王さまは偽物だって分かってるのに、魔王さまがあんまり魔王さまらしいんでつい」

「魔王さまって言葉が供給多すぎて、訳分かんなくなるからやめろ」


 じろりと睨みつけると、「ああ、なのにこの冷たい視線はやっぱり魔王さまっぽい……あっでも違うんだしヤバいまずいです、こっち見ないで……」とか気持ちの悪いことを呟いている。

 どうやらアレ程の動揺もさっきの一瞬だけで、はやばやと立て直しにかかっているらしい。さすがに千年の年月に挫けたベヒィマを叱りつけるだけある。本当に挫けない人だ。

 ベヒィマは呆れた顔で身を起こし、ため息をついた。


「本当に変わらないわね、あの変態……」

「昔から()()なのか?」


 うっかり普通に尋ねてしまったオレを、ベヒィマは僅かに険の取れた表情でじっと見上げてくる。


「……あんただって知ってるはず。偽物の方も、それに……()()()自身も」

「――ちょっと。あなた、また逃げるつもり、シトー?」


 見つからない程度に少しずつ、じりじりと後ろに下っていた斎藤さんのスーツを、ヘルガがぎゅっと掴んでいる。

 掴まれた斎藤さんはまさか、とか言いながら微妙な笑顔を浮かべているけれど、あれは確実に逃げるつもりだったに違いない。


「わざわざヘルガを連れて戻って来たからには、目的があるんだろう、シトー」


 アルセイスに睨まれて、斎藤さんは微妙な笑顔を深める。

 暮れ始めた森の中、木立がその顔に影を落としている。

 暗い影の底から覗き見上げるような瞳で、その男はただじっとオレを見つめていた。

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