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汝、眼前の純白を愛せよ  作者: 狼子 由
第一章 Ready To Run
10/198

10 トランスフォーム

 首元を、銀の刃が真っ直ぐに狙ってくる。

 刃が届く直前、開いたままのメニュー画面に急いで指先を滑らせた。

 咄嗟に「装備解除」ボタンを押して、アルセイスの装備から「エルフのナイフ」を外す。


「……っ!?」


 途端に手からすっぽ抜けたナイフの感触に、青い目が見開かれた。

 飛んでいく武器を視線で追いかけてる隙に、身体を揺らし足を押しのけ、バランスを奪う。

 ごろりと転がって、アルセイスの下を抜けた。


「おお……っセーフ……!」


 転がったままの勢いで立ち上がりながら、一気に距離を取る。運動は不得意じゃないが、別に武道の心得があるワケでもない。何とか抜けられたのは、幸運でしかない。いや、もしかしたらゲーム内補正とかがあるのかも知れないけど。

 相手がパワーファイター系の種族じゃなく、魔力重視のエルフで良かった。ゲームだから死にはしないって分かってても、心臓はバクバクする。


「怪しげな技を……!」


 怒りを露わにこちらを睨みつけるアルセイスは、手負いの獣のように獰猛な表情をしていた。ゲームのレスティキ・ファは、いかにもエルフ然とした清廉でたおやかなキャラだったので、同じ顔でそんな目つきをされると何とも言い難い気持ちになる。


『音瀬さん、大丈夫ですか!?』

「……な、何とか」


 ちょうど足元に落ちていた「エルフのナイフ」を拾い上げ、真っ直ぐにアルセイスに対峙する。


「あのさ、そんなヒドイことしようって言うんじゃないんだ。設定変えるだけの話だから、ちょっとの間だけおとなしくしててくれよ。すぐ済むから……」

「賊に脅されて言うことを聞くヤツがどこにいる!」


 懇願じみたオレの声は、高らかな宣言でかき消された。

 オレから目を離さないまま、機敏に動いたアルセイスの右足がベッドの下に突っ込まれる。引き戻した足元に転がり出ている長い棒は――銀色に輝く穂先と、繊細な模様の彫られた柄の独特な形状をしていた。


 旧版ランジェリをやり込めば、その武器の名前はすぐに分かる。

 魔王を倒すために集めねばならない、5つの聖武具の1つ。聖槍リガルレイア。かつて女神から与えられたという、エルフ族に伝わる伝説の武器だ。


「えっ!? 最強武器いきなり出しちゃうの?」

「むしろ、この状況で余裕ぶっこいていられると思うのか!? バカが!」

「ぶ、武装解除! 武装解除――出来ない!」

『あー、聖武具は特殊な武器なので、たとえ仲間の武器でもプレーヤの意思では外せないんですよ。あなたの持ち物になればまた違うんですけど……』


 斎藤さんの説明をゆっくり聞いている余裕はない。

 足先で跳ね上げた柄を掴み、切っ先をこちらに向けてアルセイスが叫ぶ。


「これだけ声を荒げて騒いでいると言うのに、誰一人として様子を見に来ない! 全エルフ中、魔術抵抗値マジックレジストが最も高い俺ですら、頭が朦朧としてるんだぞ……どんな強制力だ、お前の魔力は!」

「あっ……えっと……」

『何とまあ、純粋に抵抗値レジスト解除キャンセルしてたんですか……。さすがにちょっと腹が立ちますね、これは』


 斎藤さんの言っていた【眠り(スリープ)】は、どうやら一応アルセイスにも効いているらしい。抵抗値レジストが高過ぎて、眠りに落ちるまでではないと言うだけで。

 強制力って言うか開発部のチートなんだろうけど、それを説明しても分かっては貰えないだろう。


「とにかく、うーん……しばらくおとなしくしてろって。何も命を取るワケじゃないから」


 適当な説明をしながら、じりじりと――後退した。


『ちょ……音瀬さん、何で逃げ腰なんですか! ここで退いたら実験出来ないですよ?』

「いや、無理でしょ。あれ、ナイフより全然間合い長いじゃん。それにほら……アレって必殺技あるでしょ、知ってるよ……」


 旧版ランジェリでは勇者の使う武器だった聖槍リガルレイアには、莫大なMP消費と引き換えの必殺技がある。

 その名も、最終奥義【聖光翼刃斬セラフィーム・フローレス】。

 ボス級ならまだしも、一般フィールドのザコ敵が喰らえば、一撃で消滅した上オーバーキルダメージで後3回は死ねるという恐ろしい攻撃力になる。

 言ってる間に、槍を構えたままこちらを睨みつけるアルセイスの詠唱が、室内に響き始めた。


「――【其は青藍の刻限に佇立する万有の先導者】――」


 懐かしき【聖光翼刃斬セラフィーム・フローレス】の詠唱冒頭だ。

 薄赤い唇から、朗々と響き渡る美しい声。青い光が花びらのように詠唱者を包み、足元に魔法陣が描かれる視覚的なエフェクトの方は、旧版とほぼ同じらしい。


「ぅわっ! 斎藤さん、斎藤さん! 始まったよ!?」

『大丈夫ですから――とにかく逃げないで! 前に出て!』


 その言葉、本当に信じて良いんだろうな!?

 ハラハラしながら足を進め、ヤケクソでナイフを振りかぶった。


「――【永劫の腕に抱け! 最終奥義】――」


 青い瞳が真っ直ぐにオレを貫いている。

 一瞬下がった槍先に、誘われるように飛びかかる。


「――【聖光翼刃斬セラフィーム・フローレス】――!」


 オレが地を蹴る隙を待っていたかのように、振り上げられた槍の軌跡を追って光がほとばしった。光の刃が真っ直ぐにオレを目掛けて飛んでくる。

 眩しさに目を閉じた直後、斎藤さんの笑い声が聞こえてきた。


『ふっ……レスティキ・ファの末裔ごときが、小癪な技を――セット、全詠唱破棄カット極限防壁アルティメット・シールド】!』

「――何だと!?」


 目前に迫った眩しさと、上ずったアルセイスの声で目を開けた。オレの顔のすぐ前、それこそ10cmくらいのところで、聖槍から放たれた光が破裂音を立てながらとどまっている。


「おお……!」

「これは――無詠唱で最終奥義を止めるなんて――貴様、どんな技を……!?」

『あはははは! ざまぁないな、レスティキ・ファ!』


 いや、どんなもこんなも、オレは何でもないただのテストプレイヤなんだけど――それはそれとして、斎藤さん、ノッリノリだなぁ……。

 高笑いを上げる斎藤さんの声を聞きながら、オレは黙って頭を掻いた。


 目の前では、斎藤さんの作った壁にぶつかって、【聖光翼刃斬セラフィーム・フローレス】の魔力がバチバチと火花を立てている。

 それにしても、【聖光翼刃斬セラフィーム・フローレス】を完全に止めるようなすごい魔術、旧版にはあったっけ? 新しく実装されるのか、それともこれも開発部のチートの一種だろうか。

 ぶつかった光が完全に消えた頃、ようやく笑い疲れた斎藤さんが息を荒げながら呟いた。


『はは……は、はぁ、はぁ……あー……ごほん。お見苦しいところを……』

「いや。それよりあんた、レスティキ・ファのこと随分嫌いだったんだな……」


 だって、めっちゃ気持ち良さそうだったもの。

 オレが二言目にはレスティの名前を出してたから、今まで言えなかったのかも知れない。気付かなくて申し訳ない。


『えっと……いや、その。うーん、仲間内でですね、その、えー……私の好きな人がいまして、まあその人が一押ししてるキャラがレスティキ・ファで――ああいや、それは良いので、とりあえず彼に近付いてください。肩でもどこでも良いので、身体の一部を掴んで接触して』

「あっ、はい。分かった」


 有耶無耶にされたが、何となく理解した。どうやらこれは恋バナらしい。仲間内ってことは、開発部の話だろうか。ゲーム作る間に色々乗り越えるのだろうから、そういう話も出るのに違いない。もしかすると最初、斎藤さんが旧版ランジェリに対して批判的だったのも、そういう何か引っかかるものがあるのだろうか。

 オレは、まっすぐ踏み込んだ。茫然としているアルセイスには、突進してきたオレの勢いを殺しきれない。押し倒して、一緒にベッドに転がった。


「あっ――くそっ!? この……!」

「暴れんなって」

『さあ唱えて――【其は遍く闇の王 禁断の業を我が前に 創造せよ新たなる息吹 変容(トランスフォーム)】』

「――そ、【其は遍く闇の王 禁断の業を我が前に 創造せよ新たなる息吹 変容(トランスフォーム)】!」


 最後の呪文を叫んだ途端、アルセイスの肩を押さえていた自分の手を通して、確かに何かが抜けていったような感覚をおぼえた。これが魔術を使った感触なのだろうか。

 現実にない身体の披露まで、こんなにリアルとは。最新の科学ってヤバい。

 しかし、さっき【下着複製デュプリケーション】を使った時は、あまり感じなかったのは何故だろう。一緒にレベルアップがあったからかな。


 脱力とともに、随分と魔術らしい魔術を使った喜びでオレが胸を高鳴らせている間、真下にいるアルセイスの方に、その魔術が効いてきたらしい。

 始めは怪訝な顔をしていたが――数瞬もしない間に、背を仰け反らせて両目を見開いた。


「――ぐっ……!?」


 一度効き始めるとすぐに、暴れる身体は抑えきれない程になる。上に乗っているオレまで一緒に跳ねるくらい、激しくもがいている。

 聖槍を放り出し、白い喉を両手で掻きむしろうとし始めたところで、さすがにオレの方もちょっと不安になってきた。動き回ろうとする両手を必死に抑えながら、斎藤さんに呼びかける。


「さ、斎藤さん……ちょ、これ、大丈夫なんだよな? 何か苦しんでるけど……」

『大丈夫ですって。ほら……これだけ密着してたら分かるでしょう?』


 言われて初めて、腰の下に敷いている身体の感触が、柔らかみを帯び始めていることに気付いた。

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