1 即断即決の罠は手招く
「なるほどねぇ。妹さんの応募でいらしたと」
「はあ、そうです」
答えてから思った。ちょっとまずかったかもしれない。やる気が重要なら、今の回答は減点だ。
いや、オレもやる気がないわけじゃないんだけど。
小奇麗なオフィスの一角、4人入ればいっぱいになるような面談スペース。
眼鏡の男に向かいあって座ったオレは、手元のコーヒーを煽った。
香りの立たない、自販機のカップコーヒーの味がする。
コーヒーから視線を戻し、男の表情をうかがう。向こうはオレを気にする様子もない。手元の書類をつまらなそうに眺めているだけだ。
「えーっと……昔から『ラン・ジェ・リ』が好きだった、と」
「あ、はい。もう20回以上クリアしました。やりこみ要素のミニゲームも3回はカンストしてます」
「え、あの鬼みたいなアイテム蒐集ミニゲーム? へぇ……それは、ありがとうございますと言うか何と言うか」
呆れたような顔で見つめられた。ちょっと可哀想な子を見るような。
反射的にイラっとする。
……いや、確かに、自分でもちょっとハマり過ぎだったかも、とは思う。今時、コンシューマRPGを20回も繰り返してクリアするヤツなんてそうそういない。誰に言っても変な顔されるのが普通だ。
だけど――さすがに、作った本人がそんな顔するのはおかしくないか?
製作者なんだから、作品の出来にプライドを持ってほしい。『ラン・ジェ・リ』が不朽の超名作なのは確かなんだから。
かつて一世を風靡した家庭用RPGゲーム『ランド・ジェネシス・リコレクト』――通称『ラン・ジェ・リ』。
いわゆるスマホゲームとは違う、古いタイプのゲーム機のゲームだ。
もとは母さんのものだった。だけど、あの人ももうすっかり飽きてしまってたもの。たまに思い出したようにプレイして「この頃は良かったわ」なんてうっとり呟くしかしない。
今となっては、オレの方がよっぽどランジェリの世界に詳しい。好きこそものの上手なれ。
そのランジェリが――ついに、リメイクされることになった。
しかも、リメイク版はVR――ゲームの中に入り込む感覚でプレイ出来るのだ。
そう聞けば、ファンなら興味を惹かれるのは当然だと思う――の、だが。
「あの……ちなみに、旧ランジェリのどこがそんなに良かったんですか?」
目の前の男は、心底不思議そうな顔をしている。ため息をつきたくなった。
彼は、リメイク版ランジェリ開発部の斎藤さん。旧ランジェリの頃からの開発スタッフらしい。
現役高校生のオレよりは、いくつか年上だと思う。若そうに見えるが、彼1人が今日の面接の――リメイク版ランジェリ、テストプレイヤ求人面接の――試験官なのだ。それなりに責任ある立場……なのだろうか。
髪は微妙に寝癖ついてるし、ちょくちょくずり落ちてくるメガネを指先で押し上げているけど、よーく見るとまあ、割と顔立ち整ってるような気がしないでもない。
「どこってあの……異世界のビジュアルの美しさとか」
「ああ、あのフェアリーの遺跡とかね、砂漠の市場の雰囲気とかは評判良かったですね」
「はい。森とか海とか草原とか、自然の背景も綺麗で。建物も――王城とか神殿とか、あの荘厳な感じすごかったです」
「ふむふむ」
「それに、音楽も……バトルのときとか、何か聞いてるだけで心臓がバクバクいう感じで」
「あれは迫力あるって評価受けてましたね、当時から」
「はい。でも一番好きなのは、勇者の友達の――あのエルフの美女の……」
「ああ、レスティキ・ファですか」
「……はい。すごい好きで、何回プレイしても、彼女はレベル完スト……」
「ははは、なるほどね」
笑われた。
ちょっと痛い子だなっぽい感じで笑われた。切ねぇ。
「もう20年くらい前のゲームですけど、古臭いとかそういう感じはしません?」
「全然しません。めっちゃ面白いです」
だから今回も、テストプレイ求人を発見し、嬉々として申込み――は、実はしてない。
オレが必死になってプレイしてたのは中学生くらいまで。高校に上がってからは部活だの勉強だの新しい環境に忙しくて、ランジェリから遠のいていた。
だから、ランジェリが好きは好きなんだけども何を置いても駆けつけるかと言えばそこまでではない。実際にオレがここにいる理由は、妹のドス黒い欲望によるものだ。
曰く、「夏休みなのに、お兄ちゃん毎日ゴロゴロして、妹をレジャープールに連れてってあげるお金もないなんて!」だそうだ。
勝手にアルバイトを申し込むに当たって、大好きだったランジェリのテストプレイヤなら、まず断らないだろう、という小癪な作戦。……それにまんまとハマっているオレ。悔しい。
問題は、オレのテストプレイヤとしての適性だ。
いや、つまりその……オレがまともにプレイしたゲームって、実はランジェリ1作だけなんだ。
もともとゲーム自体そんなにやらない。ランジェリを離れてからはコントローラに触ってない……どころか、最近話題のオンゲーもモバイルゲームもやったことがない。
こんなんじゃさすがに落とされるだろうと覚悟していたが……意外にも、ここまでの間、他にプレイした作品についての質問がなかった。もしかしてこれ、イケるだろうか?
妹が勝手に応募したとは言え、ここまでくれば、リメイク版ランジェリに少しでも触れてみたい気持ちは、正直ある。
「音瀬 玲也さん、高校2年生」
「はあ」
「夏休みの予定はなし」
「はい」
「……8月になって部活もバイトもしてない高校生って、すごい暇じゃありません?」
「まあ……なので、今日ここにいる、みたいな」
「ああ、なるほど」
斎藤さんがメガネの奥で、にんまりと目を細める。
「良いんじゃないですか。じゃ、採用で」
「へ……?」
「決まりです。テストプレイお願いします」
「え!? は、はい……ありがとうございます?」
そんな平社員の一存で即決して良いのか?
良くは分からないが、開発部ってそんなに権限あるのだろうか。それともオレが知らないだけで、斎藤さんが権限持ってるのか。
戸惑うオレを尻目に、斎藤さんはさっさと席を立ち、扉を開けた。
「じゃあ早速ですが、こっちに来てください。テストプレイの準備は出来てますので」
「……は? 今からですか?」
「時間がないんですよね。発売日押してまして」
トントン拍子に話が進み過ぎてるような気もする。
とは言え、ゲーム制作ってすごい忙しいとは聞くし、こういうのが普通なのかも知れない。
ここは確かに1棟まるごとランジェリの販売会社のビルだし。
まさかそんな大手ゲーム企業が、高校生騙してどうこうってこともないだろうし。
――何より、オレにとっては、もうそのつもりで扉を押さえてる斎藤さんに、あれこれ聞いて話を止めるのが面倒だった。
「……あ、はい。行きます」
だから、オレ、ほいほい進んじゃっちゃったんだ。
その扉の向こうへ行くことが、どんな意味を持つかも知らずに。