プロローグ
私がその男と出会ったのは牢屋の中だった。
薄暗く、汚い地下通路を二人の憲兵に連れられ歩く。
足元に何匹かのネズミが横切っていくのがわかる。
それに悲鳴をあげそうになるがどうにか心の中にへと押しとどめる。
「おい、きりきり歩け!」
憲兵の一人が声をあげ、自分の首と手を繋ぐ鎖を引っ張る。
引かれた勢いで倒れそうになるがどうにか踏みとどまる。
その様子をみながら二人は笑う
「尋問が始まるまでお前はここにいるんだな」
「いつまでいることになるかはお前次第だからな」
薄暗い通路を二人の笑い声が反響し耳障りな音となる。
なにも言わない女性を脅すように言葉を続ける。
「しかもよ、寂しくならないように同室にはちゃんと同居人がいるからな」
歩き出しながら言葉を続ける。
「訳の分からないことを喋る気狂いの男だからどうなるかは知らんが……ま、仲良くしろよ」
最後の言葉に下卑た笑みを浮かべ言う。
それに大して悔しそうな顔を浮かべるが黙る女性。
それを見て満足した顔を浮かべそのまま階段を降りていく。
まるで奈落の底へと足を踏み入れているような錯覚に陥りながらも歩みをとめることはできない。
(前の二人をどうにかさえすれば……いや、できたとしてどうしようもない)
俯きながら心の中で頭を振り考えを消す。
そうしてる間に徐々に下に降りていく恐怖に悲鳴をあげそうになる。
(みんなのためにも……どうにかしないと)
そうしているとやがて前二人の歩みが一つの独房で止まる。
下を向いていた顔を上げると鉄製でできた重厚そうな牢が見える。
小さな窓が奥に一つ付いており、それが微かな明かりとなっている。
鍵を取り出して扉を開ける。
「では、お姫様どうぞ」
一人がわざと芝居がかった仕草をして扉を開き、もう一人が逃げないように槍を突きつける。
それに大して内心の怯えを見せずに扉をくぐる。
牢の中は残骸としか言えないベッドとトイレ代わりのツボがあるだけで他には何もない。
壁をよく見ると血のような後があり、壁を掻きむしったのだろうか五本の赤い線が途切れ途切れに残っている。
「落ち着け、私」
内心の恐怖を誤魔化す為に言葉を口にだして必死に冷静さを保つ。
そしてそこで気づく、兵士の言った言葉を。
「もう一人いるはずだが……どこだ」
その時、視界の隅の毛布の塊が動くのを捉えた。
「っ‼︎」
恐怖に駆られ思わず後ずさるが背中に冷たい金属の硬さを感じる。
これいじょう退がれないことに絶望を覚えながらも近くにあったベッドの木片を掴み構える。
「近寄るな!」
こちらの言葉を聞いていないのか毛布の中から人が立ち上がり近く。
「お前、日本を知っているか?」