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あるミニバスチームの記録  作者: 月森 早紀
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初めての出会い

――人数が足りない。

 

 柊介はため息をついた。

 この春、柊介は自身の出身した弱小ミニバスケット部のコーチの任に就いた。就任の挨拶がてら、部に寄ったのだが…。「まさかこんなに人数が少ないとは…。」独り言ちて柊介は頭を抱えた。3月に6年生たちが卒業し、部に残ったのは6年生2人に5年生、4年生が1人づつの4人。一応、卒業生の弟達が2人程入部予定なので6人になる予定ではあるが。それでも、公式な試合に出るには最低でも11人は必要である。その数に達していない場合、それはゲームの結果いかんにかかわらず、負けを意味することとなる。『これじゃあ、勝つことはできないじゃないか…』そんなことを考えている柊介に、子どもたちが駆け寄ってくる。

 「こんにちは。城ケ崎コーチですね!」いがぐり頭の男の子が元気よく声をかけてくる。「前のコーチだった高橋先生から、聞いています。これから僕たちにバスケを教えてくれるんですよね?」屈託のない笑顔を向けられて、こちらも自然と笑みがこぼれた。柊介の笑顔に勇気づけられたのか、男の子の笑顔は一層、明るくなり、口元から八重歯がのぞく。くるっと子どもたちを見渡してから、柊介は口を開いた。「こんにちは。」柊介の挨拶に、4人の子どもたちは一斉に「こんにちは。」と返してきた。みんな、いがぐり頭の子と同じように満面の笑顔である。「僕の名前は城ケ崎柊介。」そこで一呼吸おいて、もう一度子どもたちの顔を見回す。どの子も期待に満ちた目で、じっと柊介の顔を見つめている。「前任の高橋先生はお年を召されてしまって、君たちの先輩と一緒に卒部してしまいました。ずっと教えてくれた恩師がいなくなると言うのは君たちにとって、とても寂しいことだと思う。僕も小学校のころ、このチームで高橋先生に教えてもらっていたんだ。その先生がいなくなることは僕にとっても悲しいことだけど、僕が高橋先生に教わったことを、余すことなく君たちに教えることでその恩に報いることができると思っている。高橋先生には及ばないかもしれないが、一生懸命やっていくので、みんなで一緒に頑張って行こう!」

 言いっ切った柊介だが、ふっと子供たちを見ると、顔を見合わせている。やがて、おずおずと、先ほどのいがぐり頭の子が、口を開いた。「コーチ、僕たちは高橋コーチがいなくなって寂しいだなんて思いませんし、城ケ崎コーチが高橋先生以下だろうなんて思っていません。」そこで、ちょっと言葉を区切る。いがぐり頭の子は、慎重に言葉を選んでいるようだった。

 ちょっと考え込んで、思い切ったように顔を上げ、一瞬、逡巡した後、口を開き、まくしたてるように早口でしゃべり始めた。

 「高橋先生がおっしゃっていました。『私はここを去るけど、悲しいことなんて何もありません。次に来るコーチは、君たちの先輩で、君たちと同じように、ここで毎日、私からバスケを習いました。その人は、バスケをするに当たって何が必要かをちゃんとわかっている人です。私の理想とするバスケをよく理解し、愛をもって君たちを指導してくれる人だと確信しています。だから、お別れのプレゼントに次のコーチを君たちにプレゼントします。次のコーチを私だと思って、仲良くやって行ってください。』って。」

 言い終わって、少し鼻をかむ。目がうるんでいるようだが、その目には、確かに――覚悟と言うか、決心と言うか――強い意志が輝いていた。

 「コーチ、次は僕たち2人が最上級生としてキャプテン、副キャプテンをします。」ふいに口を開いたのは、隣にいたひょろひょろの男の子。「僕たちは寂しいなんて言いません。確かに僕たちは長く高橋先生に教えていただきました。だからこそ、高橋先生の言葉を信じています。城ケ崎コーチは絶対にいいコーチなんだと、信じています。高橋先生は最後まで僕たちのことを考えてくれた。その結果、城ケ崎先生がここに来て僕たちのことを見てくれることに決まったんですよね。城ケ崎先生がいることこそが、高橋先生が僕たちのことを考えてくれた証拠なんです。」その言葉に他の子達もうんうん、と頷く。

 柊介は、息をのんだ。この子達と高橋先生との間にある、絶対的な信頼感。それは、かつて、いや、今も柊介が高橋先生に感じている物と同じものだろう。この子達はかつての柊介と同じように高橋先生から愛され、指導され、時に厳しく、時に優しくされながら月日を重ねてきたのだろう。

 とたんに、この子達がとても身近な存在に感じられ、いとおしくなってきた。「俺が、このチームを守ってやる!」柊介はそう心に誓った。

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