第6話①
薄暗い道に鼻歌が響く。
「♪~」
深夜になると、この辺りは人通りが途絶える。
とはいえ、今日は満月。月明かりのお蔭でまだ明るい。
上機嫌な様子で、彼女は薄暗い道を歩いて行く。上気した頬は彼女が程よく酔っていることを示したが、足取りに迷いはない。ヒールの靴で音を立てながら歩いている。
「♪♪~♪~」
メロディはない。それどころか歌であるのかも怪しい。そこまで上手いとも言えない。
だがそんなことは、歌っている本人には関係のないことだ。
ただ気分が良く、気紛れに歌っているだけなのだから。
ただの、酔っ払いの行動。
金の髪を肩の後ろに流している彼女は、しかし唐突に身を捩った。
斬!
髪の先が数本、宙に舞う。
「誰だ!?」
誰何の声は鋭く、とても酔っているとは思えない。
そこに立っているのはただの酔っ払いではなく、1人の戦士だった。
暗がりの中で目を凝らす。
そこにいたのは……闇。
「な……何だテメエ」
思わず、息を呑む。
あまりにも異質。
襲われたという衝撃よりも先に外見のインパクトが勝手しまった。
思わず構えを解いてしまう。
蠢く闇に、一迅の光の光が薙ぐ。
彼女にとっては避けられないスピードではない。
だというのに。
彼女の胸から剣が生えた。
はっとして、彼女は我に返る。
眼前に、迫りくる銀。
とっさに彼女は地面を蹴った。
ふわり、と女性が身軽に宙を舞う。
直後。
女性の背後から飛んできた短剣が、先程まで女性がいた場所を通過する。
そして闇から感情が揺れる気配。
「っぶね」
見事な後方宙返りを決めた彼女は、スカートを押さえながら笑う。
ロングスカートだったお蔭で、中身は見えていない……はずだ。
しかし、女性は背中で冷や汗をかいていた。
情けないことに、先程の曲芸で足を捻ってしまったらしい。
普段から履き慣れて、時には大立ち回りをしているのだが、人1人体重が落下する衝撃をヒールは受け止めきれなかったのだ。
(やっぱ鈍ってやがる)
随分とまあ平和ボケしたものだ。
だからこそ、こんな恰好が出来るというものだが。
「あんたみてえな危ない奴に襲われる心当たりはねえってのによ」
小さく毒づく。
どうやら、逃がしてくれそうにはないらしい。
「……いや、これも因果か」
例え見えなくても、この手は血に塗れているのだから。
どこの誰に恨みを買っていても、おかしくない。
コートの下から、護身用のナイフを鞘から引き抜く。
とはいえ、こちらも簡単にやられるわけにはいかない。
というよりやられるつもりもない。
ぺろり、と上唇を舐める。
先程飛来した短剣は闇に包まれると、忽然と消えてしまっている。
どんな手を使ったのか皆目見当がつかない。
次はどこから来るか。
神経を張り巡らせ……思わず目を見張る。
闇の後方で、銀が閃いた。
闇がその銀に気付いたのは、彼女よりも僅かに遅れてだった。
「覚悟!」
銀が振り下ろされる。
しかし闇はあっという間に姿を消した。
銀は空しく空を斬る。
しばらく周囲を警戒するが、再び襲われる気配はない。
それを確認しようやく2人は緊張を解いた。
「……助けてくれて、ありがとうございます」
「いいえ、礼には及びません」
月光を反射する長剣を鞘に納め、彼は彼女に微笑みかけた。
藍のような黒の髪は肩まで伸ばされ、海を思わせる青みがかった緑の瞳はまるで宝石のようだ。彼女は女性からすると身長はかなり高めに入るが、彼は男性にしては低く見える。
まだ成長途中なのだろう。青年というよりは少年と言った方が相応しい。幼い顔立ちに比較的高めの声。服の上から簡素な外套を羽織っており、腰には先程の長剣を佩いている。
少女と見紛うばかりの少年の顔を見て、彼女は内心で首を傾げた。
どこかで見たことがあるような、ないような。
喉に小骨が刺さったかのようなもどかしさは、なかなか晴れてくれそうにない。
「また先程のような輩に襲われるとも限りませんし、よろしければご自宅までお送りします」
「いいえ、そこまでしていただくわけにはいきませんわ。これでも腕に覚えはありますし」
「そのようで」
彼女は苦笑し、ナイフをスカートの下に素早く収める。
「ですが、襲われた女性をそのまま見過ごすわけにもいきません」
この少年は、純粋な好意でそう申し出てくれているらしい。
「ふふ、優しいのね」
少年が女性に手を差し出す。
それから逃れるために1歩下がろうとした女性だが、足の痛みを思い出し顔をしかめてしまう。
「……もしかして、怪我をされているんですか?」
「何でもないわ」
「さあ、遠慮なさらず」
怪我をしているらしい女性を助けるべく、少年が歩み寄る。
「本当に、大丈夫ですわ」
少年の手を払いのけ、逃げようとする女性。途端、バランスを崩してしまう。
「っ」
「危ない!」
慌てて少年が手を伸ばした。
それでも女性は強情に、手を払いのけようとする。
「ちょっ!」
「ぅわっ!?」
地面に背中から倒れこむ女性。支えようとした少年も、危うく倒れかけた。
「……あ」
「……あ」
同じ言葉が重なる。
何故なら。
女性の手は少年の胸にあった。服の下にあるのは、押さえつけられてはいるものの柔らかいもの。それを鷲掴みにしている形となってしまっている。
そして少年はというと、女性の胸を凝視せざるを得なくなる。何故なら、女性の胸がずれていたからだ。
「う、うわあああああああああああああ!?」
先に動いたのは少年……否少女の方だった。
「お、お前……!? お、おおおお男!? しかも触られた!?」
「……あー、触ったことについては不可抗力だけど、謝るわ、うん」
女性の格好をした男性も、そのあたふためきに詫びを入れることにした。
「うるさいこの変態! 貴様の謝罪など受け入れるか!」
「誰が変態だ!? ……そりゃあ触っちまったのは悪かったけど、それは事故だ! 俺に他意はねえ!」
耐えられず、男性が叫ぶ。その勢いのまま立ち上がろうとして、バランスを崩し断念する。
「……チッ」
男が顔を顰めたのを見て、少女も相手が怪我人だということを思い出したらしい。
「……おいお前、家はどこだ?」
「はぁ?」
「女の格好をしていたおいうのは気に入らんが、貴様が怪我人ということに変わりはない。家まで送り届けてやる」
「だから、いいって言ってるだろ?」
「そうやって意地を張っているが、歩けるのか?」
「うぐっ」
痛いところを突かれた。
少女は手持ちの布を互い違いに破き、簡易の包帯とした。
そして挫いた左足に、ガチガチにまいていく。
「……へぇ、手馴れてるな」
「職業柄な」
応急処置が終わり、恐る恐る男性は立ち上がった。