2.はじめての魔法
「えーっと。コレは…アレだな。いわゆるひとつの異世界転移って奴だな」
伊達に三十路までオタク予備軍として日夜活動しているわけでなく、ファンタジー系のライトノベルを特に好んで読んでいた自分としては真実はともかくそうとしか考えられなかった。
「そうなると……。転移の状況的に、召喚パターンじゃなく事故パターンかよー
まぁ、勇者やれとか言われたり、体よくこき使われるのはゴメンだけど…
この世界の事がサッパリわからないのが痛いし、帰れる可能性が極めて低い。
うぐぅ。
まぁ、オヤジもオフクロも死んじまったし、彼女には振られるし、仕事はブラックだし、そこまで帰りたいわけじゃ無いけど……
パン屋の看板に頭ぶつけた挙げ句に異世界転移かぁ…
………アレ?最近忙し過ぎて気付いてなかったけど、俺、割と不幸?
うぐぅ。」
とりあえずは生き残ることを考えないと。まずは状況の整理だな。こういうのは分かっていることも声に出してやるのがいいと聞いたことがある。
「檀恒稀、31歳、独身、男。
身体に怪我は…と、後頭部に軽いコブあり、一応健康。
ただし、くたくたに疲労……アレ?そうでもない??なんだろ。
持ち物は…デイパックに、オニギリが二個、缶ビールが500ml三本、からあげチャンのチーズ、絹ごし豆腐一丁、サラミ一パック、カロリンメイトが一箱、三色ボールペン一本、B5ノート一冊、百円ライター一個、モバイルブースター一個、ディルファルニア戦記三巻。
財布に一万五千円ちょっと。
胸ポケットにスマホ。
食い物が二食分位あるのと火種はラッキーだけど…、武器になるようなものがサッパリ無いな。
あのウサギが食えるとしても運動不足の権化たる俺じゃあ返り討ちだよなぁ。
襲って来ないだろうな…。
周囲に人里は見えないけど、この街道を見る限り、一定以上の文明を持ったナニカがこの道の先にはいるだろう。
運良く、俺と同じような人類がいるにしても言葉が通じないだろうし金も使えるわけないしな。
せっかくだから、魔法でも使えんものか…。既に身体が軽いっ的な感覚も無いし、テンプレ展開的に。やっぱりベタな展開がいいよな~
こう、手をかざして、
風よ!刃を成して彼の者を切り裂け!」
ズバンッ
手の平から一瞬熱が奪われた後、5m程先の地面に幅1m弱、深さ10cm程の傷が草地に刻まれる。
「なんてね。中二病恥ずかしっ」と続けるつもりが、言葉を失って剥き出しになった地面を見詰める。
「おおおおっ!魔法きたあああ!!!」
◆◆◆◆◆
それから日が傾くまで、延々魔法の検証をした結果、色々な事が判った。
・魔法の発動には意思と言葉が必要
発動時と一言一句同じ言葉を適当に言っても何の現象も起きなかった。
逆に、明確は意思を込めても、意思とは異なる言葉、デタラメな言葉では同様に何の現象も起きなかった。
言語に区別は無く、拙い英語でも発動したし、笑える事にプログラミング言語でも発動した。Javaで魔法が発動した時には流石に驚いた。
・魔法の発動による何らかの消耗は認められない
発動の瞬間、手のひらが冷えた気がしたが、すぐにその感覚は消えた。
恐らく数時間魔法を使い続けたが、体調に変化はない。
あ、腹は減ったし日本時間でおよそ午前零時を回っているため眠いが、そんなものだ。
・特定の言葉はイメージを補強するためか効果が強くなる(風、光、水など)
魔法には属性がある?
このあたりはまだまだ検証が必要だ。
・魔法で起こせる事象は万能ではない
転移や飛翔などは試みてみたができなかった。
火傷の治癒は出来た。試しに左手の内側をライターで軽く炙って火傷を作ってみたが、魔法で痕も残さず治癒した。
刃物が無いため裂傷では試せていないーー最初に発動した風の魔法は効果範囲が絞りきれず、下手に試みれば腕ごと落としそうなのだーーが、恐らく効果があるだろう。
・質量保存則は無視される
これは魔法というより、この世界の特性かもしれないが、魔法によって無から有を生じさせうる。
試しに石壁を生成したところ、周囲の環境変化無しに石壁が現れた。
ただし、生物は作れなかった。
・魔法の効果時間は意思が継続する限り
炎を魔法で発生させた場合、詠唱が終わっても意思ある限り炎は存在していたが、気を抜いた瞬間消滅した。
しかし、物質として現出すれば、その存在は継続した。
調子に乗って作った石壁造りの小屋が街道脇にいまも俺を見下ろしている。
ただ、これではよくある「結界」の類を造ることが出来ない。
常時集中が必要というのは実用として厳しい。
夢中で魔法の検証をしていたが、気付けば日が暮れようとしている。
未だ街道を通る人(?)を見かけないが、ここが辺境なのか、都市間移動がさほど活発ではないのか。
「思いついたこと」もあるので、誰かに通りがかって欲しいものだが…
無い物ねだりをしても仕方無いので八畳程の小屋に入り、今日は休む事にした。
流石に空腹も限界だ。まあ自業自得な訳だが。
小屋の中に創られたテーブルにつき、足の早そうなものを肴にビールを空ける。
「美味い。二度と呑めないかと思うと、殊更に美味いな。」
恐らく、このビールと同じものはもう二度と呑めないだろう。
この世界に醸造技術があったとしても、石畳の街道を見る限り技術の発達段階が日本と同等とは思えないし、自分は醸造に関する知識もほとんど無い以上、こちらで再現するのは無理だろう。
大事に取っておくという考え方もあるが、この先どうなるかなどわからない以上、美味しく呑めるうちに呑んでしまった方がいい。




