〈4〉Third Sacrifice
家族と天ぷら屋に出かけ、海老天丼で腹を満たした俺は、帰宅してすぐに宿題を片付けた。
7月も明日で最後。面倒なことはやれる内にやっておいた方が後々楽なのは自明の理というわけだ。
科学の問題集を解き終わり、背伸びして一息ついた所で時計を見た。
「…3時前か…」
予想外に早く宿題が終わったので、予定よりだいぶ時間が余っている。さて何をしようか、と考えを廻らせた時、俺はあることを思い出した。
「そうだ。図書館に行こうと思ってたんだっけな」
早乙女たちとゲームセンターやらプールやらに行っていたので、そのことを忘れていた。
ついでに読書感想文も終わらせてしまおうと考え、プリントを取り出して鞄にしまう。
母に出かける旨を告げ、俺は足取りも軽く家を出た。
***
自宅から数駅乗り継いだ先に、県内有数の大きな図書館がある。
若干距離があるにも関わらず、俺はここがそれなりに気に入っており、時たまにふらりと足を運ぶのだ。
何といっても魅力的なのはその蔵書数で、お堅い内容の本から流行りのライトノベル、そして名作マンガや絵本と、あらゆる客のニーズに答えた書籍たちがここにある。
俺は図書館の二階、文学作品が収めてあるフロアに行き、適当に書架の間をうろついた。
読書感想文の題材を何にしようかと様々な本を物色していた時、運命の出会いと言わんばかりに一冊の本が目に止まった。
『現代都市伝説――カシマレイコ』。
聞いたことのない作者の本だったが、思わず手に取っていた。
噂の内容からその源流まで、カシマレイコに関する情報が事細かに載っている。
これは借りていくしかない。ひょっとしたら、検索しても見つからなかったことが載っているかも。
棚ぼた的な幸運を喜び、俺はその本を手に取りつつ、書架巡りの旅を再開した。
結局、読書感想文は適当な本にすることに決め、前から読もうと思っていた『富嶽百景』を手に取り、館内に設置された机に向かい筆を進めていた。
しかしなかなか思うように描けず、のんびりしている内に時間も遅くなってきたので、仕方なくカシマレイコの本と一緒に借りていくことにして、そそくさと図書館を出た。
電車に乗る時間も含めて、家に帰るまで一時間程度はかかる。現在の時間は午後5時。あまり遅れると先に夕食を(姉に)食べられてしまうかもしれないので、早く帰るに越したことはない。
小走りで駅まで行き、電車を待つこと数分、やっと訪れた目的の電車に乗り、俺は超特急で家路を急いだ。
「うわっ、もう6時過ぎかよ」
駅に着いた途端そう口にした俺を、近くにいたおっさんがちらっと見た。
足早に駅を離れ、さっさと家を目指して歩く。
住宅街を通り過ぎ、やがて公園―――ブランコと滑り台と公衆トイレしかない児童公園が見えてくる。
その景色を目に収めるうちに、俺は非日常の権化ともいうべき物体を目にした。キープアウトの文字が並ぶ警戒色のラインが、公園の通用口に張り巡らされていたのだ。
閑静にして平穏な住宅街である。警察が出動するような出来事など前代未聞だ。
野次馬根性を抑えきれなかった俺は、時間のことを忘れて公園に近づいた。
「あっ、仁志!」
聞き覚えのある声にまさかと思いつつ顔を動かすと、狼狽した貴島と目が合った。
なぜこんな所に、という疑問を捨て置き、駆け寄ってきた貴島が口を開く。
「人が殺されてたらしいよ。足がなかったって」
「お前、見たのか!?」
「見てはないけど…男の人二人が倒れてて、警察の人がビニールシートかけてて……目撃者みたいな人が言ってたよ、『足がなかった』って」
夏の屋外だというのに、氷水を浴びせられたような寒気に包まれた。
それと同時に、脳内で喪服の女がニヤニヤ笑った。―――あいつがやったんだ。荻内さんを殺した、あの女。
「仁志、ひょっとしてさ、これって…カシマさんじゃない?」
貴島の口をついて出たその言葉に、俺はまたしても反応した。
「足を持っていっちゃうってさ……やっぱりカシマレイコだよ、本当にいたんだ…」
「おい貴島、何でお前までカシマレイコの事知ってるんだよ」
「えっ……あ、ほら…この間仁志が話してたじゃん。百物語でさ」
それにしたって、貴島までがカシマレイコの名を意識しているとは―――百物語から始まったカシマレイコの波は未だに治まりを見せていないようだ。
「ごめん、あたし帰るね。仁志も気をつけてね!」
「あ、ああ…」
貴島はどこか焦ったように踵を返すと、そのまま小走りで遠ざかっていった。
とりあえず、もうこの場所に留まる理由はない。6時を過ぎているということを改めて理解し、俺も小走りで家路を急いだ。
***
翌日、いつものように起床した俺は、真っ先に新聞を見た。
一面ではあるが小さい記事で、昨日の公園での事件が掲載されていた。
被害者は二人の大学生、両名とも胸部を刺された事による失血死で、死後まもなく足を切断されていたようだ。二人の足の所在は不明らしい。
「ったく………どういう事だよ」
新聞を置き、惰性で携帯を確認する。今日は珍しく、新着メールのアイコンが点滅していた。
どうせ早乙女か清瀬弓沢のどれかだろう、とボーっと考えていた俺の頭を覚ますように、そいつの名が画面に躍り出る。
『送信者:榊原』
脳が覚醒した。震える手でボタンを押し、メールを確認する。
『公園の事件、もう知ってる?』
慌てて返事を打ち、送信。
『あれはカシマレイコがやったのか?』
間をおいて、バイブレーションが掠れた音を鳴らして返事を受信、ディスプレイに表示した。
『現時点ではそう仕考えている。もし垣渕君の予定が開いていれば、これから話をしたい』
『OK。どこで?』
『とりあえず、駅前で』
『それなら駅前の喫茶店で話そう。ついでに朝飯を食べる』
『分かった』
同世代の女子にしてはいやに簡潔な文面と睨めっこをし終えて、貴島のハイテンションな文面を思い出し辟易した。