表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カシマレイコの詰問  作者: ずほ子
#1 怪談、口に上る
3/10

〈2〉Ghost storys of evening

 ―――その夜、俺は悪夢を見た。

 あれは女の声だった。聞き覚えのない、気味の悪い女の声が、いつまでも俺を追ってきた。

 俺は深夜の路地を、何者かも知れない女から、ひたすらに逃げていた。


 『足をちょうだい。』


 女は、深雪のように静かな声でそう言っていた。

 逃げ続けているのに、一向に距離が縮まらない。同じ声質、同じ声量、同じ声色で、女は俺を追い続けていた。

 俺は逃げつつも、女の正体を薄々感じていた。

 …あんなものが実在すると認めたくはない。しかし、あの怪談の生みの親となった人物は実在したのだ。

 百物語を目前に控えた今日という日にあんな夢を見るとは、出来過ぎた偶然にも程がある。

 そもそも、俺がカシマレイコを知ったのは、あいつに百物語の話を持ち出されてからだ。引き金を引いたのは他ならぬ貴島だ。…ごく僅かだが、不吉な予感がする。

 突然、携帯が震えだした。…貴島からメールだ。


 『百物語、今日の7時からだよ~(*´・ω・)ノ まさか忘れてないよね?(;@3@)

 みんな来るって言ってるんだから、仁志も絶対来てよね;´Д`);´Д`);´Д`);´Д`)

 来ないとヒドイぞo(`Д´*)o』


 どうやら「忘れてた」という言い訳は通用しないらしい。

 『忘れてねーよ。アホ。来たらいいんだろ』

 送信、っと。…気が抜けるメールよこしやがって。顔文字だらけなのがさらにムカつく。

 あいつの名前を見たら逆に元気になってきたので、クローゼットを勢いよく開けてお気に入りの服を取り出し、さっさとパジャマを脱いでそれに着替えた。

 朝食を食べるために自室のドアを開けて、リビングに向かうと、姉が俺よりも先に朝食を食っていた。

 早起きを億劫がる姉に先を越されたのをまず驚き、姉が新聞を読んでいることにも驚愕した。今日は槍が降ってくるのかと窓の外を見たが、見えたのはいつものカラリと晴れた蒼天だった。

 「おはよー」

 「珍しいな。姉ちゃんが新聞を読む日が来るとは」

 「そうなのよ! 起きて一番に『朝刊どこー?』なんて聞いてくるから、びっくりした」

 台所から母が横槍を入れてきた。どうやら相当驚いたらしい。

 「例のアレか?」

 「そう。最新ニュース来てないかなーって思って」

 「ニュースに全然興味なかった癖に、どうしたんだよ」

 「女はコロコロ気が変わるからね」

 「それもそうだな」

 俺はソファーに腰を下ろして、新聞を食い入るように見つめる姉を観察することにした。貴重な光景だ、じっくり拝んでおくとしよう。

 「ああそうだ、今日は帰るの遅くなるから、晩飯先に食ってて」

 「どこか行くの?」

 「ちょっとな」

 「気をつけて帰るのよ。最近は物騒なことが多いから」

 「へいへい」



***



 現在、午後4時45分。陽が落ちるまでかなりの時間を残している。

 学校のあちこちからアブラゼミの鳴き声と、部活に勤しむ連中の声が聞こえてくる。蝉にとっても、運動部の奴らにとっても、夏は始まったばかりだ。

 召集されたメンバーの中に運動部に籍を置く者はおらず、よってこの場には全員が集まっていた。

 「おっす、早乙女」

 「おう。やっぱお前も誘われてたか。お互い大変だな」

 友人、乙女おとめくにひこが朗らかに笑う。

 「おーい、垣渕、早乙女ぇ」

 騒々しくこちらに来たのはきよゆみさわだ。早乙女ほどの仲ではないが何かとよくつるむ間柄であり、まあありていに言えば悪友だ。

 「なんだよニコニコして。女子に誘われて舞い上がってんのか?」

 「いや、学校に忍び込んで怖い話するとか、そうそう経験できるもんじゃないし? テンション上がってきた」

 早口でそう言った後間髪入れずにゲラゲラ笑いが続く。自分の台詞で抱腹絶倒するとは、高2にもなって未だに中学生根性が抜けきっていないようだ。

 「放課後に学校に忍び込んではしゃぐ小学生じゃあるまいし」

 「お前アホか? はしゃぎたい時にはしゃいで何が悪いんだよ」

 「そうだそうだ。クール気取ってんのか? あーん?」

 悪ガキ二人に愛想をつかし、俺はそっぽを向いた。付き合ってられん。

 それにしても夜の学校で百物語とは、貴島も酔狂なことを思い付くものだ。

 隠れオカルト好きだったりして、などと柄にもない邪推をしつつ、いつの間にか滲んでいた額の汗を拭った。

 …それにしても暑い。暑くて湿気ていて蝉がうるさい、これぞ現代日本の夏―――しかし暑すぎる。

 この分だと、閉め切られた教室はさぞ蒸し暑いことだろう。そんな中で腰を据えて怪談大会とは、まるで江戸時代にタイムスリップしたようだ。平成生まれの俺には些かそぐわないイベントだと思う。

 「鈴子ー、もう暑いってば。早く中入ろ」

 「…ん、あーホントだ、もう5時になっちゃう。よしっ」

 パン、と大きく手を叩いた貴島に注目が集まった。

 夕暮れでも色あせないヒマワリ女の大輪の笑顔が、時代遅れの集まりの始まりを告げる。

 「それでは、第一回納涼怪談大会を開始しますっ!」


 そして俺たちは、下校時刻を過ぎた7時まで学校に居残っていた。(ちなみに5時を過ぎると生徒は強制的に帰らされ、校門が閉まる)

 運よく誰にも見つからずに潜伏は成功し、俺たちは無事2年1組の前に辿りついた。

 学校で百物語をする、と簡単に言ってのけたが、それは存外難しいものだ。もしこの教室の鍵が閉まっていれば、せっかくの潜伏成功の事実は水泡に帰し、俺たちは泣く泣く家に帰る羽目になる。

 だが、貴島は抜かりなかった。おもむろに辺りを見回し、教室の窓を開け、そこから室内に入ったのだ。呆気にとられている間もなく、中から手招きされて入室を促される。…あらかじめ窓の鍵を開けておいたらしい。

 「ばれちゃうから、電気はつけちゃダメだよ」

 貴島のひそひそ声で、全員がこそこそと教室に入っていく。貴島はそれを確認すると、素早く、かつ静かに扉を閉めた。

 「そういえばさ、なんでこんなとこで百物語なんかやろうと思ったんだ?」

 早乙女が思い立ったように声を上げた。貴島は目を丸くして、きょとんとした顔をする。

 「なんでって……あたしがここでやりたかったから。それだけだよ?」

 「…ふーん」

 「こんなこと高校生のうちしかできないでしょ。やれることは今やっとくのが得だと思うんだよね。…じゃ、清瀬はカーテン閉めといて。弓沢はこれに水入れてきて。あんまり音立てないでね。由里、千紗、ロウソク出すの手伝ってー」

 貴島は持参したトートバッグから蝋燭の箱を取り出すと、平河と黒江に渡している。ご丁寧に百本集めてきたようだ。

 「貴島ー、閉めたぞー」

 「じゃあ、輪っかの形になるようにみんなで座って」

 何だかんだいっても、こいつは進んでリーダーシップをとれる奴だ。いてくれると助かる。自分からこの会合を持ちかけたんだから当然とも言えるが。

 「これ、一人一つずつ持っててね。これにロウソク刺して、火を点けるの」

 仏壇に供えるようなタイプの、金属製の燭台が手渡された。さほど大きくないが金属の塊らしく、ずっしりと重量がある。

 「すごい、本格的。こんなのうちにあったの?」

 「近所の仏具店が閉店セールしてたからまとめて買ってきちゃった。七つで500円」

 椅子が引かれ、貴島が俺の左隣に座る。座席の順番は、俺から反時計回りに貴島・平河・黒江・弓沢・清瀬・早乙女だ。

 貴島が円陣の中央に洗面器を置いた。さきほど弓沢が汲んできた水がなみなみと入っている。なるほど、貴島にしては用意周到だ。

 「誰から話す?」

 「よっしゃ、オレが話す」

 弓沢が手を上げて、椅子から半分立ち上がった体勢で声を上げた。貴島が慌てて口に指を当て、それを諌めた。

 「しーっ。外に聞こえちゃうでしょ」

 「おっと、ごめんごめん」

 弓沢はやや萎縮して咳払いを一つしたのち、勿体ぶった動作で蝋燭に火を灯すと、おどろおどろしい声色で話し始めた。

 「第1話、『ベッドの下の男』」

 

 弓沢の話が終わった後も語りは続いた。黒江の『ピアスの白い糸』、平河の『さとるくん』、清瀬の『イルカ島』、貴島の『コインロッカーベイビー』…どこかで聞いたことのあるような、雑多な話が次々と飛び出す。俺も適当に創作した怖い話をいくつか話したが、カシマレイコの話が出る気配はない。

 「…おしまい。次、誰の番?」

 平河がトーンの低い声で呟いた。ついに俺の持ちネタを出す時が来たようだ。

 「俺が話す」

 「オッケー。どうぞ」

 バトンタッチ。俺はロウソクを一本出して火を点け、大きく息を吸った。

 「第21話、『カシマさん』。俺が用意した中で一番の怪談だ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ