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カシマレイコの詰問  作者: ずほ子
#1 怪談、口に上る
2/10

〈1〉Begining the summer

11回目の夏休み。

 7月下旬から8月の終わりまでの長期休暇、どんな落ちこぼれにも等しく与えられるこの天の恵みにも等しい期間を迎え、俺を含めた全校生徒は等しく浮かれていた。

 田舎に帰る奴、友達や恋人と遊びに行く奴、はたまた自堕落な生活を送る奴。早めに宿題を片付ける計画家、早々からやる気を無くす怠け者。

 俺はというと、特に予定はない。全くないわけではないが、友達とプールに行く程度のささやかなものだ。よって宿題を片付ける時間はたっぷりとあるので、7月中にとっとと終わらせてしまうつもりだ。

 そうして宿題が終わり次第、だらけた生活でも送ろうかと、活発な活動を得意としない俺は呑気に考えていた。

 現在、時刻は午後12時半。遥か頭上より発せられる灼熱がアスファルトと俺の体を蝕んでいる。一刻も早く冷風と食べ物が欲しいと悲鳴を上げる体に鞭打ちつつ、家路を急いでいた時だった。

 「ひーとーしっ!」

 巣に戻る途中の蟻を踏み潰すような情け容赦ない人間に見つかってしまったのは。

 怒りに任せて、俺の肩を掴んだ腕を思い切り引き剥がす。

 「離せ、アホ」

 「ふふん。通知表、どうだった?」

 ヒマワリのような笑顔の同級生、貴島きじま鈴子すずこ。勉強の成績は芳しくなく、体育の成績は中の中、長所と言えば人当たりがよくテンションが高い所だろうか。

 席が近かったせいで親しくなり、そのまま馴れ馴れしい口を利かれる関係にもつれ込んでしまった女である。

 「オールAだよ。お前と違ってな」

 「美術以外は、でしょ」

 「お前と違ってな」

 「ねえねえ、夏と言えばなんだと思う?」

 成績表の話をしていたはずが、いつのまにか別の話題が提示されていた。コロリと態度を変えて他の話題を持ってくるのは、こいつの得意技である。

 黙っているのもアホらしい。あしらい程度に答えてやろう。

 「青春か」

 「ブブーっ。正解は、背筋が凍って身の毛もよだつ怪談話でしたあ」

 なぜ夏という単語から怪談話が直線的に結びつくのだろう。冷感が欲しいならクーラーなり扇風機に当たれば済むことだ。

 「肝試しでもやんのか」

 「ううん、百物語。みんなでゾッとするような怖い話を語るの。面白そうでしょ?」

 面白いも何も、何人か集まらなければ話にならない。百話話せなどと言われたらすぐにこの場を去ろうと考えながら、人数について貴島に提言した。

 「大丈夫大丈夫、乙女おとめくんとかきよとかゆみさわとか誘っといたから。あと、も」

 女二人の名を聞いて、俺はげんなりした。

 千紗と由里、正式名(ひら)かわくろは貴島の友達だ。どっちも貴島と似たような性格の、言ってしまえば今時の女子らしい、かしましい奴らである。

 「仁志も来るでしょ? 来ないとダメだよ、来なかったら幽霊をとり憑かせてやるから」

 貴島は元気よく手を振って、向こうの道へ走っていった。そして、思いとどまったように立ち止まり、振り返って、


 「明日の4時45分、学校に来てねっ!」


 眩しい笑顔を俺に向けた。

 俺は怪談話なんて全く知らないというのに、勝手な奴だ。

 しかし、約束をすっぽかしたら何をされるか分からない。ある意味では貴島こそが、俺の最も恐れる人物なのかもしれない。



***



 家に到着した俺は、真っ先に自室へ急ぎ、クーラーの電源を入れた。高温多湿及びどこぞのヒマワリ女のせいで疲れ切った俺を癒してくれる、俺だけの女神オアシスだ。

 このオアシスを設置してくれた父母、そして業者の人に最大の感謝を捧げつつ、服を着替える。どうせ次に着るのは四十日後だから、制服はクリーニング屋に持っていってもらおう。 

 ついでに喉の渇きを抑えるべく、俺はキンキンに冷えた茶を欲してドアを開けた。しかし、その歩みはドアの前で立ち往生していた何者かによって阻まれてしまった。

 「ただいまぁ、仁志」

 バイト帰りの姉が性悪な笑みを浮かべて、ぬりかべの如く立ちはだかっていた。毒蛇のような性根に似合わない、清純そうな化粧でバッチリ決めている。

 「この方が客の印象いいからね。男にも評判いいし。それより見てよ、コレ」

 姉はマスコットがジャラジャラ付いた騒々しいカバンから何か出してきた。

 差し出されたスマートフォンに、新聞の紙面らしきものが映っている。……『人身事故発生』?

 

 “20日午後8時ごろ、あか鹿しか()()()(ほん)じょうの踏み切りで人身事故が発生し、男性が死亡した。所持していた社員証から、矢羽野区在住のほんごうけんさん(28)と特定され、現在警視庁が捜査中である”


 「へー…矢羽野区ってすぐ近くだな」

 「そうそう。で、その続き」


 “なお、遺体の付近には『カシマレイコ』と書かれたメモ紙が落ちており、被害者か、もしくは犯人が落としたものと考えられている”


 「カシマレイコ?」

 人名だろうか。聞き慣れない単語だ。全てカタカナで記されているからか、不気味な感覚を覚える。

 「調べてみたらー?」

 「なんでだよ」

 「今度の百物語に使えるんじゃない?」

 「…何でそれを知ってるんだ」

 「鈴子ちゃんからメールで聞いた」

 姉はそれだけ言うと、軽やかな足取りでリビングに向かっていった。…姉にまで根回しするとは、貴島の奴、恐るべし。

 でも、なかなか興味深い話だ。目ぼしい検索結果が見つかったら、話のネタに使わせてもらうとしよう。

 姉が去ったのを確認し、冷えたウーロン茶を自室に持ち込み、机の上のパソコンの電源を入れた。

 検索エンジンを立ち上げ、例の単語を検索にかけると、いくつかのサイトの下に、「都市伝説思考」と銘打った個人ブログを見つけた。クリックしてみると、随所にポップなイラストが踊るパステルカラーの画面が表示された。

 一個人のブログにも関わらず、なかなかのアクセス数を誇るようだ。コメントもかなりの数が投稿されている。

 最新の記事がトップに出ているので、さっそく目を通す。


 『2011年7月21日(Thu)8:16  カシマレイコ


 赤鹿区の人身事故について、勝手な考察をしていこうと思います。

 人身事故の現場は、表沙汰にできないほどに凄惨なものだったそうです。

 男性は両足の太ももから下を車輪に挟まれ切断されており、死因は出血多量に伴うショック死。

 そして、傍らには「カシマレイコ」とだけ書かれた紙が落ちていた。

 何やら謎めいていますが、一つ気になるキーワードがあります。言うまでもないでしょうが、「カシマレイコ」がそうです。

 どうやら、調べてみたところ、カシマレイコと呼ばれる都市伝説が実際にあるようです。

 ですが、カシマレイコというのは姿形が一定しておらず、その名前のみが一人歩きしている怪異というのが、一般的な見解のようです。

 私としてもこの事件の真相が気になりますので、「カシマレイコ」というキーワードを重点的に調べてみることにします。

 随時更新していく予定ですので、ご意見などおありの方はコメントフォームに書き込んでいただければ、そちらの返信もしていきます。』


 日記はここで終わっていた。

 さっそくカシマレイコについて調べて、話にできるようまとめてみるか。

 まずはこのブログを出て、他のホームページを手当たり次第に漁ってみよう。



 ……『怪談の書架』、『都市伝説情報局』、『現代に生きるホラー』、その他もろもろの怪談系ホームページを見まくった結果、カシマレイコについての詳細な情報を手に入れることができた。そして一つ、興味深い話を知った。

 なんでも、カシマレイコのモデルとなった事件が実際にあったらしい。それも話に組み込んでおけば、貴島のご機嫌とりぐらいはできるだろう。

 「仁志ー、昼ごはーん」

 母の声が聞こえたので、自室を出る。昼飯が素麺でないことを祈りつつ、台所を覗くと、香ばしい香りが鼻を刺激した。

 「ビーフン、安売りしてたから買ってきたよ」

 母の機転に感謝しながら、湯気を立てるビーフンが乗った皿を食卓に運び、ニコニコ顔で口に入れた。舌が火傷するほどに美味かったのは言うまでもない。

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