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七章

クロエが次に目を覚ました時、彼は、客人に提供されるものにしてはあまりに硬く、そして冷たい寝床に横たえられていた

自身の指先さえおぼつかないほどの闇の中で、頭上で明々と輝く松明、ただそれだけが、冷たく強張った彼の心と身体に、柔らかな温もりと明かりを提供している。

―――え? 松明? 炎?

 怪訝に思い、クロエは顔を上げた。天井から吊り下げられた鉄製の灯篭では、今やプルーム型文明によって完全に駆逐されたはずの松明が、ぱちぱちと爆ぜていた。

「どうして……炎が?」

「そこが、変換士のために用意された、特別な独房だからだ」

不意に闇の奥から、澄んだ、しかしながらどこか張りのない、若い男の声が響いた。

クロエは早速、なけなしの体力を振り絞ると、強張った身体を一息に起こした。

改めて周囲を見回したクロエは、目の前に立て仕切られた堅牢な鉄格子を目にするなりすぐさま納得した。男の声が示す通り、そこは、岩盤をくり抜いてしつらえられた、小さな独房だったのだ。

「ようやく、目を覚ましたようだな」

再び、声が響いた。今度はクロエにも、その声の主が誰であるかすぐに分かった。鉄格子の向こう、通路を隔ててもう一枚の鉄格子で仕切られた先に、壁に背を預け、長い足を抱いてうずくまる一人の男の影があった。彼こそが、先程の声の主に違いなかった。

身に纏った肌着には汚れや染みが目立ち、また、髪や肌はひどく荒れ、いずれも、彼がここで過ごした時間の長さを物語っていた。だが、身なりこそ酷いの一言に尽きるものの、その立派な体格といい、端正な横顔といい、いずれもクロエにとっては、確かに見覚えのあるものだった。

「あなたは……」

もしやと思い、クロエは二枚の鉄格子を隔てて男に尋ねた。もしや、という感情は、疑問と言うよりむしろ、そうあってほしくない、という願望によって起こされたものである。

だが、男は、クロエの願望に反し、クロエが想像した通りの答えをよこした。

「レオン……」

「え」

「レオン・カスパリア」

男は相変わらず俯いたままぽつりと答えた。抑揚の無い声が、言外に、彼の抱く絶望と悲嘆を鉄格子越しのクロエに伝え、クロエの惨めな心を、さらに押し潰した。

「申し訳、ございません……」

何故なのかは分からない。だが、気が付くとひとりでに、クロエは男に対し、そう口にしていた。

「何故、謝るのだ」

「いえ、私は謝罪せねばなりません。あなた方ご兄妹を、このような悲惨な境遇に追い込んだのは、他でもない、私と、私の父だったのですから」

「そなたと……そなたの父?」

「はい。我々親子があのような論を提唱さえしなければ、陛下が、その御世を危うくする事もござらなかったでしょう」

「まさか―――そなた、名は何と申す」

「わ、私はクロエ……アルカサル。父はクロノ・アルカサルです」

「クロノ、だと?」

そこで初めて、レオンは顔を上げ、クロエの方を振り見た。紅色の髪の上で白々と光るランタン―――あちらは、普通のモノリス灯だ―――の光を浴びたラピス色の瞳が、窪んだ眼窩の奥でやおら生気を帯びる。

「君が……そうか、クロノの……」

噛み締めるように、レオンはその名を口にした。まるで旧友の名を懐かしんでいるかのようなその口調に、クロエは、ただの御用学者に対するものだけではない、一種特別な感情の存在を感じ取った。よもやと思い、改まって訊ねる。

「陛下は、もしや、生前の父を御存知でおられたのですか」

「ああ。どころか、生前はよく王宮に呼び立て、直接、彼に教授を仰いだものだ」

「……父を?」

「ああ。クロノには、様々な事を教わった。この国に忍び寄る危機について。その危機を回避する方法について―――だけではなく、よく語り合ったものだ。この国のあるべき姿について。……余にとって、クロノはただ一人の、本当に良い友人だった」

「そう、だったのですか……」

石壁の向こう、はるか遠い過去の光景に眼差しを向けるレオンの姿に、クロエはふと、胸に風穴を開けられるようなひどい疎外感を覚えた。

―――彼の中にも、自分の知らない父がいる。

クロエの父、クロノ・アルカサルは、クロエが一〇歳の時に他界した。

幼いクロエにとって、父は、気が向いた時にふらりと旅から戻って来る、気まぐれなつむじ風のような存在だった。そのつむじ風が、家で自身の研究について語る機会は、全くと言って良いほど、なかった。

そのため、クロエ自身は決して、父の影響で変換士の仕事を選んだつもりも、また、父の遺志を継ぐためにプルーム枯渇説を唱え始めたつもりもなかった。しかし、いや、だからこそ、その道程に、つい父の偉大な足跡でも見つけようものなら、嬉しさよりもかえって戸惑いの方を先に覚えてしまうのだった。

「そなた、クロノからは何も聞いていないのか。余の事も、研究の事も」

「はい、恐れながら。生前の父は、自身の研究や……どころか、交友に関する事は何一つ、私に話して聞かせた事はありませんでしたから―――想像すら、かなわなかったのです。よもや陛下が、父のご友人であられた事など」

「それは、余にとっても意外な話だな」

「え?」

 今度は、クロエが驚きの声を上げる番だった。

「余の方は、随分とそなたの―――一人息子の話を聞かされた。見た事のない草花や虫を見つけては、必ずその名を訊ねて来る、好奇心の旺盛な子供だと、嬉しそうに語っていた」

「父が、私の話を?」

「ああ。ただし、その好奇心がいずれ仇になる事も、同時に危惧しておった。自身の場合と同様、その好奇心が、知らずともよい世界の事実を彼に知らせてしまう。だからこそ、変換士にだけは就かせたくはない、とも―――どうやら結局、亡き父君の願いは、叶わなかったようだが」

クロエは今一度、自身の姿を顧みた。

いつしか彼の服は、きめの粗い麻の囚人服に取り替えられていた。粗雑に織られた布地には、そもそも保温効果など期待しようもなく、それが証拠に、その粗い布目からは、ただでさえ石畳に奪われ目減りしたクロエの体温が、今もなお刻々と漏れ出ている。どうやら、変換士の地位を剥奪する、というイスマエルの言葉は、嘘ではなかった様子だった。

が、たとえ彼の服装がどうであれ、彼の繋がれている独房そのものが、彼の能力を雄弁に物語っていた。彼の頭上で暗闇に灯りを供しているのは、モノリスではない。いかな腕の劣る変換士でも、小さなモノリス一つさえ手に出来れば、十分にプルームを充填させた上で熱に変換し、その熱で鉄格子の柵を溶かす事は充分可能である。この独房は、そのような変換士による脱獄を恐れて作られた、特別な牢に違いなかった。

「た、確かに……私は父の意に反して変換士となりました。ただし、これは父の背中を追ったためではなく、あくまで私自身の意思です。私もまた、知りたいと願いました。何故、歳を追うごとに穀物の収穫が減っているのか、何故、飢饉が頻発するようになったのか。何故、年々湧出するプルームの量が減っているのか。―――父の影と遭遇したのは、全くの偶然です。変換士となり、私自身この分野の研究へ足を踏み入れた事も……」

「いや、偶然ではないよ、クロエ」

きっぱりと言い放たれたレオンの声に、クロエは再び顔を上げた。

「え?」

「きっと、そなたには通じていたのだ。言葉ではなく、もっと深い、無意識とも呼べる部分で、そなたは父の思いを、受け止めていたのだよ。……いや、受け止めていないはずは、ない。あれほど自身の子供を愛していた男を、余は他に知らぬ」

「……父が、私を?」

「クロノは常々、プルーム枯渇説を唱えるのは全て息子――そなたのためだと仰っていた」

「え?」

「そなたが成長した後も、結婚し家庭を設け、そして、いずれ歳を取った後も、この国にプルームが満ち、穀物が実り、豊かな生活が続くようにと……そのために、たとえ誰も耳を貸さずとも、研究を続け、声を発し続けるのだと仰っていた」

「僕の、ために……父が」

「ああ。―――今のままプルームを汲み上げ続けていれば、いずれプルームは枯渇し地味は落ち、いずれ土地は枯れて穀物の実らない死の土地と化す。クロノは誰よりもそなたのために、豊かな世界を残そうと努めておられた。―――だからこそ余は、彼の言葉に心動かされたのだ。私もまた子を持つ親だ。国民という名の子をな……子の親たる王が、子のために成すべき事を成すのは当然だ―――だが、皮肉な事に、往々にして親の心が正しい形で子に届く事はほどんどない。その結果が、これだ」

皮肉めいた声と共に、レオンは腕をそっと上げた。彼の手首に繋がれた鎖が、じゃら、と、耳障りな金属音を奏でる。

「やはり、アルバの件で、このような事に」

ああ、と頷き、イスマエルは続けた。

「国民が求めるのは、耳に痛い警句ではない。今日明日の快適な生活だ。心躍るきらびやかな夜の町並みだ。食い飽きるほどの豊かな食事だ。己の足の代わりに、どこまでも己を連れまわしてくれる快適で便利な足だ。―――イスマエルは見抜いていたのだ、それが民の本質であり本心であるという事を」

「……陛下」

「つくづく、余はバカ王だ。国民の期待や願望を、何一つ叶える事の出来ない、愚かな為政者だよ。―――その点では、奴こそ王に相応しい。国民の願望を、要求を叶える事が、王の責務であるというのなら―――」

「そんな事は、ありません!」

やおらクロエは、大声で吠えた。

「あなたは……陛下は、王として何よりも不可欠な素質、国民の真の幸せを願う心をお持ちです。本当の意味で民を愛する王こそ、真の王であるべきだ。僕は、そう思います」

「……クロエ」

「陛下、あなたの牢に灯されたランタンの芯を、僕に頂けますか」

「え? あのモノリスを、か?」

レオンは頭上のランタンを仰ぎ見た。ガラス製の灯篭の中で光を放っているのは、小指程度の小さなモノリスだ。

しかし、レオンはクロエの言葉に対し、沈痛な声で呻いた。

「恥ずかしながら、余の手はこの通り、鎖に繋がれておる。とても、あのランタンまでは」

レオンの言うとおり、彼の手首に嵌められた手錠はいずれも、床から伸びる鎖に繋がれ、せいぜい子供の背丈程度にしか、引き伸ばすことは敵わなかった。とても、頭上のランタンに手を届かせるまでには至らない。

「そなたこそ、何とかできぬのか。変換士だろう」

「しかし……モノリスに直接触れる事が出来ない以上、命令は……」

その時、ふとクロエの脳裏に浮かんだのは、先日、イスマエルが彼の前で見せたあの鮮やかな、そして残虐な殺戮劇だった。

たった一本の短剣で、てんでの方向へと走る人間の首を刎ねるには、その手から短剣を離した後も、何らかの命令を行う必要がある。軌道を変えるにも、速度を変えるにも、角度を変えるにも、逐一、細やかな命令の書き換えと追加が、必要になる。

―――今まで、想像を巡らせた事もなかった。いや、最初から不可能だと割り切った上で、想像を巡らす行為すら放棄していた、と言った方が正しい―――だが、イスマエルの技を見る限り、やはり、それは可能だとしか……。

クロエは今一度、レオンの頭上で明々と輝くランタンを見据えた。

鉄格子越しに手を伸ばし、そして、唱える。

「要請する。プルーム五〇〇〇ガルを充填の後、三〇〇ガルを運動エネルギーに変換……」

イスマエルに出来る事が、自分に出来ないはずはない。

確かに彼は天才だ。だからと言って、彼は神でもなければ魔物でもない。やはり、どう突き詰めても自分と同じ、人間なのだ。

そして僕もまた、彼と同じ、変換士なのだ。

ベルダさんの言うとおり、確かに僕は、変換以外は何も出来ない人間だ。―――だからこそ、変換に関しては誰にも、負ける訳にはいかない。

「来い……」

「どうした、クロエ」

怪訝な声で訊ねるレオンに構う事なく、クロエは集中を続ける。

「要請する……モノリス、この手に、来い……」

 自らの使命を果たすために、守るべきものを守るために―――もう誰にも―――

「来いいいいいっ!」

パリン―――パシッ。

軽快な亀裂音が独房内に響いた、と思った時にはすでにクロエは、伸ばしたその手に、白々と光る小さな棒を手にしていた。ひとりでにランタンを飛び出したモノリスが、まるで見えない糸にでも吸い寄せられたかのように、鉄格子の隙間から伸ばされたクロエの手に、綺麗に収まったのだった。

「で……出来、た……」

その右手に収まった棒をぼんやりと見下ろしながら、クロエは呆然と呟いた。

「そんなものを使って、一体何をするつもりだ」

レオンの声に、ようやく我に帰ったクロエは、きっと顔を上げながら言い切った。

「ここを出ます」

「そんな小さなモノリスで、か?」

「はい。そして、必ずやあなたを、お救いします」

言いつつクロエは、その粗末な服の裾を細い帯状に破くと、洞窟奥の壁を滴る水に布を浸たし、手にしたモノリスの隅に幾重にも巻き付けた。そして、今一度、唱えた。

「要請する。プルーム三〇〇〇ガルを熱エネルギーに変換―――」


 地上へと続く階段の前には、剣を携えた二人の兵士が、微動だにせず立ち尽くしていた。その様子を、手前の曲がり角からじっと伺いつつ、クロエは手にしたモノリスの照準を、彼らの一人へと定める。と同時に、もう片方の手で、今一度、鉄の棒をぐっと握り直す。それは、つい先程、クロエが牢から脱出するためにモノリスで焼き切った、鉄格子の一本“だったもの”だ。

「プルーム一〇〇〇ガルを運動エネルギーに……」

唱えるなりクロエは、狙いをつけた兵士目掛け、モノリスを放った。

ガァアン!

 鉄兜が銅鑼のような音を響かせると共に、その兵士は、がく、と膝をつき、倒れた。クロエが運動エネルギーを与えて放ったモノリスが、引き絞られた弓よりもなお強く、兵士の兜を打ったのだった。

「な、何だ!? 何だ!?」

突如生じた異変に、もう一人の兵士が一瞬、動揺する。その虚をつき、クロエは潜んでいた物陰から一気に通路へ飛び出すと、怒号と共に、手にした鉄棒をもう一人の兵士の鉄兜へと、思い切り叩き込んだ。

再び、銅鑼を打ったような物音が地下通路にこだまし、ほどなくして、冷たい石造りの床にもう一つ、白目をむいた負傷者の身体が追加された。

「はあ……こわかったぁ……」

 ともすれば砕けそうになる腰を、何とか鉄棒一本で支えながら、クロエは息をついた。

が、安心するのはまだ早かった。物音を聞きつけ、いつ別の兵士が降りて来ないとも限らなかったからだ。兵士の一人から衣装を剥ぎ取ったクロエは、それらを身につけるなり、すぐさま地上への階段を駆け始めた。


ようやく地上へ至り、燦燦たる陽光に目が慣れるや、クロエは、そこに広がる景色が、妙に見慣れたものである事に気付いた。見覚えのある噴水、見慣れた石柱を並べた建物……。

そう、それは紛れもなく、変換士学会本部の建物に他ならなかった。

「まさか、こんな近くに……」

よもや、地下牢の入り口が、通い慣れた場所の近くにあったものとは思いもよらなかったクロエは、驚き半分、物悲しさ半分といった心持で、その荘厳な石造りの建物を眺めた。

―――もう、僕には関係のない場所のはず、なのにな。

皮肉なものだ。クロエは内心で呟いた。

ようやっと、変換士になった理由や、研究を続ける理由に出会えたと思ったその時には、もはや変換士としての資格を失っているとは。

―――そう、僕は何につけても、気づくのが遅すぎる。

父の遺志にしろ、自分の意思にしろ―――。

何らかの祭事でも控えているのか、その日、本部の廊下は、いやにせわしなく駆け回る黒服の男達や、彼らを補佐する白服のモノリス技師達で溢れ返っていた。傍の石畳を、変換士や、そんな変換士を満載した自走車が間断なく行き交う。それらの中には、クロエの見知った変換士仲間の姿さえももちらほらと紛れていた。が、幸か不幸か、衛兵の姿を纏ったクロエをクロエであると気付く者は、そこには誰一人としてなかった。

行こう。もう、ここに僕の居場所はない……と、クロエが踵を返しかけた、その時だ。

「久しぶりですね。クロエ・アルカサル」

「え?」

思いがけず名前を呼び止められ、クロエは石畳に進めかけた足をはたと止めた。

恐る恐る、振り返る。すると、ローズマリーの香る庭の最中に、まるで昼の只中に取り残された夜陰を思わせるような、黒いローブを纏った一人の老人が佇んでいた。いつもは入口にて来訪者を迎える任に立つその古い変換士は、その日に限っては、どういう訳か庭に降り、一人、日光浴に興じているらしかった。

 何も映らない、白い眼球でじっとクロエを見据えながら、老人は再び、口を開いた。

「一瞬、クロノが来たものと聞き紛いました」

その言葉に、クロエは思わず胸が詰まった。たとえクロエがどのような格好を帯びていようと、足音のみで相手を聞き分ける彼には、さしたる違いはないのだった。

「もう、クロノはいません。そして、クロエも……」

「……どういう、事です?」

 小首を傾げる老人に、クロエは、ともすれば詰まりそうな喉を振り絞りながら言った。目の前の緑溢れる庭が、次第にもやの中へと霞み、沈んで行く。

「変換士としての地位を、失いました。私は変換士として、あるまじき態度を取ったのです。変換士という存在そのものを否定するような……」

「はて、あなたは一体いつ、変換士という存在を否定したのですか?」

「へ?」

思わぬ言葉に拍子抜けするクロエに構わず、老人はさらに言葉を続けた。

「私は、あなたほど、変換士という仕事に対して真摯な人間を、あなたの他には一人しか知りません。クロエ・アルカサル」

「―――え?」

「プルームによっていかに人々の生活を豊かにするか。より多くの人々を幸せにするか。それが、本来の我々の仕事であったはずです。違いますか?」

「……」

「あなたと、あなたのお父上は、そのような本来あるべき変換士の姿に忠実だった、非常に数少ない変換士でした。そして恐らく、今も―――」

思わず、クロエはぐっと俯いた。目の見えぬ老人に対し、無駄と知りつつ目尻から溢れるものを必死で隠した。

「クロエ・アルカサル」

「はい」

やおら老人は、威厳を帯びた重みのある声でクロエの名を呼んだ。その厳粛な声に、クロエは再び顔を上げる。だが、涙に霞んだその視界は、今やほとんど本来の用を成してはいなかった。

「イスマエル殿下は、今宵の王位継承の儀と共に、かつてレオン陛下の手によって起動を差し止められていた王都の増幅装置を、いよいよ稼働させるおつもりです」

「変換装置、を?」

「あなたなら、その事が何を意味するか―――彼の行為がこの街に何をもたらすか―――よく、わかるでしょう」

クロエは何も答えなかった。いや、答えられなかったのだ。恐怖と驚愕で身体が震え、声を発する余裕すら、クロエには与えられなかった。

衝撃に立ちくらみすら覚えるクロエに、老人は、すがるような声で言った。

「この街を……国を、救ってください。クロエ・アルカサル。この老骨に出来る事は限られていますが、望みとあれば、出来る限りの力をあなたに貸し与えましょう」


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