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Alternative  作者: コヨミミライ
La's Bathos—仕組まれた賛美歌—
95/113

Princess of Bramble with Drab Mn—茨の姫と冴えない嘘—


     〆


 街角のパン屋の軒先にクロームとプラナは並んで立っていた。

 目の前の通りでは変わらず人が行き交っている。笑顔に溢れた行列、ヒト族以外にも小人や巨漢、獣の特徴を持つ亜人種、額に一本の角を生やした種族もいた。

 その存在を奇異の目で見ることもなく、人々は打ち解け、賑わっている。

 クロームとプラナは互いに焼きたてのパンを囓りながらその様を見つめていた。

 脇に挟んだパンの詰まった紙袋の位置を直し、クロームはフランスパンを丸囓りする。

「なんだか奇妙な感じですね」

 隣から零れた声にクロームは眼鏡越しの目だけを向ける。

「何がだ?」

「これだけ多種多様な種族が当然のように一緒にいることが、なんだか不思議ではありませんか?」

 目深に被ったフードから覗く紅い目に問われ、クロームは人通りに視線を戻す。

「確かにそうかもしれないな」

 世界にはまだ種族間の対立が根深く残っている。

 それは幾度もやり直しを要求される世界でも受け継がれている数少ないものの一つだ。

 有史以来、ヒト族とエルフ族は対立を深める一方の上、竜族も世界の覇権を譲ろうとはしていない。

 緩衝区が定められ、互いに距離を保ってはいるが、未だに種族間の紛争は少なからず発生している。

 共通の危機があるからこそ大きな衝突がないだけで、共闘という選択肢は種族の間にはないも同然だった。

「《創世種エレメンツ》にも異なる種族の方々はいますが、彼らはまた例外ですからね。こうやって数多の種族が思い思いに同じ時間を共有し、諍いもなく、むしろ打ち解けているというのは驚きです」

「才能を正しく評価し、全ての者に平等の機会を与えるとされる街ウェスター。その特殊性が理由なのか?」

 クロームの予想にプラナは考え込むように首を傾げる。

「どうなのでしょうね。ただ、この街は始まりの時から多くの種族が関わっています。本来ならば百年に一度の終末で廃れてしまうような歴史的背景は、しかし塔という象徴を拠り所に受け継がれてきたのでしょう。塔という都市のアイデンティティが、この街を種族への寛容性の土壌を形作っていたのは間違いないとは思います」

「すまんがもう少し分かりやすく頼む」

 クロームにはあまりにも難しい話だった。

 こういった部分はガンマに任せている部分がある。言い回しが小難しくなる傾向があるプラナの言葉をガンマが簡潔に纏めてくれていたのだと痛感していた。

「そうですね……何と言うんでしょうか。古くから他の種族と共存していた歴史があるこの街は、塔という目印があるから、街が失われても、塔を中心とした歴史が受け継がれているため、今でも他の種族といるのが当たり前となっている、とでも言うんでしょうか」

「なるほど、な」

 口ではそう言ったが、正しい意味は分かっていなかった。

 なんとなく分かったような気がするだけだ。

「あの塔は民衆にとってのクロームと同じなんですよ。この街の象徴は塔であり、クロームは希望の象徴です。そして、勇者という代々受け継がれている希望の象徴たる存在が希望の象徴たり得るのもまた、デュランダルという象徴があるからです。その記号があるからこそ、勇者はその存在で人々に希望を与えることができるんです」

「ガンマにとっての眼鏡みたいなものか」

「まあ、言ってしまえばそういうものかもしれませんね」

 クロームの的を射ている例えに、プラナは苦笑しつつ曖昧に肯定する。

 ガンマには酷い言い様だが、しかし間違っているわけでもない。

 話の間にプラナはパンを食べ終え、喉を潤そうと先程買ったラムネを手に取る。

 プラナが物珍しがり、そこから一度も飲んだことがないと分かり、クロームが買ったものだった。

 好奇心に瞳を輝かせたプラナが包装を剥がし、栓を開けようとするが開け方が分からずに戸惑う。

 上に乗っていた赤い凸部分が下に向いた蓋は瓶の口に差し込むように被せられただけの状態で、口の部分には一つの硝子玉が嵌め込まれている。

 矯めつ眇めつ瓶を眺めるプラナをクロームは横目で観察し、唇を綻ばせた。

「これは……なんでしょう……。知恵の輪に似たものなのでしょうか……。なかなか巧妙な……。しかし何かの仕掛けで、中の硝子玉が外れる仕組みが……」

「こうやるんだ」

 一通り試行錯誤するプラナを見終えてから言って、クロームは自分の分のラムネを取り出す。プラナの円らな赤い瞳が、クロームの手に握られる瓶に向けられた。

 クロームは慣れた手つきで、赤い蓋を手の平で力任せに押し込む。蓋の突起部分に突かれた硝子玉が外れ、ラムネの水面に勢いよく突入した。瓶の中程にあるくびれ部分で硝子玉は止まり、衝撃を加えられた炭酸水が激しく泡立つ。

 噴き出そうとする炭酸水を赤い蓋を押さえ込むことで堰き止め、泡立ちが衰えるのを待ってからクロームはそっと手を離した。

 プラナは形のいい唇を少し開けたまま、その一連の動きに見惚れている。

「どうだ?」

 珍しく得意気に笑うクロームの顔を見るプラナの目はまだ輝いていた。

「そんな力任せの方法だったとは裏をかかれました……。これはまさに逆転の発想。スマートさを拒否する大胆不敵さ……。感服します……」

 よく分からない部分に感動しているようだった。

 プラナがこういったことで少しズレているのはクロームも知っているし、もうすでに慣れてもいた。

「飲み時は、この内側の突起に硝子玉を引っかけて飲むんだ」

 クロームの実演を見ていたプラナがふと何かに思い当たり、ぷっと小さく吹き出した。突然のことにクロームは瓶から口を離し、プラナの顔を怪訝そうに覗き込んだ。

「どうした?」

「いえ、なんだかクロームがこういうのに詳しいのは、なんだか違和感があって、つい」

「おいおい、俺にだって少年時代はあったんだぞ?」

 クロームは苦笑する。プラナは自分にどんなイメージを抱いていたのか。

 理由は分からないが、少なくともラムネというものとは無縁の人生を送っているように思われていたようだ。

 笑いを必死に押さえ込み、プラナは目元に浮いた涙を指先で掬い取る。

「いや、そういうわけではないんですが、普段のクロームのイメージとは合わないものでして。そういうものとはあまり関わりがないような気もしていました」

「俺は孤児院の出だぞ? こういうものはむしろ慣れ親しんでるんだが」

「それもそうでしたね」

 プラナは随分昔に一度だけ、その話を聞かされたことを思い出す。

 普段は全く話題に上がらないため、すっかりその過去を忘れてしまっていた。

 ガンマやセシウの前では一切触れないため、プラナも避けていた話題だ。

「金銭的に余裕があるとはいえない孤児院だったからな、遊びも古いものばかりだったが、院長がたまにこういったラムネなどの駄菓子も買ってきてくれていたものだ」

 懐かしむようにクロームが遠くを見やった。美姫のような白銀の横顔には郷愁。剣そのものであるような白銀の瞳は今、生まれ育った場所を見ていた。懐かしい夕食の匂いが鼻腔をくすぐる。

 寡黙で堅物ながら常に子供たちの幸せだけを考えていた院長の顔を思い出すとつい顔が綻んだ。

 彼は今、何をしているのか、未だに孤児院を続けているのかもしれない。そんなことを考えると、胸が暖かくなった。

「クローム?」

 途端に黙り込んだクロームの顔を下から覗き込んでくるプラナに気付き、彼は穏やかに笑った。

「なんでもないさ。少し思い出していただけだ」

 そう言って、クロームはまた人混みに視線を戻した。胸の中には不安と心配。

 ようやく祭りを楽しんでいる二人。祭りを楽しむことができるようになった理由が二人を悩ませていた。

「セシウは大丈夫なんだろうか」

「私からは何とも」

 クロームが不安を口に出すも、プラナの返答は曖昧だ。

 それが全てを物語っているように、クロームは思えた。


     〆

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