Princess of Bramble with Drab Mn—茨の姫と冴えない嘘—
「やあやあ、そこのバカップルさん、勇者クロームが使った椿油の空き瓶は如何かな?」
「壺を売る詐欺師は知っているが、瓶を売る阿呆以上に珍しい品物をここでは取り扱ってるのか?」
開口一番の文句に、しかし商人は愛想良く笑っている。
「はっはっは、本当に残念だけど僕の心だけは僕のものなんだ。それより勇者の仲間の魔術師のローブについていた糸くずはいらないかい? 彼の天才魔術の残滓が染みついて、そりゃもう御利益があるよ」
耳に鉛筆を引っかけた商人は敷物の上に広げた奇天烈な品物の中から、正真正銘の糸くずが入った小瓶を丁重に掲げて俺たちに見せる。
「ギリギリどころか明らかにゴミじゃねぇか、死ね。今死ね」
「やぁ、久しぶりに会ったっていうのに、あんまりな言いようだなぁ」
割と本気の命令形にも年若い商人はやっぱり笑っていた。
隣に立つリーシャは俺と商人を交互に見て、不思議そうに首を傾げる。
「何、知り合いなの?」
リーシャの問いに俺の口の中で苦虫が数十匹ほど噛み潰された。先程食い終えたクレープの甘みの残滓が、苦みと踊り始めて、当社比三倍の渋さである。シナジー怖い。
対して商人は、見本を示すように営業スマイルを崩さない。短く柔らかい赤毛の青年は、翡翠の目を細めて笑っている。頭に載せた眼鏡のフレームが陽光をこちらに反射してて、割と眩しくてうざったい。
「ああ、なんだかんだ長い付き合いだよ。とはいえ最初は気付かなかったけどね。服装も違うし、いつもより情けなさがないもんで。ただ溢れ出る対不幸誘因波動で気付けたけど」
そんな波動は出ていない。出ていないと祈りたい。
もし出ていたとしたら、俺たちがどうしてこんなに厄介事に巻き込まれるのか、説明がついてしまう。しかも諸悪の根源まで判明してしまう。
この議題は有耶無耶にしておくに限るのだ。
「どういう関係?」
俺の内心など知らずに、リーシャは俺に説明を要求してくる。
まあ、無理もないだろう。リーシャからしたら全く意味が分からない状況だ。
眼鏡の位置を正し、俺はため息を一つ零す。
「こいつはヘスチナ。金の亡者だ」
「商才溢れる若手の敏腕商人と言ってほしいね」
屈託なくヘスチナは笑う。
「言い直そう。金の匂いと金の味と金の触感と金の音と金の種類だけがよく分かる奴だ」
「はっはっは、俺の五感ってば金塗れ」
否定しない辺りこいつらしい。
童顔も相まって、人懐っこさを感じる笑顔をヘスチナは決して崩さない。商人の鑑だ。
俺のあまりにも適当な説明が気に食わなかったのか、リーシャが睨んでくる。さすがにこれ以上続けると抓られそうなので、両手を挙げて降参の意思を示しておこう。
「王都を中心に活動している商人だ。俺が王都にいた頃から、何かと厄介事に巻き込んでくる奴で、金には目がない」
「金に目があったら、俺の日頃の行いをお金様も見て、集まってきてくれるはずだもんねぇ」
「こんな感じで、馬鹿みたいに能天気で実際馬鹿だ」
ヘスチナは「ひっでー言い方」と笑っている。いつだって笑っているし、その顔が何かと癪に触る。端的に言って、酷くうざい。
本当、今までの悪行がバレて、酷い目に遭えばいいのに。
俺とヘスチナの会話に挟まれたリーシャが頭痛でも起こしたように頭を押さえ、大仰に肩を竦めて見せた。
「あんたたち、二人ともくだらないことばかりで話がややこしくなる一方だわ……」
「いやぁ、俺とガンマは大いに違うさ。俺の言葉は純度一〇〇パーセントの真実だけど、ガンマの言葉の半分は嘘でできてる。本当さ、心の成分表記に記載されてる。尻にラベルが貼ってあるよ」
「俺の言葉の半分が嘘で出来てることは認めるが、ヘスチナの言葉は嘘の純度が一〇〇パーセントだ。純度一〇〇パーセントなどと宣う辺りで分かるとは思うが」
「半分嘘で出来ているっていうことはガンマは五割の確率で嘘を言う。つまり、ガンマが言ってることが嘘で、俺が言っていることが本当さ」
「俺の五割が嘘ということは、一言に嘘と真実が半々に含有されている可能性も否定できない。つまり、俺が言っていることのどれかは真実かもしれないが、どれかは嘘かもしれない」
俺とヘスチナの言葉遊びに挟まれて、リーシャは唇に指を当てて、必死に答えを導き出そうと考え込んでいる。眉根を寄せ、目を上に向けて、唇を引き結んで小さく唸る様は愛らしくもあった。
頭の中で俺たちの言ったことを反芻しているらしいが、次第にこんがらがってきたのか、リーシャは頭を抱え出す。
「って、これ絶対に答えのない問答じゃない!」
「そうさ、人は必ず嘘をつくものなのさ。その中でも一握りの真実を探して生きなければならない。俺はそういうことをお嬢さんに教えたかったのさ」
「そういうことだ、リーシャ。俺たちはお前に憎まれてでも、大切なことを教えたかったんだ」
ヘスチナの適当な言い訳に、俺も適当に乗っかる。
大体、こいつとの会話は適当だ。こいつ如きに頭を使うのももったいないので、口先だけで話している感がある。
いいように遊ばれたリーシャは腑に落ちないらしく、眉を引き攣らせて俺を睨んでくる。目が据わってて怖いんですけど、リーシャさん。
ちりちりと肌が痛んでしょうがない。
「あんたたちが口どころか舌から真っ先に生まれた奴らってのは十分に分かったわ。本当疲れる」
「これだけ短時間で俺たちのことをこんなに分かってもらえるなんて、俺たちってば本当に説明上手だとは思わないかい?」
リーシャの不機嫌など知ってか知らずか、ヘスチナは決して自分のペースを崩さない。こいつが相手のペースに合わせたことなどないのだろう。
商人としての在り方が生き方にまで食い込んでしまった奴だ。
これ以上乗っかると、間違いなくリーシャに叩かれるので、俺はこれ以上こいつに乗らないようにしよう。
「それで、どうしてお前はこんなところにいんだよ?」
「何言ってんだい。ウェスターは商人の街だよ? そこに俺がいるのはむしろ当然の流れだと思うけどね? ウェスターでイベントがある時は必ず来てるよ、俺」
「王都から遙々やってきて、売るのがばったもんとは。労力と中身が全く釣り合っていない。まさにお前そのものみてぇな商売だな」
「はっはっは、こんなもん王都で売ったら、それこそ俺の両手が後ろで仲良しこよしになっちまうよ」
自分で今まさに売り捌いている物を「こんなもん」と呼べるところがすげぇよな。まあ、確かにこんなもんだけど。
「ガンマたちがここに来てることは知ってたけどさ。さっき、クロームたちも見かけたよ。変装してたけど、俺からすりゃバレバレだね」
ヘスチナの観察眼は馬鹿にできない。生まれ持った観察眼がこいつの商売を支えていると言えないこともない。こいつは商売に関するありとあらゆる能力を天性の才能として持っているのだ。
俺たちがいることを知りながら、その街で商売をやってのける大胆不敵さも併せ持っている。端的に言っても馬鹿である。
と、クロームの名前が上がって思い出したことがあった。こいつなら何か知っているだろうか。
「そういえば最近、この近辺で妙な噂を流している奴がいるらしいんだが、何か知らないか?」
「なんだいなんだい、お前が畏まった言い方するなんて。こりゃ明日は蛇竜が降ってくるかね」
言ってヘスチナはわざとらしく空を見回す。こいつの言動に掴み所がないのはいつものことだが、こういう真面目な話をしたい時は鬱陶しい。
「お前が真剣になるってこたぁ、勇者一行の悪評かい?」
「悪評ってほどでもないんだがな。勇者の活躍を伝えてくれてるらしいが、俺のことだけ眼鏡とおざなりに言ってる奴がいるらしくてよ。さすがに扱いの格差が酷すぎるから、見つけ次第とっちめてやろうかと思ってんだ」
俺がこの旅の合間に常々抱えていた不満だ。
確かクロームは銀髪の見目麗しい剣士と、セシウとプラナも美女として括られているはずだ。髪や目の色、出で立ち、外見の年齢など、三人の情報は出揃っているはずなのに、俺だけは眼鏡という説明だけで片付けられていた気がする。
あいつらの只中にあって自己顕示欲を出すわけではないが、この格差に関しては異議を唱えたかった。
そんな俺の胸中など知ってか知らずか、ヘスチナはにっこりと屈託なく笑い――
「ああ、そりゃ俺だ」
一瞬で放った蹴りは空を切った。先程まで敷物の上に座り込んでいたヘスチナはいつの間にか立ち上がり、大切そうに壺を抱え持っていた。
「おいおい、ガンマ。大切な商品に傷をつける気かよ」
「うるせぇ、商品じゃねぇお前だけをぶっ殺してやるから、そこで大人しくしろ」
咄嗟に銃を抜かなかった俺の理性はむしろすごい。こんな金儲けすることしか頭にない馬鹿でも撃ち殺さなかった俺ってば素晴らしい。
よし、今から息の根を止めよう。
「テメェ、俺だけあの扱いとかどういうことだ。理由を言ってみろ」
「いやいや、普通にみんなが欲しがるような話題だけを厳選したら、お前に纏わる話が眼鏡かけてることしかなかったってだけの話だって。むしろ、活躍していないお前を曲がりなりにも印象づけられた俺の話術をお前は評価すべきだって」
言ってる間にも殴りかかり、蹴りを放ち、胸ぐらを掴もうとしているのに、ヘスチナはするすると器用に避けながら話を続けていく。
《創世種》でもなんでもない奴が、ここまでの回避能力を発揮するのは何かがおかしい。俺だって一応《創世種》として常人以上のスペックは持っているはずなんだが。
「それならせめて、俺の見てくれを褒めろ。クロームには劣るかもしれねぇが、そんなにイケてねぇわけがねぇ」
「それ自分で言う? いや、まあ、それも考えた気がしないでもないんだけどさ、二人揃ってイケメンで推しちゃ弱いだろ? ガンマがクロームとは別ジャンルで、しかも遜色のないイケメンだったならできたんだけどさぁ。そういう方向性の魅力も全部クロームに食われてんじゃん?」
「うるせぇ! クソ! 分かってたよ! 分かってんだよ、んなこたぁ! わざわざ懇切丁寧に説明すんじゃねぇよ!」
なんだよ、もう泣きてぇ!
熱くなる目頭に必死に力を込めて、俺はヘスチナをぶっ飛ばしてやろうと拳やら脚やら振るが、掠りもしない。
ふざけやがって。ホントにふざけやがって。
何もそこまで素直に現実突き付ける必要ないじゃねぇかよぉ!
俺だって夢くらい見てぇんだよっ!
情けないやらみっともないやら不甲斐ないやらで生きていることすら嫌になってくる。
俺だって……! 俺だって……結構頑張ってんだぞっ!
そりゃ他の連中と比較したら全然活躍してねぇかもしんねぇけど、でも毎日必死に生きてんだよっ!
なのになんだよ、眼鏡って! 眼鏡って! お前ら俺が眼鏡かけてなかったら、なんて呼ぶつもりしてたんだよ! クソッ!
必死に振るった拳と脚の全てが空を切り、俺は疲弊のために動きを止める。意地になって動いたせいか息も絶え絶えだ。
肩で息をする俺を前に、しかしヘスチナは涼しい顔である。
「なんていうか、その……お気の毒様?」
事の成り行きをどうすることもできず見守っていたリーシャの思いがけない気遣いに涙腺が滲む。
男泣きというよりも女々しく啜り泣いてしまいそう。
「みんなして俺をなんだと思ってやがんだよ……」
「大丈夫よ。あなたも素敵だから安心して。十分格好いいわよ」
「姫様の言うとおりだけど、如何せん他に食われてるからねぇ」
「うっせぇな! お前は黙って――」
と、そこで俺は違和感に気付いて、ぴたりと止まる。
頭の中で何かいろんな場所に引っかかりを感じた。毛並みの揃った絨毯をそっと撫でた時、紛れ込んだ何かが掌に触れるような感覚。
しかしそのほんとどは一瞬のうちに通り過ぎ、今となってはどこにあったのかさえ分からない。それでも尻尾を掴んだ、いくつかの違和感を引き寄せる。
俺はリーシャと顔を見合わせ、ヘスチナに向き直る。
「お前、今なんて言った?」
「あ? 姫様って言ったけど?」
「どういう意味だ?」
詰め寄る俺に気圧されたのか、ヘスチナが一歩引き下がる。構わず俺はさらにヘスチナへ迫っていく。
「やだ……ガンマったら意外に積極的……」
「ふざけてる場合じゃねぇんだよ。今のはどういう意味で言った?」
「言葉通りに受け取ってもらって結構だよ? だって、そちらにいらっしゃる別嬪さんはエルドアリシア嬢だろう?」
当然のようにヘスチナは答える。そりゃそうだ。当然のことだ。
むしろ今までがおかしかった。
俺も視野が狭くなっていたんだろうか。なんでこんな簡単なことに気付かなかったんだ。
少し客観視すりゃ分かりそうなものだというのに。
何故、この街の人々は堂々と街を歩くリーシャを、エルドアリシアだと気付かなかったんだ?
この街を統べる領主の一人娘だぞ。しかも、その誕生を祝う祭りの只中だというのに、どうして誰もエルドアリシアの存在に気付かないんだ。
疑問は尽きず、俺は背後のリーシャを顧みる。茨の姫君は泣き出しそうにも見える複雑な笑みと共に目を伏せていた。
「だから言ったじゃない。誰も私を祝うために、ここにいるわけじゃないって」
「リーシャ……お前……」
その言葉はあまりにも寂しく、他人であるはずの俺の胸にさえ締め付けるような疼痛を運び込んだ。
ずっと目を逸らし続けていたであろう真実。誰もが幸せそうな祭事の最中、そのことごとくに遺棄された存在をただ一人忘れられぬ哀しみがそこにはあった。
この歓楽の最中に誰かを貶めんとする悪意は欠片もなく、誰もが目先の華やかな景色を謳歌している。だからこそ、取り残された者がいた。
たった一人の少女の誕生を祝う祭り。その中で祝われるはずのたった一人だけが、孤独だった。