Princess of Bramble with Drab Mn—茨の姫と冴えない嘘—
俺の向かいに座ったリーシャは手鏡を出し、自分の右目の様子を映し見ていた。
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫みたい」
答えて、リーシャは俺に笑いかけてくる。
「ゴミも取れたみたいだし、もう何ともないわ」
「それならよかったよ」
俺も安心して口許を緩める。
突然涙を流すから何事かと焦ってしまった。女性の涙にはいつも驚く。情けない限りだ。
まだ少し充血している目が気になるのか、リーシャは目をごしごしと擦っていた。
「おいおい、あんま擦んなよ?」
「ダメなの?」
「目が傷つくぞ。せっかく綺麗な目してるんだから、大事にしろよ」
言いつつ、俺は最後のパスタをフォークに絡めて、口に運ぶ。最後の一口まで飽きることなく頂けました。本当、味覚と嗅覚を生み出した唯一神アカシャ様に今だけは感謝したい。
リーシャも俺がメモを取っている間にアルダー料理を平らげていた。
夕食などは優雅に、がっつかずに食べていたリーシャがこれだけ早く食べ終える辺り、相当気に入ったようだ。
喜んでいるなら、一緒に来た甲斐がある。俺が紹介したわけではないし、むしろ何もしていないが、それでも一緒にいる女性が喜べば男とは嬉しいものである。こういう女性のさりげないことに歓びを感じられる男であり続けたいね。
「次どこ行く?」
何気ないリーシャの問いに、俺は少し目を瞠ってしまう。
「もういいのか?」
俺の問いにリーシャは首を傾げた。
「これ以上食べられないわよ?」
……あれ、なんだろう、この感じ。
いつもクロームやセシウの食いっぷりを目の当たりにしてきたせいだろう。
本来普通であるはずの食事量に驚きを隠せない。おかわりなしで済む食事とか久々じゃないですかね。
ああ……そうだよ……。人類って本来こういうもんだよな。
感慨深いものさえある。
そんな俺の顔をリーシャが怪訝そうに覗き込んできた。
「どうしたの? 突然黙り込んで」
「あ、いや……ちょっと感動で……」
言いつつ、俺はポケットからハンカチを取り出し目元を拭う。
いや、人間って本当にいいものですね……。
「ああ、なるほどね、とはならないわよ?」
リーシャは理解不能といった目をしているが、それでも俺は感動してしまったのだからしょうがない。
むしろ理解できないリーシャは人間の基準であるということだ。それこそが素晴らしいことだ。
食事ってこんなにお金がかからないものなんだと思い出す。俺ってば大事なこと忘れてた気がする。
「リーシャ、ありがとう。俺は大事なことを思い出せたよ……」
「何を言ってるの? 思い出すのは後にして、次行く場所考えましょうよ?」
「それも、まあ、そうか」
脳を切り替えよう。
時間はまだたっぷりあるとはいえ、できるだけリーシャには楽しい時間を過ごしてもらいたい。
成り行きとはいえ、一日限りのデートの相手だ。できる限りのことはすべきだろう。
「とはいえ、俺はこの街の祭りに明るくない。どこもオススメできないし、何があるかも分からないぞ?」
「それは分かってるわよ」
「じゃあ、リーシャの予定に合わせるぞ?」
「考えてないわ」
さらりとリーシャは答える。
あまりにも自然に言うので、呆れるのにさえ時間がかかった。
「無計画だな。いつもそんななのか?」
リーシャがむっと顔を顰める。
眉根を寄せた顔も魅力的なのは反則な気がする。
大人の色香と子供の喜怒哀楽を持つリーシャは本当に男を惑わす女だとも思う。
「違うわよ。いつもはちゃんと考えているわ」
「本当かぁ?」
「本当よ!」
強い口調で言って、リーシャはぷいっと顔を背けた。
肩に流した巻き髪がふわりと揺れる。
「ただ……」
リーシャは目を伏せて、そっと紅い唇を動かし、「ただ、今日くらいは行き当たりに楽しみたいのよ……」そう、弱々しく紡いだ。
「たまには行き当たりばったりでいいじゃない……」
それがリーシャの考えた、この祭りを楽しむやり方なのだろう。
本当にただの観光客のように、いや、偶然ここに流れ着いた旅人のように、気の向くまま手探りで街を歩きたいのかもしれない。
きっとリーシャなりに導き出した答えだ。今日一日限りのデートなのだから、必死に考えもしただろう。
「……分かったよ。それじゃあ、俺は何を考えればいいんだ?」
そっぽを向いていたリーシャは一瞬で俺に顔を戻し、にっこりと少女のように笑った。
「どこに向かうか、よ」
「俺が決めていいのか?」
「殿方がリードするものではなくて?」
「男性の役目は女性の我が儘に振り回されることですよ」
リーシャに対しては、もう何度目になるか分からない言い回しだ。
実際、俺の根底の価値観なのでどうしようもない。
俺の冗談交じりの、ただし本気の言葉にリーシャは少し寂しげに笑う。
「もう十分振り回してるわ」
そっと出た言葉はやはり弱々しい。
それはやっぱり、俺をデートの相手に指名したことについてだろう。
普段の尊大な態度に似合わず、繊細な心だ。それは煩わしくもあり、またとても愛おしいものだ。
俺は微かに笑い、ゆっくりと立ち上がる。
「美人に誘われることを男は我が儘と思わねぇよ」
リーシャがゆっくりと俺を見上げた。水浅葱色の目からは縋るようものを感じる。
まるで捨てられた子犬のような表情だった。
「ほら、せっかくの祭りなんだ。楽しもうぜ」
俺の言葉にリーシャは控えめに笑う。本当に表情がころころと変わる奴だ。なのに、その表情に同じものは一つもなく、どれもが特別に思えた。
本当にそうなのか、それとも俺の心がそう感じているだけなのか。どちらだかは分からないし、どちらでもいい。
俺がそう感じているのは、俺の中の真実なんだから。
リーシャも立ち上がり、俺を見つめてくる。
「貴方って、本当にずるいわ」
「何がだよ?」
「何でもないわ。さ、行きましょう」
聞き捨てならない言葉の真意も答えず、リーシャは歩き出す。俺も後を追って、リーシャの隣に並ぶ。
詳しく聞きたいところだけど、聞いたところで答えてくれはしないだろう。
歩く最中、リーシャが俺の小指に人差し指を引っかけてきた。思わず隣を見るが、リーシャは素知らぬ顔で前を見て歩いている。その薄い唇が引き結ばれ、いつもより少しだけ上向きの頬が赤らんでいることに俺は気付いていた。そして気付かぬふりをした。
俺は、そっと小指に引っかかった人差し指を引き寄せ、指同士を絡み合わせるように、リーシャの繊手を握った。何も言わずに、握った手が俺と同じくらいの力で握り返してくる。
細く小さな手は温かく、少しだけ汗ばんでいた。
「あ、ねぇ、ガンマ! あれほしいわ!」
ふとリーシャが立ち止まり、何かを指差した。手を繋いでいる以上、必然的に俺も止まらざるを得ない。
周りを行き交う人々は、急に立ち止まった俺たちを避けて、淀みなく進んでいく。川の中程で突き出している岩になった気分だ。
「どれだよ?」
リーシャの指が示す先を見ると、麻糸をラーヌ織りにした敷物の上にアクセサリーを広げる露店があった。ペイズリー柄のターバンを巻いた浅黒い肌の女性が座り、店番をしている。
どうやらハンドメイドの民族装飾品を取り扱っているようだ。
「買ったらどうだ?」
「そこで男気は発揮しないの?」
がっかりしたようにリーシャは肩を竦める。
どうやら俺に買わせる気だったらしい。
「ガンマなら、女性に似合うアクセサリーをプレゼントするのは男の義務だのなんだの言うと思ったのだけれど?」
「残念。ここは女性に釣り合うアクセサリーを贈るのが男の責務って答えるな」
「あら、嬉しいこと言ってくれるわね」
「さらっと自分がアクセサリーより上だって解釈しやがったな、オメェ」
「私の二つ名は知ってるでしょう? 好き放題言われているのだもの、少しくらい誇ったってバチは当たらないわ」
それもそうか。
美しさと気の強さ故についた茨姫という二つ名だ。それに見合うだけの美貌の持ち主であることは間違いないし、事実リーシャに釣り合う宝石なんてなかなかないだろう。
「ま、おねだりするようなお子ちゃまに釣り合うのはあれかね」
言って、俺は同じ通りに面する別の店を指差す。指の先に目をやったリーシャはすぐに振り返って、俺を睨んできた。
「何あれ、りんご飴で釣り合うってどういう意味よ」
「子供ってこったよ」
「りんご飴よりもあっちのクレープの方がいいわ」
「お似合いじゃねぇか」
女性ってなんで、どの世代も甘い物好きなんだろうか。生クリームとか好きだよな、生クリーム。まあ、どこぞのナトリさんは生クリームよりも生ビールの方が好きらしいが。あの辛党は論外だな。
「ていうかお前、さっきお腹いっぱいだって言ってたじゃねぇか」
「甘い物は別腹よ」
「芸のない返しだな」
「女性は乳製品を摂取すると性欲が上がるらしいわよ」
「よし買おう」
嘘だと知りながらも、乗りやすいので乗っておく。
俺に手を引かれて付いてくるリーシャは楽しそうに笑声を上げながら「エッチぃ」などと言ってる。年相応のおふざけだった。その年相応のおふざけも今日が特別であることは分かっているつもりだ。
「おっちゃん、クレープひと――」
「二つお願いします」
俺の前に割り込んで、リーシャは弾んだ声で注文する。ものすごい力で後ろに引かれた気がした。こういう時の女性の力はすごい。
「俺も喰うのかよ」
「一緒に食べましょうよ」
振り返ったリーシャはにっこりと歯を見せて笑う。その笑顔はさすがに狡い。
男として断れるわけがない。
店主と思しき小太りの白い髭を蓄えたおっさんは、その逞しい剥き出しの腕には似つかわしくないクレープを、手際よく作っていく。
「トッピングは?」
生地を焼きながらおっさんが目も見ずに訊ねてくる。
「あー……」
何があんだよ。普段食わないから分かんねぇよ。
「ダブルクリームマシマシチョコバナナアンドガトーショコラで」
「あ? 今なんつった?」
「あいよ」
思わず聞き返す俺など無視して、おっちゃんは普通に作業を続けていた。
なんだ、今の注文っつぅより呪文みてぇな何かは……。
「大丈夫よ。きっと気に入るから」
「いや、明らかに呪いの詠唱だった気が……」
不安になってきたぞ。
何が不安って例えそれが正規の注文だとしても、それは絶対に甘い。なんか甘そうなものしか聞こえてこなかった。
あの一連の文字数分のトッピングがされることは間違いないのだ。
男と女は別の生き物なのだ。俺の胃が重くなるのは明らかだろう。
「ほいよ」
おっちゃんが包み紙を巻いた二つのクレープを俺たちに差し出してくる。
こ、これが、ダブルクレームマシマラウンタラカンタラか……。語彙力はある方だと思うのに、全く理解が追いつかない。難解すぎる。
「チェリーはおまけな」
「ホント? ありがとー!」
年甲斐もなくリーシャははしゃいでいる。はしゃがない歳でないことは分かってるし、そもそも俺は女性がいくつからクレープのトッピング一つではしゃがなくなるのか分からないし、女性に年齢の話題が禁忌であることも知っている。
「お嬢ちゃんが美人だからな」
「もう、おだて上手ね」
クレープを凝視する俺など構わずリーシャとおっちゃんは話に華を咲かせてる。
「お嬢ちゃんたちは観光かい?」
おっちゃんが体の屈強さに似合わない円らな瞳で俺とリーシャを見た。
なんだろ、こういう会話って割と嫌いじゃない。
「いや、俺たちはうぐあっ」
「そうなんです、観光なんですよ」
腹にリーシャの肘を喰らうという原因不明の急性な腹痛に襲われた俺に代わって、リーシャが話を引き継いでくれる。引き継ぐどころかでっち上げているけれど。
なんでこういう時の女性の笑顔ってこんなに気さくなんだろう。怖い。女性怖い。
「そうかい。恋人同士仲良くていいこったな」
「あはは、やっぱりそう見えます?」
嬉しそうにリーシャが俺の腕に絡みついてくる。
「どこをどう見たらそう見えるんだ」っていう必死の俺の抗議は、リーシャが絡みついた腕の肉を軽くつねることで事前に遮られる。
そのために絡みついてきたのか、こいつ。計算高い。
これは会話に乗るしかないんだろうな。そうなんだろうな。
「おっちゃん、俺たちこの祭り始めてだから、どっかオススメの場所があったら教えてほしいんだけど……」
「オススメ、か」
俺のあまりにもざっくばらんな質問に、クレープ屋のおっちゃんは蓄えた顎髭を撫でながら呻吟する。
「祭りの時は大抵この店にいっから、あまり詳しくはないんだが」
「それもそうか。なんかあればと思ったんだけど、それならしょうがないか」
俺の隣でリーシャはクレープを持ったまま、俺とおっちゃんの顔を眺めていた。
なんで傍観者ポジションなんだ。クレープも食ってないようだし。
俺は甘ったるい匂いだけで、すでに満腹感を抱きつつある。
「あー、少し気になる店があるという話は聞いたな」
「なんだそれ、随分煮えきれないな」
「話を聞いただけだからな。なんでも、あっちの方で勇者にまつわる珍品を扱っている露店があるらしい」
そう言って、おっちゃんが店があると思しき方向を、顎で示す。
あまりにも適当な上に、その話自体最早信憑性が皆無だ。
リーシャもなんだか複雑な表情をしている。
そりゃそうだろう。
「勇者っつぅとあの勇者か?」
「そうらしい。ハーヴェスターシャ様が選定なさった勇者様だ」
……だよなぁ。
クロームに纏わる珍品とか偽物間違い無しだし、あいつに関するものを見て穏やかな心でいられるほど、俺はクロームを知らないわけじゃない。
一体何が楽しくて、そんなものを見に行かなければならないんだ。
話聞くだけで憂鬱になってきたぞ。
「なんだ、あんまり興味ないか?」
せっかく捻り出した情報に対する反応が芳しくないためか、おっちゃんの顔が心なしか曇る。
「いや、さすがに突然でけぇ話題だったから呆気に取られちまっただけだよ。あの救世主様に纏わる珍品ってことは霊験も灼かそうだ。試しに見に行ってみるよ」
適当に誤魔化し、俺はおっちゃんといくつか言葉を交わしつつも、手早く会話を切り上げて店を後にする。
隣をついてくるリーシャは、何かを話したくてうずうずしているようだった。十分にクレープ屋から離れた頃合いを見計らってリーシャは口を開く。
「そんな珍品なんてあるの?」
「残してるとは思えねぇし、あいつの持ち物は剣と椿油と着替えくらいだ」
むしろそれ以外の何を持っているのか、全く想像できない。クロームは物を多く持つことを好まないし、使い始めたものはずっと使い続ける性分だ。何かを痕跡のように残すようなこと自体あまりない。
立つ鳥跡を濁さず、正にそんな生き方をしているのがクロームだ。
「じゃあ、偽物?」
「まあ、間違いなくな」
そんなのがあっても驚きはしない。むしろ勇者で金儲けしようとする奴がいるのは当然のことだろう。分かっちゃいた。それでも見過ごせるかどうかは別問題だ。
俺の足は自然とおっちゃんの指し示した方角に向かっていく。
目敏く気付いたリーシャが隣でくすくすと笑う。
「なんだかんだ言って気になってるのね」
「いや、あんな奴に纏わる物なんて偽物でも気分がよくない」
「その割には随分早足だけど?」
「あいつに関して、根も葉もない噂を流されちゃ困るんだよ」
「ああ、そういう」
貴族の娘であるだけあって察しがいい。
クロームに関して悪評を流されるのは頂けない。別にどんなものを取り扱っていようと知ったことではないが、クロームを貶めるようなものだったのなら、黙らせなければいけないだろう。
長き間、致命傷をなんとか避けているとはいえ、俺たちが所属する《始原の箱庭》は終末龍の復活を一度たりとも阻止できていない。民衆からの不信も蓄積されており、後がない状況だ。
ヒュドラ、というよりもハーベスターシャ猊下は人々からの批難と絶望の兆しを払拭するためにクロームという勇者の偶像を生み出すしかなかった。
その場凌ぎの策と言ってしまえばそうだが、唯一神アカシャの剣に選ばれたという証明の力は侮れないらしく、人々の心には希望の光が灯りつつある。先のアメリス撃退の一件が広まれば、また一層人々は希望の光を強めるはずだ。
クロームという偶像の評判は、そのまま《始原の箱庭》の生命線である。
あまり変な評判を流されては、本当に組織の存続さえ危うくなるだろう。
「それはいいんだけど、食べないの?」
俺の思考に不機嫌そうなリーシャの声が割って入ってくる。
「ん? ああ、そういやそうだな」
俺は手に持ちっぱなしだったクレープに目を落とす。
どっさりとした生クリームは陽光を受けて、てかてかと光沢さえ持っている。もちもちとした生地と山のような生クリームの間から見えるのは、バナナにチョコ。それらが生み出した生地の隙間の奥底には、少し黄色がかったクリームがあった。これは、カスタードクリームだろう。
物陰に隠れて、俺に食される瞬間を今か今かと待ち続けている。
さらにそれら全てに万遍なくかけられているのは、黒蜜のようなチョコレートソース。
生クリームの山の頂上には王のようにチェリーが君臨していた。
……甘味の大行列である。
ああ、これを食わねばならぬのか。まだ先程の食事の満腹感も覚めやらぬというのに。
隣のリーシャは急かすように俺を見つめている。
食す以外の選択肢はないのだろう。
俺は意を決して、この甘味の牙城を自ら近づけ、劇物に歯を立てた。
生クリームがふわりと歯を受け止めるが構わず進軍。上唇に生クリームが付着する。
口内に入り込んだクリームはミルキーな甘みよりも脂肪分感が勝っていた。
俺の脳内兵士が「隊長! 無理です! 撤退しましょう!」と勇気ある進言をするが、俺こと隊長は無骨に「進軍しろ」と繰り返すばかりだ。恐らくは無能な上官だ。
俺の歯が生クリームをそっと切り断ち、弾力のある生地に到達した。そのまま前歯を食い込ませ、戦線離脱。顔とクレープが急速に離れ、生地が引き延ばされ千切れる。
口内に残ったチョコソースのかかった生クリームを載せた生地を咀嚼していく。言葉も甘みも装飾されすぎて、最早訳分からん。
一噛みするごとにもちもちとした食感と乳製品の甘みとチョコのビターな甘さが悪夢のコラボレーション。
味覚と触覚を同時に襲撃され、口内部隊の戦士たちは怯懦にかられ恐慌状態。
それでも俺は咀嚼を繰り返し、恐る恐るそれを嚥下する。
「どう?」
「美味い。ただものすごく甘い。食後のデザートじゃなくて主食だ、これは」
「そら、それならよかった」
にっこりと笑い、リーシャもようやくクレープを口にする。
毒味役をさせられた気分だ。俺が苦しんだのがよかったのか、それとも最初の一言以外はなかったことにされたのかは、ものすごく謎だ。
リーシャはそりゃもう美味しそうにクレープを食べ、幸せそうに笑っている。
男と女は味覚もそもそも違う気がした。