Unwelcome Cr—招かれざる言葉—
「いやはや、まさか遠路遙々勇者様がいらっしゃるとは思ってもみませんでしたよ。すみませんね」
邸内の廊下、俺たち四人を先導するのはエルドアリシアではなく、その父であるユグデンバーグ・イレイス侯爵。
細身な体に沿う背広に包まれた背中をただ見つめる。恐らくは特注品だろう。ネクタイをぴっちりと締め、靴や銀の腕時計は高級品だ。ジゼリオス卿は魔術大国の人間としてかなりの変わり者であるが、このイレイス卿も貴族の中ではかなり変わった部類に入るだろう。
背広――俺は少なからず馴染みのある衣装だが、クロームたちからしたら物珍しいものだ。ジュストコールを上衣としたロココスタイルが、歴史と格式を重んじる性質が有る魔術大国の貴族にとっての正装だ。
対して背広は技術国で現在主流となっている正装。近代的で機能性を重視した衣服であり、技術国では魔術国の文化を排するような最近の風潮によって広く普及している。
そんな服を纏っている時点で、この男の価値観が窺えた。
なんでもこの街の商会の重役と先程まで会食をしていたそうだ。到着後間もなく、使用人の案内で宿泊用と思われる一室に通され、訳も分からずくつろいでいた俺たちの前にイレイス卿が現れたのはほんの数分前のこと。
「突然のことだったんですから、お気になさらないでください。私たちこそ、突然の訪問で申し訳ない」
「いえいえ、構いませんよ。旅の身であらせられることは承知しております。しかし、リーシャがいて本当によかった。ここまでの道のりは慣れない者には少し難しいものですからね」
確かにそうだ。リーシャの案内があったからこそ、俺たちはここまですんなり来れたが、もし案内がなかったら迷っていたかもしれない。
リーシャは屋敷に入るなり、すぐにどこかへ行ってしまった。俺たちのことは完全に使用人に任せていたようだ。
あんな年頃の娘を持つとは思えない年若い外見をした赤髪の貴族は廊下を颯爽と進んでいく。
「しかし、そうですか、ジゼリオス卿はすでに婚約を交わしている身でしたか。娘が興味を持った数少ない男性だったのですが残念です」
そう言う侯爵の声は、どこか舞い上がっているようにも思えた。
侯爵の地位でジゼリオス卿に”頼み込み”でもすれば、婚約を解消させることだって簡単だ。そんなことをしそうな素振りがない辺り、父親はそれほど乗り気でもなかったらしい。
考えてみると、ジゼリオス卿が結婚した場合、この人があれの義父になってたんだよな。実年齢は知らんが、外見年齢に限って見ればジゼリオス卿の方が年上にしか見えない。
貴族の世界では珍しくもない話とはいえ、あまり想像はしたくないところだ。
「こればかりは仕方のないことです。わざわざ謝罪までしていただいて、却ってこちらが申し訳ないほどですよ。まあ、これほどまでのお方をお招きでき、むしろ私からお礼を言いたいほどです」
「勿体ないお言葉です。領主様が不在の間にお邪魔してしまったというのに、手厚く歓迎して頂きありがとうございます」
先頭を行くクロームの口は淀みない。この社交性が毎日片時も休まず発揮されたら、俺の人生も平穏だろう。考えるまでもなく、それはそれで面倒くさいなってすぐに思った。
クロームに朝っぱらから丁寧な挨拶をされたら、その時点で俺はよからぬものを感じて気疲れするだろう。
「この街には他の都市部では取り扱っていないようなものも多くあります。ご都合さえよければ存分に見て回ってやってください。戦いに続く戦いの過酷な旅を続けているという勇者様の疲れを些細ながらも我が町の賑わいが癒やせたのなら、領主としてこれ以上の喜びはありません」
「そうですね。そう長くは滞在できませんが、この街には心惹かれるものがあります。美しい景観、真新しい品々に歓楽に賑わう人種種族を問わない人々。素晴らしい街です」
「ははは、リーシャが多少は観光の助けになったようですね」
いや、あんたの娘は自分が見たいもんだけ見てたよ。
話ながらもイレイス卿は立ち止まり、長く続く豪奢な廊下に並ぶ扉の一つを開けた。
「さあ、どうぞお入りください」
通されたのは応接間。広々とした空間であり、よくある内装だったが、部屋の奥にある暖炉の上に飾られた絵には、どうしてか目を惹かれた。
その一幅の絵画に描かれていたのは、街の中心に塔を建造している光景。多数の小人や大男が資材を運び、群れる蟻のように塔へ張り付き作業をしていた。
俺たちがいる、まさにこの街この塔が建造される最中が絵になっているようだった。
まだ背の低い、それでも空高くに位置する塔の頂上には長い白髪と、それと同色の髭が印象的な翁が杖を片手に立っている。
白い法衣を纏ったその賢人の姿は、絵画にしかすぎないというのに超然とした何かを感じさせた。
「大賢者イヴァノヴィリア。人間と敵対関係にあったはずのドアーフやエルフを始めとした多くの異種族を先導し、この塔の設計と建造を指揮した魔法使いだそうですよ」
俺の視線に気付いたのか、イレイス卿が説明してくれる。
「魔法使い、ですか」
俺の背後でプラナが単語を呟く。
「はい。詳しい経緯は残っていませんが、そう呼ばれていたそうですよ」
魔法使い、ね。
そんでその魔法使いのおっさんが主導となって創り上げた塔が未だにオーバーテクノロジーの塊ってか。できすぎた話だな。
今の魔術ですら至れていない境地にある魔術は確かに魔法と呼んでもおかしくはないのかもしれない。
「そういえばリーシャは何か勇者様に失礼な振る舞いなどはいたしませんでしたか?」
「いえ、そのようなことは一切。丁寧に街を案内して頂いて、とても助かりました」
大分事実をねじ曲げたクロームの言葉にイレイス卿は安心したように表情を緩める。
クロームは普段からずっと仏頂面なので、こういう時に嘘をついてもバレることが少ない。便利だな。見習おうとも思ったが、それは先程俺が想像した常日頃から社交的なクロームと同じくらい奇天烈だった。
「それを聞いて安心しました。あの子は少々気が強すぎましてね、それが気がかりだったのです」
少々ってレベルじゃねぇけどな。
イレイス卿の不安は見事に的中していたわけだが、俺たちもずっと正体を隠していたので仕方ないともいえる。
「妻を早くに亡くして親が私一人だったのが原因なのか、どうにも男勝りに育ってしまいまして。お恥ずかしい話です」
男勝りという単語が出て、ちらっと背後のセシウを顧みると無言で呆れたように肩を竦め、俺の背中をつねってきた。図星だな、図星。
「事細かに配慮をしていただきましたよ。街のことに関しても熱心に説明してくれました。イレイス卿に似たのだと、今ならはっきりと分かりますね」
クロームの気を遣った返しに、イレイス卿は大層気をよくしているようだった。
親馬鹿か。
イレイス卿との対談を終え、俺たちは最初に通された客室に戻っていた。
クロームはソファに深く凭れ、大きなため息を一つ吐き出す。
「はぁ……何度経験しても貴族との話は疲れる。それにイレイス卿はよく喋る」
「ははは、お疲れ様」
脇に俺と並んで立ったセシウが笑いながらもクロームを労う。
「商才のある人間ってのはどういうわけかみんな饒舌なんだよ。しょうがねぇさ」
「まあ、そういうものだろうな。ガンマはそのうちの片方だけしかないからうざさが際立つのもしょうがないことか」
疲れても俺に対する嫌味は鈍っていない。
そんな話をしていると、プラナが水を入れたコップを盆に載せて戻ってきて、そっとクロームに差し出した。
「ああ、すまない。喋りすぎて喉が渇いていたところだ」
「そうでしょうね。本当にお疲れ様です」
慣れないことで疲れるとはいつも言っているが、ああいう上流階級との対談を卒なくこなせる辺り、剣の腕が立つだけの一辺倒じゃないってのが分かる。
「よくもまあ、あんなにほいほい褒め言葉思いつくもんだよな。俺でも感心するわ」
「貴様でも、と繋ぐ意味が分からない。お前に人を褒める能力は皆無だろうに。貴様の舌の回りはよくても言ってることは生産性が皆無だ」
ああ、そういう扱いでしたか。分かっていましたとも。ええ、全然悲しくなんてないですよ。
クロームはぐっと一口で水を飲み干し、プラナの盆の上に置いた。
「実際のところ、あの場で考えてなど、ほとんどないというのが本当だ。ここまでの道中に何を言うかある程度考えているだけさ」
「お前もなんだ、割と苦労してんだな」
「どこぞの口がいの一番に製造された眼鏡と違って、無駄話があまり好きじゃないからな」
椅子に深く体を沈め、もう一度クロームが重い息を吐き出す。
「何はともあれ、これで伯爵からの頼み事は済んだ。まだ侯爵との夕食という、何とも面倒なイベントも残っているが、問題はないだろう」
それに加え、侯爵としては明日の祭りも、是非見てほしいとのこと。
勇者クロームに、正しくはそのバックにいる教皇ハーヴェスターシャにウェスターという街をアピールしたいのかもしれない。
出自も不確かな俺たちに貴族が謙ってくるのは、何も俺たちが救世主として持て囃されているからではないのだ。奴らが頭を垂れているのは、いつだって俺たちの向こう側に存在がちらつく猊下に対してである。
それでも猊下に取り入りたいと考えるような連中が勇者を支持すれば、民衆からはさぞ頼もしく見えてしまうし、希望さえも持ててしまう。
世界を救いたいと、人々を守りたいと純粋に願って剣を取った男の存在は、そういう薄汚れた謀略と駆け引きによって維持されている。
嫌になる話だな。
「とりあえず、夕食までは各々自由にしていていいだろう。俺も少し休みたい」
毎度のことながら、貴族との対談を終えた後のクロームは疲弊しきっている。普段は殺人的なトレーニングをこなしてもケロッとしているというのに。
それだけ意識を集中して、非礼のないようにと気を付けているということだ。
全く、呆れるくらいの努力家だ。
クロームを休ませる意味でも、俺は少し外に行くとするか。少し気になることもあるしな。
「あれ? ガンマどこ行くの?」
「ちょっと出かけてくるだけだよ。すぐ戻る」
「そっか、気を付けてね?」
「分かってるよ」
セシウへ軽く手を挙げて応じ、俺はそのまま部屋を後にした。
どうにも気がかりなことがあった。胸につっかえて、どうにも居心地の悪いそれを、解消しなくてはならない。