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Alternative  作者: コヨミミライ
La's Bathos—仕組まれた賛美歌—
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Unwelcome Cr—招かれざる言葉—

 俺とセシウは服飾店を出て、辺りを見回す。人々の往来は変わらず多い。

 天上を行き交うゴンドラが度々陽光を遮り、足下が翳る。どこを見回しても背の高い建物ばかりで、どうにも空が狭いようにさえ思えた。

 この感じは都を思い出してしまうな。田舎育ちのせいか、どうにもこういう場所は慣れない。

「ごめんね、付き合ってもらっちゃって」

「ん? ああ、構わねぇよ。いつも本買いに行く時に付き合ってもらってんだろ?」

 笑いながら言うセシウに、俺は振り返ってそう答える。

「いや、そうだけど。ほら、書店はアタシも楽しいかもだけど、女性用の服見たって、何も面白くないでしょ?」

「いいんだよ。脱がせ方の研究になるし」

「うわー、使う気配がなさそうなこと研究してるー、引くわー」

 呆れ顔でそう言われてしまうと、無性に辛くなる。

 俺だって、結構モテる場所ではモテるんだぜ?

 旅を始めてからはナトリと会うこともできず、いろいろご無沙汰になっている感は否めないが。

「つぅか、何も買わなくてよかったのか?」

 俺の手には書店で買った本が数冊入った紙袋が下がっているが、セシウの手は空っぽだ。

 あっちこっち見て回ったのに、セシウは特に何かを買うこともない。興味ありげに商品を見つめていることはあっても、結局買わず終いだ。物欲しそうな顔してんだけどな。

「え? ああ、アタシはいいのいいの」

 セシウはからからと笑う。

 そういえば、セシウが自分から服を買うとこってあんま見ねぇな。

 最近着ている服もインジスが買ってきたものばっかりだし。あんまりそういうのに興味ねぇのか?

 そんなはずはないと思うんだが。

「まあ、特に買う物もないのに付き合わせちゃって、却って申し訳ないっす……」

 気弱に言うセシウに俺はうなじをぽりぽりと掻いた。

「んじゃ、俺の用事にももう少し付き合ってくれよ。それでチャラだろ?」




 細い路地はいくつにも枝分かれして、複雑な迷路のように広がっていた。

 俺は背後を何度も確認し、道の繋がり方、視点によっての見え方の違いなどを入念に頭に叩き込んでいく。片手に開いたメモ帳には、線による簡易的でざっくばらんな地図を記入する。細かい擦り合わせは後で行うとして、とりあえず今は大体の形だけを記録していく。

 道が狭いため、並んでいたセシウは俺の後ろを静かについてくる。

「こんな小径あったんだ。よく知ってるね」

「知らねぇよ。初めて来た街だ」

 俺もさすがにそこまで記憶力はよくない。地図を読むことはあれど、いつか見たかもしれないが、訪れることがあるかどうかも分からない街の小径を詳らかに覚えていられるほどの余裕もない。

「とりあえず使えそうな小径とかは覚えておくに越したことはねぇだろ?」

「目的地に到着する度に、いつも一人で出かけることあったけど、もしかしていつもこういうことしてたの?」

「ん? ああ、まあな」

 そういえば普段は一人で行ってることがほとんどだから、セシウたちは知らないのか。

 うっかりしていた。別に言う必要もなかったことだし。

「すごいね」

 後ろから聞こえた、悪意のない感嘆の言葉にどう反応するか惑う。褒められたことじゃない。結局、これは逃げのための下準備だ。

「ほとんど使わずに終わるよ。役に立ったことはあんまねぇ」

「それでもすごいよ。普段は使わなくても、いざって時に役に立つかもしれない。どんな名案も入念な準備がなければ意味はない、って本に書いてあったよ」

「リプシーか」

 成功の秘訣とやらの自己啓発本を多数書いている著述家の著書にあった言葉だろう。前の街でセシウに本を買い与えてからというもの、やけに俺の本を囓り読みするようになっていた。

 基本的には物語、特に活劇系も好んでいるようだが、それ以外のものにもたまに手を伸ばしているらしい。もともと興味を持った物に対する集中力は立派なものらしく、気に入ったものはすぐに読み終えてしまっている。

 まさかセシウとこんな話をすることになるとは思ってもいなかったな。これもカリーヌの助言のお陰かね。そういやあいつには街を出る時、お別れを行っていなかったな。今頃何をしているんだか。

「そういえば——」

「あのさ——」

 二人同時に会話を切り出してしまい、お互い譲り合いのために黙り込んでしまう。

 …………。

 俺は立ち止まり、セシウへと向き直った。

「先言えよ」

「い、いいよ、大したことじゃないから」

「俺もそうでもねぇから言っちまえ」

「あ、う、うん。いや、ほら、カリーヌさん、何してるかなぁって」

 うわぁ、話変わってねぇ。

 ちょっとげんなりしつつ、俺は歩き始める。

「別に変わったこともないんじゃねぇか。あいつも旅の身らしいし、どっかで終末龍プルトニウスに関していろいろ調べて回ってるだろうさ」

「ちゃんと挨拶もせずに街出ちゃったから、なんか気になっちゃってさ」

 俺たちの脚は少し開けた裏通りへと出ようとしていた。薄暗い路地に反して、少しだけ明るい。

「あいつだってあっちこっち旅してるみてぇだし、そのうちどっかでばったり出くわしたりしてな」

 冗談めかして言いつつ、裏通りへと出る。

 人はおらず、立ち並ぶ建物のどれもが背中を向け合っているような道だった。とんでもない隠し通路を見つけてしまった気分だ。

「誰もいないね」

 遅れた路地から出てきたセシウが俺の隣に並ぶ。

「穴場だな。悪さをするにはちょうどいいな」

 この場所は覚えておいて損はないかもしれない。

 いや、悪いことするためじゃなくてね。ちゃんともしもの時に活用できるかもしれない、って意味だからね?

「こんなところで誰かに襲われたら、助け呼べないだろうなぁ」

「お前は助けいらねぇだろ」

 むしろ、こいつを襲おうと思った奴に同情するね、俺は。

「いや、アタシたち以外の普通の人とか。ガンマとかさ」

 俺を一般人にカテゴライズしないでくれ。頼むから。

「まあ、もし今ここでそんなことがあったら、間違いなく俺たちに助けを求められるよな」

「そうだねぇ、そんな都合よくあるわけないけどねぇ」

 くだらなすぎて二人で声を上げて笑ってしまう。

「助けてっ!」

 穏やかに笑い合う俺たちとは不釣り合いなほどに緊迫した、絹を裂くような女性の悲鳴に俺たちの笑声がぴたりと止まった。二人揃って周囲を見回すが、女性の姿どころか影一つ見えない。

「聞き間違えか?」

「そう思う?」

「いや、全然」

 悠長に構えていると通りの向こうから、女性が息堰きながらこちらへ駆けてきた。ツインテールにした橙色の長い髪を振り乱す女性の後ろには、四人の若い男性が続く。

 揃いも揃って、柄の悪い男どもだ。

「待ちやがれっ!」「おい、逃げんじゃねぇよ!」などなど、台詞も定型文である。

 水浅葱色の瞳が俺たちの姿を認める。

「ちょっと貴方たち助けなさいよっ!」

 嫌な予感というものはどうしてこう当たるものなんだろうな。

 いい予感はこれっぽっちも当たる気配がないっていうのに。世の中はつくづく残酷だ。

「すっごい! 本当に来たっ!」

 何故か感激しているセシウは放っておこう。

 そうこうしている間にも女性はミニスカートから伸びたか細い脚で俺たちの元へと辿り付いてしまう。息も切れ切れに若い女性は汗の浮いた顔できっと俺を睨むように見上げた。

「何ぼうっとしてんのよ! 助ける気ないの!?」

「いや、俺たち、明らかな面倒事に首を突っ込むほど愚かじゃないっつぅか……」

「目の前に今まさに襲われそうな女性がいて放っておくなんて人としてどうかしてるわよ!」

 さっきまで全力疾走をしてきて、喘いでいる割には随分とよく喋る。しかも超強気だ。

 面倒事の予感がさらに増しているのは気のせいだろうか。

 ……しかし、ぱっと見、すげぇ美人だな。

 目鼻立ちはすっきりしているし、目はちとキツすぎるがあどけなさも残っている。ふっくらとした唇は艶やかで、肌は絹のように滑らかだ。睫毛も長く、水浅葱色の瞳はきらきらと煌めいている。

 まるで作り物のように完成された容貌。目の綺麗さと言ったら、なんか人形のグラスアイすら連想させた。

 体は華奢で、縞模様のニーハイソックスを履いた脚はほっそりとしており、少し力を入れたら折れてしまいそうだ。ウェストは締まってはいるものの、胸や尻の膨らみはまだ未熟と行ったところか。それはそれでまた乙である。

 そこまで観察した辺りで、男どもが追いついてくる。俺の女体観察が早いのか、それとも男どもに体力がないのかは、男という生き物が宿命的に抱え続ける人生の命題だ。

 推定年齢十八歳前後の少女は俺の後ろにひらりと周り、背中をすごい力で押してくる。

「な、なんでしょう……」

「助けてくれるんでしょう?」

 ごく当然のように背後の少女は言う。

 ……すげぇ、拒否権がねぇ。

「私のお尻とか、胸とかじろじろ見たんだから、その分だと思いなさい」

 気付いてやがったし……。隣のセシウも呆れきった目で俺を見ている。

 こういう強かな女は苦手だねぇ。世の中には惜しげもなくパーフェクトボディを生まれたままの姿で晒し続ける美女だっているってぇのに。

「なんだてめぇ! 邪魔するってぇのか!」

「容赦しねぇぞ!」

「どうなっても知らねぇかんな!」

「……お前らってどうして揃いも揃って、そう分かりやすいんだ? いや、分かりやすいのはいいけどよ」

「アァ!?」

「いや、頼むからそういう芸のない返しは止めてくれないか。次の冗句を考えようにも、お前らの個性が記号的すぎて、こっちまでよくある返しになりそうで困ってんだ」

「なめたこと言ってんじゃねぇぞッ!」

「煽ってどうすんのよ!」

 背後から女性が文句言ってくる。しかも背中抓られてる。痛い痛い。

「今に見てなさい! チンピラども! 今から、この頼り甲斐は……ないかもしれないけど、この眼鏡があんたたちをぼっこぼこにしてやるわ! 地べたで私の高笑いを聞くことになるわよ!」

 どっから突っ込んでいいか分からねぇけど、とりあえずお前も煽ってんじゃねぇか。

 俺の前に並ぶ男どもはすっかりやる気である。酷い。こんな貧弱な男を挟んで、そんな物騒な話しないでください。

 隣のセシウがふっと俺の側に寄ってくる。

「アタシがしようか?」

「やめとけ。相手が可哀想になる」

「じゃあ、ガンマがするの?」

「ま、こうなっちまったらな。とりあえずそれの面倒見といてくれ」

「物扱いしないでよ!」

 怒鳴る美少女をセシウに引き剥がしてもらって、俺はため息を吐き出す。

 正直、こういう荒事は苦手なんだけどな。

「えーと、なんだ? とりあえず、あれだ。一人一人は面倒だから、纏めてかかってこいよ?」

「かかってこいよ!」とか「上等だっ!」とか口々にありきたりな台詞を吐いて、四人の男が同時に俺に向かってくる。「かかってこい」と言った俺に「かかってこい」と返す辺り、こいつらの語彙力のなさが露呈して切ない。

 とりあえず最初に向かってきた顔面を狙った男の一撃を身を反らしてひょいっと避けておく。日頃から人間じゃない奴相手にしてるので、まあ見えるわな。見える見える。

 左足を基点にくるっと体を回して、低い姿勢から拳を空振った男の腹部に靴底をねじ込んだ。

 加減したつもりが思いの外、いい手応え。いや、足応え。男の屈強な体が後方へと跳ね飛び、石畳の地面を滑る。

 左側から迫った男の横っ面に肘鉄を叩き込み、右から来た奴は足払いで転ばす。鼻っ柱に肘を食らって怯んでいた男の腹部に下方から拳を食らわせ、足下に転がる奴は顔面を蹴っ飛ばした。

 遅れて突っ込んできた最後の一人の拳もすんなり避け、空を切って体勢を崩した男の胸ぐらを深く掴む。体を沈み込ませるように、右肩を先端に肉薄して、左手で右腕の袖を掴み、右足を男の足の間に差し込んでやる。体を左方向に回しつつ、右肘を男の右の脇の下に押し入れるようにして左手で引き上げた男の体をそのまま担ぎ上げ、目前に投げつけた。

 全身のあらゆる部位が総じて一つの装置となったように連動し、その結実として軽く宙を舞ったガタイのいい男の体がそのまま地面に叩きつけられる。

 蛙が潰されるような、それこそありきたりな苦痛の声を上げて、男は地面の上で大の字になった。

 あっという間に四人の男どもは俺の周囲に倒れ伏してしまった。

「え、ちょ、何? 威勢ばっかりいいにもほどがあるだろ。お前ら、これが文庫本だったら一ページ分の描写すらされてねぇぞ」

 肩透かしもいいところだ。身構えていたこっちが阿呆らしくなる。

 俺の軽口にも相手は言い返せない。何故ならすでに気を失っているから。

「うそ……」

 後ろで美少女その一が声を漏らす。

「すごいでしょ?」

 何故か得意気にセシウは言っている。美少女その二はもちろん非実在である。

「時間稼ぎにでもなればいいと思ってたけど、全員倒しちゃうなんて……」

「お前人をなんだと思ってんだよ」

「お前って言わないでよ、あんた」

「あんたっつぅなよ、お前」

 むっとした顔で睨み返してくる美少女に、俺は頭を掻く。

 どうしよう。変に関わると今以上に面倒くさいことになりそうな予感がする。

「厄介者は黙らせたんだから、もういいだろ? 俺たちは行くぞ?」

「ちょっと待ちなさいよ」

 背を向けて行こうとする俺を、そいつは有無を言わせぬ口調で制止する。とりあえず止まっておくとしようか。

「今まさに襲われていたか弱い女性をよくもまあ放って帰れるものね!」

「今まさに助けてくれた奴に対して、よくもまあそんな口が利けるもんだな。……で、何がお望みだよ?」

 次に続く言葉をなんとなく予想しながら、俺は問いかけてみる。

 そいつは偉そうに胸を張って、どこか尊大に笑う。

「私を家まで送っていきなさいな。見たところ、貴方強いみたいだし、護衛をお願いするわ」

「お願いします、じゃねぇのか?」

「報酬は弾むわよ?」

 …………。

 ……。

「やります。やらせてください」

 俺はご主人様に向かって跪き、恭しく頭を下げた。なんなら手の甲に口吻をしてもいいくらいだ。

 今この瞬間、俺はこいつを救ってやった命の恩人でも、護衛をお願いされる側でもなくなった。ただ資本に飼い慣らされた犬となったのです。

 脇でセシウが失望したような目を向けてくるが、この際そんなものどうでもいい。大体、俺がこんなにお金を必要とするのは、お前とクロームの食費が尋常ではないからだ。

 少女はふふんと満足気に、どこか艶めかしく笑う。美貌も相まって妖艶で魅力的な表情だった。

「そうと決まれば、話は早いわ。さ、行くわよ」

「はい、ただいま!」

 夕暮れ空を思わす長い髪を振って、ご主人様は俺たちにお背中をお向けになられてお歩き始めになったで候。いろいろ間違っている気がするが、この際どうでもよきことにありけり。

 立ち上がってへこへこついて行く俺にセシウが並び、顔を寄せてくる。

「金の亡者」

 耳に吹き込まれた軽蔑の言葉も心地よい。

「うるせぇ、世の中ゼニだ」

「本当にいいの?」

「構わねぇよ、金のためだ。それにどうは言っても人助けだ。斯くも気高く徳も高い勇者一行の善行の一環ってな」

「クロームだったら報酬を要求したりしないと思うけど?」

 正義が金なしで務まるかってぇの。

 金がなけりゃ俺たちは世界を救うどころか、生きることすら儘ならねぇんだ。

 勇者も社会に生きる以上、それは決して逃れられない摂理である。

 理想論で腹は膨れねぇ。

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