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Alternative  作者: コヨミミライ
La's Bathos—仕組まれた賛美歌—
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Unwelcome Cr—招かれざる言葉—

「んー、なんかいい方法はないもんかね」

 棚に敷き詰められた本の背表紙を端から端まで眺めながら、隣のセシウに話しかけてみる。

「まだ乗り気じゃないの? いい加減諦めなよ」

「いや、そうじゃなくて。プラナのこと」

「へ? プラナ? プラナとなんかあったの?」

 意外だったらしく、セシウの声が少しばかり上擦る。

 何を考えたんだろうか。

「なんかあったってわけじゃねぇけどよ、こう毎回移動の度に疲労困憊だろ、あいつ。いつもあれじゃ大変だろうし、なんかいい方法ねぇかなって」

「ああ、プラナが死にかけなくていい方法ってこと?」

「そういうこと」

 体力こそないが、プラナは俺たちの貴重な戦力だ。主力と言ってもいい。プラナの魔術で俺たちは何度も救われている。あいつの魔術はただでさえ強力なのもあるが、治癒魔術によって俺もなんとか一命を取り留めたことさえある。

 心安まる時もほとんどないままに魔物や《魔族(アクチノイド)》との激戦、日を跨いだ移動の繰り返しを続けていても、俺たちが元気でいられるのはプラナの力あってこそだ。

 特にサニディンから拡張宝珠を授けられてからは、より一層それが顕著になっていた。

 できれば、プラナには常に万全の状態でいてほしいところだ。

 特に長距離の移動中は不測の事態も多い。刻一刻と変わる環境、疲労によって判断力も鈍り、奇襲に対する反応も必然的に遅れる。そういった状況で生きるのは、素早く的確な判断能力を持つプラナの強力な魔術群だ。

 今まではなんとかなってきたが、これからも何とかなるとは限らない。できる限り、敗因に繋がる要素は潰していくべきだ。《魔族(アクチノイド)》たちもプラナの厄介さは十分に理解しているはずだろうし、プラナが万全でない時を狙ってくる可能性も高くなってくるはず。

 少なくとも、カルフォルが気付かないわけがない。

 まだそうなってない今だからこそ、対策を講じなければならない。

「あたしやクロームが背負っていけばいいんじゃない?」

「いざって時にそれで即応できるってんならいいんだけどな。後衛のプラナの体力を温存するために、前衛のどちらかに無用な負担をかけるってのはどうなんだか。プラナは優秀な後衛魔術師だが、元来前衛あっての後衛だろうし」

「ああ、そうか。それでいざって時にプラナを守れなかったら意味ないもんね」

「そういうこと」

 たまに理解が早いな、セシウは。

「俺も中衛として、プラナの守護は役目の一つとしてこなすつもりだ。それでもお前らを出し抜くような奴を相手取って、プラナを守り切れるかは怪しいな。取りこぼしを捌くのが精々だと思った方がいい」

「それはあたしたちの仕事だからね。ガンマが自分のすべきことに集中できるようにする」

 セシウもセシウなりに自分の役目ってのをしっかり考えてくれてんだなよな。

 こいつのいいところだと俺は思う。常日頃ちゃんといろんなことを考えてくれている。最近はそれが顕著になってきたような気さえした。

 まあ、それも結局、俺の内面の変化なのかね。

 世の中主観でいくらでも変わるもんだ。俺があのお気楽領主の変人なおっさんと一緒にいて学んだ数少ないことのひとつだ。

「ありがとな」

 ふっと口を衝いて、そんな言葉が転がり落ちた。

「ん? どしたの?」

 俺が予想外だったのだから、セシウも予想外だっただろう。突然のことに目を丸くしたセシウは首を傾げる。

「なんでもねぇよ」

「なんだよー、言えよー」

「なんでもねぇって」

 目ぼしい本を一冊だけ本棚から抜いた俺は、追及してくるセシウをかわすように歩き始める。ひょこひょことついてくるセシウは不満気に俺の顔を覗き込んできていたが、知らないふりをしておく。

「あ」

 ふっと隣を歩いていたセシウが立ち止まり、本棚の前で腰を折った。俺も引かれるように立ち止まり、首だけでセシウを顧みる。

「どうしたよ?」

「これとかいいんじゃない?」

 本棚から引き出した本を顔の高さに掲げ、セシウはその本の後ろから覗き見るように顔を出して問いかけてくる。

 ハードカバーの本の表紙には、四つの車輪を持った金属の箱のイラストが彫り込まれていた。

 魔物の増加に伴い、今やその必要性さえ失われた代物。蒐集品としては貴族の間で高い人気を誇っているらしいが、逆に言えば蒐集品以上のメリットがなくなった高級品。

「……自動車なぁ」

「完璧じゃない?」

 セシウは得意気に笑っている。

 もちろん、それがあったら言うことなしかもしれない。移動による体力の消費を抑えられる上に、速度だって上がる。次の町への移動に日を跨ぐことも少なくなるだろう。

 素晴らしい発想だ。俺も何度か考えたことがあるくらいの名案だ。

 そう何度も考えたさ。でも俺たちは現状に甘んじている。

 それは何故か?

「お前それがいくらすんのか分かってる?」

「あ……」

 セシウの表情が得意気な笑顔のまま硬直する。なかなかに愉快だ。

 そう、我々勇者一行には金がないのだ。

 もし仮に購入することができたとしても、その後の維持費はクロームやセシウの食費以上にかかることだろう。

 どう考えても首が回らない。

 俺たちに漫然的にのしかかる問題は、結局それなのだ。




 整然と揃えられた書物が、低いとはいえ天井につくほどの高さがある棚一面に敷き詰められていた。どれもが古び、厚い革の背表紙も色褪せているが、決して価値のないものではない。

 正しい価値は魔術師にしか分からない代物ばかりだが、年代を感じさせる骨董品の書物たちは触れて指紋をつけることさえ罪に思えた。

 クロームは下手に傷をつけないように、腰に差した剣の位置にも気を付けつつ歩み、先に小走りで本棚に辿り付き、背表紙を眺めているプラナの隣に立つ。

「何か目新しいものはあったか?」

 爪先立ちになりつつ、一番上の棚を本を眺めていたプラナがびくりと肩を跳ねさせ、おずおずとクロームを顧みた。

「あ、すみません。私としたことが、夢中になってしまって。節操がなかったですね」

「それは構わん」

 クロームは気遣いのつもりで、いつもの調子のまま言うが、プラナはまだ困ったように眉根を寄せている。どこぞの眼鏡に常に注意されているのに未だ直せない自分の悪い癖がまた出てしまったことに気付き、クロームは心の中で嘆息した。

 自分は感情を表情に出すことが下手だ、と常々周囲から言われている。鈍い彼自身もいい加減自覚し始めていた。周囲に合わせて表情を作るのは何か狡賢いようで気乗りがせず、時間をかけて少しずつ感情の表現をしていけばいいだろう、と思っていたが、こうして旅をする以前から交友の深いプラナすら困らせていると考えると、悠長に構えていられないとも考えてしまう。

 しかし、ここで仮に自分が必死に笑顔を作ったとする。その場合のプラナの反応は、空想力のないクロームにだって目に見えるように思い浮かんでしまう。

 絶対に、今以上に困惑した顔をするはずだ。

 今までの関わりの中でプラナに生まれた、彼の人物像全てを一撃で消し去ってしまうような愚行なのは明白であろう。

 一体、こういう場合、どうしたら正解なのかが、クロームには分からなかった。

 試しに鑑の前で笑顔の練習したこともあったが、偶然部屋に入ってきたセシウは鏡に映ったクロームの笑顔を見た途端、何も言わずに部屋から出て行った。それ以降セシウはそれを話題に出しすらしない。誰にも他言していないのは有り難いが、腫れ物を扱うように一切触れられないのも、また一種の拷問だった。

 自分がどれだけ考え込んでいたのは分からない。答えは出ていない。しかし、このままではいけないことは確かだ。こういう時、一緒に旅をしているらしき可能性がある眼鏡に助言を求めたくなる。口惜しい事実だ。

 考えていても埒が開かないと結論を出し、意を決してクロームは口を開く。

「もしもの事態に早急に対応できるように二人一組で行動するのはルールだ。気にすることはない」

「すみません。私が不甲斐ないばかりに、付き合わせてしまいまして……」

「…………」

 クロームは今すぐ自分を斬り伏せたくなった。

 相変わらずの仏頂面の裏でクロームは滝のような冷や汗をかいていた。

 これが間違った答えであることは理解している。反省点を踏まえて考えても、正解がどれなのか分からないのが問題だった。

 ここは消去法で考えようと、剣を振ることばかりをし続けた剣士にしては奇跡のような発想に至る。ただ一つの問題は、消去法で考えると彼のアイディアの全てが排除されることだ。

 何かを言わなければいけない。プラナの不安を解消する一言を、心置きなく買い物できるような言葉を、考えなければいけない。

 それはなんだ。それが分かれば苦労はしない。

「き、気にすることはない。俺も、別にお前と一緒に買い物するのは嫌いじゃない」

 苦し紛れに出たたどたどしい言葉に、プラナは苦笑する。

 しまった、とクロームは思った。それこそ、この世の終わりのような絶望感。

 世界の終焉を防ぐための勇者にはあるまじき感慨だった。

 しかし、その後プラナは柔らかい笑顔を見せる。

「いつもありがとうございます。クロームはいつも最後まで付き合ってくれますものね」

「礼を言われるようなことはしていない」

 普段の調子で答えるが、クロームの内心が穏やかであるはずがない。偶然正解を引き当てたのか、それともプラナが無理に合わせてくれるのかも分からない。

「そんなことありませんよ。クロームが一緒にいてくれるから、私も安心して買い物ができるんです」

「そうなのか?」

「そうですよ」

 笑って答えて、プラナは棚の中程にある本を手に取ろうと、背伸びをする。小柄なプラナは細く白い指は、ぎりぎりのところで本に届かない。

 見かねた長身のクロームが代わりに本を取って、プラナに手渡した。

「ありがとうございます。こんな風に、私だけじゃ取れないものも取ってくれますしね」

 プラナは本を両手で、顔の隣まで上げて、にっこりともう一度笑う。

「そもそもお前は遠慮しすぎだ」

 言って、クロームは嘆息する。

「そうですか?」

「そうだ。いつも遠慮をして、周りに気も遣っているお前がどこか買い物に行きたいと言ってところで、誰も文句を言うことはしないはずだ」

「あはは……申し訳ないです。どうしても迷惑かなっと思ってしまいまして」

「そんなことはない。俺たちもお前には迷惑をかけている。だから、そこまで気にすることはない。俺たちは供に旅をする仲間だろう」

 そこでふっと自分の口がいつもより饒舌に動いていることにクロームは気付いた。

 気恥ずかしさを逸らすように彼はプラナから顔を背ける。

「なんでもない。気にするな」

 足早に魔術杖のコーナーへとクロームは向かっていく。その背中を見つめ、プラナはどこかくすぐったそうに笑っていた。

「……仲間、ですか。そうですね。そう思っていただけてるんですかね、私は……」

 呟き、プラナは大通りに面する出入り口がある、全面硝子の壁を見た。硝子の向こうには行き交う夥しい人々。それでも、この街の規模を考えると少ないくらいの往来だ。

 多くの人々は空を走るゴンドラを移動手段として用いているのかもしれない。

 古びた建物の前に止められた荷馬車は行商人の物なのか、小さな麻袋に詰めた荷物を二人がかりで抱えて建物から出てきた若者たちは次々に荷台に積み込んでいた。

 近くには幌屋根の並ぶ露店街もあったので、この近辺はまだ人通りが多い部類に入るのだろうか。

 そんなことを考えながら、なんとなく窓の外を見ていると、先程よりも足早にクロームが戻ってきた。何事があったのかと、プラナがクロームの顔を見上げる。

 戻ってきた彼は周囲を見回し、居心地悪そうに何度か腕を組み直して、やがて嘆息した。

「すまない、何も考えずに行ってしまったが、何が何だかさっぱり分からなかった」

 冷静なようでいて、妙なところで抜けているいつもの彼の言動に、プラナの唇はまた綻んでしまった。

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