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Alternative  作者: コヨミミライ
Is Cr Duty or Obligation?―善良のカタチ―
76/113

Mn's Night : after―策月一夜の痕―

 街の出口付近。

 インジスはここまで見送りに付き合ってくれていた。まだ陽が稜線の向こうから見え始めた早朝のため、人の気配もほとんどない。朝特有の水気を帯びた空気も心地よい。

 先頭を行く三人の後ろを、俺とインジスが並んで歩いていく。先導するクロームは腰に佩いた剣を揺らし、セシウはプラナの大荷物と自分の荷物を軽々しく持っていた。少し遅れて、クロームの少し斜め後ろをプラナがゆったりとした足取りで進む。

 昨夜の宴会の話で盛り上がる三人の後ろ姿を眺め、インジスは微かに目を細めた。

「なんだか名残惜しいわね、貴方たちがいなくなってしまうのは」

 少し寂しげに肩を落とすインジスに俺も口元が緩んでしまう。

「なんだよ、逆にせいせいするんじゃねぇか? 手間が減って」

「ふふ、確かにそうね。貴方たちがいると忙しくて、手間が増えて、本当大変だったわ。食事も手が抜けないしね。量も多くなるものね」

 クロームとセシウは本当によく食べるからな。

 早い時間から仕込みまでしていてくれたのは知っている。短い間だったけど、さぞ大変だっただろう。

「貴方たちのお陰で、久しぶりに忙しい時間を過ごせて、楽しかったわよ。本当に手のかかる子たちで、ね」

「なんだよ、そりゃ。子守気分か?」

「同じようなものでしょう」

 ……まあ、確かにそんなもんかもしれねぇな。

「貴方たちと一緒に行きたいくらいだわ」

「何言ってんだよ。今度やって来る誰かのために、部屋を整えておかないとなんねぇだろ」

「そうね。それが私の役目なのかしらね。最前線で戦う貴方たちの休める場所を作る」

「いやいや、あいつらが来た時のキッチンも十分戦場だと思うね」

 俺の言葉に、インジスは優しく笑う。

「それもそうね。私は私の出来ることをしていればいいのよね」

「そういうもんさ。お前のお陰で、俺たちは存分に休めたし、だからこそあの戦いでも、生き残ることができたんだろうさ」

「関係のないようなことも、どこかで知らず知らず支えになっている……。人間、そんなものなのかしらね?」

「そんなもんなんだろうさ、きっと」

 そんなこと、俺もつい最近気付いたばかりだ。簡単なことのようで、自分に当てはめるのは、途端に難しいもんである。

 人間っつぅのは面倒くさい生き物だ。自分の内側でさえ、他人に憚ってしまう。

 本当は、内側の考え方くらい、もう少し厚かましくなってもいいんだろう。そんなもの、案外誰にも影響を及ぼしはしない。

 もうすぐ街を出ると思った時、道を阻むように門前で待ち構えている二つの影に気付く。

 ……誰だ?

 寄り添う二つの影、背の高い影が俺たちに細腕を掲げた。

「随分、忙しない出発じゃないか」

 気さくな声が、苦笑交じりに言う。別れも告げずに去ろうとした俺たちに呆れているのかもしれない。

 まあ、こんな早朝に護衛も付けずに出歩く領主も領主だとは思うが。

 先頭のクロームは立ち止まり、振り返りもせず大仰に肩を竦めてみせる。後ろにいるインジスを言外に諫めているようだった。

「一体、誰だ。彼に伝えたのは」

「さあ、誰かしらね」

 くすくすとインジスは悪戯っぽく笑う。

 犯人が誰なのかは明白であった。疑うまでもなく、インジスがジゼリオス卿に伝えたのだろう。

 如何にもインジスらしいお節介であった。

 しかし、誰一人として、反感を抱いていないのもまた事実だ。

「きっと領主様も貴方たちにお礼が言いたいはずよ。別れの言葉は、ちゃんと告げて行きなさい。辛くてもね。別れの言葉は、再会の誓いよ」

 少しむず痒くなるようなインジスの言葉に、クロームは鼻を鳴らす。

「凱旋の時まで、戻ってこれないように、というつもりだったんだがな」

 後ろで結んだ髪を揺らして、クロームは力強い足取りでジゼリオス卿の元へと歩き出す。その歩調は存外軽やかだ。

 そんなクロームの背中を見て、セシウとプラナが顔を見合わせ、にこやかに笑う。

「素直じゃないねぇ」

「言葉にするのが苦手なんですよ、クロームは」

 甲斐甲斐しいプラナはそっとクロームをフォローする。

 本当、クロームのよき理解者ってとこだな。俺にもこういう存在が身近にほしいぜ。

「あいつは不器用なんだよ」

「そうですね、不器用な人なんです。言葉にすれば簡単に伝わることを、言葉にすることで白々しくなってしまうと思ってるんです」

「何でも言葉にするガンマもガンマで不器用だけどね」

「るっせ」

 余計なことを付け加えてくるセシウの額を軽く小突くと、セシウは大きく仰け反って「ぬわー」と大袈裟な割に気の抜けた声を上げる。

「ほら、貴方たちも、ちゃんと挨拶してきなさい」

「はーい!」

「そうですね」

「はいはい」

 インジスに急かされて、各々に返事をした俺たちは、クロームと供にジゼリオス卿の元へと向かう。

 門前に立つ二つの影。近づけば、もう一人の正体もすぐに分かった。そいつは、俺からすれば納得の人物であり、他の者からすれば場違いな存在だっただろう。

 俺より先を歩いていたセシウとプラナも気付いて立ち止まる。セシウはたじろぎ、プラナはただ単に意外だったようだ。

「サニディンさん?」

「よう、壮健そうさね」

 灰被り――いや、サニディンがぎこちなく笑う。

 なんだろうな。こいつを外で見たのは初めてで違和感がある。

 やはり脚が不安定なのか、ジゼリオス卿の服の裾を掴んで体を支えているようだった。

「え、ええ。サニディンさんの宝珠に相当お世話になりました」

 プラナは思いもよらない人物に未だ戸惑っているようだった。サニディンもサニディンでどうも表情がぎこちない。無理して笑おうとしているように見えた。

 いや、違うか。こいつなりに笑おうと思っているのかもしれない。

「巧く使いこなしてくれてるなら、あたいも渡した甲斐があったってもんさ。《結晶の魔術師(ベークシス・ヴァスィリャス)》の面目躍如ってとこかね」

「サニディンさんの宝珠があってこそ、私たちは無事でいられたのだと思います。本当にありがとうございます」

 プラナが深々と頭を下げると、サニディンはひらひらと手を振って苦笑してみせた。

「いいってことさ。使いこなしてくれたのはあんたが。ありがとさんってとこな」

「しかし、どうしてサニディンさんが?」

 問いかけられて、サニディンは口ごもる。指摘されたくない部分を指摘されて、一瞬弱った表情まで見せやがった。

 こういうの苦手そうだもんな、こいつ。

 サニディンは少し視線を彷徨わせ、助けを求めるようにジゼリオス卿は素知らぬ顔だ。わざと無視していることは俺でも分かる。サニディンはジゼリオス卿を一度ぎっと睨み、おずおずとプラナに顔を戻す。

「その……なんだ……仲良くなれた奴の出発くらい見送りたいだろ?」

「え……?」

 微かに驚きの声を漏らすプラナに、サニディンは眉間に皺を寄せた。

「なんだってんだい、その反応は? 意外ってのか?」

「いや、あの……正直、そういうことに意義を感じない人だと思っていたもので……」

 素直すぎるプラナの回答に、一瞬その場の空気が凍り付く。さすがにそれを言ってはいけないだろう、と全員が思ったはずだ。あのクロームでさえ、目を瞠っている。

 しかし、サニディンは一拍置いてにっと歯を見せて屈託なんて感じさせない笑顔を見せた。

「そうさね。あたいもそう思ってたよ」

 あまりにも可憐な笑顔。魔導具店の奥で煎餅を囓っていた時のこいつからは考えられない表情。

 人ってのは変われるもんか。いや、変わったわけじゃないか。

 ただ、少しだけ素直になる勇気を与えられただけだろう。

 別れを惜しむように会話を弾ませる二人の様子を眺めていると、脇からセシウに肘で小突かれる。

「なんだよ?」

「あの人って、この前行った魔導具店の人だよ、ね?」

「そりゃ、そうだろ? 見て分からねぇのか?」

 納得がいかないのか、セシウはサニディンを見つめて、首を傾げる。

「いや、なんか感じが違うっていうか……あんなに気さくだったかなぁ……」

「どうだかな。最初っからそうだったんじゃねぇか」

 あの時から何も変わってなどいない。

 俺がそうであるように、サニディンもまたそうなのだろう。ただ、ようやく自分の内側に向き合えただけにすぎない。

 その小さな一歩は、俺たちのような卑屈な奴にとっては大きな前進であるはずだ。そうあるべきだ。そうであることを俺は祈っている。

 プラナにとっても珍しい気の合う者との語らいだ。それに今度いつ会えるのかも分からない。

 邪魔はしないよう、俺はジゼリオス卿に向き直る。

「ジゼリオス卿は屋敷の修理に追われてると思ったんですがね」

「ほう、察しがいいな。そのつもりだったんだが、昼頃に武器屋の店主が手伝ってくれるとのことで、とりあえず今は手が空いていてな。ほら、お前に狙撃用の銃を譲ってくれたという」

「ああ、あのお人ですか」

 本当は脅して、半ば強引にもらってきたものだ。あんな風に脅されては気が気じゃなく、眠れない夜を過ごしているだろうと不憫になってきて、ジゼリオス卿には聞こえよく伝えていた。

「全く、俺の危機のために、あんないいものを無料で譲ってくれた上に、修理まで無料でしてくれるとは、本当いい親父さんだ……って、ん?」

 そこで、ジゼリオス卿は片眉を跳ね上げる。どうやら余計なことに気付いてしまったようだ。

「さてはクロームに早朝の出立を薦めたのはお前だな?」

「何のことですかねぇ……」

 顔を逸らすと、ジゼリオス卿が俺に詰め寄ってくる。顔が近ぇ……。

 おっさんと顔を寄せ合っても何一つ面白いことはない。美女なら俺から近づけるところなんだがな。

「俺とお前の仲だろ。水臭いじゃないか」

 俺とあんたの仲にそんな特別な権限や義務はないと思うんだが。

「いえいえ、そちらのお方との水入らずの時間を邪魔してはいけないと思いまして……。ですから、臭う水はないはずですが……」

「上手いことを言ったつもりか?」

「いやいや、そんな滅相もございません!」

 さらに詰め寄ってくるジゼリオス卿に俺は半歩引き下がるが、ジゼリオス卿はさらに一歩詰め寄ってくる。ひぃ、計算が合わないぃ!

「昨日の祝杯は随分飲んでいたようだが、よくもまあ、こんな朝っぱらからそれだけ頭が回るものだ。変な小細工までしおって。お礼も言わせずに去る気だったのか?」

「まあ、俺たちには根無し草の旅がお似合いってもんですし、盛大に送り出されるのも落ち着かないんですよ」

 俺の言い訳にジゼリオス卿は引き下がり、呆れきったように盛大なため息を吐き出す。ジゼリオス卿は、こういう出会い別れを大切にしそうな人物だから、それを蔑ろにされて正直心外なんだろう。

 ジゼリオス卿は俺とクロームを交互に見て、頭をぼりぼりと掻いた。

「別に、お前たちが盛大に送り出されるのが嫌だというのなら、俺だって取り計らったぞ? そんなこともしないように思われていたか?」

「いえ、そういうわけではありません。ただそのようにお手間を取らせるのも申し訳ないと思いまして」

「そういう配慮はいらん」

 クロームの言葉を遮り、ジゼリオス卿は強い口調で言う。思った以上に怒っているようだ。俺とクロームは横目でお互いの顔を窺う。クロームも目を伏せ、反省しているようだ。

 この勇者にこんな説教をできるような奴はそうそういえねぇだろうなぁ。

「お前らのように礼儀を弁えない若者どもには説教が必要だ。それも相当にきついのがいい」

 途端、首に生温かい何かが絡みつき、強引に首が引っ張られる。突然のことに足が縺れ、そのまま俺の体はジゼリオス卿の元へ倒れ込む。首に巻き付いているのはジゼリオス卿の左腕。右腕はクロームの首を引き寄せていた。俺たち三人の頭が至近距離に並ぶ。

 地獄絵図だ。女が一人もいねぇ……。

 これにはクロームも戸惑い、動揺を隠せていない。

 ジゼリオス卿だけがさっきまでの仏頂面と打って変わり、楽しそうに笑ってやがる。

「勇者としての責務を果たしたら、またここに来い。酒と食事を嫌と言うほど食わせて、その根性叩き直してやる」

「…………」

 間近で聞こえたその言葉に俺とクロームは顔を見合わせる。

 ……一瞬理解が遅れる。二人そろって呆気に取られてしまう。

「おい、返事はどうした?」

 ぐっと首を締め付けられて、俺は絡みつくジゼリオス卿の腕を叩く。

「分かりました! 分かりましたから! ギヴ! ギヴ! 落ちる落ちるっ!」

「くっ、まさか志半ばで果てることになろうとは……!」

「クローム諦めんの早ぇから!」

 足掻く俺と、瞑目して走馬燈を全力疾走させていそうなクロームの間で、ジゼリオス卿は楽しそうに笑っている。

 そんな俺たちを見て、セシウとインジスは笑っていた。

 穏やかな門出。

 あの日、あの村で得られなかったものを、今度こそ俺たちは手に入れた。掴み取った。

 やっと、やっとだ。

 忘れてはいけない。手放してはいけない。絶対に。




      2.Is Cr Duty or Obligation? --Begining The Cr full World --Fin


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