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Alternative  作者: コヨミミライ
Is Cr Duty or Obligation?―善良のカタチ―
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Mn's Night : after―策月一夜の痕―

 ブーツの紐をきつく結ぶ。自然、表情が引き締まる。

 立ち上がると、締め付けられた脚はいつもより少し頼り甲斐があるような気がした。

 狭い部屋。短い間だけだが、存分に寛いだ部屋。その中心で俺は窓辺を顧みた。

 きっちり閉ざされた窓は、そよ風を通すこともなく、窓枠で切り抜いた景色を四等分にしている。

 俺が散らかしていた机の上にも今は何もない。その上に広げていたものは、今は俺が片手にぶら下げたナップザックに雑然と詰め込まれている。要は散らかってるのが外か中かの違いぐらいしかない。臭いものには蓋を。身も蓋もないか。

 寝苦しい夜にシーツを蹴り落としたベッドも、今はすっかり落ち着いて綺麗なもんだ。今ならどんな女も、恥じることなく迎えられそうである。

 俺のいた痕跡はそのほとんどがない。唯一、机に染み付き、どうしても落としきれなかったインクの痕ぐらいだ。しかし、これは家主であるインジスには内緒のため、やはり俺の痕跡はほとんどないということにしたい。

 まあ、人間がたったこんくらいの時間で残せる痕跡なんてこんなもんだよな、などと変に感慨深くなる。

 立つ鳥跡を濁さず、ってな。いいね、クールでダンディでニヒルでハードボイルドだ。痺れるね。そんな感じが理想だ。

 もう一度、片付けられた部屋を一望して、俺は一つ深呼吸をする。

 俺がいた部屋、俺しかいない部屋、俺もいなくなる部屋。

 ……行くか。

 片手に持ったナップザックナップを肩に引っ掛け、俺は部屋を出る。二階には人の気配がない。階下からは話し声。どうやら全員すでに下に行っているようだ。

 そそくさと階段を下りると、階段前の廊下にクロームやセシウ、それに目を覚ましたプラナの姿があった。

 下りてきた俺に気付き、クロームが俺に顔を向けた。

「遅いぞ、眼鏡の台」

「うっせぇよ、全自動みじん切り機」

 いつかと同じ言葉に、いつかと同じ言葉をそのまま返す。

 クロームの表情はどこか柔らかく、言い返す俺も不思議と悪い気はしなかった。

 セシウはいつも通りの俺たちに、あの日とは違う微笑を浮かべ、プラナの表情も穏やかだ。

 あの日と同じやりとりは、しかしささやかな変化があるように思える。

 変わったのはこいつらなのか、俺の内側なのか、それとも全てなのか。

「相変わらず仲がいいわね」

 インジスが笑う。

 無意識だとは思うが、そんなことまであの日とダブりやがる。

「そうでもないさ」

 クロームが素っ気なく否定する。あの日のあいつがなんて答えたのかは覚えちゃいないが、同じように否定していただろう。

 そんなところはまだ変わりそうにない。

 どういうわけかセシウは俺を見て、にこにこしている。

 しっしっ、こっち見んな。

「全く、荷造りだけにどれだけ時間をかけるつもりだ」

「うるせぇな、お前らと違って必要なものが多いんだよ」

 本とか、着替えとか、本とか、銃弾とか、本とか。

 恐らく本のせいで荷物が増えている。今回はカリーヌと盛り上がったせいで、盛大にいろいろ買いすぎた。

 キュリーといい、カリーヌといい、最近質の高い同好の士が異常に増えている。

「そういうお前は随分と身軽そうだな」

 手荷物がほとんどない。その小さな手提げの鞄一つに荷物が全て詰まっているのだろうか。

 とんだ神秘である。

「手が埋まっては、いざという時に即応できない。背嚢も動きが鈍らせる。最低限の荷物と剣だけあれば十分だ」

 剣士の価値観はどこかおかしい。

 倭国の断捨離という価値観を思い出すな。

 そもそも生活より、戦闘を主軸にしていることがまずおかしいのだ。阿呆だろ。順序が逆転している。

「それにしても随分急ぎ足ね。もう少し休息を取ってからでもいいのよ? あまり満足に休めてはいないでしょう?」

「いや、プラナも目覚め、十分に休息も取った。これ以上ここに留まる時間は惜しい」

「あんまり長居すると名残惜しくなっちゃうしね」

 ストイックなクロームの言葉にセシウが付け足し、柔らかくする。

「この間にも《魔族(アクチノイド)》はまた何かを企んでいるはずだ。悠長にしているわけにはいかない」

「ふふ、多忙なものね」

「勇者だからな」

 クロームは当然のように答える。結局、こいつを突き動かすのは、ただ一つその使命なんだろう。

 一人の人間としての穏やかなひとときよりも、大勢の人間を救うために進み続けることを優先する。

 英雄として生きるために、人としての在り方を斬り捨てる。

 クロームの価値観の根底には常にそれがある。

 そんな生き方を今日日まで貫き続け、弱音一つ吐かないクロームには、全く頭が上がらない。

「頼もしいわ、貴方がいてくれて」

 インジスがクロームを見つめ、艶然と笑う。力強い微笑みは気品に溢れ、どこか頼もしくも思えた。

「貴方にばかり、こんなに重大なことを負担させてしまってごめんなさいな」

「いや、そんなことはないさ。一人ではない。頼れる仲間が三人もいるのだからな」

 しれっとした顔でくさいこと言いやがる。

 信頼がこそばゆいのか、セシウもはにかんでいた。

 プラナもプラナで、フードを引き下げて、顔を隠していた。

 そりゃあ、信頼されるのは嬉しいんだろうな。

 くさいことも、クロームが言うと様になるから不思議なもんだ、と思いながら見ていると、セシウがすっと俺の側にやってきた。

「どうしたの。我関せずみたいな顔して」

「いや、俺ぁ蚊帳の外だろ?」

「褒められてるでしょ?」

「計算もできねぇのか、俺抜いたらちょうど三人だろ」

 苦笑交じりに言うと、セシウも苦笑を返してくる。

「クローム抜いたら、全部で三人でしょ?」

「ん?」

 ……ん?

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