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Alternative  作者: コヨミミライ
Is Cr Duty or Obligation?―善良のカタチ―
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Mn's Night : after―策月一夜の痕―

 ヒュドラとの対談を終えて部屋から出ると、廊下にはクロームとセシウの姿があった。俺が部屋から出てきたことに気付くなり、セシウはそそくさと読んでいた本を閉じてしまう。

 俺が買い与えた本だった。時間をかけつつも少しずつ読み進めているようだ。

 何故隠すのか。

 クロームは腕を組み、壁に背中を預けて目を瞑っているという、いつも通りの格好だった。

 なんだろう、こいつの落ち着くスタイルってこれしかねぇのかな。そうしているところばっか見ている気がする。

 置物となった奴のことは無視し、セシウに視線を戻すことにした。

 セシウは恥ずかしそうに曖昧な笑みを浮かべながら、読んでいた本を頭の高さに抱えて、俺に見せてくる。

「結構気に入ってるみたいだな」

「ま、まあ、割と。アタシ、読むの遅いから、まだ終わってないけど」

「最初はそんなもんだろ。いいんだよ、それで」

 別に焦って読む必要はないし、読むのが遅いことを悪いとも俺は思わない。

 それだけじっくり読んでくれているということだろうし、見繕った者として悪い気にはならない。

「次、お前の番な」

 ヒュドラからの指名を伝えるとセシウの体が途端に強張る。

 やはり緊張しているんだろう。

「そんな小難しい問答じゃねぇから安心しろよ。とりあえず自分が見たとおりのことを話せばいい」

「う、うん。が、ガンバリ、マス」

 たどたどしく返事をしたセシウはぎこちない動きで、ヒュドラの待つ部屋へと歩き出す。赤いポニーテールを揺らし、部屋へと入っていくセシウを見送り、俺は嘆息する。

 大丈夫かね、あいつ……。

 心配だけど、まあ、俺にできることはないししょうがない。

 気を取り直して、クロームに目を向ける。

「この後お前はジゼリオス卿と出かける予定だったか」

 俺が話しかけようとしたところでクロームが口を開く。

「お、おう」

 不意をつかれて面白くない返しをしてしまった。不覚。

「まだ《魔族アクチノイド》が街に潜伏している可能性もある。注意だけは怠るな」

「ああ、そうだな。あいつらはどうにもしぶといし。全く、男に追い回されても何一つ面白くないっつぅの」

 俺の冗句に、クロームは口角を微かに上げて鼻を鳴らす。

「かといってお前が女性に追い回されることもなさそうだが。相手が美女なら自分から捕まりに行きそうだ」

「……お前が冗談に冗談を返してくるとは思わなかったぞ」

 ていうか今もしかして笑った?

 確認しようと思ったが、すでにクロームはいつもの表情に戻っていた。

「俺もたまには冗談くらい言うさ」

 そうだろうか。今までだったら、俺が冗談を言っても呆れ果てていた気がするんだが。

「プラナはまだ眠っているが、体に異常はないようだ」

 俺が考え込んでいる間に、クロームがさらに話題を出してくる。先程までの話題よりも重要度が高く気になるものなので、優先することにする。

「そうか。一体何が原因だったんだ?」

「どうにも魔術を多用しすぎたことによる精神的疲労が原因らしい。十分に休めば治る、とのことだ」

「ああ……プラナには随分と無理をさせちまったからな」

 とはいえ、無理をさせた自覚はあまりなかったりもする。

 灰被りから譲り受けた演算補助宝珠によって体への負荷は軽減しているとは聞いていた。

 今回の作戦においては余力を残せるようにと考えて負荷の少ない魔術を使う作戦を選んだわけだが、それでも倒れてしまった。

 クロームだってそれは分かっているはずだ。

 俺とクロームが声を合わせて唸る。

 なんとなく分かっていた。

「やっぱり、あれが原因だよなぁ……」

「そうだな。それ以外には考えられない」

魔族アクチノイド》たちの魔術を完全に停滞させたあの力だ。

 プラナ自身明言はしていないとはいえ、あいつが術者であることは明白といえる。間違いなくプラナは自分の意思であの力を行使していた。

 魔術のエキスパートである《魔族アクチノイド》を驚嘆させるほどの力。それだけの負担があったとしても何ら不思議ではない。

 あの力が何なのか、そして何故今までプラナが黙っていたのか。疑問は多い。

 結局プラナが目を覚ますまで、この話は進展しなさそうだ。

「無理をさせると言えば、だ」

「今度はなんだよ」

「今回は随分とセシウに無理をさせたのではないか?」

「ん……あ、ああ……」

 自覚はしている。

 さんざん前線に引っ張り出してしまったし、何度もアメリスと戦わせてしまった。実際、それで傷を負ってしまっている。

 正直、申し訳ないと思っているさ、俺だって。

 仕方がなかったこととはいえ、それで開き直れるほど厚顔でもない。

「俺が少しでも肩代わりすれば、それだけで危険は減ったというのに。何故今回はあまり俺に役目を回さなかったのだ? 俺の実力に疑問符でもついたのか?」

「……いや、そういうわけじゃあねぇよ」

「では、何故だ?」

 ……今日は珍しく食い下がるな。

「お前、今回本調子じゃなかっただろ。だからだよ」

 クロームの右眉が跳ねた。

 表情こそ変わらないが、意外だったようだ。

 本人は隠し通せてるつもりだったんだろう。

「何故分かった?」

「なんとなく。あんだけ《旧きアカシックブレイド》を開放すりゃ、そりゃ負担もあるだろうなって思ってたしよ。それにあの戦いの後、お前あんまり部屋から出なかっただろう? 暇がありゃ剣の修練するはずのお前にしては珍しく、寛いでることが多かったし」

 そんなとこだろうと考えたわけだが、当たっていたようだ。

 クロームは眉間に皺を深くし、腕を組み直して低く唸った。なんだろう、すごく複雑な顔をしている。

「貴様に見抜かれるとは、俺もまだまだ未熟ということか」

「安心しとけ。その辺、多分気付いてんのは俺くらいだ」

 恐らくはセシウもプラナも気付いてはいないだろう。もしかすると、あの《魔族アクチノイド》どもも気付けていなかったかもしれない。気取られないように交戦の機会を減らしたのは俺だが、それにしてもクロームは上手く隠していただろう。

 スコープ越しに見ていた俺だって、こいつの体が疲弊しているということを忘れそうだった。

 納得がいかないらしく、クロームの顔は相変わらず険しい。

「前から思っていたが、お前は察しがよすぎる」

「あ? そうでもねぇよ。ただ、細かいところが気になってしょうがねぇ性分なだけだ。言っちまえば、ただ神経質なだけだ」

「そうは思わんがな」

 クロームは壁から背中を持ち上げ、組んでいた腕を解く。

 銀色の目が俺へと真っ直ぐに向けられる。

「細かい場所が気になるということは、それに気付くことができるということだろう。それは、俺にはできないことだ」

「よせよ。前線で戦ってるお前と、後ろでのんびりできる俺とじゃ訳が違う。むしろ、あんな一瞬の油断も許されないような敵前で戦って、平然としてられるお前の方が俺からしたらすげぇな」

 思考回路の造りの違いっていうんだろうか。

 俺は冷静に思考をして、突破口を見出すことの方が向いている人間だと思う。咄嗟の判断というよりは論理的思考による対処だ。

 反面、クロームは考えるよりも先に体で動くことができる。俺が思考を挟まなきゃできないようなことを、クロームは一瞬でできるわけだ。本能、直感、反射――どれも俺にはないものだ。全ての機能が闘争に特化している、とでも言うべきだろうか。

 らしくなく、クロームを真っ向から賞賛してしまった。今日はどうにも調子が狂ってるな。

 笑われるかと思ったが、クロームはそっと目を細め、窓辺に歩み寄る。外は相変わらずの晴天。激戦の夜の残滓を消し去るような、戦いの終わりを俺たちに教えるように眩しく、呑気なもんだった。

「生憎、それしかできないものでな」

 窓枠を指先でなぞり、クロームはそっと呟く。

「元来、俺には剣以外の才能がなかっただけのこと。俺にはそれしかなかった」

「クローム?」

 予想だにしなかった言葉に、俺は思わず聞き返してしまう。

 白日の射し込む窓辺に立ったクロームの後ろ姿は逆光に翳っていた。広がる街並みを見ていたクロームが、そっと振り返る。その顔はいつもの仏頂面のままだった。

「なんでもない。ジゼリオス卿を待たせているのだろう? 早く行ったらどうだ?」

「お、おう……?」

 その声音は普段よりも、心なしか柔らかいものだった。

 今日はいろんな奴に調子狂わされているな。

 ふっと漏れた、まるで弱音のようなクロームの言葉。いつも気高く、力強いクロームの口からまさか弱音が溢れるとは思わなかった。少なくとも、俺の前であいつが弱音を言うようなことは絶対にないと思っていたんだが。

 ただ一つを実直に極め、人の身を凌駕するに至ったクローム。それしかできないことの一体何が恥だというのか。

 俺には、誰にも負けないと誇れるようなもんは何一つないっていうのにな。ただ、中途半端な身につけたものばっかりが散乱していて、俺が初めから持ち得たものがどれだったのかさえ分からねぇってのに。




 訪れる厄災を拒むように昨日まで堅く鎖されていた門は、今や開け放たれていた。誰一人の例外もなく訪れる全てを迎え入れる、穏やかな両腕のように門は広げられ、街の中心へ真っ直ぐに通じる道が続いている。

 屋敷の正面の庭に残った大きな擂鉢状の戦いの痕跡はまだ痛々しく残っているが、穏やかな街並みと優しい庭の景色は穏やかだ。

 恐らくは、この開け放たれた門こそが、この屋敷のあるべき形だったんだろう。今になってみればそう思う。だからこそ、あの使用人もインターフォン越しの応対がたどたどしかったのかもしれないな。

 ジゼリオス卿は開け放たれた門に寄りかかり、何やら街の子供たち数人に囲まれていた。その傍にはあの不器用であどけない使用人の姿もあった。

 二人共気さくに子供たちと談笑している。ジゼリオス卿の手には、木で作られた玩具の銃がある。指先で銃を弄る伯爵の手元を、子供たちは熱心に見つめていた。

 ……どうやら壊れた玩具を直しているらしい。

 邪魔しないようにそっと歩み寄ると、背を向けていたジゼリオス卿よりも先に、子供たちの輪に混じっていた使用人が俺に気付く。

「あら、ガンマ様」

「様はよしてくれよ」

 何度目になるか分からんやりとりでジゼリオス卿も俺に気付き、顔を上げる。

「おー、思ったより早かったな。ちょっと待ってくれ。これを直してしまう」

「いいですよ。俺は急ぎの用事もないですし」

「はっはっは、それは何より」

 そう言うジゼリオス卿の目はすでに手元へ戻されていた。話しながらも指先はこまめに動き、玩具を弄り続けていた。

 ふと視線をずらすと、ジゼリオス卿を囲っていた少年の一人と目が合う。

「にいちゃん、だれ?」

 子供の一人から不躾な質問。男の子たちの中に紛れる一人の少女は使用人のスカートを握り、少し怯えてるようでもあった。

「ん? ああ、このおっさんの友達」

 脇でジゼリオス卿が何か言いたげに俺を見てくるが知らん。中年はおっさんだ。

「えー、みえないよ、メガネのにいちゃん」

「そりゃどういう意味だ?」

 子供ってば辛辣。

 どうせ俺にはそんな品性なんかねぇけどよ。言うて、ジゼリオス卿だって貴族らしさはないと思うんだが。

「おっちゃん、まだ直んないの?」

「あー、もう少し待っててくれ。あと少しでなんとかなる」

 どうやら実物の銃でいう遊底の部分が欠損して、本体から外れてしまっているようだった。使用人から借りたらしいヘアピンで内側の細工を直している最中らしい。

「替えになりそうなもの持ってきますか?」

「いや、大丈夫だ。もう直る。ほーら、終わった」

 満足げに言って、ジゼリオス卿は玩具の遊底を本体に被せる。大事な噛み合わせの部分が欠けているせいか、ただ上に載っているような状況だ。

 ジゼリオス卿はポケットから紐を取り出し、銃身に巻きつける。

「えー、何それ、だっせぇ!」

「文句言うんじゃない。大丈夫だ。音は出るから」

「カッコワリィよっ!」

 まあ、格好よくはねぇわな。

 本来だったらそこに巻いちまうのは明らかにダメなんだが、まあ、引き金を引くと音が鳴るだけの簡単なものらしいし、遊底は動かないんだろう。

「本当に替えはいらないんですか?」

「いらん。まだ全然使える」

 子供はぶーぶー言ってるわけだけど。

「またあたらしいのつくってくれよー!」

「これが壊れたらな」

「こわしても、なおしちまうじゃん!」

「直るうちは壊れてない」

「またそれかよー!」

 どうやら、いつも恒例のやり取りらしい。

「ほら、これでまた使えるだろ?」

 言って、ジゼリオス卿は玩具を少年に差し出す。

「うわぁ……だっせぇ……」

 受け取った少年はどうにも不満げだった。

「人のいない方に向けるんだぞ?」

「わかってるよ」

 銃身に紐が巻きつけられた玩具の銃を眺め、少年は片手で構えてみせる。構え方は全然なっちゃいないが、人のいない場所に銃口を向けるようにしている辺り、さんざんジゼリオス卿に言われてるんだろうな。まあ、銃口って言っても、穴すら空いてないわけだけど。

 良くも悪くもハンドメイド感満載だった。

「おー、様になってんじゃねぇか」

「おれ、うまいんだぞ? ねらったえものはにがさないぜ?」

「すげぇな、才能か?」

 まあ、弾の出ない銃でどうやって命中を確認してるのかは分からんが。

「にいちゃんにもおしえてやってもいいぜ?」

「いやいや、俺はそういうの下手クソでよ」

 隣のジゼリオス卿が必死に笑いを堪えてるようだけど気にしない。

「にいちゃんだっせぇなぁ。それじゃまもれないぜ?」

「はっはっは、確かにな」

 守れない、とはなかなかに辛辣な意見だ。

 一体誰がこんなこと教えたんだか。

 検討はついてる。

「どれ、直ったし行くとするか」

 会話の切れ目を見計らって、ジゼリオス卿が俺に言う。途端に子供たちからブーイングが湧いた。

「えー、おっちゃん行っちまうのかよー。一緒に遊ぼうぜー」

「おっちゃんはもう歳なんだ。お前たちだけで遊べ」

「えー、遊んでくれよー」「そうだよー、たまにはいいだろー」「またなんか別の遊び教えてくれよー」

 口々に募ってくる子供たちに、ジゼリオス卿も辟易としているようだ。

「そっちのお姉ちゃんが相手をしてくれるだろ?」

「姉ちゃんと遊んでも、ままごとになっちまうんだよー」

「んー、しかしなぁ、俺たちはこれから予定があるもんでな」

 そうは言っても、納得しないのが子供という生き物だ。

 全く我が儘な奴らである。その上元気溌剌だ。

 こんな腕白坊主どもの遊び相手をするのには適任な奴を俺は知っている。

「セシウ、呼んできますか?」

 あいつなら子供たちの相手には持ってこいだろう。

 なんていうか同レベルで遊べそうな辺りが。

 我ながら名案だと思うんだが、ジゼリオス卿は少し心配そうに俺を見ていた。

「……大丈夫か? 子供たちを五体満足で帰せるか?」

「あいつも別に、いつもフルパワーで生きてるわけじゃないですよ」

 流石に子供に怪我させるようなことはしないだろう。

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