表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Alternative  作者: コヨミミライ
Is Cr Duty or Obligation?―善良のカタチ―
70/113

Mn's Night : after―策月一夜の痕―


     〆


 あらゆるモノが寝静まった夜の街。月光からさえ逃れるように、敗走の徒たちは建物の間に生まれた峡谷に潜んでいた。

 薄汚れた路地裏には不釣合いなほどに高級な正装を纏った金髪碧眼の見目麗しい青年は、木箱の上に座り寛いでさえいた。

 傍らには紫苑の髪の魔女の姿がある。

 向かいの壁面に寄り添うように置かれた木箱の上には、長身痩躯の黒髪の男が横たわっている。

 アイブローの並ぶ短い眉が微かに動き、その目がゆっくりと開かれていく。

 金色の瞳が星空を視認する。

「あれだけの手傷を負って、もう目覚めるか。相変わらずだな、アメリス」

 アメリスの目が動き、横たわったままカルフォルに向けられる。

 眉根を寄せたアメリスはため息を吐き出す。

「テメェがいるッてこたァ負けたッつゥことか」

「そうだな。今まさに敗走の途中だ」

「こんな間抜けた敗走があるかッつゥ」

 言い返し、アメリスは額に右手の甲を当てる。

 体中が痛みに疼く。セシウから一撃を受け、さらに電撃、またクロームに斬り刻まれもした。

 それだけの損傷があって、これほど早く目覚めることがそもそも異常であった。

 体を起こすのも億劫に思え、アメリスはそのまま目を閉じる。

「今回は見事にしてヤラれた、か」

「そうだろうな。今回の戦いでは初めての負けとなる」

「それも二人がかりで挑んで、か。こいつァ初めてのことだな」

「言われてみればそうか。いやいや、考えてみると、思った以上の負けだぞ、これは」

 カルフォルは気にした様子もなく楽しそうに笑う。

 むしろ敗北の味を楽しんでいるようにも思えた。

「随分愉快そうじャねェか、カルフォル」

「ん? ああ、望みどおり酒の美味くなるものを見れたからな。お前も酒を楽しめただろう、ウラヌス?」

 笑い、カルフォルは傍らに控えるトリエラの頭を撫でる。好き勝手にされるトリエラの頬は薄ら上気していた。

 負けてなお、酒を味わうことばかりを考えているカルフォルにアメリスはふんと鼻を鳴らす。

「お前にはすまないことをしたな。戦場で散ることをよしとしたであろうに邪魔をしてしまった。お前を失うわけにはいかないものでな」

 アメリスは視線を空に戻す。

 星空の瞬きが僅かに認められた。治癒魔術により視神経も回復しつつあるようだ。

 頭を巡らせる。

 確かにアメリスはあの時、死を覚悟した。

 今回の戦いでアメリスは勇者一行に負けた。彼らの術中により追い詰められ、死の直前まで迫ったのだ。

 アメリスはその死を受け容れた。例えそれが詐術の類であろうと、アメリスの力を凌駕したことに変わりはない。

 戦いに負けて、死ぬことを認めた。それだけの戦いができたと思った。

 しかし、アメリスは生きている。生かされてしまった。

 それはクロームたちに正々堂々挑むという誓いを破ったことも意味する。

 だが、アメリスの顔はそれほど不機嫌そうなものでもなかった。

「お前が俺を必要とするンだッたら、まだ俺は生きるさ。俺はお前の計画のためにいるンだからな」

「そうか、ならばよい。またこれから働いてもらわなければならぬからな」

 信頼する朋友の言葉にカルフォルはくすりと笑う。

 頼もしい限りであった。

「これから忙しくなるぞ。今後の立ち振舞いを少し考えなければならないしな」

「どういゥこッた?」

 アメリスが眉根を寄せる。

 カルフォルがこういう言動をする時とは、何かよからぬことを齎す時なのだ。

「技術国の技術、なかなか面白いものではないか。いろいろと、楽しめそうだとは思わないか?」

「まァた悪巧みッてか?」

「それが俺の仕事さ」

 カルフォルもまた星空を見上げる。

「ガンマよ、お前もまた面白い男だ。お前に教えてもらった面白きもの。しばらくは退屈しなさそうだ。そう思うだろう? ウラヌス」

魔族(アクチノイド)》の王の碧眼が理知に輝く。

 冷たき策略がまた巡り始めていた。


     〆


「いでででっ!」

 消毒液で湿らせた綿を肩口の傷に当てると、セシウが乙女らしさ皆無の悲鳴を上げる。

 暴れるセシウの拳が当たらないように身を引きつつ、俺はおっかなびっくりピンセットで摘んだ綿をセシウの傷口に伸ばした。

「おとなしくしてろって……。俺が危ない」

「そんなこと言ったって、痛いもんは痛いでしょうがっ!」

 目を涙に潤ませながら、セシウが猛抗議してくる。

 そんな親の仇を見るような恨みがましい目を向けないでくれ。

「プラナの魔術がないんだから我慢しろって。インジスだって今はプラナにつきっきりなんだからよ」

「無理無理っ! もう無理っ! 痛いもんは痛いんだってば!」

 どんだけ嫌なんだよ。

 そういうところは昔から変わらないのな。

 セシウが強引に電力をもらってしまったために送電設備がイカれてしまい、ただいま屋敷に灯りはないのだ。テーブルの前に置いた蝋燭だけが頼りなので、あまり動かれると消毒もままならない。

 俺と並んでソファに座ったセシウは肘掛にもたれかかるようにして、俺からできる限り距離を取っている。そこまで警戒されると切なさすら覚える。

「とりあえずナイフ刺されたところくらいは治療させろ。結構深いだろ」

「そこが一番痛いんでしょうがッ!」

「いや、泣くなよ」

 お前は子供か……。

「全く……戦ってる最中は割と平然としてんのにな、お前。別人みてぇだ」

 ナイフ刺されても躊躇いなく引き抜いてたあの時のお前はなんだったんだ。とりあえず包帯結んで止血はしてあるが、消毒しないと後々痛い目を見るのはセシウである。

 ここは心を鬼にして強引にでも行くべきか。

「戦ってる時は別なんだってばー……それとこれは話が別なんだってばー……。痛いもんは痛いんだよー……」

 縋るように訴えてくるセシウに、決意が揺れる。

 なんか罪悪感が半端ない。

「少しでいいから我慢しろって。後でなんか買ってやるから」

「ん……んー……」

 あ、迷った。

 いよいよ子供だ、こいつ。

「じゃ、じゃあ、手……」

 もじもじとしおらしい声で呟くセシウに俺は耳を寄せる。

「ん?」

「手……握ってて、いいです、か……が、がまんするから」

 ……。

 …………。

「ほれ」

 右手を差し出すとセシウが恐る恐る握ってくる。

 なんか俺まで落ち着かなくなるんだけど、まあそれで我慢できるならしょうがないか……。

「じゃあ、ほら、つけるぞ」

「う、うん」

 そっと消毒液に浸した綿でセシウの肩口の傷に触れる。

 俺の右手が握り締められた。セシウは目をかたく閉じ、唇を引き結んで、傷から滲む痛みに堪える。

 よほど苦手なんだろう。体が少し震えている。

 ついでに俺の右手も握り締められすぎて痛い。終わるまでに、俺の手が粉砕骨折しないことを祈ろう。

 なんとなくセシウの体を見ると、その細い身体には数え切れないほどの傷があった。今回の戦いでアメリスにつけられた傷が目につくが、よく見るとうっすら昔の傷跡も見えた。

 綺麗な肌なのにな。

「また、傷が増えちまったな」

 消毒を終え、セシウの肩口に薬を塗り込んだガーゼを当てる。薄い肩がぴくりと跳ねた。

「ん? ああ、まあね」

 気にした様子もなくセシウは自分の身体に目を向ける。

 今のセシウにとっては傷跡が残るなどというのは大したことではないのかもしれない。ただ、今後もそうであるとは限らない。

 できればあまり傷がつかないようにしてやりたい。

「悪いな。いつも危険な目に遭わせちまって……」

「へ? そんな気にすることないよ。こんくらいへっちゃら」

 ふと口を衝いて出た謝罪の言葉に、セシウは手を振って笑う。

 気遣うわけでもなく、本当に気にしていないのだろう。

「いや、なんか、危険な場所に立たせちまったからさ……」

「でも、生きている。アタシたちは」

 セシウがにっと笑う。

 俺の手の甲に手をそっと重ねた。

「ガンマの考えた作戦でアタシたちは危険な場所に立ったかもしれないけど、その作戦のお陰でアタシたちは今も生きている」

「そうなのかもしれないけどよ」

 自然と否定の言葉は出てこなかった。

「アタシたちは戦う覚悟をしてる。傷つかずに戦えるなんて甘いことは考えていない。ガンマはできるだけアタシたちが傷つかないようにしてくれた」

 ……そういうもんなのかね。

 確かに、できるだけ危険ではない作戦を選んだつもりだ。それでも損傷はあった。

 自らの考えで、そんな戦場に他人を送り出すのは、やはり辛いものがある。

 でも、そうだな。確かにセシウたちは生きている。

 守るべきものも守れた。

「そうだな、生きているな、俺たちは」

「うん、生きている。それに勝った」

「ああ、勝ったな」

 またセシウに励まされてしまった。

 本当こいつは強いな。だからこそ、俺も引け目を感じながらでも送り出すことができたんだろう。

「ガンマのお陰でアタシたちは生きている」

「そんな言い方はよせよ」

「ホントのことでしょ。ガンマの作戦に従ったからこその今だよ」

 セシウは上目遣いで笑う。

 背中にむず痒さを覚え、俺は少しだけ顔を逸らした。

「ガンマがアタシたちを守ってくれた」

 ……否定しようとして、思いとどまった。

 セシウがそう言うのなら、セシウにとってはそうなのだろう。

 俺は今までセシウたちに守られてばかりだと思っていたが、俺のくだらない小細工も意外とこいつらを助けていたのかもしれない。

 今なら少しだけ、そう思えた。

 俺は今まで勘違いしていたのだろうか。

 頭を使うことだけで精一杯で、クロームやセシウのように矢面で戦えない自分を恥じていた。しかし、クロームやセシウは俺と違う。

 二人は前線で戦うことに集中し、ただひたすらに、そのために修練を積んできた。それ以外を無理に成そうとしなかった。

 プラナもまた、前線で魔術を駆使して戦っているが、実際のところ体術は俺よりも未熟だ。それでも何故あいつが敵前に立って生き残れているのか。

 俺はプラナの魔術が優れているからだと思い違いをしていた。

 プラナはクロームたちに守られることを受け入れているんだ。二人に守られながら戦場に立つことを認め、そして二人を信頼し、その守護に報いるほどの力を奮うことを選択した。

 誰もが自分の領分を弁え、その中で全力だった。

 自分の分を理解していなかったのは俺だけだったらしい。

 俺は俺のできることに全力であればよかったのかもしれない。

「ガンマ? どうしたの?」

「ん? ああ、いや、なんでもない。ほら、そっちも消毒するぞ」

「う、うへぇ……」

 弱音を上げつつもセシウは傷を負った腕を俺に差し出す。

 痛ましい傷。血の滲む傷口はできてしまったけど、それでも俺たちは生きている。

 クロームやセシウ、プラナ、そして俺の力があって生き残れたんだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ