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Alternative  作者: コヨミミライ
Is Cr Duty or Obligation?―善良のカタチ―
67/113

Running Mn―潜行奔走―

 初撃、プラナの前方に青い魔導陣が展開される。あらかじめ準備しておいたものらしく、すでに水の元素の充填が完了しているものだ。

 魔導陣から伸びた水の鞭が撓り、アメリスへと襲いかかる。アメリスは即座に一歩引き、紙一重で水の鞭を避ける。虚空を薙いだ鞭は壁にぶつかって弾け、周囲に水の飛沫を撒き散らした。

 次いで、床を這うような低い風の太刀が駆け抜ける。アメリスは小さく跳躍し風の刃をやり過ごす。

 その一瞬の無防備を見逃さず、火珠が中空のアメリスへと迫った。素早く火の元素による真紅の障壁を展開。障壁は焔の力と相殺し、すぐに崩壊。アメリスは脇の壁を蹴って、前方へ跳躍。一気にプラナとの距離を詰めようとする。

 それでもプラナの表情は変わらない。

 風と水の元素を充填した魔導陣がプラナの前に展開される。無数の氷の槍が生成され、真っ向から迫るアメリスに放たれた。

 意表をつかれ、障壁の形成が一瞬遅れる。飛来するいくつかは両手のナイフで砕くが、全てを捌ききることはできず、アメリスの体に突き刺さる。

 同時展開していた紅い魔導陣から放たれた焔の砲弾が虚空のアメリスへと直撃。後方へとアメリスは弾き飛ばされ、床を転がる。

 服に纏わりついた炎は床を転がることで揉み消したようだ。

 プラナの猛攻は続く。

 無数の風と水の魔導陣を展開し、風の太刀と水の鞭が幾重にも重なってアメリスへと襲いかかる。

 水の鞭をナイフで斬り裂き、風の太刀を避け、アメリスは応じるが多すぎる。

 弾けた水の鞭が飛沫となり、アメリスとその足元を濡らす。風の刃が逃げ遅れた髪の一房を盗み取る。

 応じきれず、アメリスは結界を展開。

 絶対防御によって、守りに徹することを選ぶ。

 風と水が何度も結界を襲うが、結界は崩れない。

 まずはここで消耗を誘い、隙をついて一気に距離を詰めるべきだとアメリスは考えた。

 しかし、その考えを覆すように、迫る紅い風があった。魔術の奔流の中に隠れ潜むように、紅い髪を揺らし、疾駆してくる細い影。

 傷だらけのはずのセシウが、アメリスへと迫っていた。

 ムダなことだ。

 いくらセシウといえど、結界を砕くことは叶わない。

 アメリスは足を後ろに引き、応戦する構えを取る。水に濡れそぼった絨毯をアメリスの足が踏み締める。

 突如、アメリスが抱いたのは違和感。

 何故、魔術によって生成された水が元素に戻っていない。

 迫るセシウの体に光が走る、

 さらに違和感。

 彼女の纏う光はなんだ。

 全身が仄青い光を柔らかく放っている。

 危機感を覚える。しかし、それに対応するものがない。アメリスは止むなく背後へと飛び下がる。足元で水が跳ねた。水分を含んだ服が重い。

「逃がすかッ!」

 セシウが吠え、拳を振り下ろす。

 アメリスが足先を掠めた拳は床へと触れる。

「ガッ……!」

 迸る。青白い光が視界を埋め尽くす。

 弾けるような音が耳を打った。

 閃光。アメリスの身体を何かが駆け抜ける。

 暗闇に閉ざされた廊下が真昼のように白む。

 熱量がアメリスの体を伝達し、全身が痺れる。痙攣する。

 致命的な一撃。常人なら死に至るほどでありながらも、《魔族アクチノイド》の生命力によって彼は生きている。

 自身の血液が沸騰する感覚を確かに彼は味わった。

 全身に黒ずんだ火傷を負ったアメリスの体が床に落ちる。身体からは煙が上がり、不規則に痙攣していた。

「ンだと……こりャ……」

 それでもアメリスは生きており、疑問の言葉を口にする。脳は予備の治癒魔術によって再生され、全身に受けた傷も急速に回復していく。

 傷口には薄い緑色の光が宿り、治癒が行われていることを示していた。

 仰向けに倒れたアメリスの傍にはセシウが立っていた。仄青い光を纏った彼女の体の表面では時折、閃光が迸る。その光は先程に比べると弱々しいものだった。

「そゥか……! 雷素エレキテル……!」

 アメリスは理解する。

 何故、魔術で生み出された水が元素に戻らなかったのか。元々プラナはアメリスを攻撃するつもりで水の魔術を使っていたのではなかった。そうするように見せかけて、あの一撃のための準備をしていたのだ。

 風や火の魔術はそれを誤魔化すためのものでしかなかった。

 水は、雷素(エレキテル)をよく通す良導体だという。それはアメリスも知識として持っていた。全てがこの一撃のための布石だったのだとアメリスは理解した。

 セシウの目は凪いでいる。

「特異体質でね、アタシは雷の力を体に蓄えちゃうの。普通だと雷にでも直撃しない限り使い道のないものなんだけど、ここにはそれがあった」

 どこか冷めた声で、セシウが言う。

 この屋敷全体の照明が落ちた理由もそこに繋がっていた。

 彼女が雷素(エレキテル)を蓄えたために力が不足し、照明が切れた。闇討ちを狙ったように見せかけるため、クロームに死角から斬り掛からせていたのだろう。

 見事に騙されていたということだ。

 セシウは拳を振り上げる。

 アメリスの意思に反して、非常用の結界が自動展開された。

 その攻撃が雷素を宿している以上、防ぐ手立てはない。元より雷とは、魔術によって生み出せないものだ。

 火、水、風、地、そしてエーテル。雷に対応する元素はない。魔術の概念に雷というものは存在しないのだ。故に結界、障壁のプログラミングにおいても雷を阻む機能を持たせることはできない。

 結界と拳がぶつかり合う。先程と同じ光景。それでも電流がアメリスを襲う、はずだった。

 アメリスが感じたのはほんの僅かの痺れ。

 結界を伝ってきたのはあまりにも弱い電流だった。

 察する。セシウはあの一撃で、雷素(エレキテル)をほとんど使い果たしていたのだと。

「やッぱテメェは詰めが甘ェ!」

 アメリスは笑い、動けるほどには治癒が完了した身体を跳ね上げる。

 セシウの体を蹴って後方へ跳躍した。蹴り飛ばされたセシウは床を滑り転がり、プラナの足元で止まる。プラナは魔術を展開し、下がるアメリスに追い討ちをかけるが、魔術ならば障壁で十分に防げた。

 障壁の表面で魔術が弾ける音が反響し、アメリスの耳には心地よい。

「バカな奴らだッ! 仕留めるチャンスは今しかなかッたッつゥのにッ!」

 アメリスは右手を頭上に掲げる。

 虚空を掴むようにアメリスは右手を握り締めた。アメリスの目に宿る鋭さが増す。

 先程までの喜悦に満ちた光は瞳から消失し、静けささえ感じる。

 あの時と同じ光景。アメリスの頭上に生じた小さな波紋からは細い棒状のものが生えている。右手はそれを掴み取っていた。

 ゆっくりと波紋の中から引き抜かれていくそれは剣の柄。

「しかし――お前たちの力は敬意に値する。俺たち《魔族アクチノイド》にこれほどの手傷を負わせた。素直に賞賛しよう」

 その声もまた厳かで、重々しいものだった。

魔族アクチノイド》は幾星霜の時を生きた賢人――アメリスもその一人であることを再認識する。

「そして教えてやろう。お前たちの言う世界の救済がどこまでも荒唐無稽な夢物語でしかないことを――」

 波紋から剣が引き抜かれるその刹那、突如として廊下の窓が割れた。

「ンだとッ!?」

 掲げていた右腕の手首から先が夥しい量の血液と共に消失していた。遅れて耳朶を叩いたのは渇いた銃声。

 次の瞬間には、割れた窓を見やったアメリスの眉間に穴が空く。後頭部で鮮血で弾ける。

 間を置き響く、渇いた銃声。

 アメリスの目は驚愕に見開かれていた。

 窓の外、アメリスが見たのは、青白い月の下に佇む時計台の影だった。

 銃声は聞こえた。間違いなく撃たれたのだろう。

 しかし、着弾と銃声が何故これほど離れているのか。

 理解が追いつかない。アメリスの視界の端、銀の光が煌く。

 どこからともなく現れたクロームが間近にまで迫っていた。

 鞘に収めたままの剣に手をかけ、アメリスの横合いを神速で駆け抜ける。

 気付いた時、クロームはすでにアメリスの向こう側にいた。鯉口を緩めていた剣をそっと鞘に収め、細い息を吐き出す。

「幕引きだ。アメリス」

 同時に、アメリスの全身に夥しい裂傷が走り、鮮血が噴き上がった。

 自動魔術による治癒も間に合わぬほどの連携。その上、頭部への狙撃はアメリスの脳の中でも、魔術式が保存されている領域を撃ち抜いていた。エーテルによって拡張された脳は高速で自己修復を行うが、それでも記憶領域から魔術式を引き出すことが遅れている以上、治癒も遅れる。

 運動を司る小脳も破壊されていた。

 恐らくは全て織り込み済みのことだ。

 何もかもが計算され尽くされた攻撃。アメリスは最初から罠に嵌っていた。


     〆


 直撃したな。

「久々だったが衰えちゃいねぇな」

 俺はスコープから目を外し、紫煙を吐き出す。

 時計台の鐘楼からの長距離狙撃。一キロメートルを優に超えるため、銃声と着弾は大きくずれる。銃声を聴いてから避けるほどの、類稀なる反応力を持つアメリスでも、銃声よりも先に訪れる弾丸を避けることはできない。

 久々の狙撃、しかも観測手なし、ってのは割と緊張したが案外できるものだ。

 武器屋のおんちゃんから手に入れた技術国製の最新式のスナイパーライフルがあってこそだとは思うがね。

 アメリスの能力の正体はある程度推測していたが、ここまで巧く行くってことはやっぱり正解だったんだろう。

 あいつの予見と言っても差し支えのない危機感知能力は、言ってしまえば経験則なのだ。

 数百年にも及ぶ戦いで得た経験を活かした予測に絶対的な自信を持ち行動しているからこそ発揮される異常なまでの対応能力。

 これまでに得た経験という名の知識を活かし、状況や徹底的に調べ上げ、そこから算出される予測で行動を決定する。

 それってつまりは俺が日頃やっていることとそう変わらないだろう。

 だからこそ俺は計画を組み立て、その場の状況でお前がどう判断するのかを徹底的に予測させてもらった。そこに対応する策を用意し、そこにお前がどう反応するかを予測し、それを繰り返した。

 ヒュドラに頼み込んで、お前のここ数百年の記録に残っている戦闘の情報もリストで送ってもらった。あとはそれをしっかり頭に叩き込み、お前の思考ルーチンも出来得る限り調べ尽くさせてもらった。

 またお前の危機感知能力は、五感で前兆を感知しなければ意味がないことも以前の戦いで分かっている。

 プラナの魔術がいい例だった。魔導陣が展開されたのを目で見るか、または魔術が発動し音や光が発生しない限り、お前は対応できていなかった。

 また、結界や障壁を張ったお前は途端に避けることを意識しなくなり、動きが隙だらけになる。

 そして経験則では予測できない、技術国製の新しい要素であるエレキテルや、最新式のスナイパーライフルによる超長距離からの狙撃を織り交ぜた。

 これはお前の数百年の経験では対処しきれない。

 警告はしてやったというのに。

 お前は、技術国で成す術もなく狩られる竜と全く同じだったんだよ。

 俺は煉瓦造りの欄干の上に置いた携帯灰皿に煙草を押し付け、火を揉み消す。

 当初空っぽだった携帯灰皿はすでに吸殻で溢れ返っていた。

 我ながら肝が小さいな、相変わらず。


     〆


 血まみれのアメリスが床に倒れる。鮮血が跳ね、クロームとセシウの靴先を濡らす。

 アメリスは全身に傷を負い、右手首から先は消失している。撃ち抜かれた眉間は、最優先で治癒が働き塞がれているが、溢れた血液は鼻梁の上で分かたれ、両の頬を伝っていた。

 治癒魔術は全身の傷も治そうとしているが、傷口に宿る薄い緑の光は弱々しい。元よりクロームの聖剣デュランダルによって与えられた傷は治癒が遅れる。

「クッソ……まんまとしてやられたのは俺か……」

 アメリスは掠れた声で呟く。

「イィぜ……殺れ。これで死ぬなら悪くねェ」

 その言葉に応じるように、否、応じる必要もなく、クロームは鞘から剣を引き抜く。

 最小限の動作で、クロームが剣を振るう。

 しかし、轟いたのは血肉を切り裂く濡れそぼった音ではなく、甲高い金属音。

 クロームが、セシウが、背後に構えるプラナが目を見開く。

 アメリスの傍ら、突如として現れたトリエラが長い金属製の煙管でクロームの剣を弾いていた。

「トリエラッ!?」

 アメリスもが驚きの声を漏らす。

 その可憐な顔は紅潮し、唇を引き結び、敵意を以て勇者たちを睥睨していた。

 いつもの優雅なトリエラらしからぬ感情的な顔だった。

「殺させやしないわッ!」

 声を張り上げ、トリエラが踏み込む。煙管が振るわれ、クロームが剣身で受け止めた。

 火花が散り、金属音が響く。

 クロームの剣が翻り、横薙ぎの一閃が放たれる。トリエラは紫蝶を宿した小さな掌でクロームの剣を受け止める。

 閃光が瞬き、クロームが剣に込めた力がふっと消失する。相殺された。

 しかし、トリエラの肩に激痛。遥か彼方より放たれた銃弾が、正確にクロームの脇を抜け、トリエラの肩のみを撃ち抜いていた。

 苦痛にトリエラが呻く。薄い肩に咲いた紅い華に構うことなく、トリエラはクロームたちを睨む。

「殺させないッ! アメリスを殺させはしないわッ!」

 トリエラの周囲に無数の紫蝶が現れる。二人の《魔族アクチノイド》を囲むように紫蝶は群がった。

 狙撃を警戒してのことだろう。

「二人とも下がってッ!」

 背後から届いたプラナの声にクロームとセシウは確認を取るまでもなく、それぞれ後方に飛び退く。同時に二人の間を魔術が駆け抜け、紫蝶の群衆へと襲いかかった。

 それでも放たれた魔術を、紫蝶は次々と無効化していく。

 無力化されたことを示す閃光が絶え間なく広がる。

「後ろだッ!」

 それぞれの耳に取り付けられたインカムからガンマの声が届く。弾かれるように振り向くと、廊下を駆けるトリエラの姿があった。

「空間転移かッ!」

 クロームが毒づく。

 ドレスの裾を引き裂いた彼女が一目散に目指すのは廊下の最奥、伯爵の部屋に繋がる扉。

 セシウとクロームが彼女を追って駆ける。

 走りながらクロームは《旧き剣(アカシックブレイド)》で剣を虚空に創造し、トリエラへと放った。トリエラは振り向くこともなく紫蝶で防ぎ、走り続ける。

 紫苑の髪を振り乱し、伯爵のいる部屋を目指す。

 そうして、紫苑の魔女は扉に辿り着いてしまう。

 開かれてはいけない扉が開かれた。

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