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Alternative  作者: コヨミミライ
Is Cr Duty or Obligation?―善良のカタチ―
66/113

Running Mn―潜行奔走―

 拳と刃が闇の中でぶつかり合い、火の華が咲く。

 紅い影と黒い影の間で甲高い金属音が鳴り響き、華が咲き乱れる。

 褐色の剛風と、白銀の疾風の軌跡は見えず、金属音と火花だけが動いていることを知らしめる。

 極至近距離に迫った二人の間で繰り広げられる攻防はあまりにも速く、人の目で捉えきれるものではなかった。

 アメリスのナイフをセシウが拳で弾き、もう片方の拳がアメリスに迫る。アメリスのナイフが拳の脇に添えられ、半ば強引に力を外側へと流し切る。

 矢継ぎ早にアメリスは刺突を放つが、セシウは人差し指と中指でブレイドを挟んで止めた。そのまま空いた右腕で攻撃に転じたいところではあったが、アメリスの左腕は鞭のように撓り、セシウへとナイフが襲いかかる。右腕で対処するが、息つく間もない連撃に右腕だけでは応じきれないと判断。止むなくナイフを挟んでいた左手を離す。

 両手のナイフでさらに詰め寄ろうとするアメリスに、セシウは素早く飛び下がり、間合いを引き離す。

 互いが互いの殺傷圏から外れた。

 着地と同時に構えを取るセシウを睨み、アメリスは口笛を吹いて、心底楽しそうに嗤う。

「イィぜェ……サイコーだ、テメェ」

 構えることもなく、ナイフを携えた両手を垂らし、アメリスはセシウへと悠然なる足取りで迫る。

「そゥだ……俺はこンな戦いがしたかッたンだ……!」

 じりじりと間合いを詰めてくるアメリスにセシウは顔を顰める。

 隙だらけのようでいて、隙がない。そもそも彼の反射神経は常軌を逸している。下手に攻め込んだところで即応され返り討ちとなることは目に見えていた。

 セシウもまた間合いを計り、爪先の靴裏を擦るようにして左脚を引く。

 戦いにくい相手であった。

 双方の間合いはほぼ同じ。セシウの得意とする間合いはアメリスにとっても都合のいい間合いだ。

 純粋な力比べとなれば押し負ける。今はまだ一進一退、互角に見える戦いに見えるが、実際セシウはやり過ごすだけで精一杯であった。

 決定打がない。致命的な隙を晒せば、アメリスは見落とすことなく突いてくるだろう。そんな隙を晒さぬように立ち回ることだけで限界であった。

 詰め寄るアメリスと詰め寄られるセシウ。互いの間合いの交差点で再び火花が散る。

 アメリスの一薙ぎに反応したセシウの拳がナイフを弾く。

 短くアメリスが嗤う。そう簡単には倒されてはくれないしぶとさに歓喜していた。

 躊躇わず、アメリスは歩を進める。平原でも歩くかのように気負いのない足取り。

 両手のナイフが交互に振るわれ、セシウは両の拳で防ぐ。

 竜革のグローブと地の魔術による保護、この二つによってようやく耐えられている。拳以外が触れれば、その時点で致命的となる。

 這うように下方から振るわれたナイフを紙一重でやり過ごし、セシウが身を引く。即座にセシウの拳が腹部を狙うが、アメリスは上体を横に逸らして躱す。さらに顔面目掛けた拳もしゃがみ込まれ、避けられる。

 次いで蹴りを放つも、アメリスはより一層姿勢を低くした。

 低い。あまりにも低い。背筋はすでに地面と平行になっている。

 文字通り地を這うようにナイフがセシウの脚を切り裂く。

「クッ……!」

 浅い一撃。さらに一閃。スキニージーンズが切り裂かれ、紅い線がセシウの上を走る。

 体を這い上がるようにして交互に振るわれたナイフによる傷跡が無数に生まれる。

 太腿を切られ、脇腹にまで朱線が描かれていく。

 肌をなぞるような斬撃は、それでも確実にセシウに傷を負わせる。

「テメェの攻撃は大振りすぎンだよッ! 接近戦でンな甘々な攻撃は、斬ッて下さいつッてるよゥなモンだッてェのッ!」

「舐めんなッ!」

 セシウの裏拳がナイフとぶつかり合う。左のナイフが弾け飛ぶ。間を置かず、未だ中腰のアメリスの顔面へ膝蹴りを叩き込もうとするが、その体が跳ね上がる。

「ヒュゥッ!」

 後方に飛び上がったアメリスの身体が捻られ、全身の力を以て左手から無数のスロウイングナイフが投擲された。

 斜め上から振り注ぐ、四条の銀雨がセシウの左肩、右腕、左大腿に突き刺さる。

 触覚に対する鋭角の刺激。セシウの顔が歪んだ。

 深々と右腕に刺さったナイフの柄を噛んで、腕を振り抜くようにして引き抜く。さらに左肩と左大腿のナイフも両手で同時に抜いた。

 激痛に顔を歪めつつも、それでも堪える。

 血に濡れたナイフが場違いなほど澄んだ音を立てて廊下に転がった。

 中空で踊るように体を回転させ、アメリスは四足獣のように四肢をついて着地。同時に四肢で地面を蹴飛ばし、引き離した距離を一瞬で翔破する。

 地を這うような跳躍からの刺突。セシウはアメリスの手首に左手を添え、軌道を左へと逸らす。横合いを抜ける刃。アメリスとセシウの距離が一気に迫る。

「ご指導感謝するよっ!」

 下方から突き上げられた拳がアメリスの腹部にめり込む。自身の骨が軋む音をアメリスは確かに聞いた。唇の隙間からは呻きが漏れる。

 夥しいほどの浅い傷、そしてナイフに突き刺された三箇所が熱と痛みを発し、セシウの顔も歪む。痛みが力の伝達を阻害する。

 拳に導かれるままにアメリスの身体が浮き上がった。

 舞うような動きで放たれた回転蹴りがアメリスの顔面を蹴り飛ばす。避け続けた大振りの一撃を受け、弾け飛んだアメリスの体が壁に叩きつけられる。

 背中を強かに打ち息が詰まった。そのままずるずるとアメリスの体は床に落ちていく。

 呻きを漏らすアメリスの口元はそれでも笑っている。

 腹部と左の頬、背中に焼けるような痛み。倒れているだけだというのに世界が回っているような感覚。

 たったあれだけの攻撃でこれほどのダメージ。とんでもないパワーファイターであった。

 目を開くと、すぐ傍に自身を見下ろすセシウの姿があった。

 絶対的危機の状態でありながらアメリスは、口に溜まった血を吐き捨て、不敵に笑んだ。

「ハッ! そゥだ! それだッ!」

 覚えがいい。

 アメリスは自分にこれだけの攻撃を叩き込んだセシウを素直に賞賛した。対応も早い。

 その上、攻撃が隙だらけだと指摘したというのに、アメリスが実演したような隙の少ない連撃を重ねるわけではなく、確実に一撃を叩き込める状況を作ることを考えたセンス。

 理解が早い。頭も回る。

 戦いに関して彼女は、アメリスが賞賛するほどの才能があった。

 強敵と戦えば戦うほどに成長する存在だ。

 今はまだ荒削りだが、やがて最高級の宝石に化ける可能性を秘めた原石であろう。

「イィぜ、イィィぜッ! 最高だッ!」

「そのふざけた笑いが、アタシは一番気に入らない」

 セシウが拳を振り上げる。

 紅い瞳には確かな殺意が燃えている。憎悪といってもいい。

 それは《魔族アクチノイド》全体に向けられた憎しみなのだろう。

「バァカ、トドメを刺すまでが戦いだッつゥの」

 セシウの拳がアメリスへ振り下ろされる。

「――ッ!?」

 その拳は阻まれていた。

 倒れたままのアメリスが展開した障壁に、拳が押し返されていた。

 アメリスを覆うのは半透明な琥珀色の薄い壁。半球状で、表面は薄い光を帯びている。

 セシウの拳と触れ合う場所を中心に波紋が走り、渾身の力と拮抗していた。

 地の元素を用いた障壁だ。

 元より地の元素は四大元素の中で最高の硬度を誇っている。またセシウの拳に施されているのも地の魔術。

 相殺するのは必然であった。

「まァだ詰めが甘ェな」

「クッ……こんなものっ!」

 セシウは振り下ろした右腕を引き、左の拳をアメリスの障壁へと叩き込む。

 障壁は撓みもせず、軋むこともない。

 セシウはようやく本当の意味で理解した、ガンマがどうして迅速な離脱にこだわっていたのか。

 今まで優勢に見える場面はいくつもあった。しかしそういう時にはできる限り早く逃げるように、とガンマを強く言っていた。

 そのためにセシウもクロームも、決定打を与えられそうな場所でこそ、押し留まり背を向けて退避した。

 ガンマの指示は正しかった。

 決定打など、始めからなかったのだ。

 何度も見てきたことだというのに、何故勝てるなどと思い上がったのだろうか。

 アメリスは障壁、結界のエキスパートだ。彼のこの防御魔術を打ち砕かない限り勝機はない。

 結局今までの接戦は、アメリスが戦いを楽しもうとしていたからこそ成り立ったものだ。彼がその気になれば、いつでもセシウの攻撃など無効化できた。

 琥珀色の障壁に覆われたアメリスがゆっくりと立ち上がる。

 障壁越しに二人の目が交錯する。

 これが《魔族アクチノイド》の力。彼らがその気になれば、自分たちは触れることさえ叶わない。

 あまりにも遠い彼我の実力。自分たちは歩み寄ってもらってさえいたのだ。

「トドメに華々しさはいらねェンだよ。どンな小さな一手がトドメになろうと、そンまでの経過が華々しければ、決着もまた華々しい。テメェはもッと確実に詰めるべきだッた」

「偉そうなことを……!」

 この結界さえ砕けば、アメリスに到達するというのに。

 悔しさが満ち溢れる。セシウは左の拳を引き、さらに右の拳を叩きつける。もう一度右の拳を引き、左の拳を打ち付ける。

 繰り返す。咆哮を上げ、何度も何度も、渾身の一撃を叩き込んだ。

 全身の傷が痛む。自分の中にあったとは思えないほどに熱い血液が体を伝い、鬱陶しかった。

 何度拳を叩きつけようと、障壁には罅一つつかない。

 まるで障壁で隔てられた向こう側が別世界のようだった。どれだけ力を尽くそうと、異なる世界には何の変化もない。

「テメェとの戦いは、まァ、面白ェモンだッたよ。でも悪ィな、俺もここで死ぬわけにャいかねェッてこッた」

 歯を食い縛り、拳を叩きつける。

 叩きつけた拳に続くものはなく、セシウは拳を打ち付けたままに項垂れ、静止していた。

 自身の荒れた呼吸さえ耳障りだった。両の拳は痺れ、痛みがあるのかどうかさえも曖昧だ。

 刹那、横合いより風を切り裂く音。真空の太刀がアメリスとセシウの間を走り抜けた。アメリスは即座に気付き身を引くが、切り裂かれた障壁は一瞬にして消滅する。

 次いで焔が、まるでセシウを護るように周囲で逆巻く。

 アメリスはさらに飛び下がり、廊下の奥まで退避した。

 魔術。それだけでアメリスの顔は歪む。

「まだ俺を邪魔すンのか、魔術師ッ!」

 逆巻く焔を消え失せた時、セシウの傍らには灰色のローブがあった。

 プラナは紅い瞳で無感動にアメリスを見つめている。

「寝言は死んでから言いなさい《魔族アクチノイド》――取り合っているほど暇ではないの」

 言いつつプラナは、肩口の傷口を抑える傍らのセシウの体にそっと手を添えた。荒い息のまま憔悴しきったセシウがプラナを見ると、彼女はそっと微笑んだ。

「もう大丈夫です。ここからは私が」

 言って、プラナは一歩前に出る。まるでセシウを庇うように、矮躯が前に立った。

 セシウからすればあまりにも小さい、ローブに包まれた背中。しかしその真っ直ぐに伸びた背中は力強かった。

「さあ、行きますよ、殺し尽くして差し上げましょう」


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