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Alternative  作者: コヨミミライ
Is Cr Duty or Obligation?―善良のカタチ―
63/113

Running Mn―潜行奔走―

 夜も深まった。

 冷たい横殴りの風に体が震える。

 遮蔽物がないため、風が真っ直ぐに突っ込んできていた。

 寒いったらねぇな。

 気分を誤魔化すために手で覆ったライターで、煙草に火をつけ、仰いだ夜空に紫煙を吐く。

 今夜は雲が多い。昨夜のように美しい星空は拝めそうになかった。

 まあ、一緒に見る相手がいなきゃ、どんなに綺麗な星空でも心許ないけどな。

 煙草を咥え、地面に座り込み、しばし空を眺め、時が経つのを見守る。

 やれることはやった。俺にできる最善は尽くした。

 あとは、なるようにしかならないだろう。

「こちらクローム。ガンマ、全員準備が完了しているぞ」

 耳元からクロームの声がする。多少ノイズのかかった劣化した声だが、誰の声だか、何を言っているのかははっきり分かる。

 伯爵から借りたインカムなのだが、なかなかいいもんじゃねぇか、これは。

「了解。んじゃ全員、所定の位置で待機していてくれ」

「分かった」

 今回の作戦にこのインカムを用意できたのは頼もしい。これで俺も自分の役目に集中できるっていうもんだ。

 伯爵様が気になったもんはとりあえず蒐集する人でよかった。

 しかもしっかり人数分あるときたもんだ。気が利きすぎて薄ら寒いものさえ感じるね。

「インジス、そっちの状況はどうだ?」

 ついでに伯爵の執務室に伯爵と共に待機させているインジスにも呼びかけておく。

 もしもの時、伯爵を守れるようにと屋敷へ来てもらっていた。

「こちらに異常はないわ。伯爵様と使用人の美少女さんも覚悟は決まっているみたいよ」

 インジスの声は穏やかだ。

 いつもは争い事を知らぬ貴婦人のようなインジスだって《創世種(エレメンツ)》の一人。覚悟はとっくの昔に決まっている。

 何より使用人がインジスの好む少し質素な愛らしい少女だったということもあって嬉しいのだろう。

 こういう時でもそういうところは抜け目ない。

「そうかい、なら安心だな。そこまで敵を通すつもりはないが、もしもの時は、頼むぜ」

「貴方たちも死なないでね」

 真面目な声で言われて、少しだけ笑ってしまう。

「言われなくても死ぬ気はねぇよ。必死だけどな」

 苦笑混じりに答えつつ、俺は立ち上がる。

 街の光が遠い。人々の寝静まりかけている街並み。

 大きな街だと思ったが、ここから見ればそれも小さきもの。

 そんな小さな街の中にある小さい屋敷が今の俺たちの戦場だ。

「さあ、夜は深まったぞ、アメリス。戦いにはお誂え向きのいい夜だ。いつでも来いよ、てめぇの来たいようにな」

 手には、馴染まない銃のグリップの感触。確かめるようにもう一度握り直し、気を引き締める。

 吹き荒んだ一陣の風は闘争の到来を告げるようだった。


     〆


 人々も寝静まった。立ち並ぶ建物からの光も少なく、夜を払うものはない。

 月の光さえも雲に遮られた、いい夜だった。

 夜襲に適した夜。

「天は俺たちに味方したッてか。なァ、ウラヌス。皮肉なよゥでいて、至極当然な話じャァねェか。エェ?」

 答えはない。

 彼も答えを期待していたわけではないらしく、気分を害した様子もない。

 風に揺れる長髪さえ闇に溶け込む。ただ生気の薄い白い肌だけが闇の中にうっすらと浮かび上がっていた。

 道の中央を、夜の支配者のように歩くのはアメリス。

 その先には静かに佇む、この街の領主の屋敷がある。

 灯りは未だ消えていない。

 恐らくは待っているのだろう。アメリスが来る時を今か、今か、と。

 アメリスは感じていた。

 この街全体にまで及ぶほどの、敵対者の緊張感を。

 待っている。待ち望んでいる。

 アメリスが白刃を煌めかせることもなく、音さえなく静かに、やって来る時を。

 心をざわつかせ、闘争の瞬間に備えている。

 伝わってくる。

 夜風ばかりが冷たいというのに、肌が感じる。

 夜の静謐に呑まれているというのに、耳が感じる。

 夜の闇に埋め尽くされているというのに、目が感じる。

 夜の街には無機物しかないというのに、鼻が感じる。

 夜の冷気しか噛み締めるものはないというのに、舌が感じる。

 待ちわびた戦いを目前に高揚する心が、敵対者と共鳴するように全てを五感が感じ取った。

 これこそが闘争の醍醐味。

 剥き出しにした本能が、最もシンプルな心を伝い合わせる。

 高鳴る胸の鼓動が織り成す盛大な一夜。

 戦いだ。それはまさに戦いだ。

 否、その言葉さえも、アメリスにとっては飾り立てられたもの。

 殺し合いだ。それ以外の何物でもない。

 どんな理由があろうと、どんな事情があろうと、どんな意味があろうと、それは結局殺し合い以外の何物でもない。

 だからこそ、純粋に胸が躍るのだ。

 それはこの世において数少ない純正の行為であるからこそ。

「行くぜ、勇者さん方。テメェら全員吠え面かかしてやんよッ」

 そして一陣の風と共に戦いは始まる。




 屋敷の前まで辿り着いたアメリスは行く手を阻む門扉を眺める。唐草格子の向こうに見えるのは、物音もなく静かに佇む伯爵の屋敷。

 数えて三度目の来訪であった。

 見慣れた屋敷ではあるはずだというのに、アメリスの横顔は今までとは異なるものを感じているようだ。

 しかしそれも束の間、アメリスは門扉を開こうと手を伸ばす。

「イィヤ、違ェな」

 呟いた刹那、一閃の閃きが迸る。

 一拍の間を置いて、金属製であるはずの門がバターのように切り裂かれ、崩れ落ちていく。

 あまりにも脆い。

 舞い上がった塵埃が風に攫われた後、彼の行く手を阻む物はもうなかった。

「門に触れれば発動する魔術。見え透いた罠じャァねェか。そんなモン、今まで何回も見てきたッつゥの」

 言いながら下ろされたアメリスの手に刃物の類はない。切り裂く刹那の閃きは白刃のそれに相違なかったはずだ。

 それでも今の彼は徒手空拳。

 空いた両手をポケットに突っ込み、アメリスは屋敷の敷地へと這入っていく。

 物音を立てぬように息を潜めることもなく、それでいて特別大仰に歩むわけでもなく、ただ普段そうするように進んでいく。

 門扉から屋敷の入口まで真っ直ぐに続く石造りの道の両側には新緑の絨毯が広がっている。夜の闇の中、風に波打つそれはさざめく海のようでさえあった。

 緑の海に架けられた橋の中程までアメリスが至った時、足元に突如魔導陣が展開される。

 アメリスは動揺することもなくただ舌打ちをし、ゆったりとした動作で周囲を見回した。

 連動するように新緑の海原に無数の魔導陣が展開されていく。まだ花開くように色とりどりの魔導陣が咲き誇った。

「また虚仮威しかァ?」

 アメリスは即座にその場から飛び退り、これから来るであろう魔術に備えようとするが、その行動はすぐに阻まれる。

 足元に感じた違和感に目を向けると、魔導陣から生えた青白い死者のような手がアメリスの足首を掴んでいた。

「アァン!? 召喚術だァ!?」

 がなり声を上げ、アメリスは魔導陣から伸びた亡者の足を振り解こうと足を振るう。しかし、血の気の一切ない手はその生気のなさからは考えられないほどの力で足を握っていた。

 その間にも庭に広がる魔導陣からは火、水、風の魔術が溢れ出し、奔流となってアメリスへと急速に流れ込んでいく。

「チィッ、うざッてェッ!」

 悪態をつくアメリスの姿さえもが魔術の群衆に飲み込まれる。

 炎が闇夜を切り裂き、激流の唸りが静寂を害し、真空の太刀が緑の海と石造の橋を無慈悲に抉っていく。

 矢継ぎ早に放たれる魔術に黒煙が広がり、飛沫が弾け、塵埃が舞い上がる。

 その騒々しさはまるでパレードのようでもあったが、どれ一つ取っても容赦や加減は感じ取れない。

 一頻り色とりどりの殺意の群れを放った魔導陣は内部に蓄積されていた各々の元素と魔力を使い果たし、放っていた燐光も失せる。

 色を失くした魔導陣はそのまま硝子が割れるように砕け散り、消滅した。

 嵐が過ぎ去った後、舞い上がった塵埃と黒煙だけが残される。

 その只中には、虹色の光沢を宿した、半透明の球体状の結界に包まれたアメリスの姿があった。周囲の地面は抉れ、炎に食われ、荒れ果てているというのに、彼の結界に包まれた場所には傷一つない。

「クッソ、白ける真似すンじャねェよッ」

 毒づくアメリスを包み込んでいた結界がふっと霧散するように消える。どれだけ物量を増やそうと、それが中位の魔術である以上、アメリスを傷つけることはできなかった。

 結界に罅一つ入れることも、また叶わない。

 唾を吐き捨て、何事もなかったかのようにアメリスは歩き出す。屋敷の扉を乱暴に蹴り開け、エントランスホールへと立ち入っていく。

 豪勢なシャンデリアの吊るされた広々としたホールだ。壁面には煌びやかな装飾が施され、さぞ高名な画家の作品であろう絵画も立て掛けられていた。

 これから戦場になるとは思えない場所である。武闘よりも舞踏の似合う華やかな舞台。

 吹き抜け二階へと続く、階段が左右の両側から弧を描くように伸びている。まるでそれは立ち入る者を優しく抱き締める母の(カイナ)を想い起させた。

 先日は屋敷に入る前に、勇者一行が迎撃してきたというのに、今回は容易に立ち入ることができてしまった。

 勇者一行はあのような小細工で彼を仕留められるとでも思っているのだろうか。

 未だ姿を現さない敵対者に、アメリスは幾許かの苛立ちさえ感じ始めていた。

「……何が勇者だァ? コッソコソ隠れやがッて……! オイッ! いンだろ!? 出てきやがれよッ! そして俺に切り刻まれろ! 俺を切り刻め! 楽しいパーティはもう始まッてンだぞッ!」

 アメリスの声は、しかし広々とした空間に虚しく響くだけだ。

 残響がさえも失せるその瞬間まで、アメリス以外が物音を立てることはなかった。

 屈辱を噛み締め、アメリスは一挙動でバタフライナイフを取り出し、ブレイドを晒す。

「テメェら……イィ度胸してやがンぜ……! これは闘争への冒涜だッ! 赦さねェぞ、勇者ドモォッ!」

 アメリスの憤怒の声に呼び出されるように、ひとつの影がふっと現れた。

 二階へと続く二つの階段の狭間、一階の奥に進むための大扉の前にその者は立っていた。

 結い上げた紅い髪を揺らし、挑発するような笑みを浮かべ、徒手空拳で、今までもそこにいたかのようにアメリスと対峙する。

 ボロボロのスキニージーンズに履き潰されたスニーカー、そしてタンクトップを纏ったその体は華奢だ。だというのに体の運び方はまさしく熟練の格闘家のそれだった。

「何喚いてんのさ、ハーフヘア。あんたに言うわれるまでもなく相手してやるっつぅの」

 竜革の手袋を嵌めた拳を打ち合わせ、体の右側を引き、その女は差し出した右手でくいっとアメリスを(いざな)う。

 勇者一行の誇る一番槍、セシウの姿がそこにはあった。

「かかっておいでよ。また地面にキスさしてあげる」

 ようやく現れた敵対者に、アメリスは唇の端を釣り上げ、確かに笑った。

「ハッ、出てくんのが遅ェンだよ! ブルッてたのか? それともおしめの交換に手間取ッたか?」

「あんたこそ、喚いてないと怖くてたまらないんじゃないの? 尻尾巻いて逃げるなら今のうちだよ? ただでさえ穴だらけのあんたの体に余分に穴が二つ、三つ増える前に逃げてもいいんだからね?」

「上等ッ!」

 同時に二人は地面を蹴る。

 漆黒と真紅、二色の風となった二人がぶつかり合う。

 セシウの拳をアメリスが躱し、隙をついたはずのナイフをセシウが紙一重で避けきる。

 さらにアメリスが腹部目掛けて蹴りを放つが、セシウはそれと右の膝と肘で挟み込んだ。

「アァ!?」

「捕まえたッ!」

「甘ェよ!」

 アメリスは即座に頭を引き、自身の額をセシウの額に頭部に叩きつけた。

 セシウの体がよろけ、脚と腕での拘束が緩む。支えがなくなり、アメリスもまた背後に蹈鞴を踏んだ。

 互いが押さえた額は割れ、血が滴っている。

「クソッ、岩みてェに硬ェ!」

「……いったぁ……!」

 共に脳を揺さぶられるような痛みを感じるが、それで止まることはない。すぐに体勢を立て直し、同じように真っ向から距離を詰めていく。

 拳とナイフがぶつかり合う。ナイフが砕け散る。ナイフが壊れることを予想していたアメリスは、止まらずに頭目掛けて向かってくる右ストレートを紙一重で避けた。掠めた頬が切れたがそんなことはどうでもよかった。

 大振りの一撃を空振りしたセシウの脇へと這うように潜り込む、もう片手のナイフでセシウの脇腹を切り抜けようとする。

「クッ……!」

 セシウは拳を突き出した勢いのままに体を回転させ、独楽のように回りながら、アメリスの横合いへと回り込む。

 脇腹を切り裂くはずだったナイフはタンクトップの生地のみを虚しく裂いた。

 次に背後を取られたのはアメリス。

 小さく舌打ちし、アメリスは踏み込んだ右足を中点に身を翻した。

 が、セシウの姿が見えない。

 彼女は地面に這い蹲るように低い姿勢から拳を構えていた。

 全身のバネを用い、セシウの体が飛び上がる。突き出された拳がアメリスの顎まで迫っていく。

 体を限界まで後ろに反らし、拳を既の所で避けきる。

 虚空へ飛び上がったセシウはさらに揃えた両足を突き出し、反らされたアメリスの胸板を踏み抜いた。

 アメリスの身体が後方へ弾け飛ぶ。アメリスの胸板を踏み台にしたセシウは虚空で宙返りし、軽やかに地面へと着地する。

 地面を転がったアメリスはその最中に四肢で床を掴み、滑りながらも勢いを殺して止まる。四肢をつき、折れて剥がれた爪に頓着することもなく、セシウを睨む姿はまさに獣のそれだ。

 ギラギラとした金色の瞳で、アメリスは嗤う。

「イィぜェ……! イィぞ! 血が滾る……! 熱くなッてきたぜェ……!」

 あの状態からの蹴撃では、アメリスに大したダメージを与えられていないようだった。手応えのなさはセシウが一番感じている。

「うわっ、まだやる気満々なわけ……?」

「バァカ、こっからが本番だよッ!」

 アメリスが疾駆する、這うように低い姿勢で跳躍するように駆け、瞬く間にセシウとの距離を詰める。

 走りながら、新たなナイフを取り出し、セシウ目掛けて突き出した。

 セシウは竜革に保護された左拳の甲で直線的なナイフの機動を反らす。さらに横薙ぎの一閃をしゃがみこんで避ける。

 姿勢を戻し、頭目掛けて拳を放つが、上体を揺らしてアメリスは避ける。左右交互に拳を振るうが、アメリスは最低限の動きで、踊るように避けていく。

「イェぜ、そこがお前のイィトコだッ! 真ッ向勝負に真ッ向から応じるッ! 小細工もチャチな仕掛けもねェ! 純粋な技と力の競い合い。己の鍛え上げた肉体の限界を見たいンだなッ! そうなンだろッ! ハハッ! 頭がイカれてんのは俺だけじャァねェらしいッ!」

「ふっざけんな! あんたと一緒なわけがないっ!」

 挑発に急かされ、セシウの攻撃のリズムが単調になる。アメリスにとっては退屈なリズムとなった。

 ならば変化を加えなければいけない。

 セシウが踏み込む一瞬の隙を突き、アメリスの右手のナイフが閃く。反射的にセシウが空いた拳の甲でナイフを受け止めた。

 防いだ。奏者が変わる。

 左手のナイフを逆手に持ち替え、セシウの足を狙う。即座に半身を引き、太腿を切り裂こうとするナイフを避けた。

 避けやすい一手。しかし後退した事実は変わらない。

「そゥかい? 俺にャァ楽しそゥに見えンだけどなァッ!」

「誰がッ!」

 左右の手が交互に瞬き、鞭のようにしなった長い両腕がセシウへと襲いかかる。躱せるものは躱し、躱しきれないものは拳で防いでやり過ごす。

「イィじャねェか! 一緒でよォ! 互いに狂ッて楽しもうじャねェの!」

「あんたと一緒なんて冗談じゃ……!」

 アメリスの声はセシウに動揺を与え、動揺は足運びを鈍らせた。脚が絡み合い、セシウの身体がバランスを崩し、後ろに傾く。持ち直せないほどのものではない。

 しかしその一瞬を見逃すほどアメリスも甘くはなかった。

「ハッハーッ!」

 振り上げたナイフをアメリスが振り下ろす。セシウは咄嗟に、顔の目前にまで迫ったナイフのブレイドを右手で掴み止めた。

 簡単には仕留めさせてくれないセシウの粘り強さに、アメリスは上機嫌に口笛を吹く。

 これくらいの根性がなければ興醒めだ。

「アタシは……あんたとは違うッ!」

「まァだホザくか? 違わねェよ。むしろ俺よりタチが悪ィッタイプだぜ、あんた」

「ふざけるなッ!」

 掴んだナイフを下方へと流す。アメリスの右手のナイフがセシウへと走るが、それもまた手首を掴んで防ぐ。

 両手を封じ、封じられた。

 吐息が感じるほどの距離で二人は睨み合う。

 セシウの目は怒りに震え、アメリスの目は興奮を宿し炯々と輝いていた。

 ふとその瞬間、アメリスが何かに気付き、ナイフを手放し飛び退る。透き通った音がホールに響いた時には上空から降り注いだ氷の剣が、アメリスのいた場所に突き刺さっていた。

「まァた、小細工かッ!」

 アメリスが毒づく。

 普段ならばそれほど気分を害するものではない魔術による妨害。しかし今夜は魔術に興を削がれ続けている。

 その上で楽しい戦いを邪魔されては、苛立ちが蒸し返されるというものだ。

「いいえ、小細工などではありませんよ」

 頭上から声が聞こえ、アメリスは弾かれるように顔を上げた。

 吹き抜けの二階へと続く階段の先、ホールの壁に沿って設けられた通路に彼女はいた。

 欄干に手をつき、片手には三日月を模した魔術杖を携えた影。二つの階段の腕に今にも抱擁されてしまいそうなアメリスを冷え冷えとした紅い目で見下していた。

「今度こそ、貴方を殺す気で行かせていただきますよ、《魔族(アクチノイド)》」

 目深に被ったフードの奥の鮮血色の瞳はまるでゴミでも見るようだった。

「魔術師がッ! 邪魔すンじャねェよッ!」

「貴方と会話をするのはムダです」

 淡々とした声で灰色のローブを纏った魔術師、プラナは言う。吐き捨てるような口調だ。

「殺され方を選ばせてやるつもりだってこれぽっちもありません。貴方は、ただ私に殺されなさい」

 その冷酷な言葉に、その瞋恚の炎を宿した双眸に、アメリスでさえも背中に嫌なものを感じた。

 空気が張り詰める。先程までの荒々しいものとは違う、新たな闘争がここにはあった。

 プラナは魔術杖で力強く絨毯の敷かれた床を叩く。三日月を模した、杖の先端の飾りに嵌め込まれた水晶が淡い光を宿す。

 プラナが立つ、壁に沿うように造られた二階部分の通路の壁面に次々と魔導陣が出現していく。

 夥しい量の魔導陣。先日の比ではない数だった。

 最早数えきることさえできない。壁面全体を覆うように展開された魔導陣の群れの増殖はまだ止まらず、ついには床や天井にまで出現する。

 各々に元素を充填していく魔導陣を見渡し、アメリスも数歩後退る。

「オイオイ、随分気合入ッてンじャねェの?」

 四方八方、全てを包囲されてなお、アメリスは愉快そうに笑っていた。未だ動揺を見せない彼に対して向けるプラナの氷点下の目にも変化がない。

 虫がどれだけ抵抗しようと、人の心は動きはしない。虫程度の感慨しか抱いていないのであれば、また同様に心は動かない。

「さあ、潔く死になさい、ゴミ屑」

 死を告げるプラナの唇は微かに笑っていた。

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