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Alternative  作者: コヨミミライ
Is Cr Duty or Obligation?―善良のカタチ―
56/113

Dispatched Am―放たれた刺客―

 目の前にあった、求めていたもの。驚くほど近くにあったはずのそれは、手を伸ばした途端に指の隙間から抜け落ちていった。

 今ではそれが実際にあったのかさえ疑わしく、全てが夢の中の出来事だったようにさえ思えてくる。

 ただ、与えられた絶望だけは生々しく、俺たちが掴みあぐねたことを強く訴えかけていた。

 世界というものは現実から目を背けることすら許してくれないようだ。

 ジゼリオス卿からは、あの後詳しい話を聞かされた。

 やはり《魔族(アクチノイド)》は二週間ほど前、ジゼリオス卿に接触していたようだ。会談の内容はごく簡単なもので、ジゼリオス卿からの資金援助を希望するものだったらしい。

 その代わりに《魔族(アクチノイド)》は終末龍の災厄においてジゼリオス卿の安全を保障。また不老不死の法を授け、未来永劫の栄華を約束するというものだ。

 きっとベラクレート卿とも同様の契約をしていたんだろう。

 あいつの結末を見た以上、連中が約束を守る気がこれっぽっちもないことは明白。用済みとなったら、殺せばいいだけのこと。

 それに二週間前っていうと、まだベラクレート卿は存命だった。その頃すでに《魔族(アクチノイド)》はベラクレート卿を殺すつもりだったんだろう。いや、当初からそうだったのか。不要になるから、代わりを探していただけのこと。

 ジゼリオス卿は連中の話には応じなかったらしい。

 伯爵にも考える時間が必要だ、と言ってその日は大人しく帰らせたとのこと。そして本日、改めて答えを窺うためにやってきた。

 ……タイミングを考えると、俺たちが来ていることを踏まえての来訪だったのかもしれない。

 だから、どうってわけでもねぇけどさ。

 元々、俺たちを呼んだのも護衛を頼むためだったようだ。ジゼリオス卿はどうあってもあいつらと手を組むつもりはないらしい。

 それだけでもジゼリオス卿が人格者であることは分かった。

 もちろん、その依頼には応じた。誰も嫌とは言わなかった。

 ただ、言わなかっただけ、ではあるんだが。

 アメリスを倒すために講じた策は確かに功を奏した。あと一歩のところまで追い詰めることができた。

 でも、そこまで手の内を晒した上で、アメリスを仕留められなかった以上、俺たちは別の手段であいつと戦わなければならない。

 明日の夜までに考えなければならないんだぞ、それを。

 俺たち四人の胸中には「守れるのだろうか」という不安しかない。漠然としていながらあまりにも大きい、自分自身への疑念が息を詰まらせる。

 クロームたちは与えられた客室で、それぞれの悔恨に打ち拉がれていることだろう。誰も言葉はなく、ただ思いつめた表情をしているのが目に浮かぶ。

 俺はというと、プラナの魔術で焼け焦げた庭で、風に吹かれながら独り煙草を吸っていた。

 ジゼリオス卿を、俺たちは護り抜かなければならない。そのための手段を考えるのは俺の仕事だ。

 後悔している時間もない。

 あいつらに対抗し得る策があれば、それだけでも三人の士気は上がる。そうでもしないと、勝てる戦いすら勝てない。

「そんな妙案がありゃあ、苦労しねぇよ」

 口を衝いて、本音が出てしまう。

 アメリスを倒す寸前まで追い詰めたのは事実だ。ただしそれはただあいつが全力じゃなかっただけのこと。それを織り込んだ上での計画ではあったが、だからこそ全力で来られたら意味などない。

 ふざけた話だ、本当に。

 俺は煙草の火を揉み消し、携帯灰皿に吸殻を入れる。

 こうやって考えに耽っている間に、四本も吸ってしまっていた。ペースが早すぎる。

「…………」

 俺は周囲を見回し、当初の予想が当たる気配が全くないことに顔を顰めた。

 どう考えてもおかしい。

 俺が一体、何のために人のいない場所へ出てきていると思っているんだ。

 すでに五回も、人の目に触れないと思しき場所に移動し、待っているというのに、未だに現れる気配がない。

「何やってんだ、あいつは……」

 いつもだったら、俺が出てくる頃には待っているんだけどな。

 キュリーが全く姿を現さない。

 普段だったら、アドバイスやヒント、重要な情報を持って現れる頃合いだ。

 俺一人では打開策が見つからないので、あいつの力を借りようと思ったっていうのに。

「……とか、敵に頼ってどうすんだよ、俺は……」

 キュリーにも咎められたことじゃねぇか。

 それができてないから、キュリーも会いに来なくなったんじゃねぇのか?

 全然分かってねぇな、俺。

 ホント、全く、はなはだしく、明らかに、ダメだ。

 敵である女に、こんな時でも助けを求めちまうなんて。

 なんて情けねぇ男なんだ。

 決して入れ込まないようにしようと思っているはずだっていうのに、思うだけで全然できちゃいねぇ。

 典型的なダメ人間だった。

 少なくとも、気の合う、気さくで穏やかな女性に見放されるほどにはダメである。

 そのうち、俺を取り巻く全員に愛想をつかされそうだ。自業自得だけどよ。

 そりゃため息だって漏れる。煙草だって進む。さらにダメな感じが出てきて、自分は本質からしてダメなんだな、とか再認識する。

 とんでもねぇネガティブスパイラルがあっという間に完成だ。

「お、こんなところにいたか」

 ふと背後から声を投げられる。

 面倒くせぇなと思いつつ振り返ると、そこには気さくに笑うジゼリオス卿の姿があった。《魔族(アクチノイド)》と対峙していた時のような毅然さはなく、最初のようにへらへらと笑い、貴族様は俺に対して手を振った。

「探したぞ、ガンマ」

「ジゼリオス卿。迂闊に外に出てきてはいけませんよ。死ぬ程度には危ないです」

「一人では危ないからお前を探していたんだろう?」

 伯爵様はきょとんとした顔でそんなことを言う。おっさんのそんな顔を見ても一切いいことなんかありゃしねぇ。

「貴方は《魔族(アクチノイド)》に狙われてるんです。外に出られちゃ守れるもんも守れない。そもそも俺は護衛に適してない。あの三人の誰かについてもらってください」

 自分の身を守るのに精一杯の俺が誰かを守ることはできない。こういうことはクロームやセシウが適任なのだ。

 俺の意見におっさんは少し考えるような素振りを見せるが、しばらくと待たないうちにため息を吐き出し手を振った。

「却下だ、却下。今は三人とも面持ちが重いか湿ってるかキツい。一緒にいても楽しめそうにない」

「そういうことじゃなくてですね……」

「それに、だ。連中が来るのは明晩だろう? 要はそれまでは何もしてこない、ということなんじゃないのか」

「あいつらが約束なんてもんを守るとでも……」

「少なくとも今日は予定通りに来ていたよ」

「はぁ……」

 考えてみると、そういうのも織り込んだ上で、この人は俺たちをあの時間に呼びつけたんだろうな。そりゃあの状況下に立っちゃ、関わらないことはできないだろう。

 食えないおっさんだ、ホント。

「さあ、ガンマよ。こんなところで煙草を吸っているということはどうせ暇なんだろう。暇なはずだ。暇だ」

「暇なのは貴方でしょうに」

「ハッハッハッ! 違いない! では行くぞ!」

 快活に笑って、伯爵は当然のように歩き出す。

「え? あ、ちょ!? どこ行くっつぅんですかっ」

 咄嗟に呼び止めると、伯爵はくるりと振り返り、にやっと笑ってみせる。

「暇ならば街に繰り出せばいいだけのことだろ」

 ……ダメだ、このおっさん。事の重大さを一切把握していない。

 正直こういう手合いが一番困る。

 自分の考えをしっかり持っていて、並大抵のことじゃ意見を変えない人間だ。相手の主張や意見を聞き、取り入れることがあっても、最終的な目標を変えることはない。

 舌が何枚あっても騙せそうにない人間は面倒だ。

 俺の周り、そんな奴らばっかだけどさ。

「行った先で《魔族(アクチノイド)》に襲撃されたらどうするつもりですか? 民間人に被害が出ます」

「そもそも来るのは明日の夜なのだろう」

「それまでに俺は連中に対抗する手を考えないといけないっつぅ話ですよ」

「一箇所に篭もって考えていて名案が湧いて出てくるとは思えんな。株に座して待ち、頭に落ちてくるのを待つか?」

 正論だった。

 俺だってんなこた分かっちゃいんだよ。

「行くならせめてクロームか、セシウを」

「あの二人は落ち込んでいてつまらん。気分転換に外を歩かせるのもよさそうだが、それはまた後で、だ」

 クソ、このおっさん考え方合うな。

 こんな状況じゃなかったら喜んで街に繰り出すわ。

 こりゃどう言っても聞かなそうだし……。

 困ったもんだ。

 考え方は俺と合ってるはずなんだが、クロームのように力強い意志を持っているおっさんだ。

 なんか、自分が惨めになるな、そう考えてみると。




 樫の扉を三度叩く。小気味よくも硬い音色の高級さが耳に心地いい。質素ながらも素材はいいものを使っている扉だった。

 すぐに扉が僅かに開かれ、隙間から銀色の瞳が覗く。

「よう」

 できるだけ気さくに挨拶すると、嘆息と共に扉が一気に引かれた。

「なんだ貴様か」

 真正面に顔を合わせるなりクロームは呆れきった声でご挨拶をしてくる。

 ははは、ウィットに富んだ素敵な挨拶だな、死ね。

「ずっといなかったと思ったら突然どうした?」

「いなかった奴が戻ってくるのは極々順当な流れだと俺は思っている」

「そうか。で、何をしに来た?」

 ……俺たち四人に貸し与えられた部屋だよな、ここ。何、俺だけ部屋ねぇの?

「ああ、ちょっと伝えておこうと思ってよ」

「くだらないことだったら斬り伏せる」

 気が立っているようだ。仏頂面に変わりはないが、眉間の皺はいつもより深い。

 まあ、無理もない。

「話の腰を折るようだが先に言っておこう。そういえばジゼリオス卿がお前を探していたぞ」

「話の腰が全然折れてないどころか据えられたな」

 話の腰が据わるのと同時にクロームの目も据わった。

「どうしてだろうか。お前に用事があるとおっしゃったジゼリオス卿、突然戻ってきて似合いもしない気さくな挨拶をしてきたお前、そしてこの会話の流れ。俺はどういうわけかよからぬものを感じている」

「くだらない話じゃなけりゃ斬られないんだよな」

 ちょっと怖くなったので聞いてみる。

 くだらなくはないだろうが機嫌は損ねそうだ。すでに損ねているんだが。

「剣士に二言はないが、不言はある」

「……そ、そうかい」

 クソ、恐らく室内にいるであろうセシウとプラナは何やってんだ。

 早くこいつを制止してくれ。

 俺もこいつも、互いに顔を合わせているとどんどん気分が悪くなってくんだ。この際セシウでもいいから早く来いよ。

「セシウなら今プラナから治療を受けている」

 俺が室内を窺っていることから察したのか、クロームが丁寧に教えてくださる。

 そういうことが聞きたいんじゃねぇんだよ、クソ。

「それで? さっさと用件を言ったらどうだ? 手早く済ませたい」

 俺の命が手早く済まされそうである。

 死ねばいいのに。俺が死ぬ。

「ジゼリオス卿が街に繰り出したいそうだ。なんでちょっと俺が護衛についていってく……るッ!?」

 途端に横薙ぎの一閃が放たれ、俺は咄嗟にその場でしゃがみ込んだ。頭上を駆け抜けた剣が、逃げ遅れた毛先を刈り取っていく。

「すまない。少し素振りをしたくなった」

 低い声で唸るようにクロームは言う。

 明らかにキレてた。

「すまないじゃねぇよ! 怪我するってレベルじゃ済まねぇだろうがっ!」

「街に行きたいと言って、はいそうですかと状況も鑑みずに行こうとする輩に、素振りがしたいから素振りをして何が悪いと言うんだ?」

 しゃがみ込んだままで怒鳴る俺を見下ろし、クロームは静かに問う。そりゃもうご尤もな意見である。

「しょうがねぇだろっ! 言っても聞かねぇんだからっ!」

「そこを引き止めるのがお前の役目ではないのか?」

 ご、ご尤もです……。

 やばい。なんかさっきから正論ばっかり言われてる。

 俺明らかに間違ってる。

 正論に従って言ったら、また正論でねじ伏せられる辺り、この世に正論って一個じゃねぇんだなぁとか感慨深くなってくるわ。

 それとも何か、俺には説得力が欠けてるのかね。どっちにしてもふざけてるわ。

「《魔族(アクチノイド)》の襲撃は明日の夜と決まってる。ならそれまでは安全――」

「連中の口約束がどれだけ信用できないものだと思っているんだ?」

「今回は約束の時間通りに来たらしい」

「次もそうとは限らん」

 ……ですよねぇ。

 今までで一番クロームと考えが合致しているかもしれん。

 どうして今なんだろうな。ホントこいつふざけやがって。

「どこかで発散させねぇとあのおっさんはそのうちこっそり抜け出しそうだ。なら今のうちに護衛つきで行かせた方が安全だろ?」

 あのおっさんのアクティブっぷりはなんとなく分かる。抜け出すとか遊び感覚でやりかねない。

 もし本当にそんなことされたらそれこそ気が気じゃなくなるだろう。そういう点でも御しきれるうちに好きなことやらせた方がいい。

「それはそれで面倒か。……全く、伯爵にも手を焼かされる」

 ふむ、とクロームは顎に指をかけ、考え込む仕草を見せる。どうやら少しは理解してくれたようだ。

「俺が護衛について出来うる限り行動を制御するつもりだ」

「逃げるのだけは一人前のお前の方がむしろ今回は適任か。俺もセシウも逃げることに関しては不得手だ。迎え撃つにしても相手が《魔族(アクチノイド)》である以上、庇いながら戦うことは難しい」

 こういった面では案外俺の逃げも有効なもんだ。極力戦うことのない立ち回りを選んでいるだからこそ、クロームやセシウにできないことができたりもするかもしれない。

 プライドなんてこれっぽっちもねぇからな。

「分かった。くれぐれも注意を怠るなよ」

「お、おう? なんだ、今日はえらく聞き分けがいいじゃねぇか」

 ちょっとびっくりだ。

 このまま揉めて、口論になるもんだと思っていたんだがな。

 まさかこんなあっさり了承がもらえるとは。

 逆に怖くなってくるな。

 俺の問いかけにクロームは少し顔を顰め、頭をかいた。

 どうにも何か言おうとしているのに躊躇っているように見えた。

「俺も少しは考えを改めた、というだけのことだ」

「は?」

「先程の戦いで俺たちは《魔族(アクチノイド)》を屠る一歩手前まで迫るに至った。それは悔しいが、他でもないお前の作戦があってこそだった。だから、な」

 思いも寄らぬ賞賛に俺は目を丸くしてしまった。

 ど、どういうことだ。こいつが突然そんなこと言い出すなんて、さっきの戦いで頭でも打ったのか?

 お道化て誤魔化そうかとも思ったが、クロームの顔があまりにも真面目なものでそれも憚られた。

 ただそんな賞賛を素直に受け入れられるわけもない。

 運がよかっただけのことだ。こいつらの力があってこそ出来た、すごく頭捻った程度の力押しでしかない。

 まだまだ作戦と呼ぶには程遠いもんだ。

「結果が出せなきゃ意味はねぇよ。結局取り逃がしちまった。トリエラっていう厄介な存在を考慮してなかった時点で、ありゃ失敗だ」

「取り逃がすまで至らせたのもまた結果だと俺は思う。あの場所で最も優先すべきことは伯爵の命だった。それをお前は、俺たちを誰一人死なせることなくやってのけたのだろう。失敗などではない」

 ……なんで俺クロームにこんな褒められてんだろ。

 こいつ褒めてても仏頂面だし淡々としてるから、なんか冗談なのか本気なのか分かりづらい。

「実際にやってのけたのはお前らだよ。お前らの力があったから、できた作戦だ。まあ、正直、お前があそこまで作戦通りに動いてくれるとは思ってなかったけどな」

 クロームは俺の小狡い作戦には頑として従わない姿勢を貫いている。だというのに今回は見事に俺の組み立てた連携をやってのけていた。正直意外でもあったのだ。

 気恥ずかしさを誤魔化すための嫌味のつもりで言ったのだが、どういうわけかクロームは鼻を鳴らし、気障ったらしく笑った。

「それはセシウにでも感謝するんだな」

「は?」

 思わぬ名前が出てきて、うっかり声を上げてしまった。なんでここでセシウの名前が出てくるんだ。

 唖然としている俺に、またクロームは鼻を鳴らす。恐らく俺は今、とんでもなく阿呆らしい顔をしているのだろう。

「お前の作戦に従うように俺を説得したのはセシウだ」

「……は? え?」

「随分と頼み込まれたものだ。だから今回は作戦の通りに動かせてもらった。結果としてはセシウの言うとおりだったがな」

 セシウが、クロームを?

 一体何のために。

「あそこまで頼み込まれては断るわけにはいくまい。結果として、お前の作戦の有効性にも気付けた。少々納得のいかないところもあるが、お前の作戦は十全だった。これからは俺も考え方を多少は改めるつもりだ。ある程度は従う」

「お、おう……」

 予想外のことが続きすぎて、俺は正直動揺していた。

 今までクロームは俺の作戦を頑なに拒んできた。必要に迫られた際に渋々了承してくれているようなことばかり。

 そんなこいつがある程度は従う、なんてことを言ってきた。

 これはどういう冗談だ?

 いや、それ以上に、セシウがクロームを説得した?

 俺の作戦に従うように?

 それはいつだ? 今までそんな素振りは全然見えなかったというのに。

 そもそも、自分の命さえもかかっている戦場で俺の作戦に委ねることを勧めたのか、あいつは。

 その上、仮にもしクロームが作戦に従えば、悪い結果にならない、とあいつは踏んだのか?

 おいおい、待てよ。一体なんで?

 そんなのは分かりきっている。あいつは、俺を、それほどまでに信頼してくれていたんだ。

 たった一回でもチャンスがあれば、上手くいくと信じて疑わないほどに。

 クロームは腕を組み、ドアの横枠に肩を預けるように寄りかかり、くすりと頬を緩める。こいつにしては随分と気楽そうな佇まいと表情だった。

「セシウには内緒にするように、と言われたんだが。お前のことだ。今回のことを気にしていそうなので、一応、な」

「気にするも何も、よ」

 気にしないわけがないだろ。クロームにどう言われようと、俺の作戦が失敗したことは事実なんだからさ。

 大きな失敗だ。繰り返さないために考えなければいけないことは山積みだ。

「確かに、今回の戦いの結末、口惜しいものはある。あの時仕留められなかったことに後悔もある。しかし、その想いがある。俺たちはまだ生きている。健在だ。ならば、次はある。お前の作戦がなければそれすら危うかったかもしれない。俺は、そう思っている」

 クロームの目は真剣だった。真剣に、俺に賛辞を送っていた。

 そんな目が俺に向けられる日が来るとは夢にも思っていなかった。蔑みや怒りもなく、そんな言葉をこいつが俺に向かって言うことはないと思っていたんだが。

 ……どうにもむず痒いもんだ。

 最近はどうにも不当に高く評価されていて落ち着かねぇな。褒められるのはあんま好きじゃねぇんだけど……。

 クロームが微かに鼻を鳴らすように笑う。

「伯爵を待たせているのだろう。行ってこい。このままでは一人で繰り出しかねん」

「あ、ああ、そうだな。行ってくるわ」

 それまでの互いにらしくない会話をかき消すように俺も何事もなかったかのように答える。

 そうしてもらえるのは有り難かった。まだ明確な実績を一つも残せていない俺にとって、こいつらの賛辞や信頼はあまりにも大きすぎて、受け止めきれない。

 だからこそ、考えなければならない。

 その想いを素直に受け止められるだけの自信を得るためにも。

 俺は、今度こそ、あいつらを倒しうる作戦を考えなければいけない。

 でも、その思考に先程までの鬱屈とした重みはなく、驚くほどに軽いものだった。

 不思議なもんだ。

 あんな単純な言葉で、人はここまで心持ちを変えられるんだから。

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