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Alternative  作者: コヨミミライ
Is Cr Duty or Obligation?―善良のカタチ―
55/113

Dispatched Am―放たれた刺客―

 銀色の空は間違いなく墜落した。世界そのものに唾を吐いたあまりにも愚かな、魔術師(ケンジン)へと。

 まるで世界が結託して、逃げ道のない絶対なる断罪を望むことを体現するように、幾千幾億の剣は間断なく咎人目掛けて降り注いだ。

 あまりにも冷たすぎる白銀の冷雨。空の落涙が否応なく人を濡らすように、その雨も決して逃れることのできないものだ。

 ならば何故、今、あの場所にアメリスは、荒野に佇む流離人のように立ち尽くしているのか。

 陽光すら阻むように空を埋め尽くす、無数の剣を見上げ、アメリスはため息を吐き出す。

「クソが。これなら問答無用でイケると思ったンだがな……」

 アメリスは静かに漏らす。

 正面に立つクロームの顔だけは苦い。

 俺も、セシウも、プラナも、伯爵も、状況を把握できずに呆然としていた。

 何があった。今の一瞬のうちに。

 どうしてアメリスの体に剣は届いていない?

 状況を分析しろ。

 一体何故、神話の時代に現存していた剣が防がれる?

《旧き(アカシックブレイド)》による剣の再現は完全のはず。再現した剣が実体を保てる時間は短いが、再現されている間のそれはオリジナルと同一だ。

 性能に寸分の違いもない同位体(アイソトープ)である以上、神話時代の武器を、それも複数を一度に防ぐことなどできるわけがない。

 できるはずがないというのに……。

 空の剣の一つが煌き、クロームの足元に突き刺さる。

 それは、剣身の幅だけで男性の腰ほどもある、長大な両刃の剣だった。

 クロームはその大剣を軽々しく片手で引き抜き構える。

 どうやら自らの手で直接斬ることを選んだようだ。

 アメリスは空を見上げ、変わらず不機嫌そうだった。片方だけ長い黒髪が風に弄ばれなびく。

「誰が邪魔してイィつッたンだ? アァ?」

 その言葉は一体誰に向けられたものなのか、俺たちには分からない。

 俺は窓から身を乗り出し、周囲を分析する。しかし、不審な点は何も見つからない。

 本来なら安堵すべきことだろう。この状況では話が別だ。

 アメリスが生き残れた理由を見つけ出さなければならない。

 クロームが息を吐き出し、踏み込もうとした刹那――

「終わりですわ」

 その幼い声は、俺のすぐ側から聞こえた。

 突然鼻腔をくすぐった甘い香りに惹かれるように顔を横に向けると、そこには紫苑の髪。

 俺が身を乗り出した窓枠に華奢な体は腰掛けていた。

 細く真っ白で小鹿を連想させるような脚を外に投げ出し、そいつは幼い外見には釣り合わない煙管を指先でくるりと回す。

 事態を、急速に理解する。

 トリエラが俺のすぐ隣に音もなく現れていた。

 円らな濃緑の瞳が俺を認め、うっとりと細められる。

「あら、お久しぶりですわね」

「テメェッ……!」

 理解してからは速かった。

 俺はその場から即座に飛び下がり、銃をトリエラに向けて構える。

「なんでテメェがここにいやがるっ!」

 煙管から吸い込んだ紫煙をのんびりと吐き出したトリエラは俺の発言にくすくすと鈴を転がすような愛らしい笑声を零す。

 ただ聞けば天使のようにも思えるその微笑もただ不快だ。

 こいつが……! こいつがあいつらを殺した……!

 こいつのくだらない嗜好のために、あの子はあんなにも惨い死を迎えた。

 許さない……。

 絶対に許さない……!

 俺が、こいつを殺すっ!

「なんで? なんでですって。しばらく見ないうちに随分楽しい冗句を身につけたのね。あの村でのおふざけの頃よりずっといいわ。くだらなすぎてお腹がよじれてしまいそう」

 どうしてテメェが笑っている。

 テメェなんかがどうして笑っていられる。

 あいつらを苦しみの中で死に追いやった、こいつがどうしてっ!

 俺は衝き動かされるままに引き金を引いた。

 銃声が響き渡る。

 銃口から放たれた弾丸が、トリエラを撃ち抜く。

 いや、もう、そこには誰もいない。

 トリエラは俺の目の前に立っていた。

 心の中で俺は、俺を嘲った。

 ……分かりきってたことだろ。こいつの能力なんて。

 俺がこいつをどうこうできるわけがなかった。

「ふふふ、我慢弱い子はいけないわよ」

 なんでだよ……。

 こいつへの憎しみは、こんなにも強いのに……どうして俺は、こいつに何もできないんだよ。

 あいつらの無念を晴らすことすら、俺にはできないのかよ。

 どうしてだよ……!

「ガンマッ!」

 プラナの声と共に、水の唸りが背後から聞こえる。

 撓った水の鞭は的確に俺を避けるように回り込み、トリエラへと打ち付けられる。

 が、そこにはもうトリエラがいない。

 トリエラは最初にいた窓枠の上に腰掛けていた。

「ふふふ、怖い怖い」

 俺たちを嘲笑するトリエラに無数の剣の群れが殺到する。

《旧き(アカシックブレイド)》ッ!

 背中を向けたままのトリエラは、迫りくる剣に気付いたような様子すらない。

 隙だらけじゃねぇか。

 そう思った矢先、紫苑の燐粉が室内を舞った。どこからともなく現れた蝶が、トリエラの背後へと群がり、窓全面を埋め尽くす。

 降り注いだ剣を、全ての蝶が防ぐ。

 金属と金属がぶつかり合うような甲高い音が、何度も何度も鳴り響く。

「あらあら、これは本当に怖いわ」

 剣の雨が止むのを待って、窓辺に群がった蝶たちがひらひらと離れていく。指先に止まった蝶を優しく撫でて労を労い、トリエラは微笑んだ。

「仲間が仲間なら頭も頭といったところかしらね、勇者様。淑女への扱いというものを習わなかったのかしら?」

「黙れ、魔女。貴様に礼節を尽くすつもりはない」

 窓の向こうからクロームの恫喝するような声が聞こえてくる。

 今、あいつはどんな顔をしているんだろうか。

 激情に顔を歪めているのか、それとも凍てついたような無表情を保っているのか、声からでは推測できない。

「ふふふ、剪定の魔女の奴隷が何を仰っているのでしょうね」

 穏やかに紫煙を味わい、大人びた紅を差した唇の隙間から吹いたトリエラへ、さらに新たな剣が飛来する。

 二本の剣はどこからともなく現れた二頭の蝶が受け止め、相殺されてしまう。

 まずい……。

 クロームの《旧き(アカシックブレイド)》と、トリエラの使い魔である紫蝶の相性は最悪だ。

 俺たちは今、トリエラに対抗する手段がない。

 一応、以前の戦闘を踏まえて、対抗策を用意してはいるが、アメリスの存在がある以上、万全とはいえない状態だ。

 それに、トリエラのエーテル化による瞬間移動への対応はできるが、問題はあの紫蝶だ。

 どういう手品かも分からないし、あの絶対防御を突き崩す方法も未だに見つかっていない。

 参ったもんだ、本当に。

「全く……アメリス、いいザマですこと」

「誰が邪魔してイィッて言ッたよ、トリエラァ」

 剣によって身体を地面に縫い付けられたアメリスは、それでもなお尊大な態度を崩さず、トリエラへの不満を口にする。

 そんなアメリスに、トリエラは大仰に肩を竦めた。

「一体全体、何を履き違えてらっしゃるのかしら。当初の目的も忘れて、戦いに耽って、その上、負けかけて、同じ《魔族(アクチノイド)》として恥ずかしいですわ」

「アァ!?」

 恫喝するようなアメリスの声をさらりと黙殺し、トリエラの視線が伯爵へと向けられた。

 この状況でも、伯爵の顔に動揺は見られない。

 むしろ今までよりもずっと落ち着いた表情で、真っ直ぐにトリエラを見つめている。

「クルジス・ジゼリオス伯爵、私たちはただ先日の話の答えを聞きにきただけですの。使いの者が少々、粗相をしてしまいましたが、私たち《魔族(アクチノイド)》は貴方と友好的にありたいと思っておりますのよ?」

 先日の話?

 どういうことだ?

魔族(アクチノイド)》は以前にも伯爵と接触してたっていうのか?

 俺とプラナの視線が伯爵へと向く。伯爵は俺たちの疑惑の眼差しに気を向けることもなく、そっとため息を吐き出した。

「……答えは変わらん。俺はお前たちと手を組むつもりなどこれっぽっちもありはしない」

 伯爵の答えをトリエラは予想していたのだろう。驚いた様子もなく、少女はにっこりと爽やかなほどに優しく笑った。

「そう。残念ですわ。それではまた日を改めて、お伺いしましょう。それまでにお考えが変わっていることを願っております。まあ、嫌でもお考えを改めて頂けるとは思いますが、できれば穏便に終えたいものですわね、お互いに」

 ……そりゃつまり、力ずくで屈服させるってこったろ。

 如何にも《魔族(アクチノイド)》らしい手段だ。

 お似合いだね、全く。

 トリエラはふわりと絨毯の上に降り立ち、ドレスのスカートを摘み上げて粛々とお辞儀をする。

「それでは、明日の夜、また」

「来たところで考えは変わらん」

「貴方が考えを改めない方法は舌を噛み切りになられることくらいですわ」

 お辞儀をしたまま顔を僅かに上げたトリエラは上目遣いのまま妖しく笑う。背筋が凍るような微笑だった。

「磔にされて、ゆっくりと時間をかけて四肢を削ぎ落とされれば、どんな主義者でも考えが変わります」

 天使のように愛らしい笑声が何よりもおぞましい。

 こいつらならそれくらいのことは平然とやってのけるだろう。

 トリエラはスカートを広げるようにくるりと回り、窓から庭を見下ろす。敵陣の只中にあって、一番悠然としているのはこの少女だろう。

 危機感がないわけじゃない。危機感を抱く必要がそもそもないのだ。

 俺たちは脅威とも看做されていない。

「さあ、帰りますわよ、アメリス」

「アア、分かッてるつゥの」

 アメリスは納得いかないことを隠そうともしない不機嫌な声で、それでも応じる。

 完全に興を削がれてるんだろう。

「さあ、勇者様、うちの間抜けを返してくださりますか? まずは剣の雨を払ってくださいな」

「…………」

 クロームは応じない。

 庭から見える空では剣の群集が放たれる時を待ち詫びている。

 あと一歩で《魔族(アクチノイド)》の一人を仕留められるというのに、あとはただ貫けばいいだけだというのに、見逃さなければならない。

 俺だって納得はできない。

「別に構いませんよ。貴方がもし仮に、そこの間抜けを殺したとして、その時はこの部屋が真っ赤に汚れるだけです。他でもない貴方の判断によって。三つの駒を犠牲に、一つの駒を取りますか?」

 トリエラがその気になれば、俺たちは造作もなく死ぬ。例えどんなに抵抗しようと、そもそも俺たちの抵抗はこの少女に届かない。

 負けることが決まっている以上に、そもそも勝てないのだ。

 ここからクロームの様子は見えない。あいつは今、どんな顔で思い悩んでいるのだろう。

 葛藤し、苦悩していることは分かりきっていた。

 しばしの静寂の後、天上を覆う剣が光の粒子へと砕け散る。それを皮切りに全ての剣が光となり、庭へと降り注いでいく。

 粒子は雪のように静かに、庭へと見えない悔悟を積もらせる。

 途端にトリエラの姿が窓際から消失し、俺は窓際へと即座に駆け寄った。

 剣の拘束から解かれたアメリスの傍にはすでにトリエラの姿がある。

 セシウは悔しさとやるせなさに顔を歪め、せめてもの反抗として二人を睨みつけている。対してクロームは剣を下ろしたまま俯き、立ち尽くしていた。長い髪に隠れて、表情は読み取れない。

 分かっている。俺だって辛い。

 あと一歩で確かに俺たちは倒すべき敵を、ようやく一人倒せたというのに。

 まだ今もあいつは満身創痍であるというのに。

 俺たちは、そんな状況にあって、そいつらを見送らなければいけない。

 同じ手は通用しないだろう。

 この好機は、もう二度と訪れないかもしれないのに。

 アメリスは傷だらけの身体で多少よろけつつも、俺たちをゆっくりと見回した。その顔も何か腑に落ちないものがあるようだ。

「イィカ? テメェら。明日の夜、万全の準備を整えておけ。今度こそ俺様が、お前らを叩きのめしてヤる」

 今、あそこで中指を突き立てているアメリスも、明日の夜は最初から本気で俺たちを潰しに来るだろう。今回はあいつに慢心があったから付け入ることができたにすぎない。

 最初の交戦の時点でアメリスにはクロームとセシウを殺せる機会があった。あいつが気まぐれで殺さなかっただけのことだ。

 次は、ない。

「精々、長生きできるよゥに気張れや、勇者ドモよォ」

 俺たちは緩慢なる足取りで、堂々と背中を晒して去り行くあいつらをただ、見届けることしかでえきなかった。

 ふざけやがって……ふざけやがって……。

「クソったれがっ!」

 壁に拳を打ち付け、俺は怒鳴るしかなかった。

 どうして、こんなに儘ならないんだよ、世界は……!

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