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Alternative  作者: コヨミミライ
Is Cr Duty or Obligation?―善良のカタチ―
52/113

Dispatched Am―放たれた刺客―

 もう何度目になるのか分からない惨劇の一夜の話。

 インジスにも話して、ハーヴェスターシャにも話して、そんで今度は伯爵様。都合三度目になるわけか。そうなってくると、もう話す順番ってのも分かってくるし、言葉にも澱みがなくなってくる。

 認識の齟齬がなくなってくるのはいいことなのかもしれないが、すらすらと話せるようになればなるほど、何かあの時に抱いた悲哀や辛苦、憎悪を忘れてしまっているような感覚に陥る。

 今まで鮮明に記憶に焼きついていた惨劇の記憶が、言語化されることで分解され均され、体験が事実へと成り下がっていく。

 それを人は受け容れるというのだろうか。それとも俺たちの中での惨劇の一夜が軽んじられるようになってきているんだろうか。

 あの一夜を思い出し話すことも辛いが、何より次第に心が動かなくなっていく自分が恐ろしかった。

 それでも話さねばならないんだろう。

 あの惨状の中で俺たちは数少ない生き残りであり、またあいつらの有り様を伝えられる唯一の存在なのだから。

 俺もその隣に座るクロームも、また脇に置いたソファに座ったセシウとプラナも表情は濡れている。

 一通りの話を聞き終えたジゼリオス卿は重いため息を吐き出し、前のめりにしていた身体を背凭れへと預けた。

「そうか。イッテルビーに不穏なものは感じていたが、なるほど、事態は俺が思っている以上に深刻だったわけだな」

 目を細め、ジゼリオス卿は唇を引き結んだ。

 そこには先程までのフランクな軽々しさはなかった。

 どっちが本性というわけではなく、どっちもジゼリオス卿なのだろう。

「ジゼリオス卿はいつ頃、イッテルビーの異常にお気付きになられたのでしょうか?」

 まだイッテルビーが滅んだという事実は世間に出回ってはいない。あの村を包囲する森にはキュリーの放った魔物がおり、完全に外界から隔絶されていた。訪れる人もいなければ出て行く人もおらず、情報は出回りようがない。

 例え伯爵であったとしても知りようがないはずだ。

 ジゼリオス卿は伸び散らかした髪をぼりぼりと掻いて、顔を顰める。

「特に明確な理由があったわけではなかったんだがな。あの森に魔物が棲みつき交流が途絶える少し前から、ベラクレートの様子がおかしかったのだ」

「…………」

 ベラクレート――その名を聞くだけでも腹の底で汚泥が煮立ちそうになる。

 自らの領民の命を犠牲にして不老不死を得ようとしたクソ野郎だ。あいつがいたせいでイッテルビーの人々は悲惨な末路を迎えてしまった。不老不死などという夢に憑かれ、最後には《魔族(アクチノイド)》に裏切られて異形と成り果てた豚だ。

 あいつのことは未だに赦せないし、赦す気さえない。

「ベラクレートとは昔から付き合いもあった。最後に会った時、あいつは「もう少しで私たちの悲願が成就する」などと妙なことを口走っていたよ。酷く興奮した様子だったな。そのすぐ後に村との交流が途絶えたのだから、不審に思わない方がおかしいものだろう?」

 なるほど、そういうわけね。

 そりゃ確かに不審すぎる。

「嫌な予感がしてな、村に二度、使いの者も向かわせたのだが、どちらも帰ってこなかった。お前たちの話を聞く限りでは魔物に殺されたか」

 クロームでも苦戦を強いられた魔物だ。そりゃ生きて帰ってくることはできないだろう。

 不穏に思うだけには十分すぎる要素が揃ってんな。

「しかし……そうか、あいつは選りにも選って自身の領民を犠牲にすることを選んだか。全く、あの大馬鹿者め……」

 ジゼリオス卿は呟き、目を伏せる。呆れたような言葉でありながら、その目はどこか哀れむようだ。

 ジゼリオス卿なりに思うところもあるのかもしれない。

 俺たちにとって、あいつはただのクソ野郎でしかないが、以前から付き合いがあったと思われるジゼリオス卿にはまた違った感慨があるのだろう。

「……猊下のご意向は如何なるものであらせられる?」

 天井を仰ぎ、ジゼリオス卿は俺たちに問うた。

「イッテルビーの消滅はしばらくの間、隠蔽なさるそうです」

 答えたのは俺だった。汚れきった話は俺の役目である。

 勇者は現在、民衆にとっての希望だ。その希望の光が損なわれるような事実を知られるわけにはいかない。

 俺の隣に座るクロームは押し黙り、仏頂面のままだ。今、こいつが何を考えているのか俺には分からない。

「まあ、そうなさるのは当然か」

 一通りの話を終え、ジゼリオス卿は話の途中で使用人が運んできたカップを手に取り、紅茶を啜った。

 ……イッテルビーの最期を伝えたところで何かが変わるわけがない。知る機会を与えられた人々は死を悼むのも程々に、悪性の情報をどうするかについて考えるばかり。あいつらが死んでしまった悲劇よりも事実ばかりを注視し、あいつらの死を面倒なものとしか思えない。

 だからこそ、俺たちだけでもしっかり覚えておかないといけない。そう思いたかった。

 向かいに座るジゼリオス卿はティーカップの紅い水面を見つめ、やがて口を開く。

「酷い話だ。紅茶も不味い」

 この貴族は、彼らの死に様を酷いと思ったのだろうか。それともその死を隠すことを選んだ俺たち自身を酷いと詰ったのだろうか。

 聞き出す気にはなれない。

「目を背けるわけではないが、少しは紅茶の味がマシになる話をしよう。実は今回、お前たちを呼んだ理由は別にある」

「と、言いますと?」

 首を傾げるクロームに、ジゼリオス卿は浅く笑う。

「大したことではない。いや、面倒事ではあるんだがな。実はお前たちに頼みたいことがあって――」

 ジゼリオス卿の言葉の途中で、視界の端にいたプラナが突然跳ねるように立ち上がった。

 それまで力なくソファに座り込んでいた慎ましやかな魔術師の行動に、ジゼリオス卿はびくりと肩を震わせ目を瞠っている。

「なんだ!? どした!?」

「何か、嫌な予感がします」

 上擦った声で問いかけるジゼリオス卿の問いにプラナは硬い声で答える。フードの奥から覗く紅い瞳は窓の外へ向けられていた。確かこの部屋は正面の庭に面していたはず。

 何だ? 一体どうした?

 隣に座っていたクロームも腰を持ち上げ、プラナを見つめる。

「魔術か?」

「恐らくは。結界の類でしょうか。この屋敷を覆っているようですが……どういったものなのかまでは分かりかねます……」

 プラナは窓の外を凝視する。

 俺も外に目を向けるが、魔術に対する知識のない俺じゃあ何も分からない。

「一体何が起こっている?」

「まだ何とも言えませんが望ましい事態ではないでしょう」

 腰を浮かせて問いかけてくるジゼリオス卿に答えつつ、クロームは立てかけていた剣を掴み取り、窓辺へと急ぎ足で向かう。

 俺も眼鏡を押し上げ、クロームの後に続いた。ホルスターから銃を抜き、念のためセーフティを外しておく。

「予定にない魔術が絡んできたら、そりゃあ間違いなくトラブルっつぅもんさ。特にそれが結界だってんなら、例えそれ自体に害がなくても、好ましい事態には絶対なんねぇよ」

 そんな教訓を口にしつつ、俺とクロームは窓の両側の壁に背を当てた状態で、庭の様子を窺う。

「斬るのも含め、物に境界線を敷くものはどれも穏やかにはならねぇよ」

 割と当たってると思う俺の発言に、窓枠を挟んで立つクロームが俺を見る。

「それは誰の言葉だ?」

「俺の言葉だ」

「一瞬で信憑性がなくなったな」

「るっせぇ」

 言いつつ、二人で窓の外、階下の庭を観察する。

 広い庭に人の姿はない。風がそよいでいるのか、木々は爽やかに揺れていた。

 いい庭だね。過剰な飾り立てをせず、丁寧に整えられてるから情緒に溢れてる。

「どう、何か見えた?」

 背後に立つセシウが問いかけてくる。

「綺麗な庭が見える」

 ため息が聞こえてきた。

「あのね、ガンマ」

「聞かれたとおりに答えただけだ。いい庭ですね、伯爵殿」

「ああ、俺が整えた」

 随分暇な伯爵様だな、おい。

「結界は確かに屋敷を包囲しています。ここにずっといるのも危険かもしれませんね」

 プラナの意見は尤もだな。この結界自体がよからぬものである可能性も否定はできない。

 逃げるべきかもしれない。

 しかし、そうやって出てくるのを待ち構えている可能性もある。

 結界の種類だけでも分かれば手の打ちようもあるんだけど。

 …………。

「ガンマ、どうする? このまま来るかどうか分からないものを待ち続けるのは業腹だぞ」

「アポイントメント無しなら、丁寧に相手する必要もないだろ」

「お出かけになるのだったら、俺がエスコートしてやってもいいが」

 言いつつクロームは剣の鯉口を緩める。こいつのエスコートだったら、どこに出かけても怖くねぇな。

「どう行動すっかね」

「結局なんだ。敵襲なのか?」

 窓に張り付きっぱなしの俺たちに痺れを切らしたのか、ジゼリオス卿が問いかけてくる。

「まだ分からないです。つっても、この状況下でのサプライズゲストなんて笑えないものが大抵なんで、そう思ってくれると嬉しいですね。とりあえず窓からは出来るだけ離れてください」

「ん、ああ、分かった」

 伯爵様は素直に状況を受け入れてくれたようだ。

 貴族様と思えないほど肝が据わってる。取り乱すこともないし、喚き散らすこともない。

 ごたごたしなくて助かる。

 今のうちに、一応プラナに確認しておくか。

「プラナ、結界はこの屋敷の敷地を囲んでるんだよな」

「はい。それは間違いありません」

「……もう一個質問。大規模攻性魔術を放つ場合に敷く範囲限定のための結界は内側から出ようとするものを弾くか?」

「そうですね。大抵は弾きます。場合によっては特定のものだけをスルーしたりしますが、それはかなり限定的な状況といえるでしょう」

「なるほどね」

 結局、俺たちが一番恐れているのは大規模攻性魔術だ。あの類の魔術は範囲を指定しないで発動させると、周囲の無関係なものは愚か術者自身も巻き込みかねない。そのため、普段は目標を結界で括って、発動範囲を限定する。

 ……もし範囲を指定するための結界だったのなら、一秒でも早く逃げ出す必要がある。それ以外の結界だとまた行動も変わってくるわけだが。

 ……ふむ。

「伯爵様、この窓って高級品ですか?」

「いや、別にそこまでこだわっちゃいないが」

「ああ、そうですか」

 それだけ聞けば十分なので、即座に窓に向かって引き金を引く。突然の渇いた銃声に全員が顔を顰める中、放たれた銃弾は窓硝子を砕き、塀を越えていく。

「ちょ、ガンマッ!」

「しっ」

 文句を言いたげセシウを黙らせ、俺はしばし外の様子を窺う。

 よし、大丈夫だな。

「プラナ。銃弾は敷地を越えた。人も来ていない」

「はい、十分すぎるほどの情報です」

 俺の言わんとすることをプラナは理解したようだ。

「結界は人除けの意識結界ですね」

 そういうことになる。

 クロームとセシウは顔を見合わせて首を傾げている。ジゼリオス卿も同様に納得がいかない様子だ。

 まあ、そりゃそうか。

「え、ちょっと、待って。二人とも。今、何したの?」

 訳がさっぱり分からないらしいセシウが問いかけてくる。クロームと伯爵も結論に至った理由が分からないらしい。

「弾が抜けるってことは空間遮断の結界じゃない。銃声が鳴ったのに住人が顔を出さないってことは意識結界。そんだけだ」

「あ、なるほど! ん? え? あれ? どゆこと」

「バカ」

 説明すんの面倒くせぇから後にしよう。

 さて、問題はこっからだな。

 意識結界で屋敷は完全に括られている。つまり、ここで何が起ころうとも、外界に気付かれることはない。

 相手はこの内側で事を済ませるつもりだ。

「しかし何故、相手は意識結界を張った? これだけの規模の結界を張れるのなら魔術で殺すことも容易だろう」

 クロームと同じ疑問は俺も抱いていた。

 本来、意識結界は見られたくないものを秘匿したり隠蔽したりするために使われるものだ。

 つまり、事を起こすというのなら、相手もこの結界内に入らなければならない。

 そんなことをするくらいなら魔術で殺しにかかった方が早いだろうに。

「……事が起こっていることを外に知られたくないってんならこんな真昼間に事は起こさねぇ。のっぴきならねぇ事情があって、どうしても今仕留めなければならないっつって、こんな無茶をするようなバカはそもそも結界なんて上等なもん張れねぇ。そんなら残るは頭のイカれたパーティー野郎だろ。俺は心当たりがあるぜ、お前はどうだ?」

 話してたら、分かってきたぞ。

 白昼堂々何かをやらかそうとする大胆不敵さと、結界を張る慎重さが混同するような連中は限られてる。

 クロームも思い至ったらしく、顔に剣呑なものが帯びてきた。

「――《魔族(アクチノイド)》」

「そういうこった」

 最悪すぎて笑えてくる。

 多分、予想は当たってるはずだ。

 勇者一行の行く先には常にトラブルが付いて回る。そんで勇者一行の前に立ちはだかるトラップは大抵、勇者一行が気に食わない奴らによるもの。

 勇者一行が気に食わなくて行動力のある奴っつったら、そいつらくらいだろう。

「《魔族(アクチノイド)》がなんでここに……?」

 セシウの表情も自然と引き締まる。円らな瞳は戦士特有の鋭いものに変わり、素早い動作でセシウは拳に地の魔術による強化が施された竜革のグローブを嵌めた。

「あいつらはどこにだって湧いてくるさ。俺たちがいんならな」

 まあ、二回連続で訪れた先に魔族が現れるってのは初めてだけど。

「全員、いつでも戦えるようにしておけ。伯爵様、そういうわけなんですけど大丈夫ですかね?」

「ああ、構わないさ。むしろお前たちがいてくれた頼もしい限りだ」

 いつの間にかソファに座り直していたジゼリオス卿は優雅に紅茶など啜っている。

 流石に落ち着きすぎだ。

「ガンマ、まさかここは逃げよう、などというつもりはないだろうな」

 ふとクロームが問いかけてきた。その内容に俺は思わず苦笑してしまう。

 ……俺はどうやら本格的にヘタレ認定されているようだ。

 まあ、いつもだったらそれも考えるさ。相手は強敵だからな。下手に相手取るとこっちの損耗が激しくなってしまう。

 とはいえ、今回はそうもいかない。いや、前回のことがあってからじゃ、その判断はできないっていうのかね。

 放っておくと連中は何をしですか分からない。相手がわざわざ来てくれるというのなら、迎え撃ってしまうべきだ。

 ここで逃げ出したら、次に連中の取る行動が見えなくなる。

「野放しにはできねぇよ。ヤバくなった時、素早く逃げてくれるんだったら、俺も戦うことに賛成だ」

「ふん、お前も少しは戦場での考え方が分かってきたようだな」

「あ?」

「戦いの場ではリスクのない選択肢などない。問題は実利と危険の釣り合いが取れているかどうかでしかない。リスクのない方ばかりを選んでいては何もできないままに終わる」

「ああ、そうかい。ご高説どうも」

 道理で俺と考え方が合わないわけだ。

 俺が戦場での考え方を知らないわけでも、クロームがバカなわけでもない。俺とこいつの戦場における考え方の根本が全く違うだけだ。

 俺は、リスクを犯さなければならない場面は今まで積み上げた技術や知識で堅実に確実に埋めていくものだと考えている。

 殺し合いなんてのは極力するもんじゃねぇ。

 絶対に殺しきれるものがない限り、真っ向から戦うなんて無茶はするべきじゃない。

 クロームとは合うわけねぇよなぁ……

「……来たぞ」

 庭の向こう、門扉の前にいつの間にか一人の男が立っていた。

 黒尽くめの服に、左は長髪、右は短髪という左右非対称の髪型、そしてシルバーアクセサリーだらけの刺青塗れ。まるでチンピラのような出で立ちをした男だった。

「アメリス……」

 一度、戦ったことのある相手だった。

 ずば抜けた危機察知能力と桁外れの反射神経を持つ《魔族(アクチノイド)》だ。トリエラのようなトリッキーさはないが、身体能力が全て人間を超越している。

 アメリスは全身に着けたシルバーアクセサリをじゃらじゃらと揺らしながら、何食わぬ顔で礼儀正しく門扉を開き、真正面から屋敷の敷地内へと進入してきた。侵入っていうのが不適切なくらいに堂々としている。

「ようッ! 伯爵様ァ! 遊びに来たぜェ!」

 アメリスは声を張り上げ、屋敷に向かって手を振ってくる。

 まるで親友の家に遊びに来たかのような挨拶じゃねぇか。

「厄介なのが来たな」

 クロームが呟く。

「厄介だって分かってる相手が来てよかったじゃねぇか。そもそも《魔族(アクチノイド)》に厄介じゃないのがいるかって話だけどよ」

 どうせ、相手は返事なんかしなくても屋敷に入ってくるだろう。それならこそこそ隠れてもしょうがねぇな。

 俺は背後のプラナを一瞥した後に、硝子の割れた窓を力任せに開いて身を乗り出した。

「よう、アメリスッ! 元気にしてたか!」

 俺が投げかけた声に気付いたアメリスは顔を上げ、ポケットに突っ込んでいた手を俺に振った。むしろ腕を俺に振っていた。千切れんばかりに。いっそ千切れればいいのにな。

「なんだ、オメェ……えーと……なんだッけ……あー、勇者の仲間じャねェか!」

「テメェの脇腹に鉛玉のアクセサリーを贈ってやった奴の名前も覚えてらんねぇのか!」

「うッせェ! あれは掠ッたッてンだよ!」

 中指を突き立てられた。

 まあ、実際、本当に掠っただけだったけどよ、あれは。

「テメェ来る場所間違えてるんじゃねぇのか?」

「何言ッちャッてンの! 俺ァ約束を守る男だぜッ! 約束通りの時間に来ただけだ!」

「せめてドレスコードに目ェ通して出直してきやがれっ!」

 言いつつ、俺は素早く銃を構え、アメリス目掛けて引き金を引く。放たれた銃弾をしかしアメリスはひらりと何食わぬ顔で避けて歩き続ける。

 マジ頭おかしいだろ、あいつ。

 なんで銃弾避けれるんだよ。

「話していても埒が明かんな。セシウ、行くぞ」

「あいよっ!」

 唐突なクロームの呼びかけに素早く応じ、セシウがクロームの後に続く。続くのは構わんが、お前らなんで窓に進んでんだよ。

 止める間もなくクロームが躊躇いもなしに窓から飛び降り、セシウも軽々とした動作で狭い窓枠をあっさりとすり抜けて落ちていく。

 ここ二階だぞ!?

 慌てて窓の外を見下ろすが、二人はすでに地上へ降り立ち、一陣の風のように庭を疾駆していた。

 それは白銀の疾風と真紅の暴風。併走する風は真っ向からアメリスへと向かっていく。

 身構えることもなく、その場に立ち尽くすアメリス。しかし、その口元は確かに笑っていた。

「ハッ! ぞろぞろ湧いてきやがるじャねェか! いいねいいねェ! 出迎えは多い方が好きだっ!」

 クロームとセシウはアメリスの言葉など意に介さず無言のままに左右から飛びかかる。

 抜刀と共に地を這うように放たれる斬撃と、飛び上がった体勢から振り下ろされる拳撃。アメリスはその挟撃の最中にあってもまだ、徒手空拳のまま棒立ちのような状態だった。

 今から動いたところで最早手遅れだ。二人の攻撃はほぼ同時であり、右にも左にも避けられない。後ろに下がったところでクロームの剣の切っ先はアメリスを掠めるはずだ。

 例え躱しきれたとして、アメリスは間違いなく宙に浮き身動きの取れないセシウを狙ってくるだろう。そんなことは分かりきっている。

 でもそれは囮だ。

 クロームの剣を足場としてセシウは次なる行動を取る。確実に倒せると思った相手の渾身の一撃は空振り、アメリスはクロームの前で致命的な隙を晒すことになるだろう。

 クロームの神速の太刀は、間違いなく相手の首を刎ねる。

 俺の考えた、クロームとセシウのコンビネーション。覚え込ませた当初は不満そうだったが、今じゃ自然とやってるじゃねぇか。

 二人の凶器がアメリスへと接触する寸前、アメリスの細くしなやかな身体がぐらりと揺れる。

 ほぼ同時にアメリスに襲い掛かる攻撃。だというのにアメリスは、一瞬速く迫った、地面を這うような剣が振り上げられるその時を見極め、剣を踏みつけた。

 剣を押さえつけられクロームは動けない。こうなってしまえば反対側から迫るセシウの攻撃など隙だらけだ。アメリスはセシウの懐に潜り込むように深くしゃがみ込み、振り下ろされるセシウの拳を躱しきる。

 アメリスは空を貫いた腕の内側、セシウの目の前にいた。

 まずいっ!

「――ッ!」

 そう思った時、すでにアメリスは空中で隙を晒したセシウの腹部に掌底を叩き込んでいた。吹き飛ばされたセシウの身体が新緑の絨毯に叩きつけられ転がる。

 隙だらけのまま動けないクロームもまた顔面を蹴飛ばされた。

 本来ならセシウと同様に庭を転がってもおかしくはなかったというのに、クロームは愛剣であるデュランダルを離さない。

 アメリスは剣を踏んでいた足を持ち上げ、すぐさま動き出そうとするクロームの顔面に再び強烈な蹴りをめり込ませた。

 今度こそクロームの身体が絨毯の上を転がった。

 ……おいおい、マジかよ……。

 あの一瞬の二人のズレに入り込んだっていうのか……。

 アメリスの獣のような危機探知能力は知っていた。以前戦った時に判明している。

 だからこそ、チェスのように逃げれる手立てを奪ってしまえば簡単にチェックメイトを取れると思った。そのためにクロームとセシウにあの動きを覚えこませたのだ。

 それでも、アメリスは無傷だ。限界まで呼吸を合わせたつもりでも生まれてしまう、一瞬のズレに付け入ってきた。

 危機探知能力だけじゃねぇ。ほんの一瞬の逃げ道に入り込めるほどの荒唐無稽な身体能力がある限り、あいつを追い詰めることはできない。

 クロームはすでに起き上がろうとしているが、頭に衝撃を受けたせいなのか足元が覚束ない様子だ。セシウに至っては腹部のダメージが大きいらしく、蹲ったまま動けないでいる。

 アメリスは二人のことなどもう意識にないようで、俺たちを見上げていた。

「ハッハッハ! 随分頭使ッたみてェじャねェの! 俺の前じャあムダだけどよ!」

「ああ、そうかい! バカは思い通りにならなくて腹が立つねっ!」

 なんでも力任せで解決しようとする手合いは本当嫌いだ。

 アメリスみたいな奴は本当に嫌だね。常識が通用しない辺り、殺意が湧く。

 気に食わないから、とりあえず発砲しておくことにしよう。

 矢継ぎ早に引き金を引くが、アメリスは銃弾をするすると必要最低限の動きで回避しつつ、ゆっくりと屋敷へ歩み寄ってくる。

 本当ふざけてやがる……。

「オイオイ! 追い返すにしても、もッと手厚い対応ッてもンがあンじャねェのか!」

 アメリスの見え透いた挑発に俺は笑みを零す。

「そんじゃ、最高に熱いもんくれてやるよ」

 言って俺は、素早く窓から飛び退る。同時に先程からずっと魔術の組成式を組んでいたプラナが、最大まで火の元素を充填した魔導陣を起動させた。

 虚空に刻まれた赤く光る魔導陣が回転し、真紅の燐光を散らす。

 プラナは、アメリス側からは見えない位置にいる。この場所から魔術を放てば、いくらアメリスでも気付けないはずだ。

 だというのに、飛び下がる最中、視界の脇で窺ったアメリスが、魔術の発動と同時にぴくりと動くのを俺は確かに見た。

 それは本当に一瞬の制止。

 あいつは何かに感づいていた。

 それでももう逃げ切れるわけがない。逃げ切らないでくれよ……!

 魔導陣から灼熱の炎が噴き出し、一直線に窓を突き抜けていく。室内で熱風が逆巻き、翻ったカーテンが炎に触れて一瞬で燃え尽きる。

 間近で燃え盛る炎の熱さに思わず顔が歪んだ。火力強すぎだろ。耳元で炎の燃え盛る音さえも騒がしいくらいだ。

 窓から飛び出した炎がまるで蛇のようにうねった。直線的であるはずの軌道が生き物のように揺らめき、滑らかな曲線を描いてアメリスへと飛び込んでいく。

 アメリスを突進してくる炎を避けようともせず、真っ向から睨みつけていた。容赦なくアメリスへと食らいついた炎は膨れ上がり、そして爆発を生み出す。

 轟音が耳を劈く。爆風と衝撃。耳を貫かれる。びりびりと全身が痺れる。

 部屋全体を橙に染め上げるほどの爆炎。

 俺たちが生み出した時間を限界まで使って、丁寧に組成し、限界まで火の元素を充填した、高火力魔術だ。

 例え《魔族(アクチノイド)》であっても直撃すれば致命傷は免れないだろう。

 これで死んだ。死んだはずだ。頼むから死んでくれ。

 俺は心の中で祈っていた。祈るということは不安があるということ。

 俺は縋るように銃を握り締め続けていた。

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