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Alternative  作者: コヨミミライ
Is Cr Duty or Obligation?―善良のカタチ―
51/113

Dispatched Am―放たれた刺客―

 伯爵邸は高い塀に囲まれた豪邸だった。

 俺たちが今まで見てきた、栄えてる街の貴族の屋敷と比べると、幾分かこじんまりとしたものではある。庭も広いが、どうにも今まで見てきたものと比較すると小さい印象だ。

 庭は整えられているし、色とりどりの花にも癒される。ここでティータイムなどに洒落込めば、そりゃもう優雅なことだろう。

 ただやはり豪邸であるというのに、どうにも質素な印象を与える。

 屋敷自体は二階建ての横長な造り。意匠の凝らし方からしても金がかかっているのは明白。

 なんなら目前にある唐草格子の門扉だって精緻な造りで職人の業を感じる。

 やっぱり、屋敷の周囲の建物がどれもでかいのが原因だろうか。

 確かに造りの細かさから見れば屋敷はかなり上等な部類だが、取り囲む建造物はどれも背が高く、近代的だ。かといって屋敷に積み重ねた歴史からくる重みがあるかといえばそういうわけでもない。

 言っちゃ悪いが、豪邸という部類の中ではかなり下の方に位置するんじゃなかろうか。

 ……まあ、いいんだけどよ。

 閑話休題。

 俺たちは門扉の前で横一列に並び、屋敷を見上げていた。

「……さて、どうする」

 クロームがふとそんなことを口にする。

「普通に開けてお邪魔しちゃえば?」

「ダメに決まってんだろ」

 セシウの提案は俺が即座に切り捨てる。知り合いの家に遊びに行くわけじゃねぇんだから。

「しかしガンマ、ここには門番もおりませんし、ずっとここに突っ立っているのは怪しいと思います」

 プラナの意見は最もだ。分かっている。

 そもそも門番がいないこと自体おかしいんだけどさ。

 と、なると……。

 俺は視線を巡らせ、門扉の脇にある一つの装置を見つけた。まさかとは思ったが、そのまさかである。

「あれだな」

 俺が指差した方を全員が見る。

 門扉のすぐ脇の塀、顔と同じくらいの高さに四角い何かが嵌め込まれている。黒いプラスチック製のそれには丸いボタンがあった。上部には魔導通信器の受話器のようなものが乗っかっている。

「魔通器か?」

 クロームが訝るように眉を顰めて言う。魔通器――魔導通信器の一般的な呼称だ。入力した声を魔術の組成式に組み込み送信、受け取った受信器が組成式を読み込み音声を再現することで双方向通信を行うことができるというものである。

 まだまだ高価な代物だし、組成式を送る際、目的の距離に比例する劣化が激しいため、遠くの相手との連絡には使えないという欠点がある。組成式に送信先も記録されるため、あまり離れすぎると届くことすらない。

 まあ、近くの街に連絡する程度なら使えるものではあるだろう。

 双方向で、多少の時差があるもののほぼリアルタイムで連絡が取れるというのは大きい。

 送り先のコードさえ入力し繋がれば、後は声を発するだけでいいというのは便利だ。組成式の組み立てなどに関しては魔通器が勝手にやってくれるし、必要な魔力なども配魔線を通して供給される。魔術に全く縁のない者でも容易に扱えるものだ。

 魔術至上国家にはこういった魔術に馴染みのないものでも扱うことのできる魔導製品が溢れ返っている。むしろそれしかないと言ってもいい。部屋の照明は火の元素を使った魔術によって灯りを生み出しているし、蛇口を捻って出てくるのも水の元素による初歩的な魔術でしかない。

 俺たちが生まれる遠い昔は、魔術師しか魔術を扱えず、かなり重宝されたらしいが、今は魔術を使えないものだって魔術の恩恵を好きなだけ受けれる。

 前の村、イッテルビーにはまだ配魔線が行き渡っていないようで、水なども井戸から汲み上げていたようだが、発展してるこういった街の方がどちらかといえばスタンダードだ。

 まあ、これはそういった魔導器とは少し違うんだけどな。

「こりゃインターフォンって奴だよ。技術国製の機械だ」

「機械……!」

 歩み寄り、ボタンを押しながら言った俺の言葉に、プラナが引き攣ったような声を上げる。

 おっと、いけね。

「インターフォン?」

 クロームが不思議そうに首を傾げる。勇者様も技術国の文化には馴染みがないらしい。まあ、普通はそうだろうな。俺は以前読んだ本に書いてあったため知ってたけど、大抵の魔術国の人間は毛嫌いしてそういったもん読まないし。

 俺だって、まさか魔術国でこんなものに出会うとは思わなかった。

「そ。電気で動いてる。ボタンを押すと、屋敷の方でチャイムが鳴る。そんでこの受話機が声を拾って、電気の波に変換して届ける。危険を冒さずに来訪者を確認できるってわけだ」

 言いながら受話機を耳に当てると呼び出し音が聞こえる。向こうが受話機を取るまでしばし待たなければいけないんだよな、確か。

 俺も正直うろ覚え。

「あー、機械。なんておぞましく無礼極まりない鉄屑でしょう……」

 フードに隠れた額に手を当て、プラナは嘆きを上げる。よほど機械というものが苦手なんだろう。

「顔を合わさずに来訪者を確認するなんてあまりにも失礼です。魔術にかかれば、そのような装置を作ることは容易いですが、それをしないのは礼儀に反するからだというのに。ブリキ野郎どもは本当礼儀も知らぬ野蛮人です」

 ブリキ野郎という技術士に対する最大の蔑称を平然と使う辺り、プラナの嫌技感情の根強さが分かる。

 ちなみに技術士たちは魔術師のことを根暗売女と呼んでるそうだ。技術至上のとある国の言葉では魔女をウィッチ、売女をビッチと言うらしく、そこにかけているらしい。

 魔術師は女性向きで、技術士は男性向きであるということが垣間見えて、面白い話だ。

 魔術に対する適正というのは平均的に女性の方が高いため、男性の魔術師というのは大分限られている。そんなこともあって、魔術至上国家は女尊男卑な部分が少なからずあるわけだ。反面技術至上国家は男尊女卑。どうにも相容れないわけだよな。

 そんなことを考えているうちに通信が繋がった。心の準備が整っておらず、経験もないため、内心かなり焦る。

「はい。どちら様でしょうか」

 受話機越しに聞こえる年若い女性の声は多少劣化していた。それでも聞き取りやすい辺り、技術国ってすげぇ。

 俺はそんなに魔術至上主義じゃないんで、素直に感動するよ。

「あー、あの、十三時にジゼリオス卿への謁見を約束した者なんですが」

 緊張のせいか声が上擦り、舌も上手く回らない。それどころか言葉づかいがおかしくなってしまう。クロームという名前を出さないようにした俺の配慮を分かってくれ。

「はい、少々お待ちください」

 予定の確認でもするのだろう。使用人と思しき女性の声の可愛さが耳に心地いい。

「どうしたお喋り眼鏡。まともに喋れなくなったら、取り柄が全くなくなるぞ」

「ガンマ、声へーん」

「言葉の使い方がなっていませんね」

 クローム、セシウ、プラナの順に好き放題言われて嫌になる。じゃあ、お前らやれよ、マジで。

「お、お待たせいたしましたっ!」

 本当に少し待っただけで使用人が戻ってくる。その声はどういうわけか先程よりも強張っている。

「ゆ、勇者クローム様ですね。お待たしゃして申し訳ありません。ただいま、門をお開きいたします」

「はい、ありがとうございます」

 あー、なるほど。相手が勇者一行だと知ったからか。

 やっぱりみんな勇者ってだけで身構えるんだな。

 通信が途切れたのを確認してから、受話器をインターフォンの上に戻す。

 振り返ると全員が冷たい目で俺を見ていた。

「ガンマ、もう少し礼儀というものを勉強したらどうだ?」

「うっせぇよ、全自動千切り器っ!」

 代わりにやってやったんだからもう少し感謝しろよっ!

「ガンマ。ブリキ野郎どもの文化になんて触れているからそうなるんですよ。今ならまだ間に合います」

 そしてプラナはどうしても俺に技術国の機械を使ってほしくないらしい。憐憫めいた目が辛い。

 セシウはそんなプラナに苦笑しかできないようだ。下手に何か言おうものなら、今朝の悲劇が繰り返されるだろうし賢明な判断だといえる。

 門扉の向こう側の玄関が開かれ、エプロンドレスを着た女性がとことこと忙しない足取りでこちらへやってくる。

 まだ本当に若い女性だ。

 どうにも動きがぎこちないのは緊張のせいだろう。

「お、お待たせしゃました! 門を開けますのでショショーお待ちくあさいっ!」

 明らかにテンパってる声で口早に言って、深々と頭を下げた使用人はそそくさと門扉を開け始める。門扉は見た目通り重いんだろう。少女は顔が真っ赤になるほど力み、全身の力をかけて扉を開けていく。

 ……なんだろ、すごく申し訳ない気持ちになってきた。

 じりじりと緩慢に門扉は動き、やがて人が入れるほどのスペースが出来上がる。

 少女はすでに息が上がっていた。

「も、もう大丈夫だっ!」

 額に汗を浮かべ、さらに門扉を引こうとする少女を俺は制する。

「あ!? え! あ、はい……!」

 たどたどしく返事をして、ぱっと門扉から手を離した使用人である少女は俺たち四人の顔を順に見て、さらに表情を引き攣らせる。

「す、すみまっせん! ご案内いたしますっ! こ、こちらになりますね!」

 語尾が釣り上げながら言って、少女は入り口に向かって歩き始める。

 ……大丈夫なんだろうか、これ。

 とんでもない不安を抱えつつも、俺たちは少女の後ろを付いていくしかなった。

 ちゃんと伯爵様のところへ案内してもらえるのかどうかさえ疑わしいものだ、正直。




 結果として、なんとかなった。

 辛うじてではあったが。俺たちは危なっかしい使用人に案内され、二階の応接室の前まで、なんとか辿りついた。

 やはり屋敷の外見通りと言うべきか、廊下にも高級感があった。大理石の床の上に敷かれた絨毯はふかふかだし、装飾品や絵画なども全て高級品と思われるものばかり。

 金はかかってんだよな。ただなんかこう違和感があった。

 まあ、考えても仕方ないとこか。

 別にそんなものを詮索しても今は意味がない。

 それより問題はプラナだ。プラナはただでさえ白い顔を蒼白にして、項垂れている。

 技術国の文化に滅入っているようだった。

 この屋敷にはどういうわけか技術国の機械が溢れている。廊下の天井には電灯が等間隔に並び、先程ちらっと見えた部屋では掃除機という埃を吸引する機械まであった。その気になって探せばもっといろいろあるだろう。むしろこの屋敷にあるものは、全部機械と思った方がいいかもしれない。

 実際応接間の灯りだって電気によるものだ。ここまでの道中、俺は魔動器を一切見ていない。

 プラナは機械が目に入るたびにぎょっと目を向き、わなわなと身体を震わせていた。

 この屋敷、プラナには相当辛い場所なんだろう。

 先程からセシウにずっと介抱されてる。

 さて、そんな応接室前。使用人の後ろに並んた俺とクロームは互いに顔を見合わせた。

 クロームも異文化に溢れた屋敷内に多少気圧され気味のようだ。

 不安になる気持ちも分かる。

 そんな俺たちのことなど知ってか知らずか、使用人は応接室の堅い扉を三度ノックした。

「クルジス様、クローム様をお連れ致しました」

「あー、どうぞー。入っちゃってー」

 扉の向こうから聞こえてきたのは、気さくそうな男の声だった。威圧感のない軽い口調であるものの、低く渋い声をしている。

 返事をした使用人はゆっくりとドアを開け、俺たちを室内へと通してくれる。

「失礼致します」

 いくらか緩慢な足取りでクロームは恐る恐る部屋へと入っていく。俺もその後に続き、セシウに介抱されながらプラナも覚束ない足取りでついてきた。

 さて、この屋敷の主である、クルジス・ジゼリオス伯爵。一体どういう人物なんだろうか。

 そんなことを考えつつ部屋に入ると、そこには一人の男性が立っていた。その男は俺たちを見るなり、垂れ気味の目尻の皺を深くするようなへなっとした笑みを浮かべ、歩み寄ってくる。

「やぁやぁ、これは勇者さん、わざわざ来ていただいて申し訳ない!」

 地味な白地のくたびれた開襟シャツを着て、ポーラータイを首元に巻いたおっさんだ。ジーンズも随分と古いものらしく、完全に色褪せてしまっている。その辺の庶民の服装よりも安っぽい、洒落っ気のない格好だった。

 小皺があるところから察するに中年っぽいが目鼻立ちははっきりしており、若い頃はかなりの美男子であったであろうことが予想できる。伸び散らかした黒髪さえなければ、格好いいおじさまだったろうに。

 体つきも中年にしては弛んでおらず、むしろ引き締まっている部類に入る。

 ……このおっさんがジゼリオス卿だとでも言うのだろうか。

「いえ、そのようなことはございません。本来ならこちらからお伺いすべきだったというのに、わざわざお招きさせてしまい申し訳ない限りです」

 クロームも相手がジゼリオス卿なのかどうか確証がないせいか対応に困っているようだ。普通の貴族ってのは威張り散らした態度や、威圧感とか厳格そうな雰囲気ですぐ分かるんだけどな。

 どうにも、判断に困る。

「ははは、いやいや、そんなことはありません。むしろこっちが出向くべきだったくらいだ」

 しかもおっさんの口調はなんともフランクなものだった。

 男は目を細めるように笑い、ぼさぼさの頭をわしゃわしゃと掻き毟る。

 今までも貴族と会って話す機会は何度もあったが、今回のような状況は初めてだ。クロームも、どう対応していいのか分からず心なしか戸惑っているように見える。

 もともと、こういった会話は苦手らしいからな、クローム。

 そんな俺たちの動揺など露知らず、おっさんは気さくに笑ってやがる。

「と、挨拶が遅れてしまった。えーと、私、この街エルシアの領主をしております、クルジス・ジゼリオスというものです。以後お見知り置きを」

 ぎこちない動きで胸に手を当て頭を下げるおっさんの名乗りがまた俺たちを混乱させる。

 おっさんの言葉を信じるなら、おっさんはジゼリオス卿なわけなんだが、どうにも貴族らしからぬ言動ばかりで納得がいかない。

 すんなりとは認められない、というべきか。

 ジゼリオス卿と握手を交わし、クロームは普段よりも幾分かにこやかな笑みを向ける。人前に出る時用の顔だ。

 こういうことも最近は覚えてきてくれたから助かる。

「ジゼリオス卿、お目にかかれて光栄です。私は《始原の箱庭(アペイロン)》のクロームと申します」

「はははっ、勇者様のご武勇は知ってますよ。素晴らしき剣士と聞いてはいたが、話に聞いていたよりもずっと精悍な顔立ちをしてるな。思ったよりも若いし、もっとゴツい男を想像してた」

 やはりクロームの話も出回るところには出回っているようだ。ちらりとジゼリオス卿が俺たちに目を向ける。

「そちらはプラナ様にセシウ様、ガンマ様でよろしいか」

「え、あ、はい。その通りです」

 予想外な事態に俺も戸惑ってしまう。

 普通、貴族ってのは勇者様に取り入ることで夢中で、俺たちには大して意識を向けないもんだったんだけどな。

 ちょっとなかなかない経験。俺の名前まで覚えてるし。

 セシウも予想外だったらしく、目を丸くしている。気疲れしてそれどころではないプラナだけが大した反応もしていない。

 本当に大丈夫なのか、こいつ。

「皆様の噂も聞いているよ。うん、噂以上のかわい子ちゃんたちだな」

 快活に笑って、ジゼリオス卿は俺たちとも握手を交わしていく。

 俺も握手をしたわけだが、その手はなよっとした印象に反して、ごつごつとして硬いものだった。

 ……書類にサインばかりをするようなお行儀のいい仕事ではなく、力仕事をする者の手だ。

 貴族の手と違うな。

 俺たち全員と握手を交わし終え、ジゼリオス卿は満足気に笑う。

「さあ、立ち話もなんだ。かけてくれ。聞きたいこともあるんだ」

 ジゼリオス卿の言葉に引っかかりを覚え、俺は眉を顰めた。

「それは一体、どういうお話でしょうか?」

 何気なく俺が問いかけると、ジゼリオスの緩みきったような顔がふっと途端に引き締まる。

 唇を引き結び、じっと凝視されるだけで感じる重圧。その唇が次に紡ぐ言葉一つで全てが左右されてしまいそうに思え、心がざわつく。無言であっても、注視せずにはいられない、そんな存在感。

 知っている。

 一瞬で部屋そのものの空気を変質させてしまう厳格な立居振る舞いを俺は知っている。

 この張り詰めた空気は間違いなく貴族の纏うそれだった。

 ジゼリオス卿は、俺たちを見渡し、ゆったりと薄い唇を開いた。

「イッテルビーで何があったのか、お聞かせ願いたい」

 その言葉に、空気が罅割れていくような錯覚を覚える。裂け目から滲み出た冷気が俺たちの背筋をそっとなぞった。

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