Dispatched Am―放たれた刺客―
夕暮れに染まる街並みは、昼間とはまた違った様相を呈していた。
陽光を跳ね返し、目が眩むほどに白かった建物の壁は今、夕日に燃えている。空も建物も石畳の道も、全てが燃え上がり、影だけが濃さを増していく。まるで奈落へと繋がる深い闇のような影と、燃え盛る炎のように鮮烈な光によって構成される風景は、世界の終わりを想起させた。
西の空の彼方にあるあの山より、死が悍馬に跨がり、雲霞の如く駆けてきそうだ。きっと死は、剣も槍も鎧も兜も、それ自体も深い闇の色をしているのだろう。新月の夜のように底がない暗闇を纏っているのだろう。
雪崩のように山を駆け下り、幾千もの蹄が地を蹴り、稲光の如き轟音を響かるのだ。塵埃を巻き上げ、草花を蹂躙し、街へとやってくるはずだ。
逃げ惑う人々を斬り刻み、首を刎ね、地を引き摺り回し、蹄で踏み潰し、馬は嘶き、死は高らかに笑うであろう。
そうやって世界が次の瞬間には終わってしまいそうな景色だというのに、家路へ急ぐ人々は穏やかだ。店の前では店主と子連れの母親がのんびりと談笑し、ワゴンに積んだ花々を売っていた若い娘は鼻歌交じりに帰り支度を整えている。子供達はもうすぐ来る迎えを待ちながらも、石畳に蝋石で何かを描いて遊んでいた。
暮れなずむ空と同じように、今日の別れを惜しみながら去り行く人々。変わらず賑やかで、でもその賑やかさがどうして胸に郷愁の疼痛を生んだ。
どういうわけか、自分の故郷が懐かしくなっちまうな。
うちの義母は元気にしてるんだろうか。
セシウの母親も、しっかりやってるのかね。
なんてことを考えてしまう。
「ガンマ? どうかしましたか?」
つい物思いに耽ってしまっていた俺の様子を訝しんだのか、隣を歩くプラナが俺を見上げてくる。
「ん? いや、ちょっとな」
眼鏡を押し上げ、俺は曖昧に笑う。
今は、俺の気の緩みを非難するクロームも、間抜け面を笑うセシウもいない。俺とプラナの二人だけだった。
なら、別に隠すこともないか。
「なんか、故郷のこと思い出しちまってな」
「故郷……ですか?」
少し不思議そうにプラナは首を傾げる。プラナは俺よりも遙かに背が小さく、ここからではフードに隠れて表情が読み取れない。
「そ、故郷。夕日が綺麗な丘があったんだよ、故郷には、さ。そんで、今日も夕日が綺麗だなぁと思ってたら、なんか、な」
「ガンマがそういうこと言うなんて、少し意外です」
鈴を転がすような愛らしい声でプラナが笑う。
「そうか?」
「ええ。意外ですよ。そういうことを話すのは、あまり好きじゃないんだと思っていました」
そういう風に思われたのか。
まあ、自分から口にするってのは確かに珍しいかもしれないか。俺は別にあの村が嫌いだったわけじゃないし、住み心地がよくて、みんな優しくて、気に入ってさえいる。訊ねられれば、胸を張っていいところだと答えられる自信があるし、いいところを並べ立てることだってできるだろう。あ、でも気恥ずかしくてそれは無理かもしれない。
「なんだかんだ育った場所だからな。嫌いじゃあねぇよ。話題に出さないのは、特にきっかけがないからかな。今みたいにそういうきっかけがあれば話しもするさ」
それでもそういうことを話す相手は大抵セシウだった。そりゃあまり言いたがらないと思われても無理はないか。
今までプラナはクロームといることが多く、俺もクロームと顔を合わせると言い合ってばっかりだったので、なかなか二人だけでゆっくり話す機会が設けられなかった。
ちょうどいいかもな、今は。
「セシウはよく故郷のことを話してくれます。確か、ガンマはセシウと同じ村の出身だったそうですね」
「ああ、そうだな。あそこでずっと育ってきたな。村を出たのは《創世種》に選ばれた時が始めてだったくらいだ」
周囲を森に囲まれていたし、そこには魔物が住んでいた。当時、子供だった俺達にとって、森は立ち入ってはいけない領域だったし、入ったとしても人の気配が残っているような場所ばっかりだった。
村を出て、森を抜けた先の世界を知ったのは恥ずかしいことに十八歳となってからである。
「セシウと違ってガンマは全く話さないので、あまり快くないと思っているのではないかと思っておりましたが、どうやら邪推だったようですね」
くすくすと、指を唇に当ててプラナは穏やかに笑う。
夕日が生み出す深い影に隠れて、その顔はやはりよく見えない。
「まあ、好き好んで話題には出さないけどよ。あの村は嫌いじゃねぇよ。いいとこだと思う」
「空気は澄み渡り、川も綺麗で、辺りを森に囲まれているのは少し不便だけど、村に住む人達はみんな心優しく温かい場所――そう、セシウから聞いています」
「ああ、なんも間違ってねぇな。ちっと平和ボケしすぎてるんじゃねぇかって思うことはあっけど、いい場所だ」
頬をぽりぽりと掻きつつ俺はプラナの言葉に頷く。
やっぱりセシウはあの村が好きで好きでしょうがないんだろう。あいつ自身村人達から愛されていた。ああいうみんながみんな、無条件に善良である場所で育ったから、あいつは純心で真っ直ぐなのだろう。
まあ、同じ環境で育ったはずの俺が屈折している辺り、セシウは根っから優しい奴なのかもしれんが。
と……なんでセシウをこんなに褒めちぎってんだ俺は。
「そんなに居心地の良い場所ですと、たまにふと、帰りたくなったりはしませんか?」
「うーん……」
顎に手をやり、少し考えてみる。
「いや、んなことはねぇかな」
たまに元気かなぁって思いを馳せることはあっても、帰りたいと思うことはなかったはずだ。セシウはどうなんだろうか。
「両親が心配になったりしませんか?」
「それもねぇな。ていうか両親はいないっつぅか」
ふと、プラナが僅かに息を呑んだ。
フードの端から覗いた右目が俺を見上げる。赤い瞳は見開かれ、微かに揺れているようにも見えた。
「あ、あの……聞いてはいけないことを……」
「ん? あー、ハハッ」
プラナの謝った理由を察し、俺は手を振って笑う。
「もともといねぇんだよ、両親は」
「もともと……いない?」
「そ。なんか森に捨てられていたらしい。んでそんな俺は運良く村人に拾われ、教会のシスターに育ててもらったわけ。それがまあ、母親みてぇなもんかな。まだ若い人だし、きっと今も元気だろうよ」
子供の頃から気安く名前で呼んでた人だから、あんまり母親って実感はねぇんだけど。姉とかみてぇなもんかもしれない。
今は義母と認識できているが、それでもまだ馴染んではいない。
呼び捨てにしてたのを、突然「母さん」とか「おふくろ」とか呼ぶのも変だし。
俺の話に耳を傾けるプラナは呆けたように口を開き、じっとこちらを見上げていた。
「普通に大事件じゃないですか」
「そうだとは思うけどな。俺は別にそれで不便もなかったし、特に気負いはしてねぇな。逆にあの村で育ててよかったと思ってんぞ」
クロームやセシウがいないので、気が緩んでしまって思わずそんなことを言ってしまう。
いくらプラナ相手とはいえ、らしくない発言だ。話題を別のところに移そう。
「ちなみに、勢いで引き取ったものの、シスターは子育てをした経験なんて一切なくて、その時にいろいろ手助けしてくれてたらしいのがセシウの母親だ。そういうこともあって、俺とセシウは結構長い付き合いなわけ」
物心ついた頃には、いつも隣にセシウがいた。どこへ行くのにも一緒だったし、家族みてぇなもんだ。
そう。セシウは妹のようなもの。それ以外の感情はない。抱くこと自体おかしい。
俺は自分の心に強く言い聞かせた。
「お二人は本当に長い付き合いなんですね。道理で仲がよろしいわけです」
「仲は悪ぃよ? 気心が知れた仲ってのは否定できねぇが、その分お互い遠慮とかねぇからな」
俺はほんの少し顔を顰め、プラナの誤った認識を訂正する。しかしそれでもプラナをくすくすと愛らしく笑った。
「そういうのを、仲がよろしい、と言うんですよ。ガンマ」
……帰ったら辞書を引いてみよう。何か誤用から生まれた俗な意味合いがあるのかもしれない。
正しい意味で仲がいいというのはあり得なかろう。
「プラナ。お前の方はどうなんだ? 故郷が恋しくなったりしないのか?」
プラナと二人っきりというのは滅多にないことだし、いい機会だと思い、そんなことを聞いてみる。
「私、ですか……?」
言い淀んだプラナの唇が曖昧に紡がれる。
「お前にも故郷はあんだろ。やっぱ、たまに帰りたくなったりしねぇのか?」
「どう、なんでしょうね」
のんびりとした俺の口調に反して、プラナの答えは煮え切らず、どこか深刻なものさえ感じさせた。
話題を避けようとしているようにも思える。何か言おうとしてすぐに唇を引き結ぶプラナの様子に気付き、俺はようやく自分が迂闊な発言をしてしまったのだと理解した。
無理に聞き出す必要もなく、話題を振ったのだって本当に気まぐれのことだ。俺はそれ以上プラナが何か言葉を続けようとする前に、新しい話を始めようと思った。
それよりも先にプラナが口を開いてしまう。
「私の……故郷も、また田舎――というより辺境の場所だったんですけどね。森の奥深くで静かに暮らし、外界との交流を一切持つこともなく、ただ森と共に生きているような場所でした」
「プラナ……?」
「そこに住む人々は外の世界というものに対して、並々ならぬ敵意を向けていました。あの場所にとって、外の世界は全てが森を荒らす蛮族だったんです」
なかなかお目にかかる機会はないが、珍しくもない話、か。
終末龍は百年に訪れる厄災であり、その出現の度にこの世界の地理は大きく変わる。もちろん国々は出来るだけ迅速な対応で、復興活動を行い、地形の変化を確認し、生き残った人々のコミュニティに統率者として貴族から選出された領主を派遣している。
それでも、国が見落としてしまうコミュニティというものがある。大抵そういう場所は独自の文化が育まれていくもんなのだ。
人々に気付かれていないから公にならないだけで、そういうのは結構ありふれてる。
こうした人々に認知されないコミュニティを一般的にはリスィコーリオン、また単にリスィと呼ぶ。
プラナの故郷もそういったリスィの一つなのかもしれない。
「私は幼少の頃から魔術に関して、人並み以上に優れた才能を持っていました。自分で言うのもおかしな話ですけどね」
くすりと、自嘲するようにプラナは寂しく笑う。「別にそれは傲慢でも自惚れでもなく、事実だと俺は思うわけだが?」
「そんなこと……」
「少なくとも俺は助かってる。セシウやクロームもそうだろ」
プラナの魔術がなければ乗り切れなかった場面は今までいくつもあった。イッテルビーの惨劇の一夜にプラナがいなければ俺は死んでいたかもしれないわけだし。
本当、よく生きてるもんだよ、俺。
柄じゃないことするもんじゃねぇな。
「そう言ってもらえると、嬉しいです」
それでもやはりプラナの声は悲しげだった。何か、自分自身の才能をつまらないものとでも言いたげにも思える。
「私は、その才能を活かしたいと思いました。あの場所にいたみんなの力になれるようなことを、その才能でしたいと思っていたんです。だから修行を積み、研鑽を重ね続けました。寝ても覚めても、魔術の練習と勉強に明け暮れ、ただ研究に没頭していました」
先日、魔導具店でのセシウとの会話を思い出す。セシウが言ったとおり、本当にプラナは熱心に修行を積んでいるのだろう。俺はプラナを天才だと思っていたし、事実天才なのだろう。ヘカテー魔術学院をそれまでの記録を塗り替える成績を以て首席で卒業し、奇才と称されるほどの人物だろう。
しかし、その才能は地盤でしかなく、そこに大輪の花を咲かせたのは間違いなく、プラナの努力の賜物だ。
なのに、何故プラナは自虐するように、蛍雪の過去を語るのだろうか。
「でも、それがいけなかったんです。私はいつしかその場所の誰よりも、遙かに高い技能を身に付けてしまった。彼らの理解の外側にあるほどの力を手に入れてしまっていた。あまりにも過ぎた力は、人々に不安を生みます。いつしか私はあの場所の異端となり、皆から恐れられ、忌み嫌われる存在となっていたんです」
……天才ってのは、どこでも孤独なもんなのかね。よく聞く話だ。
そう、よく聞く話ではある。
人並みじゃないということは、つまり偽らなければ人と同様にあれないってことでもあるんだろう。
不便な世の中だ。
「私はただ魔術を極めようとし続けるだけで、彼らから避けられていることにはずっと気付きませんでした。私の魔術の成果を見る人々の目が感動の類から次第に嫌悪するようなものに変わっていって、ようやく知ったんです。人々が私に向ける目が、まるで化け物でも見るかのようなものに、いつしかなっていたことを」
「……プラナ」
プラナは、故郷の人々の力になりたくて、勤勉に励み続けた。そいつらの手助けをしたくて、誰かのためになりたくて、懸命に努力したんだろう。
もしその成果が人並みより少し優れた程度だったのなら、美談にもなったのかもしれない。ただプラナは、如何せん素質がありすぎたんだろう。
プラナがどういう動機で修行に明け暮れたなんてことは、周りの連中からすればどうでもいいことだ。
それが周囲の大人どもの制御できる範囲を大きく超えたものであったのなら、人々はどんなにそれが有用なものであっても突き放さざるをえない。その力がいつ自分達に敵意を持って向けられるのかも分からないのだから。
フードに隠れたプラナの顔を覗き込もうと思ったが、それも躊躇われた。ここでもしプラナが泣き出しそうな顔をしていたとして、俺はこいつにかけるべき適切な言葉を持ち合わせていないのだから。持っていても、それを与える勇気がない。
「バカらしい話ですよね。誰かを助けたいって思って身に付けた力で、その助けたかった誰かに恐れさせるなんて。結局私は、あの場所の人達から虐げられることはなくとも、一個人として扱われることもなくなり、事実上追放される形で出て行くことになったんです」
プラナの声は普段のそれと変わらない。むしろいつもより笑みを含んだような声だった。
それがまた、胸を締め付けた。
それほどの過去を背負って、それでもなお健気で心優しくあるプラナの心が痛々しく見えてしまった。
「お前のその力に今俺達は助けられている。お前がしてきたことはムダじゃなかったはずだ。お前に救われた命はたくさんある」
「……ありがとうございます。ガンマ」
何がありがとう、だ。
見え透いたその場凌ぎの言葉に、そんな感謝は勿体なすぎる。きっとプラナだって分かっているんだろう。分かっていて、それでおそう返してくれているに違いない。
「私、分かってはいるんです。確かに今、私は人の役に立てているって。そう実感はあるんです。故郷でのことだって、振り返れば辛くはありますけど、今はもう未練もないんです。帰りたいって気持ちもないんだと思います。私は今ここにある居場所が、とても気に入っていて、だから、この場所から離れたくないって思いの方が強すぎるんです」
それはきっと、この勇者一行という集いのことなんだろう。
クローム達と共にいる時間のことなんだろう。。
それがプラナの支えになっているのだとしたら、それは喜ばしいことだ。
「お前は今、幸せか?」
俺はゆっくりとプラナに問いかける。するとプラナは歩きながらも振り返り、俺を笑顔で見上げてくる。花が咲いたような、見惚れるほどの笑顔だった。
「はい。私は、幸せですよ」
一点の曇りもない純粋な笑みに心を奪われる。
「皆さんに出会えてよかったと思っています。三人がいてくれるから、今の私はあるんです」
「よせや。お世辞で俺を入れる必要はねぇぞ」
俺は別に何もしてやれていない。
ただ足を引っ張らないようにするだけで精一杯だ。
「ふふ、ガンマにも助けられていますよ。自分を卑下なさらないでください」
「そんな殊勝なわけじゃねぇんだ、俺は」
そう思わざるを得ないだけだ。
プラナも、セシウも、クロームも、すげぇ奴らだ。そういう面子と一緒にいると、自分の無力さを痛感させられる。
なのにプラナは穏やかに笑う。
「私はガンマのことも信頼してるんですよ? だから」
「だから何だよ?」
「クロームやセシウにも言っていない過去を話したんですよ」
唇に指を当てて、悪戯っぽくプラナは笑う。
俺は耳を疑った。クロームやセシウには当然のように話しているのだろうな、と思っていた。セシウはまあ分からないが、よく一緒にいるクロームには言っているに決まっていると決めつけていた。
……俺、だけ?
「ま、まあ、そうだな。クロームはそういうことを自分から聞くタイプじゃねぇし、セシウも大方、自分のことばっか話してたんだろう……」
内心の動揺を隠すように俺はへらへらと笑いながら、自分に言い聞かせるように言う。
「違いますよ」
プラナはきっぱりと言い切る。
「お二人には聞かれても、言いづらくてはぐらかしていました。だから本当にガンマだけなんです」
…………。
まずい。これはまずい。
俺だけ、なんていう特別扱いはまずい。勘違いしそうになってしまう。
「なんで、俺だけなんだ?」
そうだ。これはきっと、他の連中は大切だから言えないけど、俺は別に知られたってどうでもいいっていうそういう意識の顕れに決まっている。
「ガンマは聡明なお人です。知っても他言はしないと信じています。まあ、これは他の二人に関してもそうなんですけど、ね。ガンマはきっと、立ち入るべき場所とそうでない場所の区別というものを付けるのが上手な方だと思うので、私も話しやすいんです。なので、ガンマにだけは教えてもいいかな、と思ったんですよ」
ああ、なるほどな、そういう。
確かに、身内想いなセシウや正義感の強いクロームは、何かと気を遣ってきそうな過去ではあるか。
反面、俺はできないことはしない主義だし、あまり面倒事に首を突っ込みたがらないタイプだ。
知ったところで、そこからどうこうするような行動力もないし、できる力もない。
余計なことはせず、まあ、事情を知ってる故に、いくらか出来る立ち振る舞いもあるだろう。例えばそうだな、他の二人には教えていないっていうことを知ったわけだから、他の二人がそれを訊ねた時に話題を逸らすように助け船を出すことだってできるだろう。
その点に関していうと、話すとするなら俺が適任、なのかね。
「つっても、別に無理に誰かに話さなきゃいけないってもんでもねぇだろ。黙ってたってよかったんじゃねぇのか?」
「まあ、そこは……なんていうんでしょうね」
ふとプラナは俯き、爪先で路傍に転がっていた石を蹴った。
「情けない話ですけど、甘えというか……たまに誰かにそういうことを聞いてほしくなるんです、よね」
あー、そういうこと。
気持ちは分かる。
無性に誰かに弱音を吐きたい時ってのは人間あるもんだ。本来なら一番、一緒にいる時間が長いクロームにでも聞いてほしいところだが、あいつはああいう真面目な性格だし、言いづらいところもあるだろう。
クローム自身が弱音を吐かない奴だからな。
セシウに言った日には、自分のことのように悲しみそうだ。
消去法で俺だな、そりゃ。
「いや、あの、ガンマが嫌なら構わないんですが、ただ、もしよろしければ、たまにこうやって、話を聞いていただけると……」
申し訳なさそうに上目遣いで俺を見てくるプラナに、俺は少しだけ表情を和らげる。
「いいぜ、別に。愚痴くらいいくらでも聞いてやるよ」
ぽん、と俺はプラナの頭の上に手を載せる。フードの柔らかい質感を感じつつ、そっと小さな頭を撫でた。
「それと、あれだ。別に俺達は他人ってわけでもねぇんだからよ、そんないちいち怯えながら許可取る必要もないんだぞ? 普通に愚痴っちまえばいいんだ。余所余所しい」
了解を取ってから行動するなんて他人行儀にも程がある。俺達はもうそういった間柄じゃないし、言ってしまえば家族みてぇなもんだ。
俺の言葉に、プラナは少しの間呆けていたかと思うと、次第に笑みを浮かべ始める。
「は、はい! ありがとうございます!」
「そういうのもいいんだけどな、別に……」
そんなに改まって感謝されるようなことでさえない。
俺はどうせ、聞くことしかできない。
そこからこいつに何かをしてやるってことはできないだろう。
情けない話だけどな。
それでも、もし、仮に、だ。俺に何かを吐き出すことで、プラナが休まれるというのであれば、せめてそれだけのことはしてやりたかった。