Dispatched Am―放たれた刺客―
〆
クローム達が滞在するとされる街の中心に位置する広場には豪奢な噴水がある。上部には精巧な石像が飾られており、街の象徴とされる噴水だ。
この地方を発祥とする伝承の登場人物を模した石像であるらしい。
その広場を取り囲むように並ぶ建物群の中でも一際背の高い建造物の上には二つの影があった。
青空の下、煉瓦の敷かれた屋根から、影は広場の人々を俯瞰している。
一つはすらりと細長く、もう一つは小さく細い影だった。その姿は時計の長針と短針を彷彿とさせる。
朝焼けを思わせる紫苑の髪をシュシュで束ねた黒いドレスの少女は、抱えるように持った愛らしい桜色の日傘を手慰みにくるくると回していた。
《魔族》の一人、トリエラである。
対して、トリエラの隣に立った長身痩躯の影の出で立ちは、トリエラとは不釣り合いと思えるものだった。
黒い髪は左半分が腰まで届く長髪、右半分は耳に僅かに毛先がかかる程度の短髪。左右非対称の髪型だけでも十分に目立つであろうに、その服装もまた変わっていた。
ノースリーブの上衣の素材は伸縮性に富むらしく、鍛え抜かれ引き締まった肉体の形が浮き彫りになるほどに密着している。大きく開かれた胸元には銀のネックレスがかけられ、剥き出しになった右耳では三連のピアスが揺れていた。
細身の肉体を強調するような上半身に反して、低い位置で穿かれたズボンはサイズが合っておらず、だぼだぼとしている。緩く巻いたベルトのバックルには雄牛の頭が彫られ、陽光を受けて鈍く煌めいていた。
剥き出しの腕は筋骨隆々として逞しく、左肩にはハートの刺青。手首にも銀のアクセサリーが複数個巻かれている。
まさに無法者といった外見だ。
金色の目は切れ長の三白眼で、常に暴力の対象を求め獰猛な光を宿している。右の頬全体にもトライバル系の、鮫を模したような刺青が彫り込まれ、細い眉の上にはアイブローが並ぶ。
過度な装飾により、端整であったであろう容貌は、ただ人を恫喝するようなものとなっていた。
見える者全てに襲いかかる、猛獣のような危険さを見る者全てが感じ取ることだろう。
その青年は、口の端を皮肉げに吊り上げ、上機嫌に鼻歌を歌っていた。曖昧な旋律を紡ぎ、稀にうろ覚えの歌詞を口ずさみながら、ナイフを研ぐことに夢中となっている。
まるで良家の令嬢のような少女と、浪人街で罪を重ねた無法者のような青年。その二人が屋根の上で並び立っている、というのは何とも歪な光景であった。
「で、手筈はどうなってるわけよ?」
ぎょろりと金色の視線をトリエラに向け、男が軽薄な口調で問いかける。その目の動きはどこか爬虫類を連想させた。
青年の掴み所がなく、礼節も教養もない言動に顰蹙し、トリエラは盛大にため息を吐き出す。
少女の小さな手がきゅっと傘を握り締めた。
「すでに整っておりますわ。街にはカルフォル様もご到着しております。まあ、あとは、キュリーも来ていますが」
「ヘェ、そりャまた随分と盛大だな」
磨き終えたナイフを腰のホルスターに突っ込み、青年はその場に足を大きく開いてしゃがんだ。
「カルフォルの野郎はこの街で地獄絵図でも作ろうってのかね?」
「口を慎みなさい、アメリス。カルフォル様に向かってなんという――」
「ンなモン気にしてんのはオメェだけだぞ、トリエラちゃん。確かにカルフォルは俺様達の首魁であるかもしンねェが、その前に同志なワケ。忠義はあっても礼節はいらねェよ。ま、その辺、比較的新参のお前にャまだ分からねェかね」
咽喉の奥で抑えたような、卑しい笑声を漏らすアメリスに、トリエラは上方から軽蔑の目を向ける。しかし広場を見下ろすアメリスは気付かない。気付いていてもまともに取り合うつもりがそもそもないのだろう。
「今回はアメリス、貴方だけで十分だというのがカルフォル様のお考えのようです」
「ヘーェン? にしちャあ一人多いんじゃねェか?」
トリエラとアメリス、二人の視線が背後の一点へと向けられる。
「ウラヌス? テメェはなんで来たんだ?」
問いかけてからほんの少しの間しか置かず、アメリスは視線をトリエラへと移す。もともと返答というものを期待していなかったのかもしれない。
「ウラヌス様はいつも通り、ただの観察ですわ」
「そうかいそうかい。また覗き見ってワケかい。んじゃ、とりあえず俺様一人、と考えていりャいいんだな」
「面白そうなことになるようであれば、カルフォル様も少しは遊びにいらっしゃると仰ってはおりましたが」
「ハハハッ! 相変わらずアバウトな奴だぜ、アンナロゥ」
気さくに笑い、アメリスはゆらゆらと煙が上るような動きで立ち上がる。
「要は殺るもん殺って、適当に遊んで、勇者どもをマジにさせりャあいんだろ?」
アメリスの両手が雷の如く閃き、腰のホルスターから流れるような動作でナイフを引き抜いた。逆手に握ったナイフを胸元で打ち合わせ、不敵に輝く双眸が虚空を睥睨する。
「いつも通り暴れるだけでいいなんて、楽勝な仕事だろうが」
薄い唇の隙間から伸びた舌がゆっくりと愛撫するようにナイフを舐め、アメリスは喘ぐような吐息を漏らした。トリエラは目を細め、どこか妖しく微笑み、そっと日傘をくるりと回す。
「ふふ、カルフォル様を楽しませてあげてくださいな。アメリス」
スーパーDQNアメリス