One Days Cs & Mn―とある昼下がり―
キュリーが去って間もなく、階下からセシウに呼び出された。まだ吸い半端の煙草の火を名残惜しいながらも揉み消し、俺は足早に一階へと向かう。
忙しない足取りで階段を駆け下りた先の廊下には、すでにクローム、セシウ、プラナの三人が集まっていた。
あらあら、盛大な歓迎だな。
壁に寄りかかり腕を組んだクロームは相変わらず不機嫌そうに眉根を寄せていた。なんかこう、マネキンをそのまま持ってきたかのようなほどに、いつも通りの格好である。
「遅いぞ、眼鏡の台」
「うっせぇよ、全自動みじん切り機」
俺が言い返すと、クロームは分かりやすく眉根をぴくりと跳ねさせる。
「鬱陶しい上に簡単にはなくならない。まるで貴様はしつこい油汚れだな」
「お前はなんか汚れがなさすぎて出来て間もない人形みてぇだよな。ずっとそのポーズしてると、物と間違われて粗大ゴミに出されるぜ?」
「人間として屑のお前よりはマシだな」
「人間らしさの欠片もないお前よりはよっぽど楽しい人生ですよ」
クロームの眼が引き絞られ、剣呑な眼光を帯びる。
おっと、怖い怖い。
いやぁ、短気な人はおっかないですねー。
いつもと変わらず、顔を合わせた傍から嫌味を投げ合う俺とクロームに、ハンチングを被ったままのセシウは責めるような目を向けてくるし、プラナは曖昧に苦笑をしている。
ふむ、いつも通りである。
そこに、いつもとは違う、のんびりとした笑い声が混じる。階段を下り半端の俺からは死角の場所からの声だ。
「いつも仲がよろしいわね」
「おいおい、そりゃどういう嫌味なわけだ?」
壁に手をかけて、階段から顔を出し、俺はクローム達の前に立つ女性を覗き込んで問いかける。
藍色の髪を後ろで纏めたその年若い女性は、くすくすと笑いながら、目尻が垂れ気味の瞳を俺に向けた。
「いえ、そういうつもりはなかったの。ごめんなさい。ただ、なんだかおかしくて、つい」
髪と同色の目を細め、たおやかに謝ってくる彼女に、俺は覚えず渋い顔を返してしまう。
これで仲がいいってのはちょっとおかしいだろう。ちょっと油断したら俺、斬られそうなんですけど。
限りなく近い場所に刃傷沙汰がある関係性は、むしろ敵対に似たものだと思います。
「全然、笑うとこじゃないですよ。こっちはいつもはらはらしてるんですから」
セシウがうんざりとした口調で愚痴る。まあ、俺とクロームが啀み合うと空気も張り詰めてくるしな。そりゃ周りにいる連中も落ち着かないだろう。
「うふふ、ごめんなさい、セシウちゃん」
そう言う藍色の髪の女性の仕草はどこを見ても上品で、非の打ち所がない。
まるで貴婦人のような品格が漂う、麗しい女性だ。上品で、常に落ち着きを持っており、また人当たりもよく、誰にでも温厚な笑みを向ける聖女だ。おまけに乳がでかい。
完璧じゃないか。
この見目麗しい、大人の魅力を持った貴婦人こそが、創世種第四十九位――《幻像の元素》インジスである。
インジスは俺達《始原の箱庭》のメンバーをサポートすることを専門としている非戦闘員で、今俺達が拠点としている家屋の管理を行っている。それ以外にも様々な雑務を引き受けてくれており、非戦闘員とはいえ組織に欠かすことの出来ない存在だ。
「インジス、くだらない冗談はよせ。いくら俺でも、こいつと仲良しこよし扱いされては、心穏やかにはあれない」
苛立った口調で、壁に寄りかかったままのクロームがインジスを窘める。
「あらあら、またそんなことを言って。喧嘩するほど仲がいいと言うものでしょう?」
「インジス。剣を手に持っている場合、それは喧嘩じゃなくて、殺し合いだ」
相手がか弱き平和主義者である俺だった場合、最早殺人未遂である。
「あら、穏やかではないわね」
頬に手を当てて、愛らしく小首を傾げるインジス。穏やかではないと言う貴婦人の言動は穏やかなままだ。軒先に燕の巣が出来た程度の驚き方されても虚しい。
「あれはガンマがふざけすぎてるせいでしょ?」
セシウの的外れな指摘に俺は頭を掻く。
「バカ言え。俺だけのせいじゃねぇよ」
クロームとの喧嘩は基本的に、日常的な口喧嘩と、抜刀したクロームの一方的な斬りかかりしか存在しない。
極端なのである。お陰で俺は一歩引き際を間違えただけで、遠慮なく斬り殺されそうになっている。
どうかしてるとしか思えない。
クロームは俺と悪に対してのみ、怒りの沸点が低すぎる。あ、俺も悪に入ってるわけか。こりゃ参った。ハハハ……。
「すまないな。お前と話していると、段々お前がこの世に必要とされないゴミに見えてくるんだ。あまりにも哀れで、早くこの世から逃がしてやりたくなってしまう。仕方のないことだ」
「俺はお前が、今までどうやって社会に適合してきたのかが不思議でしょうがねぇよ」
一歩間違ったら、傷害事件起こしてすぐ捕まりそうなんだが。
「クロームは普段、理性的ですものね。そう簡単には怒らないですし、怒っても顔に出すことは少ないように思うのですが」
ここでプラナの助け船がどういうわけかクロームの方へと船首を向ける。
ふ……ふ、不条理だっ!
「そうだよ? むしろクロームがそこまであからさまに怒ることの方が珍しいっていうか」
さらにセシウまでその意見に頷く。
おかしい。今、この勢力図はおかしい。
たかだか蟻一匹に、殺虫剤を撒くようなものではないか。
「あの眼鏡置き場に関しては、そうだな、常日頃顔を見ているだけで苛々が溜まってくるからな。沸点が低いのではなく、あれに対する感情だけは常に煮立ってる状態というべきか」
「うんうん。ほら、ガンマが悪い」
さらっとセシウが俺に残酷な宣告をする。
誰も否定をしない。今まで唯一の助け船であったプラナでさえクロームの味方をしている。
なんだよ、この状況は……。
結構ヘコむものがあるぞ? しかもキュリーに、多少不服であったとはいえ高評価を授かった直後にこの落とし方である。扱いの落差が大きすぎて転落したら、死体が原型を留めていないほどだろう。
まずい。キュリーが恋しくなってきた……。
よくない傾向だ。
「あら? セシウちゃん? そのピアス、どうしたの?」
項垂れる俺など誰も慰めることなく、何やらインジスがセシウに歩み寄っていく。
俺の話題はもう終わったらしい。最初から来てさえいない俺の時代も終焉を迎えたようだ。
この絶望を、何か世のため人のために活用する技術はないものだろうか?
「あ、いや……あの、その、このピアスはです、ね……」
声を上擦らせたセシウは、あたふたと後退しながら左耳にぶら下がったピアスを両手で隠す。顔だけでなく、手の隙間から見える耳までもどういうわけか朱に染まっていた。
一体何をそんなに焦っているのか……。
「あら? セシウは動くのに邪魔だからと言って、今までアクセサリーつけていませんでしたよね?」
普段はあまり食いついてこないプラナまでセシウに詰め寄る。女性二名に迫られ、さらに後退していくセシウ。
楚々とした印象を与える貴婦人と、細身で小柄な上に童顔な美少女に詰め寄られ、戸惑うマッスル女子。何とも不思議な絵面である。
「隠すことないでしょう? どこで買ったの? そのピアス」
「一体どういう心境の変化があったんですか? あんなに毛嫌いしていたのに」
「や、あの! ちょ……! 近い近い!」
慌てふためくセシウは詰め寄る二人から逃れようと、さらに後ずさる。当然のようにインジスとプラナは近付いていく。
珍しいな、プラナがこんなに興味を示すなんて。ていうか、セシウ、アクセサリーとか苦手だったんだな。普段から付けてないとは思っていたが。
そもそもそんなことには興味のないクロームと、真実を知っている俺だけが三人を傍観していた。
「全く、アクセサリーの一つや二つで、何をそんなに騒いでいるのか」
「お前はもう少し、場に合わせるってことを覚えような?」
呆れたように呟くクロームに俺が呆れる。こいつも結構マイペースだよな……。
クロームは面倒そうに顔を上げ、見下すような目を俺に向ける。
「常に、地に足が付いていないお前に言われても、何も感じない」
「お前はずっと壁に寄りかかってるけど、背中が張り付いちまったか?」
「お前の上唇と下唇が張り付けばいいのにな。いや、顔がうざいから変わらないか」
そう言ってクロームは俯き目を閉じる。女性陣三人の会話のやり取りには興味が全くないようだ。
俺も、こんな無愛想イケメンを見ていても胸くそ悪いので、意識外に追いやってしまおう。愛想の良いイケメンでも殺したくなるわけですが。
さて、やたら盛り上がってるセシウたちの様子を窺う。
……いつの間にかセシウをインジスが羽交い締めにしていた。
どうなってんだ。
腕を強く締め付けられ、逃げることができないセシウは必死に身を捩っているが、どうにもインジスのことを気にしてしまい、全力で暴れることができていないようだ。地の魔術で底上げしているとはいえ、セシウ本人の腕力は平均的な女性より遙かに上だからな。勢い余ってインジスを傷つけてしまうことを危惧しているのだろう。
腕を後ろに締め付けられてるため、必然的に胸を張るような状態になり、セシウの並盛りの胸部が存在を主張してくる。
悔しいけど視線を持っていかれる。
さらに顔を赤らめ、必死に身体を捩らせる姿が、加虐的な欲望を煽ってきやがる。
こ、これはまずい。
しかも背後で身体を密着しているインジスの豊かな胸が押しつけられた背中で潰れ、なんとも羨ましい。セシウと代わってやりたいくらいだ。俺もインジスの胸を背中に擦りつけられたい。
微笑みこそ穏やかだが、インジスは全力でセシウの腕を締めている。
身体を強引に開かされたセシウへ、じりじりとプラナが迫っていく。
「さあ、もう逃げられませんよ?」
くすくすと笑いながらセシウへと語りかけ、プラナは両手をわきわきとさせる。今にもううぃっひっひとか笑いそうなほどに黒い笑顔をしている。
……なんだこの空間は。
「ちょ! ホントやめてってば!」
「ほら、セシウちゃん、大人しくしてればすぐ済むわ」
「むーりー! やーだー!」
足をじたばたとさせたり、上半身を揺さぶったりしているが、それでもセシウは逃れられない。逃げられない。
目まで潤ませて抵抗する割に本気でインジスに攻撃しない辺り、セシウの理性の強さを垣間見れる。しかしその優しさも、プラナとインジスにとっては付け入る隙でしかないのだ。
「放してくださいっ!」
「うふふ、そう言って放すとでも思っているのかしら?」
セシウの耳元に唇を寄せ、妖艶に囁きかけるインジス。上品でありながら不気味な微笑を湛えていて、俺の背筋までも凍り付く。惹き込まれるような美しさと、得体の知れぬ恐ろしさに。
「これ以外だったら何でもいいからー!」
「じゃあ、セシウちゃんの胸揉んでもいいかしら?」
「それもダメです!」
「あら残念。じゃあ仕方ないわね」
大して残念でもなさそうにあっさりと諦めインジスがセシウから顔を離す。その間際、唇の隙間から芽吹いた舌が蛇のように蠢き、セシウの耳の端をそっと撫でた。
「ひっ!」
途端、セシウの顔面が引き攣り、さらに紅くなる。今にも湯気が立ちそうなほどだ。完全に脳ミソ茹で上がってるだろ。
「うふふ、相変わらず初心ねぇ。可愛いわぁ」
インジスさん、性癖全開すぎますって。
なんだよこれ、完全に秘め事を知らない娘を食おうとしてる毒婦じゃねぇか!
よく見るとインジスは細いおみ足をセシウの脚に絡めてまでいる。太股に隙間に割り入った脚の動きがまた艶めかしい。
「セシウちゃんはやっぱり耳が弱いのねぇ」
「インジスさん! それだけはやめてぇ!」
「やぁよ、もったいないじゃない」
さすが若い娘が大好物のインジス様である。もったいないの精神で若い娘に悪戯するとは何ともけしからん。
できれば俺にも悪戯してはくれないものだろうか。
後門の毒婦に好き勝手される合間にも、わざとらしく焦らすようにじりじりと近寄る前門の魔術師。
「セシウさん? 大人しくしていないともっと強引に抑え込みますよ?」
「ちょ! プラナが言うとシャレになんないでしょー!」
暴れるセシウなど構うことなく、プラナがセシウに身体に滑り込むように身を寄せ、抱き締めるように左腕を腰に回す。
……何か、この風景を記録できるものがあればよかったのに……。
そんな魔術もあるし、それを一般人でも手軽に使える器具などもあるわけだが、生憎俺の手元にはない。
クソ……! 何故ない……!
金がないからだ……!
別嬪と美少女に挟み込まれたがさつで初心な娘とか、ちょっとこんな感じの官能小説はどこに行けば買えるんですかね?
文学に造詣の深いキュリーさんに今度聞いてみよう。割と本気で。
貞操の危機さえ感じ始めたらしく、セシウの抵抗がマジなものになってきてる。それでも手は出さないセシウ、本当に付け入りやすい。
プラナの空いている右手がセシウの腹部を擦り、そろそろと上へ伸びる。
「プラナぁっ! くすぐったいぃ!」
「じきによくなりますよ」
「それなんか違うって!」
あー、これで襲われてるのがセシウじゃなかったなぁ。もっとこういろいろ情熱を駆り立てられたというのに。
セシウかぁ……。
セシウに興奮を覚えそうになってる自分に対する嫌悪感が湧き上がってくる。
「こ、こらー! ガンマー! 見てないで助けろぉっ!」
おっとついに俺のとこまで来たよ。
「お前正気か? 俺に助けを求めてどうすんだよ」
「お前以外助けてくれる奴がいないからだろー! この馬鹿! 役立たず!」
藁をも縋る思いってのはこういう時に使う言葉なんだなぁ、為になったねぇ。
「俺がそう言われて助けるとでも思ってるのか?」
「た、助けてくれたっていいだろー!」
「こんな面白い状況を台無しにできるわけないだろ!」
ぐっと親指を突き立てて、俺は出来る限り爽やかに歯を見せて笑う。俺の堂々たる宣言にセシウは唖然としたかと思うと、次第に唇をわなわなを震わせ、見開かれていた瞳が揺れる。
「ガンマのクズ! 人間のクズ! ろくでなし! 薄情者! 信じらんない! この変態眼鏡! くたばれ!」
ああ、その罵りも今となっちゃ心地良い。
なんたってあの強気で誰にも負けそうにないセシウがか弱い女性二人に抑え込まれているんだ。
そうそうお目にかかれるものではない。
「ふふふ、ガンマくんからも許可が出たことだし、楽しませてもらおうかしらね」
いつもよりも遙かに楽しそうに笑い、インジスはセシウの首筋に接吻する。
「うあーっ!」
プラナの空いた右手もまたセシウの身体をまさぐっていく。
「やっぱりセシウの身体は引き締まっててすごいですねぇ」
「でも出るとこは出てる。最高よね、プラナちゃん」
「ええ、これはとてもいい触り心地ですね」
「人の身体なんだと思ってんだ、お前らーっ! これが女のやることかーっ!」
お前らはおっさんか。
あとセシウさん、女性らしさがほとんどないお前がそれ言うのもちょっとおかしい。
そうしてさんざんセシウの身体を好き勝手いじくり回した後――若干語弊があるのは知っている――プラナは爪先立ちになってセシウの耳にぶら下がったピアスに顔を近づけた。
「あら、随分シンプルなピアスですね」
セシウがつけているのは銀の指環を半分に割ったような形をしたものだ。特に何か目立った装飾や意匠があるわけでもなく、ただ本当に半円なだけ。如何にもセシウらしい飾り気のないピアスである。
「本当ね。普通のピアスじゃない。セシウちゃん、これを見せるのに、何をそんなに恥ずかしがっていたのかしら?」
セシウが大袈裟に恥ずかしがるものだから、二人も相当のものを期待していたらしく、何やら残念そうである。
セシウがつけているピアスがどういうものなのか知っていた俺も、ずっとそれが不思議だったわけだけど。まあ、経過で十分楽しめたので何も問題はない。
「は、恥ずかしいですよっ! だ、だって、こういうのつけないし……。なんかせ、背伸びしてるとか……似合わない……とか言われそうだし……」
もじもじと身体を落ち着きなく動かし、項垂れたセシウが蚊の鳴くような声で独り言のように呟く。
「似合わないわけないわよ? セシウちゃん、可愛いんだから、もっと着飾っていいと思うわ? んー、でもセシウちゃんはタンクトップ着て、いつも通りボーイッシュな方が需要も……」
需要ってなんですか、インジス先生。よく分かりません。
可愛いと言われることさえ恥ずかしいのか、セシウはさらに顔を伏せ、黙り込んでしまう。
なんかこいつの今の熱量を有効活用できないものだろうか? 先程の俺の絶望よりは現実的なエネルギー源に思えてならない。
セシウの胸元におとがいを載せたプラナは、真っ赤に染まったセシウを見上げ穏やかに微笑む。
「別に笑ったりなんてしませんよ? セシウ。とても似合ってます。もしアクセサリーに興味があるのなら、私のを使ってもいいのですよ?」
「や……あの……だい、じょうぶ……これだけで、ダイジョブ……」
「うふふ、可愛いわぁ。飾ってないところがセシウちゃんらしくて、私好きよ」
前後から褒めまくられて、セシウの羞恥心はいよいよ限界に達していた。むしろすでに限界なんてものは越えているのかもしれない。
「うー……は、はい! これでもうおしまい! 見せたからいいでしょー!」
ムダに大きな声で言って、セシウはインジスの拘束を外そうと身体を動かす。と、そこでプラナが何かに気付いた。
「ん?」
「どうしたのプラナちゃん?」
何か面白そうな気配を感じ取ったのか、力を緩めかけたインジスの腕が再びセシウを締め上げる。
「うぎっ!」
セシウの短く色気のない呻きなど気にせず、インジスはセシウの頭の後ろからプラナを覗き見る。
「このピアス……表面に何か彫られて――」
「わーっ! あーっ! うおーっ!」
可愛らしい要素皆無の声を上げ、セシウが先程までとは比べものにならないほどの勢いで暴れ始める。インジスは多少驚きつつも腕にさらなる力を入れ、プラナは両腕でがっしりとくびれた腰にしがみつく。
「なんて彫ってあるのかしら?」
「えーと……A.E.76――」
「うぬわーっ!」
雄々しく吠え、渾身の力でセシウがインジスの羽交い締めを振り解いた。即座にプラナの肩に手をかけると強引に引き剥がし、即座にセシウは俺の脇を抜けて階段を駆け上がっていく。
「お前らみんなケダモノだー!」
純真を弄ばれたセシウの悲痛な叫びが、なんだかすごく胸に沁みた。
俺達三人はセシウが上っていった階段を見上げ、やがて互いの顔を見合う。
「少しふざけすぎましたかね……?」
さすがに我に返ったのか、プラナが不安そうに首を傾げる。
「いや、多分、今まで一番お前輝いてたよ」
「魔導書を見ている時はもっと輝きますよ?」
何故か妖艶に紅い瞳を伏せて、プラナは意味深に唇の端を吊り上げる。
……あんまり想像したくないな。
「んー……」
対して何故かインジスさんは顎先に人差し指を当てて、何かを考え込んでる。
「帽子とか、普段屋内でつけないものを裸でつけていたら、何か、素敵じゃないかしら……?」
ずっと帽子を被っているセシウを見て、何か感じるものがあったのだろうか。インジスだけはあの異空間から心が戻ってきていないようだった。
インジス、本当にブレないな、あんた……。
「ん? 終わったのか」
騒ぎが収まって、クロームが今更ゆったりと顔を上げ、俺達三人に目をやる。こいつもブレない。
「終わったっていうか、一人が心に深い傷を負って引き籠もったぞ」
「そうか。ガンマ、連れ戻してこい」
「……は?」
「セシウを連れてこい。これからヒュドラと連絡を取るのだから。全員いなければ意味がないだろう」
……なんでそれを俺に言うかね!
あからさまに嫌そうな顔をする俺など気にもかけず、クロームは再び目を閉じ俯く。
言うことは言ったぞ、ということらしい。
まあ、原因の一端は俺にもあるわけだし、行っとくべきなのかね……。
俺は頭をぼりぼりとかき、クロームへ出来る限りの不満を訴えるべくため息を盛大に吐き出してから、だらだらとした足取りで階段に足をかける。
「ふふ、頑張ってね、ガンマくん」
「何を頑張れって言うんだよ……」
背後で手を振るインジスに悪態をつきつつ、俺は階段を上っていく。
正直、今セシウと二人っきりって状況はあんまり好ましいものじゃないんだが……。
まさか――俺が贈ったピアスがこんな事態を招くとは思ってもいなかったぞ。
キマシタワー