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Alternative  作者: コヨミミライ
Is Cr Duty or Obligation?―善良のカタチ―
35/113

One Days Cs & Mn―とある昼下がり―

「んー、シナモントースト一つ。あと抹茶ティーラテを頼む。あー、抹茶ティーラテはオールミルクのパウダー多めで」

「はい畏まりました」

 先程と違う喫茶店のテラス席でカリーヌは慣れた調子でウェイトレスに注文をしていく。短時間に二回目となる喫茶店、俺とセシウは一つのメニュー表を二人で眺め、何を頼もうか迷っていた。

 さっき来たばっかだしなぁ……どうすっかね……。

「君達はどうするんだ? さあ、何でも頼みたまえ」

「うっせ、払うのは俺らだ」

「なぁに、細かいことは気にするな。それでどうするんだ?」

 細かいことはないんだが。金に関わることで細かいことなんて絶対にない。金はいつだって大きな問題なのだ。勇者一行の保有する資金の一切を管理する俺が言うのだから間違いない。

 とはいえ、いつまでも悩んでるわけにはいかないよな。

「セシウは決まったか?」

「んー……じゃあ、私は……ココア、アイスで」

「はい、ココアのアイスですね。サイズは如何なさいますか?」

「んー、Mで」

「俺はどちらかというとSです」

「うっさい」

 ちょっと余計なこと言ってみるとメニュー表で頭をぽんと叩かれた。

 さすがにこの程度のネタじゃ赤面しなくなってきたな……。はぁ、みんなこうやって大人になっていくんだな。

 時の流れとは全く残酷なものである。

「で? ガンマはどうすんの?」

「あー? じゃあ、ブラック。アイスで。Sで」

「ガンマはどっちかっていうとMだと思います」

「るっせ」

 セシウの反撃を冷たくあしらって俺はメニュー表を畳み、カリーヌからもメニュー表を受け取り、二つ合わせてウェイトレスへと返す。

「はい、畏まりました。それでは少々お待ちください。ごゆっくりどうぞ」

 深々と頭を下げて、ウェイトレスは店内へと戻っていく。ミニスカに包まれた、安産型の尻が揺れるのを俺は見送る。いいケツだ。むっちりしていてたまらんな。誘うように振りやがって……あれは凶器だぜ。

「ガンマくんよ、女性の体育が気になるのは分かるが、少しは理性を効かせたらどうだ?」

 横から釘を刺され、俺は眼鏡を押し上げて、顔を向かいに座るカリーヌへと戻す。カリーヌはゆったりと椅子に座り、腹部の上で指と指を組み合わせていた。

 唇には穏やかな笑みを湛え、俺達をじっと切れ長の目で見つめている。

 僅かにそよ風が吹き、テラス席を取り囲むように茂った木々がさわさわと葉を擦り合わせ穏やかな音を奏でていた。

 喫茶店の店内を抜けた先に設えられたテラス席の床は板張りで、周囲は木製の柵で覆われている。テラスにはいくつもテーブルが置かれているが、いるのは俺達だけだ。だというのに何故か俺達はテラスの隅っこの席に座っていた。

 カリーヌの希望だ。カリーヌが座っているのは柵側の席で、背後には一際幹の太い木が佇んでいる。傘のように広がる梢によって出来た影がカリーヌを覆い隠していた。硝子の破片のような木漏れ日がカリーヌの白いワンピースの上で、きらきらと輝いている。

 カリーヌの服装の唯一の問題点であった黒革のライダースは椅子の背凭れに引っかけてあり、今のカリーヌの服装は本当に清潔感のある清楚なものであった。

 ずっとこのままなりゃいいのにな。あのライダースはこいつの顔立ちにはあってるが、ワンピースにはどう考えても似合っていない、

「お前って、この店の常連?」

 俺は頬杖をかき、カリーヌへと訊ねる。

「ん? どうした? 突然」

「いや、なんか手慣れた感じだからよ。さっきの注文とか」

 普通、あんな注文の仕方はしないだろう。よほどの常連じゃないと分からないはずだ。

 俺の問いにカリーヌは「ああ」と僅かに笑う。

「ああやって注文すると美味しくなると知り合いに聞いたのだよ」

「知り合い?」

「ああ、この街に住んでいる者なのだがな、アタシがこの街に滞在しているのも、その知人にいろいろと聞きたいことがあるからなんだよ」

 そういや、こいつは旅の身だったか。

「それって旅の目的とも関係するわけ?」

「んー、まあ、そんなところと言うべきかな」

 ふーん。

 なるほどね。

「ただの観光ってわけじゃねぇんだ。一体何のために旅してんだ?」

「まあ、一種の考古学的研究というのかね?」

 くすりと笑って、カリーヌは背凭れから背中を離し、テーブルの上に肘をついて両手を組み合わせる。

 その両眼には怜悧な光が宿っていた。どこか冷たささえ覚える、洗練された知性的な瞳だ。

 そこで俺は気付く。こいつの全てを射貫くような目は、あらゆるものから情報を収集するための目なんだと。

「考古学? このご時世にか?」

「ふふ、不毛な学問だからな、今の時代は。なんせ、終末龍によって文明のほとんどは完膚無きまでに破壊されてしまっている。考古学で振り返られるものはほとんどない。終末龍が現れる前、およそ二百年前までの記録は文献で遡れる上に、それ以前のことはほとんど掘り返せない。何とも馬鹿らしい学問となってしまったよ」

 カリーヌは自嘲気味に笑い、ゆっくりと目を細めた。

「終末龍はありとあらゆる文明を破壊する、百年に一度必ずやってくる避けられない厄災だ。人類は今まであらゆる手を以て、文明を守ろうとしたが、その悉くが跡形もなく消え失せた。今アタシ達が生きているこの世界も、その当時生き延びた数少ない人々が必死に復興した成果だ。しかし、あと二年も経てば、終末龍はやってくる。もうすぐで、今ある文明も破壊し尽くされるだろうな」

「不条理な話だな」

「本当に、な」

 カリーヌはどういうわけかくすりと穏やかに笑い、首を傾げてみせる。なんだろうな、こいつがたまにするこの柔らかい微笑は。

 不意打ちでくると少し惹かれそうになる。

「まあ、考古学っていうのは今のご時世、あまり頼りにされていない学問だろ? 過去にあった文明の多くは完全に破壊し尽くされ、どれだけ掘り返そうと、ほとんど使える情報なんてないって言われてる。文明が破壊される前の世界は当時生き残った人間の方が詳しいし、文献だって残されてる」

 まあ、そうなれば調べるべきは二百年以前の世界であるわけだが、これに関してはほとんど調べようがない。

 終末龍は地形を変える。陸を海にする。海を陸にする。雪国を砂漠に、砂漠を雪国に変えてしまう。山が平野に、平野が山になってしまう。

 過去を振り返ることなんてほとんど不可能だ。

 もしかしたら大地を掘り返したり、海中を探索すれば、いろいろと終末龍によって消え失せた世界の遺跡なども発掘できるのかもしれないが、そんなことに資金を提供してくれるような奴は滅多にいない。

 今の時代、学問の必要性っていうのは、そのまま終末龍へ対抗できる技術を生み出せるかどうかなのだ。それ以外のことに金をかけてくれる奴らはいない。

 だから考古学っていうのは、あまり大事に取り扱ってもらえていない。同情すら覚える学問だ。

 今まさに終末を迎えようとしている世界で、そんな学問に傾倒するなんて物好きな女もいたもんだ。

「なのになんでお前、考古学なんて」

「まあ、なんていうんだろうな。アタシの研究対象っていうのは少し変わったものでな。アタシは、終末龍に関して考古学的研究をしているんだよ」

「終末龍の研究? そりゃまた……」

 物好きの二乗だな。

 とんでもない変わり種としか言い様がないな。

「物好きの二乗、と思うだろう?」

 唇の片端を吊り上げて、カリーヌは妖艶に笑う。自嘲ではなく、どこか諦めたような笑みだった。

 きっと、もう何度も言われてきたことなんだろうな。

 ずばりと思っていたことを言い当てられて、俺は少しばかり戸惑ってしまう。

「まあ、正直な」

「アタシ個人としては、悪いことじゃないと思うんだがな。やはり世間一般はそうなるか」

「だってどう考えてもよ――」

「お待たせ致しましたー」

 と、そこでウェイトレスが注文した商品を持ってやってくる。器用に片手で円盤状のサービストレイを支え、俺達が囲むテーブルに飲食物を置いていく。

俺はそれらを、頼んだ奴らの前に移動させる。

 抹茶ティーラテをカリーヌへ、ココアをセシウへ、ブラックコーヒーを自分のところへ引き寄せ、最後のシナモントーストはカリーヌ自身が受け取った。

「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」

「ああ、大丈夫だ。ありがとう」

 カリーヌはシナモントーストが二枚載せられた皿をテーブルの上に置き、ウェイトレスへと穏やかに笑いかける。清楚で清純な純白な笑みだった。これだけ見たら本当に素晴らしい令嬢なんだけどな。

 どうやら外面はいいらしい。

 ぞっとするな。

 ウェイトレスが店内へと消えていくのを見届けて、俺とカリーヌは再び向かい合う。

「何にしても考古学の見地から終末龍を研究するなんてのは、おかしな話じゃねぇか。そりゃ終末龍を研究して、その正体を探ったり、対応策を練る動きもあるが、考古学でそりゃおかしい。どう考えても」

 まあ、あらゆる視点から終末龍に関する研究はされてるが、どれも成果は出せていない。なんたって百年に一度姿を現すだけなのだ。しかも下手に近付けば、人間なんて簡単に死ぬ。サンプリングさえまともに採れていないような現状だ。

 とっかかりさえ見出せてないんだよな。

 終末龍が発生する原因を解き明かせれば、いろいろと策が練れるんだけどな。終末龍が出現したら勝ち目がない。これまでも《創世種(エレメント)》が、出現した終末龍に対抗しようとしたらしいが、その悉くが還らぬ人となったそうな。まあ、ヒュドラから聞いた話だけどな。

 なんでまあ、俺達は終末龍が出現する原因を突き止め、なんとしても出現を事前に防がなければならないわけだ。

 俺の反論に対して、抹茶ティーラテをストローで吸い上げたカリーヌはふむ、と頷く。

「確かに、な。終末龍は世界の様相を一変させる。そのために得られる情報も限られている。しかし、それはまともに終末龍のサンプリングが出来ていない、他の学問でも同様だ」

 そこでカリーヌは椅子から身を乗り出し、妖艶な上目遣いで俺を見つめる。長い睫毛のかかったサファイアの瞳が不敵に煌めく。

 見つめた者の心身へと絡みつき、その本質を見透かすような恐ろしい、それでいて惹き込まれるような底のない瞳だった。

「アタシはね、ガンマくん、終末龍の始原――始まりを知りたいんだ。いつ、どこで、どんな理由で誕生したのかを突き詰めたい。あれが、どうして、この世界に現れ、そして世界をやっつけようとしているのか、それを私は知りたいんだ」

 くすりとカリーヌは口角を上げ、答えを促すように首を傾げた。

 どこか淫猥なその表情に、俺は僅かに辟易とし言葉に詰まる。こいつの言葉を理解するのに時間がかかる。えーと、つまり何だっけ……。

 あー、うん、そうだ。

 終末龍の起源を研究しているんだっけか。

「そりゃまた、随分と壮大なテーマだな……。気が遠くなりそうだ」

「それはな。とっかかりも何もなかったからな。協力者もいない。だからアタシは世界中を旅している。そうやって少しずつ各地の文献を読み漁って、書物の海から終末龍の正体を探り出そうとしている。まあ、あまり実を結んではいないわけだがな」

 自らの努力を滑稽だと嘲るように諦観の滲む笑みを潜めるように浮かべ、カリーヌは前のめりになっていた身体を引き戻した。

 倒れ込むように椅子に腰掛け、腕を組んだ。

「全く――ないわけじゃあないのだがな。終末龍の起源を突き止めることができれば、その対応策も見えてくるとアタシは思っている。どうだろうか?」

「そりゃ分かるんなら、使えそうな話だけどな。結果が出なきゃなんだって意味がねぇだろ」

 世の中、結果が真実だ。これは俺の持論でもある。どんなことでも結果が出なきゃ意味はない。価値がないわけではなく、意味がない。

 俺はそう考えている。

「正論だな。そう言われ続けているよ。成果が出れば、またアタシへの扱いも変わってくるとは思うのだがな」

 眉を顰めて、カリーヌはずっと放置していたシナモントーストへと手を伸ばす。カリーヌの小さな口が開かれ、覗いた皓歯が満遍なく焼き上がったパンの端へと立てられる。カリッという香ばしい音が耳に心地よい。

 風に運ばれたシナモンシュガーの香りは鼻腔から流れ込み、空腹気味の胃さえちりちりと刺激する。

 傍らに座るセシウは最早、俺達の話を理解するつもりもないらしく、テラスから見える景色に目をやりながらストローを咥えている。

「おい、話終わったぞ」

「ん? あー、終わったの?」

 もう完全に俺達の話を理解することは諦めていたようだ。まあ、無理もないか。すでにクリアカップに詰まったココアは半分ほどになっている。

 こうやって真面目な話をしてる時は、自分なりに時間を潰して、不平不満を言わないセシウには本当に助かる。こっちも真面目に話を続けられるしな。

 まあ、あとでお詫びになんか買ってやるか。先程、本探すの手伝ってくれたのも含めて。

「すまないな、セシウくん。置いてけぼりにしてしまって」

「あっ! いえいえ! そんなことは全然……! ダイジョブです!」

 殊勝に謝るカリーヌに、セシウはあたふたと上擦った声で言って、最後には何故かガッツポーズまで取ってみせる。そんなセシウの奇妙な身振り手振りに、カリーヌは頬を綻ばせた。

「セシウくんは面白い子だな。どれ、お詫びに、と言ってはなんだが、このトーストを一枚差し上げようではないか」

 カリーヌは指先でトーストの載った皿をテーブルの真ん中まで押し出す。

「あ、いや……そんな……! 申し訳ないですし……!」

 遠慮するセシウにカリーヌは「はっはっは」と闊達に笑う。

「いいのだ。もともとガンマくんの奢りなわけだしな。存分に食べるといい」

「は、はあ……。そ、それじゃあ……頂き、マス……」

 ぎこちない口調で申し訳なさそうに頷き、セシウはおずおずとトーストへと手を伸ばす。袖から覗く指先がトーストを摘み、怖ず怖ずと引き戻されていく。

「そこまで怯えることはないだろ」

「あ、はい! す、すみません……!」

 びくりとして素早くトーストを掴んだ腕を引き戻し、セシウは慌てて謝る。そんな見知らぬ土地に投げ出された小動物のようなセシウに対し、カリーヌは肩を竦めて、俺へと目を向けてくる。

「セシウくんはいつもこんな調子なのか?」

「ん……いつもっていうか見慣れない奴がいるといつもこんなかな。知り合い同士だともっと威勢はいいけど」

 基本的に人見知りなんだよな、こいつ。

 馴染めば素が出るし、馴染むのも相手によるが基本的に早いし。それまでが問題なんだよなぁ。

「そうなのか。私が嫌われているわけではないんだな?」

「ああ、多分ない」

「あ……なんか……別にそういうわけじゃなくて……えーと……その……なんか、すみません……」

 なんとか事情を説明しようと思ったらしいが、言葉が見つからなかったようでセシウは弱々しく謝って俯いてしまう。

「まあ、いいさ。気にせずに食べてくれ」

「あ……はい……ありがとうございます……」

 穏やかに促され、セシウは両手で大事そうに持ったトーストを口元へと運んで、齧り付く。

 まさに借りてきた猫である。

「普段はもっと吠えてんだけどな」

「ほ、吠えてなんかない! 犬みたいに言うなぁっ!」

「ほら、こんな感じ」

「なるほどな」

 反射的に言い返してくるセシウを指差す俺に、カリーヌはふむふむと頷く。

 思わず素を晒してしまい、俯いたセシウの頬は紅い。いつもこんな感じだったらいいのにな、こいつ。

 ……一瞬血迷ったが、それはそれで怖いな。

「君達はこれからどこかへ買い物に行くのか?」

 トーストを囓り、カリーヌは俺達へと訊ねてくる。

「ん? そうだな。服とか、本とか、買う予定だな。あと武器屋にも行く予定だ」

「ほう。それはまた忙しいじゃないか」

「まあな」

 一番大変なのは服の調達だ。

 なんせ、この前の一件で荷物の大半がなくなっちまったからな。今着ている服だって間に合わせで調達してもらったもんばかりだ。セシウのパーカーがぶかぶかなのもそのせいである。あんな身なりじゃ表を出歩けないからな。ちょっとある人物に頼んで準備をしてもらった。

「その買い物に私が付き合っても大丈夫なのか?」

「いや、別に付き合ってもいいけどよ……。そんなに面白いもんじゃねぇぞ?」

「構わないさ。私からすれば面白そうだ」

「それなら、別にいいけどよ」

 特に断る理由はない。

 いい女との買い物はそれだけで楽しいものである。セシウと二人っきりでいる気まずさも緩和されるし、俺としても助かるしな。

 正直、セシウももう少し他人に慣れるべきだと思うし、いい機会だろう。

 しっかし……正面と脇からシナモンの匂いがきて、俺の胃が刺激されている。

 なんか腹減ってきたな。帰ったら、なんか適当に食っておくか……。


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