Cr's are Thinkerー深く、淀みへー
脇腹が酷く痛む。刺されたのだから当たり前だ。
混濁していく意識、時間は汚泥のように緩やかな動きへと切り替わり、全ての音がくぐもり遠のく。
セシウとリーシャは今まさに俺へ駆けようとしている。
その場に崩れるように座り込んだすぐ傍、俺の隣にエルフの少年の顔がある。瞳は揺れ、何かを拒絶するように頭を振り、俺の血に染まった掌を見つめていた。
俺の手から滑り落ちた拳銃が重々しい音を立て、少年の肩がびくりと震える。
視界の端で白い影が迫った。銀の閃き。俺は少年の肩を掴み、強引に後ろへと引き倒す。
全ての音に靄がかかり、酷く不鮮明で苛立つ。この体一つの動きの遅ささえ腹立たしい。
動け、動け、もっと速く。
手を伸ばし、眼前に迫った銀の切っ先をその手で掴み取る。
脳を駆け抜けるさらなる刺激。鋭角の感覚が脳髄に突き刺さり、世界全体にかかっていた靄が一瞬にして晴れ渡る。
同時に握り締めた剣が食い込んだ掌は夥しい量の痛みという情報を送り込んできた。
「っ……!」
呻きを押し殺し、俺は短剣を持って迫る眼前のクロームを睨み付けた。ギラギラと輝く目は力強く、怒りに顔は歪んでいる。
「何故邪魔をするっ!」
裂帛の叫びに全身がぴりぴりと痛みを感じる。
脇腹からは血が溢れ、掌の血はナイフを滴り、ぽたぽたと落ちていく。
熱に浮かされ、先程の刺すような鮮明さも消え、体が億劫になってくる。
駆け寄ってきたセシウは俺とクロームの間に割り入れず、立ち尽くしていた。リーシャは俺の脇を抜け、立ち尽くす少年を庇うようにしゃがんで抱き締めている。
「殺す必要はねぇだろ……」
「貴様を刺したのはそいつだぞ! 何故貴様が庇うっ!」
「こいつは敵じゃねぇ……敵と決めつけるのは早い……」
「疑いがある時点で殺すべきだ。そいつは敵性種族だぞ!」
クロームがナイフを俺の手から抜こうと引く。さらに強い力で握り込むと、ナイフが深々と肉に食い込み、さらなる痛みが襲ってくる。
ちょうどいい。意識を覚ますにはこれくらいがちょうどいい。
「怯えてるだけだ……勇者が子供を殺すもんじゃねぇだろ……」
薄れていく意識を抑え込み、必死に声を絞り出す。
ダメだ。まだ弱い。説得しろ。クロームを。
「俺は人間にとっての英雄だ。敵性種族であるエルフの味方をするつもりはない」
「それでもこいつは被害者で、ただの子供だ……。子供を殺すのがお前の正義かよ……」
「姿形に惑わされるな、そいつはエルフだぞ! 俺たち人類に仇なす存在であることに変わりはない」
「こいつはただの子供で、こいつがこんなとこまで来ちまったのは俺たち人類のせいだろうっ!」
反論しながらも頭の片隅でなんとなく理解する。
こいつはエルフを助けることに乗り気ではなかった。エルフの子供達を敵の只中に置いていったのも今なら頷ける。確かにクロームは今までの会話でエルフに対する言及を避けていた。
こいつにとって守るべき者はただ人間だけであり、それ以外は救うべき者としてカウントされていない。
どれだけ容貌が人間に似通っていようと、クロームにとってエルフは人間ではなく、エルフという別の生き物でしかないんだろう。
「エルフを攫い、エルフが攻め込む理由を作る存在。彼らもまた唾棄すべき存在だ。彼らも打ち倒さねばならぬ存在なのは違いない。しかし、それとこれは別問題だ。俺は別にエルフを救ってやるための存在ではない。敵意の見られる行動をするのならば、そして何より俺の仲間に害がある以上、俺はそいつを殺す」
「ダメだ……こいつは殺させない、俺の命に代えても殺させはしねぇ。こいつはただの被害者だ」
「現にそいつは今、お前の脇腹にナイフを刺した。貴様の腹でわだかまる熱がその証拠だ。お前はそいつに刺されたんだ」
「それには理由があるはずだ!」
「理由なんてどうでもいい。貴様に傷を負わせたことは純然たる事実だ!」
「ふざけんな。リーシャたちを攫った張本人である奴が、心意気の合う同好の士だからと友情を芽生えさせておきながら、エルフ族というただそれだけの理由でこいつの過ち一つに対しては、死を以てしか償わせないっていうのか。そんなのここの連中と何も変わらねぇ価値観じゃねぇか」
俺の反論にクロームの顔が一瞬怯んだと思った矢先、その顔はさらなる怒気に乱れる。
「同じというのか貴様は! ここの連中と俺の価値観が同じだというのか!」
「エルフだから売買しようが人間じゃないんだから問題はない。エルフだから殺してしまおうが人間ではないから罪がない。何が変わらねぇっていうんだ! てめぇは物の命に貴賤をつけようとしてやがるっ! 罪もない命を生まれなんていうくださらねぇ理由で奪うことのどこに正義があるんだよっ!」
俺の放った言葉の弾丸はそのまま跳ね返り、俺の心さえも清々しく、鮮烈に撃ち抜いた。
悪人だから殺してもしょうがない。秘密を知られたからにはしょうがない。これは世界を救うため。共に戦う仲間を失わないため。
そういう理由で組織の一味である青年を殺し、果てには罪もない通りすがりの娘さえも殺した俺自身の心臓をも貫く。
何故あいつらは俺たちにとって殺してもいい存在となり、またこのエルフが殺すべきではない存在に分類されるのか。自身の定義と定規に惑う。
「全ての命に貴賤なく全てを平等に救う。それができればどんなによかっただろうな……! だがそれではいかんのだ! あの村の一夜で分からされた! 身を以て痛感した! いや、痛みを感じるのがこの身一つであればどれだけよかったことか!《魔族》とさえ手を取り合う道を模索すべきだと思っていたが、あいつらにそのような余地はなかった! 徒に余興の一つとしてあの村の人々の命を根こそぎ奪ったあのような連中は、またその可能性を持ちうるものは殺しきるべきだっ!」
「そんなの虐殺じゃねぇか! てめぇはハーヴェスターシャに使役されるだけの虐殺者にでもなるってぇのか!」
声を絞り出し、反論を頭の中で考える。その片隅で、俺はあの村でこいつとした会話を思い出す。
俺たちには《魔族》を、また人間に仇なす存在を堂々と殺せる権利がある。力がある。何より義務がある。
人類を脅かす存在を殺すことが許された存在だからこそ、俺たちはその力の使いどころを見誤らず、取り合える手は取るべきだと、こいつは言っていた。
その言葉に俺は、何と返した?
短剣を引き抜こうとするクロームの力が弱まる。
切っ先の向こうに見える剣を表したような男の顔から抜き身の激情が消え失せ、どこか凪いでさえいた。冴え冴えとした刀剣の冷たい輝きを思い起こさせる。
「貴様は言った。勇者とは民衆の意を体現してこそ勇者足りうる、と。その通りなのだろう。ならばこそ、俺は民衆が敵とする者を一切の迷いもなく、刃を曇らせることなく、ただ斬り伏せる剣となるべきだ」
「そんなのはただの思考停止の言い訳にしかすぎねぇよ。てめぇは今、自分が誓った在り方を貫くとするには、あまりにも矮小な命を目の前にして生まれた躊躇いを消すために子供を殺そうとしている。お前がどんな価値観を持とうが勝手だが、それに罪のない命まで巻き込むな」
視界の端に短剣が映る。気付く。
クロームを説得し得る最高のカードがそこにはあった。
「剣を引いてくれ。そんで見ろ。そこに落ちてる短剣を」
刃を引かぬまま、クロームの視線が俺のすぐ傍に転がる短剣へと向けられる。
リーシャはエルフの子供を守るようにきゅっと一層強い力で抱き締めた。
訝しむように短剣を見たクロームの目が理解し、そして目が驚きに開かれる。
「これは……」
「プラナの短剣だ。どういう経緯かは知らないが、こいつはどこかでプラナと会っている。間違いなくこの建物にプラナもいるんだ」
「そんな……まさか……」
「リーシャ、その子の傷をちょっと見てくれ」
「え?」
少年の剥き出しの手足には無数の血痕がこびりついている。渇き始め、体に貼り付いてはいるが多少水気が残っているように見えた。恐らく血がついてから、それほど時間は経っていない。
「血がついてる場所に傷口はあるか?」
脇腹の痛みがどんどん酷くなってくる。熱量は増すばかりでしばらく収まりそうにない。
頭も少しぼーっとしてきている。
手放しそうになる意識を必死に繋ぎ止めつつ、俺はリーシャが少年の矮躯を確かめるのを待った。
「小さな傷はあるけれど……血が多くついてる場所には傷が見えないわ。これがどうしたっていうの?」
「クローム、分かるか。これは推測にすぎねぇが、多分こいつはプラナの治癒魔術を施されている。プラナはこいつを助けようとしていたのかもしれない」
「それは希望的観測だ。事実は分からないだろう。プラナも含めて騙されている可能性も考えられる」
「それでも、だ。お前はあいつが必死に繋ぎ止めようとした命を、ただエルフだからって理由で奪うのか? あいつがやってきたことを無駄にするのか?」
……しばしの沈黙。
クロームの目が俺を見つめ、自分の手元に落ちる。エルフの少年へと向けられると、リーシャの体が強ばり、少年を隠すように抱き締める。白銀の切っ先はプラナのナイフを射貫き、そしてまた俺の目を真っ直ぐに見つめた。
再びの沈黙。
やがてクロームはそっと身を引き始める。併せて俺も短剣を握る手を離す。食い込んでいた刃が痛覚を撫で上げ、痛みが腕を伝わり脳へと駆け上がっていく。
痛みに顔が歪んでしまう。額には脂汗が浮き、脇腹からはまだ血が流れ続けている。
さすがに血を流しすぎた。結構気に入ってたんだけどな、このスーツ。
「勘違いするな、そいつを見逃したわけじゃない。ただ、この場にプラナがいるのなら、合流するのが先決だというだけだ」
「分かったよ。それでいいさ」
素直じゃないね、全く。
それでもいい。
今、こいつの命を救えたのは事実だ。
クロームが離れていくのと同時にセシウが駆け寄ってくる。リーシャも安堵のため息をついて、その場にへたり込んだ。
「ガンマ! 大丈夫?」
セシウが今にも泣きそうな顔で俺の顔を覗き込んでくる。
「刺すことは多いが、刺されんのは慣れねぇな。こいつぁ次から女性に優しくなりそうで。前よりも一層」
「冗談言ってる場合じゃないでしょうよ……もう」
くだらない冗句にリーシャが呆れたように笑っている。
しっかし、こんな場所に連れ込まれ、今もまだ敵陣のど真ん中だってのに堂々としてるし、よくもまあクロームに口答えしたり、子供を庇ったりできるよな。
お嬢様とは思えない行動力と度胸だ。
立ち上がろうとすると酷く脇腹が痛む。ああ、血を出しすぎた。めっちゃクラクラする。
傍にしゃがむセシウが泣きそうな顔になってやがる。自分の傷は気にしないくせに、なんで他人の傷で泣きそうになるかね、こいつは。
「無理に動かないで。とりあえずだけでも治してあげるから」
「治すったって、お前どうやって?」
応急処置でどうこうなるレベルじゃねぇだろ、これはさすがに。
俺の素直な疑問にしかしリーシャは悪戯を思いついた子供のように笑う。
どこか挑戦的でもあった。
「あら? 私、これでも治癒魔術の心得はあるのよ?」
「はぁ? マジかよ?」
「マジよ、マジ。貴方のところの魔術師さんほどじゃあないけど、それなりには治してあげられるから。ちょっとじっとしてて」
言いながら、リーシャは俺の脇腹にそっと手を当てる。
手の平から湧き上がる赤い光がリーシャの顔を照らし出した。長い睫毛を伏せ、傷口をじっと見つめるリーシャ。その顔は相変わらず整っていて、ただここに来る前よりも芯の通った女性の顔に見える。
傷口の周りにさらなる熱が帯びる。リーシャの手の柔らかな温もり。そして指の隙間から漏れ出す赤い光の熱。刺すようなちくちくとした痛みだった。
微かに顔を強ばらせる俺に気付き、目だけで俺を見たリーシャはすぐに目を手元に戻す。
「ごめんなさいね。不慣れなのもあるけど、火の元素での治癒はもともと痛みが出やすいの」
「それは構わねぇが——火の魔術しか使えないのか?」
「火と風、よ。風の魔術はそんなに扱えないけれどね。まあ、どっちもどっちって言えばそうなんだけど」
ちくちくとむず痒い痛み。どうにもこそばゆい気もする。
「ガンマ、プラナがまだここにいると思うか?」
ふっとクロームが口を開く。先程から周囲を落ち着きなく見回していたが、気配を探っていたのかもしれない。
クロームにとって、一番の懸案事項はそこなんだろう。
「どうだろうな。あいつがこいつを治療したとして、なんでプラナの護身用の剣を持っていたのかは分からないし、治療までして、そのまま置いていくってのも、なんか考えにくいっちゃにくいんだよな」
真っ先に思い当たるのはプラナがここの連中によって、何らかの傷を受けた可能性。それもかなり致命的なものを。
守っていたエルフの少年にせめてもの武器を渡して逃がした、というのも十分に有り得る。
一番自然な流れだろう。三人も同じ予想に行き当たったらしく、口を噤んでいる。
プラナの実力は相当であることに間違いはない。ただ、魔術師個体の戦闘力も多人数を相手取るとなると話は変わってくる。
対多数用の範囲魔術がないわけではない。問題はその魔術を準備できるだけの時間をどう生み出すか、だ。
魔導式の構築には集中と、規模に応じて増減する時間が要される。集中し、魔導式の構築に意識を割けば、その分行動には少なからず乱れが生まれてしまう。かといって迫り来る敵をやり過ごしなら組み上げ、放てる魔術が強力とは言えない。
人智の及ばぬ奇跡を生み出す魔術も、数の力には非力なものだ。
「……プラナは大丈夫だ。あいつは強い」
結局、最も焦ってるクロームが、俺たちの中で一番、プラナを信じてるんだよな。
それでも焦るのは、それだけ大切な存在だからなのかもしれない。
ふと、頭上で物音が聞こえる。何かが転がるような音。次いで破砕音。
誰かがいる。音の激しさは争っているようにも思える。
それぞれに天井を見上げ、視線を戻せばクロームと目が合った。
「どうする?」
最初に問うてきたのはクロームだった。
俺はリーシャに目を向ける。視線に気付いたリーシャは一度俺の傷口を一度見つめた。
「……傷の具合からして、そう長くはかからない」
「どれくらいだ」
「長く見積もっても三分くらいかしら」
「長いな」
俺の問いに答えたリーシャの推定時間にクロームが短く呟く。
この場合の最善はどうなんだ。安全策ばかりを選んでいられる状況でもない。
もし上にいるのがプラナだとして、プラナならば大丈夫と決めつけていいものか……。
「クローム、セシウと一緒に行け!」
「お前は?」
「後から行く!」
言葉を受け、クロームはもう一度天井を見上げ、肩を竦める。
「分かった。時間を稼げばいいか?」
思わぬ言葉に一瞬呆けてしまう。
まさか言葉を先読みされるとは思っていなかった。
「あ、ああ……そうだな。何があるか分からない。不審な行動があったら、無理に距離を詰めずに、拮抗状態に持ち込んでおいてくれ」
「だろうな。セシウ、行くぞ」
「りょーかい!」
快活な返事をして、走り出したクロームにセシウが続く。
勇者一行が誇る俊足の持ち主である二人は一対の風となり、瞬く間に部屋を飛び出していった。
「よかったの?」
「さぁな。絶対に正しいって分かる選択はねぇし、絶対に間違ってると言える選択もねぇよ。賽の目が出た後でさえな」
思わずため息が漏れる。
矢継ぎ早にいろんなことが起こりすぎた。息堰く間がないっつぅのはこういうことを言うのかねぇ。
まだ何も終わってないが、ようやく一息つけた気がする。
『お前も災難だったな。せっかくの一日だったってのに」
「そうね。生まれがいい弊害なのかしらねー」
冗談めかしたリーシャの返しに、思わず頬が緩む。
「生まれも育ちも悪い俺まで災難に巻き込まれてんのはどういうことかね。持って生まれた美貌の弊害か?」
「持って生まれた不運じゃないかしら? あの商人さんも言っていたじゃない?」
「お前までそれ言い出すかよ……」
ちょっとデリケートな部分を突かれて、思わず苦笑いが零れる。
嫌なもんだね。会って数日の奴にまでこんなレッテル貼られるなんて。
静かにふふっと笑ったリーシャが俺を見る。
「でも、助けにきてくれたわね」
「そりゃあ、まあ、な」
見過ごせるわけがない。
「あんたが助けようと思ったのは、私? それともセシウ?」
そっと漏れた一言に一瞬目を瞠る。
リーシャは俺の傷口に顔を向け、治療に専念している様子だった。今の言葉が嘘に思えるようほどに凪いだ表情だ。
「冗談よ。ちょっとした意地悪」
「悪質な問いかけだな」
「ちょっと痛い方が飽きがこないわよ」
綺麗な花には棘があるもんか。
今の問いかけは答えに困ったし、ここにはいないセシウを蔑ろにすることも、こいつを突き放すようなことも言えない俺は相変わらず地に足がついていない。
「さ、終わったわ。傷の具合はどう?」
ふっとリーシャの手から光が消える。ナイフの食い込んだ指の傷はすっかりなくなっていた。腹部の傷も同様だろう。
傷があったはずの場所に残っているのはひりひりとした痛みだけ。火の魔術による治癒の弊害かね、こりゃ。よく見ると、傷があった場所の周辺はほんの少しだけ赤らんでいた。
「まだ少しふらふらすんな」
「造血は難しいのよ。私には使えない。あとであの魔術師さんにしてもらいなさい」
「ああ、そうだな」
今までプラナが身近にいたから当たり前に思っていたが、あんだけの傷を受けても足止め喰らうことなく旅を続けていられるのは、あいつの桁外れの魔力によるもんなんだ。
リーシャは劣っているわけではなく、プラナが常軌を逸して有能なだけのこと。
「さ、行きましょう? 二人を待たせるわけにはいかないわ」
「休んではいられねぇか」
休むのは全てが解決してから、だ。
まだ力の入らない体を叱咤し、ゆっくりと立ち上がって、俺はリーシャの影に隠れるエルフの子供を見た。
「本当は早く安全な場所に連れて行ってやりてぇどころだが、もう少しだけ辛抱してくれよ」
おずおずと俺を見上げる少年の柔らかい髪をくしゃりと撫で、俺は息を吐き出す。
選択の連続。選択の次には選択が待ち構え、いつまで経っても答えは出ない。
頭の片隅にわだかまる「これでよかったのか」という問いに答えるものはなく、ただその懸念が長い時間の中で一つずつ零れ落ちていく。
一体誰が人々が積み重ねた選択の正誤を教えてくれるんだろうか。