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Alternative  作者: コヨミミライ
La's Bathos—仕組まれた賛美歌—
105/113

Cr's are Thinkerー深く、淀みへー

 逸る気持ちは抑えきれず、俺は路地裏を疾走していた。

 知らない街、知らない景色、いくら地図を頭に叩き込んだとしても、やはり実際の走るのとでは訳が違う。頭をフル回転させて、目的地への最短距離となる道を選択し、突き進む。

 この街の地理にも詳しいヘスチナにある程度アドバイスを受けたからこその疾走だった。

 急がなければどうなるのかは分からない。それでも、快いことが行われることはまずないだろう。

 ましてやあの二人は女だ。見てくれだって並以上なのは確かだろう。

 そんな連中が非合法な奴らに捕まっている。

 これで焦らずにいられるか。

 路地裏を突き進んでいると、見知った銀髪が目に入った。建物と建物の隙間のような狭く陰った道の向こうを駆け抜ける影。束ねられた銀色の髪が細い戦旗のように棚引いていた。

 俺は足を止めず、壁を伝う配管を掴み、そこを基点に強引な方向転換を行い、建物の峡谷を突き進む。細道の向こうは変わらず隘路。

 走り去ろうとする背中が目に入った。ハンチングを被っているがあの髪と背格好は間違いない。

「クロームッ!」

 俺の呼び声にぴたりと止まり、クロームは俺へと振り返った。眼鏡越しに微かに紫の風情を宿す白銀の瞳がレンズ越しに俺を睨む。

 なんで眼鏡をかけてんだこいつ。しかもそんな洒落た細いフレームの奴。

「いろいろまずいことになってるんだが、とりあえずお前その眼鏡どうした?」

 歩み寄った俺が語りかけると、クロームの目はより鋭い険を帯びる。

「今まで貴様がムダに生み出した皮肉の中でも、最も苛立つであろうものを、今の俺に言うとは。貴様の剛胆さには恐れ入るな」

 妙に苛立っている様子だ。普段でさえ俺を見る目はキツいってのに、それ以上にキツい。なんでこんなに当たりが酷いのか分からず、俺は肩を竦める。

「なんだってんだよ」

「貴様が癪に障るのはいつものことだったか。これは失敬したな」

 ふんと鼻を鳴らし、クロームは身を翻す。そんなに俺と一緒にいたくねぇのかよ。

 しかし、同時に違和感を抱く。いくらなんでも今日のクロームの様子がおかしいことくらい、俺にだって分かる。

「お前、プラナはどうした?」

 立ち去ろうとするクロームの背中に言葉を投げかけると、まるでその言葉に影を縫われたように静止した。

「……貴様には関係ないだろう」

「お前が理由もなくプラナから離れるわけがねぇだろ。それになんだってこんな場所にいる? 随分焦ってるみてぇじゃねぇか?」

 クロームは背中を向けたまま、黙り込んでいる。

 先程俺がクロームを見つけた時、あいつはこんな隘路を全力で疾走していた。こいつがここまで急いでいるなんてことは滅多にない。

 そして、いつもはクロームの側を離れないプラナが、この場にいない。

 考えすぎなのだろうか。

「貴様こそ、二人はどうした?」

「……連れ去られた」

 俺は苦々しく呟く。

 これは俺の失態だ。クロームにどれだけ責められようと、俺は言い返せない。

 二人から離れたのは俺だ。どんな理由があろうと、それは事実なのだ。

 俺は二人が攫われるまでの顛末をクロームに伝える。クロームは黙したまま、ただ俺の説明を聞いていた。

 その沈黙は怒りなのか平静なのか、俺には分からない。しかし、それは凪いだ海面の奥で荒れ狂う激流を想起させる。

 俺の説明を聞き終え、クロームは嘆息を零す。

「俺のところにも、ゴロツキのような連中がやって来た。それにプラナも俺が目を離した間にどこかへ行ってしまった」

「待て待て、どういうことだ。俺たちを誰かが狙っているていうのか?」

「俺を襲ってきた連中は、俺を誰かと勘違いしているような様子だった。しかし、プラナに関しては分からない。ただ、滅多なことでは輪を乱さないあいつが、一言もなくどこかに行くとは考えられない」

 そりゃそうだろう。プラナは基本的にクロームから離れることがない。

 魔術師としての特性上のこともあって、単独行動というものを取らないように徹底しているような部分もある。

「お前は、この状況をどう思う?」

 俺に向き直ったクロームが、鋭い目で俺に問うた。刃の視線はレンズ越しでも全く弱まることなく、俺を射すくめる。

「……お前を襲った連中が、セシウたちを拐かした連中の仲間である可能性はあるかもしれないが、プラナに関しては分からないな。タイミングが合いすぎているというだけで、同じ連中だと同一視するのは早計だろう」

 人というのは物事に共通点を求める。共通点がある物事を無理にでも関連づけようとする。そこで固まってしまった認識は思考を阻害するだろう。

 ここで俺たちの身に起こったこと全てを同じものだと断じてしまうには情報が足りない。

 少しの間、俺からの情報を受けて呻吟していたクロームはそれほどの時間もかけずに決断したように俺へと再度目を向ける。

「何にしても、セシウと令嬢の救出が先決だな」

「プラナはいいのかよ? 連中程度だったら俺だけでも十分だと思うぞ?」

「令嬢の身が危険に晒されている。早急に助けるべきだろう」

 確かに勇者としての名に傷をつけないためにも、リーシャの身に何かが起こる前に助けるべきだろう。侯爵の娘の体に傷をつけるわけにはいかない。勇者一行が護衛を行っている中で誘拐されるだけでも手痛いというのに、これ以上の失態は犯せない。

 しかし、だからといって、プラナを後回しにしていいわけでもないだろう。

 プラナの身に何かがあれば、勇者一行としては痛い損失となる。あいつの魔術がなくなれば、俺たちは傷を癒す術さえなくしてしまう。俺たちが《魔族(アクチノイド)》との戦闘で傷ついても、すぐに動くことが出来るのはプラナの治癒魔術あってこそだ。

 今後、さらに激化するであろう戦闘を鑑みれば、プラナを失うわけにはいかない。

 そこまで考えて、俺は自分の思考回路に嫌悪感を抱く。

 なんで俺は、完全なる損得勘定だけで、あいつらの命に優先度をつけようとしてるんだろうな。確かに利益と損失がある。世界の命運を背負う以上、個人的な感情など排して、冷徹な決断をすることも求められるだろう。

 それでもプラナは旅の中で何度も助けてくれたかけがえのない戦友であり、リーシャに対して決して浅くはない好意を俺は抱きつつある。

 なのに俺はそういった感情による優先順位を一切つけようとせずに、勇者一行としての損失を考えることに耽っていた。

 薄情な人間だな、俺は。

「どうした?」

 自分の冷淡さに吐き気さえ催している俺の様子がおかしかったのだろう。クロームは訝しげに俺を見ている。

「いや、なんでもない……」

「兎にも角にも、相手はセシウを出し抜いている。お前一人で行かせるのが得策とも思えない。《魔族(アクチノイド)》が関わっている可能性も否定はできないだろう」

「それはそうだが……」

 この点に関してはクロームが正論だろう。

 俺は気ばかりが逸っていたのかもしれない。どんなに相手が頭の回らない小物の集まりとはいえ、間違いなくセシウを出し抜いた何かを隠し持っている。

 それこそ、《魔族(アクチノイド)》が荷担している可能性は濃厚なのだ。

 クロームと協働して、一つずつ問題を解決するのが最も効率的なのは間違いない。

 しかし、そこまで効率を重要視した決断をクロームがすることは、正直俺にとって予想外でもあった。

「まさかお前に論破されるとは驚きだよ」

 俺なりに素直な賛辞に、クロームは大仰に肩を竦めため息をついた。

「俺は俺なりにお前の意見を尊重するつもりだったんだがな。お前に感情論ありきの考えを言われたことの方が驚きだ」

 顔だけで俺を見たクロームは、どこかシニカルな笑みを浮かべている。

 こいつ、こんな笑い方もできるのか。

 普段の振る舞いからは考えられない笑みは、しかしどうしてかクロームの端正な顔立ちに合っているように思えた。

「それに――」

「なんだよ?」

「あいつはそう簡単にやられはしないさ」

 背中を向けて、ごく当然のようにクロームは言う。そこで俺は理解する。

 プラナを仲間として互いに大切だと思っていながら、俺はプラナが危険であるとばかり逸り、クロームはプラナの実力を信じ、だからこそ冷静に物事を見ていたのだと。

 敵わねぇなぁ。

 今更俺がこいつとプラナに関することで妙な口出しをするのは野暮というものなんだろう。

「急ぐぞ。あまり悠長に構えられる状況ではない」

 走り出すクロームの後を追って、俺も地を蹴って駆ける。

 そうだ。急がねばならない。クロームと合流したからといって油断はならない状況だ。

 俺とクロームは歓楽に賑わう街から忘れ去られた道を突き進む。

 こんな時でさ民衆は祝われるべき存在に迫る危機など知らず、穏やかな時間を過ごしている。あいつが生きてきた孤独な世界とはこういうことなのだろう。

 それが無性に、腹立たしかった。

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