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Alternative  作者: コヨミミライ
La's Bathos—仕組まれた賛美歌—
104/113

Cr's are Thinkerー深く、淀みへー


     〆


 プラナは息堰き走る。

 矮躯を背負い、薄暗い廊下を走る。

 素早く、しかし慎重に、背負った一つの命を脅かさないように丁寧に身を運ぶ。

 曲がり角を曲がろうとして、踵を削りながら急速停止すると同時に夥しい銃声が耳を劈いた。

 横殴りの驟雨。数え切れないほどの弾丸が壁に突き刺さり、弾痕が無作為な図面を点描していく。

 魔導杖であるセレナは魔素化した状態であり、手が使えないこの状況では構えることも出来ない。魔導杖の補助なしで魔術を行使せざるを得ない状況だ。

 意識を集中し、自身の魔力で周囲の元素を励起させ、手繰り寄せる。

 あまり強力な魔術は使えない。宝珠の補助がない以上、二種類以上の元素を用いた複合魔術も組成に時間がかかりすぎる。

 魔導式も宝珠にストックしたリソースを呼び出すことができない以上、この場で自分の脳で描くしかない。魔術杖を始めとした補助具は魔術師にとっての生命線だ。

 その場で素早く準備できた上で効果を発揮する魔術を脳内から高速検索し、その場で理論式を構築していく。

 敵は迫ってこない。プラナが出てくるのを待っているのかもしれない。

 別の場所に逃げることを望んでいるのか、単なる足止めなのか、プラナがこの場から逃げ出す可能性にも回らないほどに思考が遅いのかは分からない。それでも付け入る隙は十二分にありそうな相手だ。

 少なくとも魔術師としては絶対に衝かれたくはない隙を衝けない程度には素人なのだろう。

 普段よりも幾分か時間をかけて魔導式の構築を完了し、駆動を開始させる。魔導具の補助なしに魔導式を即興で描き、実際に自身の魔力だけで精密な駆動を行う自体が並大抵の魔術師には至難の業だ。

 宝珠などによる演算、自動調整もない以上、魔導式に伝達する魔力の量、また元素の振る舞いに応じた微調整もその悉く一切を自身の脳で行い、己の組み上げたプログラムに従い、魔力と元素を一定の比率で配合させた熱量は一つの形状へと昇華する。

 掌よりも一回りばかり小さい魔導陣が虚空に複数浮かび上がっていく。その数は八つ。プラナの前面で緩く弧を描くように、横一列に並んだ魔導陣には灰色の光が集約する。

 元素それぞれの属性を発現させる魔術ではなく、ただ単に元素を集める、魔術の基礎中の基礎、無色の魔術。

「おいで(Calling)」

 囁くような呼びかけに魔導陣が呼応し、礫のような魔力と元素の塊が、雫が落ちた水面から跳ね上がる水滴のように排出される。八つの粒は灰色の鈍い光を宿していた。

 あまりムダに力を使うわけにもいかない。最低限の魔力で、効果と時間が最も釣り合った即興の魔術だ。

 魔導陣の描く弧に沿う軌跡を右手でなぞるように水を掻くような仕草で灰色の光の礫を集め、プラナはそれを宙に放った。放物線を描くように投じられた光は頂点で一瞬静止し、次の瞬間には石灰色の軌跡を描く弾丸となり、曲がり角の向こうへと空を裂きながら高速で飛んでいく。

 一瞬聞こえた引き攣った男の悲鳴はすぐさま蛙が潰されるようなくぐもった悲鳴にかき消される。さらなる悲鳴が続く。恐怖に駆られた誰かが引き金を引いたのか、渇いた銃声が交ざる。弾丸が空を裂く音が引き摺り出すようにくぐもった悲鳴が続き、渇いた銃声が複数鳴る。濡れた着弾音。

 流れ弾が誰かに当たったのだろう。

 悲鳴。銃声。風切り音。血の弾ける音。

 阿鼻叫喚。苦痛の交響楽にプラナは耳を傾ける。

 じっくりと音を堪能し、その音が途切れる瞬間を待つ。

 その時、フードの陰りに隠れたプラナの唇は確かに三日月を描いていた。




 プラナが走る。

 後を追い縋るように銃声が鳴る。

 壁沿いを走るプラナが走り去った痕跡を残すように銃弾が壁に撃ち込まれていく。

「全く、技術国の武器ばかりというのは、嫌気が差しますね」

 悪態をついたプラナは子供を抱えたままに走りつつ小さく何かを呟き、刹那準備していた簡易的な障壁を展開する。

 高度なプログラミングによって条件を指定して振り分けを行う上級防御魔術である結界ではなく、魔力と元素を高密度に凝縮し壁として構築する中級魔術だ。半透明の灰色の壁に無数の銃弾が着弾し、蜘蛛の巣を彷彿とさせる罅が刻まれる。数え切れないほどの銃弾の雨を受けた障壁はすぐに崩壊するが、その間にプラナは物陰へと飛び込み、身を潜ませていた。

 踵が地を削るほどの勢いを殺しきり、銃弾をやり過ごしたプラナは一度深く息を吐き出す。

 追い縋った弾丸がプラナの隠れる壁を激しく叩く。その音にプラナは顔を顰めつつ、背負った矮躯をそっと下ろす。

「全く……彼らはどれだけ私の怒りに触れる気なのだか」

 壁に凭れ架かるように少年の体をそっと置き、額にかかる柔らかな鳶色の短髪を、プラナは指先でそっと撫でた。肌には、先程より幾分かは血の気があるように思える。呼吸も整っていた。

 全身に刻まれた無数の傷はいくつかは完全に塞がっていないが、致命的な損傷もない。

 プラナは少年の細く尖った槍の穂先のような耳に目を向ける。

「…………」

 痛みを堪えるように目頭に力を込め、唇を引き結んだプラナはそっと息を吐き出す。

「少しだけ、ここで待っていてください。すぐに迎えに来ます」

 呟き、プラナは立ち上がる。護身用にと常に隠し持っている短剣を取り出し、腰を基点に体を折り曲げるようにしてローブの裾にナイフを宛がった。

「師よ、お許しください」

 一瞬逡巡するように視線を彷徨わせ、呟いたプラナはローブの裾にそっと切れ込みを入れる。短剣の刃の部分を口で挟み、プラナは切れ込みの両端を握り締め、一息に引き裂いた。

 ローブの裾が縦に引き裂かれ、白く瑞々しい子鹿のような脚が露わになる。腰に至るほどの深い切れ込みとなり、白いショーツを結ぶ紐が外気に晒された。

 一度も日に触れたこともなさそうな、銀嶺のような肌。

「もしもの時のためにこのナイフは預けておきますね」

 意識のない少年に語りかけ、瞬きの間もなく顕現した杖を握り、くるりと指先で一回転させたプラナは、深呼吸を一度し、物陰から飛び出す。

 途端に夥しい銃弾が響き渡り、銃弾がプラナへ激流となって襲いかかった。

 即座に側面へ展開した障壁が銃弾を防ぎ、プラナは一陣の風となって壁沿いに駆けていく。

 広い空間の対岸に整列し、銃器を構えた若い男たちの姿がある。腰だめに連射式の銃を構え、鋭い目でプラナを睨み付けていた。

「弾数ばかりっ! 彼には遠く及びませんねっ!」

 怒鳴り、プラナが杖を振るう。先端の三日月に嵌め込まれた宝珠には緑色の輝き。

 プラナの前面にその背丈以上の直径を持つ魔導陣が一瞬にして展開され、風の太刀が放たれる。

 男たちの放った銃弾を風の太刀は正確に切り裂き、飛来した不可視の刃は風切り音を伴って男たちの四肢を切り裂いていく。

 野太い悲鳴が上がる。さらに怒声。恐怖に囚われかけた者たちを叱咤する者がいるようだ。

 途切れかけた銃弾が再びプラナを追う。プラナは壁側に飛んで、壁を蹴って逆方向へと跳躍する。

 予期せぬ動きに鈍色の雨粒が散った。着地したプラナはその隙を狙った射撃を素早く跳躍することで躱し、空中でさらに杖を振るう。赤い魔導陣が展開し、仕返しとばかりに銃弾を模した無数の炎が男たちへと襲いかかる。

 着弾した者たちの衣服が突如として燃え上がり、部屋の奥で赤い炎が揺れ踊った。

 走りつつも氷の魔導陣を複数展開。プラナが駆け抜けた場所に一拍遅れて魔導陣が等間隔に展開されていく。

 風と水の元素を混ぜ合わせた魔術は氷柱となり、燃え盛る炎の只中に射出される。

 濡れた刺突音と絶叫。半ば泣き叫ぶような声が聞こえてきた。しかし、嗄れた音を奏でる楽器は氷の槍が一つ飛ぶ度に減っていき、やがて最後の濡れた刺突で完全に途絶える。

 最早数えることもしていないが、幾人の障害は無力化した。踵で床を削るように停止したプラナは床に杖をつき、荒れた呼吸を整える。

 負荷が以前より軽減されているとはいえ、これだけ動き回り、魔術を行使した。プラナの顔にも疲弊の色が浮かんでいた。これだけ長時間、集中力を維持し続け、精神的にも肉体的にも摩耗している。

 こんな時、多くの戦場を共に切り抜けた、彼らがいれば――

「……何を甘えているんでしょうね」

 脳裏を去来した三人の仲間の背。縋ろうとしてしまう自分に、プラナは自嘲気味に笑う。

 いつの間に自分はこんなに弱くなったのだろう。こんな逆境は慣れているはずだ。

 ただ、ほんの少しの間、共に戦う者がいてくれただけのこと。

 何よりも、これはプラナ一人で行わなければいけない贖罪だった。

 プラナは床についていた杖をすっと持ち上げ、両手で構える。何かが迫っている。

 部屋の奥、無数の亡骸が転がるそこから繋がる入り口から何者かが現れようとしているのをプラナは感じ取っていた。

 床を叩く無数の革靴。多人数だ。

 プラナはそっと小さな声で口早に詠唱を行い、魔術を呼び出す。

 膨大な魔力を注ぎ込み、大量の元素を宝珠に集約させていく。

 あまり時間をかけてはいられない。出てきたところを魔術で一度に叩き、早期決着を狙う。

 迫る。無数の敵が迫る。

 敵は誰もが銃器やナイフを構えていた。魔術師はいないようだ。

 ならば、力任せの威力特化の魔術でも十分に攻め切れるだろう。

 足音から距離を測る。プラナの靴の裏で、床に塗された砂埃が擦れ音を立てた。

 靴音は反響しているため、距離に若干の誤差が出る。

 正確に出てきた瞬間を狙うことができれば理想型ではあるが、実現は難しい。多少のズレは魔術の火力で誤魔化すしかない。

 魔術師らしからぬ一か八かの賭け。しかし、前衛がいない以上、魔術師は多少の博打を仕掛けなければならない。

 生唾を飲み、杖を握り込む。掌は汗をかき、杖が滑り落ちてしまいそうだった。

 陽が傾き始めている。斜陽が射し込む角度が低くなり、薄暗かったはずの部屋全体が照らし出されていく。

 橙色に燃える部屋。部屋の奥には本当の炎がまだ燻っている。

 心臓を氷の槍で貫かれた亡骸の表皮は黒く焦げ、崩れた部分からは桜色の断面が見えていた。

 時は近い。呼吸を抑え、足音に全神経を集中させる。

 来る。来る。やって来る。

 逸り、飛び出しそうになる体を必死に押さえ込み、その時を待つ。

 己の恐怖を組み伏せる。紅い双眸は彼らが現れるであろう長方形に切り取られた空洞を凝視していた。

 窄められた唇の先からひゅっと息が漏れる。

 部屋全体は明るいというのに影となった廊下の奥は見えない。

 近い。来る。来る。来た。

 プラナの脚が地面を蹴る。低く滑空するような疾駆。杖を振り抜き、跳躍する。

 放物線を描いた体は緩やかに入り口へ向かって降下し、到達する寸前、奥より長身の男が現れた。

 シルバーアクセサリーをつけた男が視界の端に映った影に気付き、迫り来るプラナへ素早く頭を向ける。しかし今更手遅れだ。

 プラナは勝利を掴み取ったことを確信する。あとは力の限り、その熟れた果実を握り潰すほどの力でもぎ取るだけだ。

 一瞬目を瞠った男はしかし、即座に片手に持っていた何かをプラナへと掲げる。

 振りかぶった杖を下ろすと同時に展開された魔導陣に呼応するように、男が持っていた紙切れが淡い光を放つ。

 無数の光の紐が紙切れより伸び、プラナの展開した魔導陣へと絡みつく。魔導陣に充填されるはずだった元素たちがプラナの統率から強引に引き離され、魔導陣に罅が這入る。

 細長い紙切れから伸びた紐状の光が、魔導陣に干渉し、組成式を書き換えていた。

 論理性を失った円上の複雑な紋様は色褪せ、枯れ朽ち果てていく。

「そんな……!」

「ハッハー! こいつぁすげぇっ!」

 絶句するプラナと、心底楽しそうに笑う悪相の男。

 魔導陣が崩壊する一寸先にプラナは壁を蹴って、その場から素早く離脱する。身を翻して 着地したプラナへと、全身にシルバーアクセサリーを身につけた男の背後に控えていた仲間たちが銃弾を雨を浴びせかける。

 即座にプラナは障壁を展開し、銃弾の雨を弾く。しかし、結界ほどの強固を持たぬ半透明の薄灰色の障壁は銃弾を受ける度に弱り、小さな罅が刻まれている。

 それでも時間稼ぎにはなる。

 この間に結界を拵え、障壁の崩壊と同時に展開すれば、まだやり過ごせるはずだ。

「ハッ! 馬鹿がっ!」

 シルバーアクセサリーの男が高らかに吠え、紙切れをプラナへと投じる。己の意志を持つかの如く弾丸を縫うように飛来した紙切れは障壁に張り付き、次の瞬間には光の紐が壁面に貼り付けられ、組成式に干渉を開始する。

 半透明の壁越しに、プラナは長方形の紙切れに刻まれた紋様と馴染みの浅い文字を認識した。

「くっ……!」

 自身の魔術に干渉されることは魔術師にとって屈辱の極みだ。不快感に顔を顰め、プラナは地面を蹴って後方へと跳ね、銃弾をやり過ごしながら物陰へと飛び込む。

 背中を預けた壁越しに銃弾の気配を感じた。

 銃声を晒され続けて、耳は麻痺しかけているようだ。まだ耳の奥に銃声が残っている。

 呼吸をそっと整え、プラナはゆっくりと深呼吸する。

「あれは、倭国の魔術……。護符……? しかし、あれほど高度な干渉式を何故奴らが……」

 呟きながらプラナは思考を巡らせる。

 何故、彼らがあんな代物を持っているのかを考えても解決にはならない。

 あの札の持ち主をまずは何とかしなければならないだろう。

 思考を巡らせ、プラナは先程中断していた結界の構築を再開する。恐らく遠距離からの魔術は全て無力化される。

 ここで下手に魔力を損なうべきではない。先程の大火力魔術が無効化されたのが痛い。

 完全に分配の計算が狂ってしまった。

 プラナは思考を巡らせつつ、そっと自身を嘲るように笑う。あまりにも弱々しい、泣きそうな笑みだった。

「クローム、私は貴方のように強くはあれないようです」

 彼の背中が焼き付いて、胸を離れない。

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