婚約破棄はいけません―公爵令息は妹姫に振り回される
別作品で同じ名前の人物がいますが関係ない別人です。
こっちの方が先に書き始めていたので・・・。
「婚約破棄よ!」
王宮での婚約者とのお茶会の場で、僕―レオナルド・ハイファは婚約破棄を突きつけられていた。
あまりにも唐突な出来事で気の利いた返答が出来ず固まってしまう。
「理解していないようだからもう1度言ってあげるわ! キャサリン・オースティン第三王女の名において、公爵令息レオナルド・ハイファ! あなたの婚約を破棄するわ!!」
キャサリン殿下は王族らしい金髪碧眼の美少女だ。整えられた輝く金髪は両サイドで二つ結びにされており、彼女の愛らしさを倍加させている。サファイヤのような深い青色の瞳は目尻がやや釣り気味で、勝ち気で意志が強そうな印象を与える。そして僕を見つめるその瞳は間違いなく「お前は敵だ」と訴えていた。
「理由をお聞かせ願えますか、キャサリン殿下?」
「あなたは相応しくないのよ!」
暴論だ。
これでも王家の秘蔵っ子と言われている才女なのだが、今日は大分ポンコツ化している。
「お戯れとしてもあまりよいものではありませんよ?」
「戯れなんかでこんな大切なこと言わないわ。王族の言葉は重いのよ!」
ふふんと小さな胸を張ってみせるキャサリン殿下、いっそ伊達や酔狂であってほしかったのだが。
「仰るとおりでございますね。うかつなご発言は厳に慎まれなければなりません。今ならまだ間に合います。ご発言の取り消しを」
「嫌よ! あなたの婚約破棄は決定事項よ!!」
頑として婚約破棄を主張されるキャサリン殿下。しかし、この手の婚約破棄はろくなことにならない。なんとしても取り消していただなければ。
「この場には殿下と僕しかいません。まだ間に合います」
「あら、傲慢ね。あなたは彼らのことを人と思っていないのかしら?」
キャサリン殿下が彼らに目配せをする。心なしか彼らがそっと目をそらしたように見えた。
「王宮で人がいないなんてことはないのよ? 護衛のジムとドムとズゴック、侍女のアンとウェンディとマリーとミーシャ、あら? ミーシャはどこへいったのかしら」
名前を呼ばれた護衛や侍女は一瞬だけ動きが止まったが、王家に使える彼ら彼女らは優秀だ。驚きを表情や態度に出すことなく職務を忠実に遂行する。そしていなくなったミーシャは然るべき人に報告に行ったのだろう。僕はミーシャが戻ってくるであろう時間を計算し、それまで会話を引き延ばすことにした。
「殿下は城の侍女や護衛の名前を全て覚えていらっしゃるのですか?」
「上に立つ者として当然でしょう? あなたは違うのかしら」
王宮や公爵家で働く人の数は膨大だ。もちろん主要な人は記憶しているが、末端となると怪しい。
「残念ねぇ、レオナルド・ハイファ公爵令息。そういったところが相応しくないのよ。彼らだって十分に婚約破棄の証人になり得るのよ」
キャサリン殿下がまぶしいドヤ顔を向けてくる。
「ご立派です。ですが、彼らを高位の者同士の争いに無闇に巻き込む真似は慎まねばなりません」
ぐっ、と悔しそうな顔をされるキャサリン殿下。然るべき人はまだ来ないようだ。もう少し話を引き延ばす。
「そもそも『相応しくない』だけでは婚約破棄の理由たり得ません。具体性が足りませんね」
キャサリン殿下はうっと言葉を詰まらせる。
「僕に具体的な落ち度がある。あるいは僕の家、ハイファ公爵家に瑕疵があるのであれば僕有責での婚約破棄は成立するでしょう。ですが、そのような事項はないと自信を持って言えます」
「それは・・・」
口ごもるキャサリン殿下。彼女もこの婚約破棄に無理があるのはわかっているはずだ。理解していても感情がついていっていないのだろう。
「これでも僕は王家から王女殿下の婚約者という栄誉を賜った身です。家格だけではなく、僕自身を評価していただけたものと考えております」
自画自賛のようで多少気恥ずかしいが、キャサリン殿下に小細工や嘘は通じないので正論で押し通す。自分は王家に選ばれてここにいるのだと。これにはキャサリン殿下も何も言えず、悔しそうに顔を歪めてこちらをにらみつけている。その瞳には涙がにじんでいた。
「それに婚約して2年、僕は婚約者として良好な関係を築いてこられたと自負しています。政略と言われればその通りでしょうし、燃えるような恋愛感情ではないかもしれませんが、二人で大切に愛情をはぐくんでこれたと思っていますよ」
これもまごう事なき事実なのだが、改めて言葉にして発すると小っ恥ずかしい。
「そんな・・・恥じらいながら愛を語るなんて・・・ずるい・・・!」
キャサリン殿下が恥ずかしそうに僕から目を離してそんなことを言い放ってきた。もしかして顔が赤くなっていただろうか。余計に気恥ずかしくなってしまう。ふと、遠くの方からいなくなっていた侍女がやってくるのが見えた。その後ろには女性が二人。どうやら待ち人は来たようだ。ならばその待ち人にこの問題を委ねることとしよう。
「だいぶ脱線してしまいましたね。話を元に戻しましょう。ええと、婚約を・・・どうされるのですか?」
もう一度婚約破棄の台詞を言わせようと僕はわざと煽った。
「何度でも言ってあげるわ。良く聞きなさい!」
煽りに乗ってくれたキャサリン殿下は咳払いをし呼吸を整えた。
「第三王女、キャサリン・オースティンの名において、ベアトリス・オースティン第二王女とレオナルド・ハイファ公爵令息の婚約を破棄させていただきます!
悪の公爵令息なんかに最愛のお姉様を渡してなるものですか!!」
キャサリン殿下は婚約破棄を宣告した、姉の。
そしてその様子を僕の婚約者であるベアトリス・オースティン第二王女殿下と母親である王妃殿下はしっかり目撃していた。キャサリン殿下もお母様と愛しのお姉様に気づいたようだ。
「ベアトリスお姉様!」
キャサリン殿下がぱぁっと笑顔を輝かせる。ベアトリス殿下と王妃殿下は穏やかな笑顔をたたえているが目元は笑っていない。
「お姉様! やってやりましたわ!! お姉様と悪の公爵令息の婚約を破棄してやりましたわ~!!」
キャサリン殿下は満面の笑みを浮かべて愛しのお姉様に抱きついた。その妹の頭を優しくなでながらベアトリス殿下は言った。
「ねぇキャサリン。婚約破棄は仕掛けた方がざまぁされるのよ?」
「え・・・?」
キャサリン殿下が見上げた愛しのベアトリスお姉様は視線は絶対零度だった。
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キャサリン殿下はざまぁ・・・もといお仕置きされた。
まず王妃殿下から「ゴッ」っと脳天にげんこつを落とされてしまった。僕はロイヤルな鉄拳制裁などという珍しいが見なくてもよいものを見る羽目になり、なかなか痛そうだなぁと思うと同時に、王家もげんこつを落とすんだなとどうでもいい関心をしてしまった。
そして最愛のお姉様からもお叱りを受けてしまった。
「1週間あなたと口をききません。そしてレオナルドに謝罪をしなければあなたのことを嫌いになります」
嫌いになるという一言が相当堪えたらしい。キャサリン殿下は可愛そうなくらいべそべそ泣きながら僕に頭を下げたのだった。
キャサリン・オースティン第三王女殿下8歳、あまりにもお姉様が好きすぎた故の大暴走だった。
なぜこんなことをしたの? とベアトリス殿下に問い詰められたキャサリン殿下はぐすぐす泣きながら絞り出すように答えた。
「エミールお兄様が・・・お姉様と悪のこうしゃく・・・じゃなくて・・・ハイファ公爵令息が学園でいちゃいちゃしていて・・・いらなくなった妹はもう見向きもされないって・・・」
その言葉に僕とベアトリス殿下は頭を抱え、王妃殿下は表情を崩すことはなかったものの、持っていた扇をぱきりと壊したのであった。
キャサリン殿下が生まれたのはベアトリス殿下が5歳の時。赤ん坊のキャサリン殿下はベアトリス殿下が視界にいればにこにこご機嫌だが、見えないと盛大にぐずるなかなか大変な子だったようだ。
初めての発声はもちろんベアトリス殿下を呼ぶ「ねぇね」
幼い末娘に最初にパパと呼ばれたかった国王陛下がへこんだのは王宮内では割と知られた話だ。
少し成長するとキャサリン殿下はベアトリス殿下の後をついて歩くようになった。幼いキャサリン殿下が大好きなお姉様の後を一生懸命ついて行く様はとても可愛らしく、王宮はたいそう和んだようだ。だがキャサリン殿下をベアトリス殿下から離さなければいけないときが大変だった。はじめの頃はギャン泣き、だがこれはまだ可愛いものだった。幼児のギャン泣きなんてよくあることだったから。ところが、とあることをきっかけに様子が変わった。大きな青色の目からぽろぽろと涙をこぼすのだが、泣き叫びたいのを我慢するようにしゃくり上げるような泣き方をするようになってしまったのだ。
「泣き叫んでくれた方がまだよかった。この世の終わりのような悲しそうな顔するのに我慢するんだよ、2~3歳の幼子が。良心がめちゃくちゃ痛むのよ」
こう話すのは長兄の王太子殿下。何故泣き方が変わったのかと尋ねてみれば。
「エミールの奴が余計なことを言いやがった」
その日もキャサリン殿下(2歳)は愛しのベアトリス殿下(7歳)と離れたくなくて泣いてイヤイヤしていた。
そんな時、エミール第二王子殿下(5歳)が悪魔の一言を言い放った。
「キャサリンさぁ、そんなにギャアギャア泣き叫んでたらベアトリス姉上に嫌われるぜ?」
ベアトリスお姉様に嫌われる
それはキャサリン殿下にとってこの世で一番恐ろしいこと。
泣き叫んでいたキャサリン殿下はひゅっと息を止め、結果としては泣き止んだのだが、その後が大変だった。キャサリン殿下の顔色がみるみる土気色になり、口からは泡をふきだし、全身をカタカタと震わせけいれんを始めてしまったのだった。幼い王女の危機に王宮は一時騒然となった。
幸い、けいれんはすぐに治まり命に別状はなかったのだが、キャサリン殿下はその後1週間熱を出して寝込んでしまった。
いらないことを言ったエミール殿下は王妃殿下からロイヤルな尻叩きの刑に処されたらしい。
それからのキャサリン殿下は泣き叫ぶことはしなくなった。愛しのベアトリスお姉様に嫌われたくないから泣き叫ぶのをやめたのだ。だが、まだ幼い彼女にとってお姉様と離れることはとても悲しく、涙を流すことまでは我慢できなかった。
するとどうなるか。大好きなお姉様と離れるのがとても悲しくて、それでもお姉様に迷惑をかけてはいけないからと必死に我慢してうつむく、その瞳からぽろぽろと大粒の涙がこぼれている。その姿はあまりにも痛々しくて。
「胸が痛いです。これでは愛するお二人を引き裂く悪の侍女です」
「私も悲しくなります。どうかお二人を一緒にいさせてくださいませ」
罪悪感に耐えられなかった侍女たちからはこんな陳情がなされたそうな。
幸いキャサリン殿下はベアトリス殿下と一緒にいれば穏やかないい子だったし、ベアトリス殿下も幼い妹と一緒にいることを良しとしたので、幼少の2人はできるだけ一緒に過ごすことになった。
「ちっちゃなキャサリンが私の後ろをちょこちょこついてくるのよ。ひよこみたいでとっても可愛かったわ」
と後のベアトリス殿下談。
キャサリン殿下のお姉様大好きっぷりは見てのとおりだったが、ベアトリス殿下も大概にして妹を溺愛していたので、王宮はこの仲睦まじい姉妹を大切に見守ったそうな。
転機はキャサリン殿下6歳、ベアトリス殿下11歳の頃だ。ベアトリス殿下の婚約が決まったのだ。その相手こそ当時11歳だった僕なのだが、キャサリン殿下にとっては愛しのお姉様を奪うにっくき相手である。さらにそれを煽り立てたのがまたもやエミール殿下だった。
「姉上に婚約者だってな。相手のハイファ公爵家のレオナルドはモテモテのイケメンらしいぜ。 姉上はきっとイケメンの婚約者に夢中になって、キャサリンなんか捨てられちゃうぞ!」
11歳でモテモテのイケメンもなかろうと思ったのだが、後々聞いたところによるとお姉様一筋すぎるキャサリン殿下に全くかまわれなかったエミール殿下が、妹の注意を引きたくて意地悪を言ったらしい。しかしそれは悪手も悪手、クソガキムーブもいいところである。しかし『捨てられる』の一言はキャサリン殿下に見事に突き刺さり、おかげでベアトリス殿下の婚約者となった僕はすっかり敵認定されてしまった。
婚約者として仲を深めるためという名目で週に一度、王宮でお茶をする時間が設けられている。本来は僕とベアトリス殿下の二人だけの時間のはずなのだが、なぜかキャサリン殿下がいるのである。それもベアトリス殿下よりも先にやってきているのだ。もちろんそれは褒められたことではないのだが、相手が王女なので無碍にもできない。戸惑いを隠し、こちらも何事もなかったように挨拶をすると
「ごきげんよう、ハイファ公爵令息」
とキャサリン殿下も模範的な淑女の挨拶を返してくれる。お茶の時間も僕とベアトリス殿下の会話を邪魔するようなことはない。ただニコニコと微笑んで僕とベアトリス殿下の間に座っている。そして会話を振れば答えてくれる。端から見れば3人で仲良くお茶をしているように見えるだろう。しかし、お茶の時間の終わり際に、キャサリン殿下は僕にそっと囁くのである。
「お姉様と二人きりになどさせてあげませんわ」
とはいえ、それ以上の何かをするわけではない。
キャサリン殿下の意図をわかりかねて尋ねてみたこともあった。
「キャサリン殿下は僕とベアトリス殿下を二人きりにさせたくないのですよね?」
「ええ、そうよ」
「それでしたらもっと直接的な妨害行為などをされることはないのですか?」
なんのことかわからないときょとんとするキャサリン殿下は可愛らしい。
「例えば、僕が飲む紅茶のカップに下剤を仕込んで恥をかかせるとか」
言って僕は後悔した。
場が凍り付いてしまったのだ。
キャサリン殿下はあからさまにドン引きしている。ベアトリス殿下からも残念なものを見る目で見られてしまった。
「ひ、卑劣ですわ! あ、悪です! 悪の公爵令息です!! ベアトリスお姉様、この人は駄目です!! 不潔です!!!」
いらぬことを言ったばかりに不潔と言われてしまい、地味に凹んだ。
「もう、レオナルドったらキャサリンに変なことを教えないで」
ベアトリス殿下からも叱られてしまう。そしてこの時から悪の公爵令息というありがたくない二つ名を頂戴してしまい、僕は心の中で情けないうめき声を上げるしかなかった。おおん・・・。
キャサリン殿下はとても良い子なのであった。国王陛下や王太子殿下に至っては「キャサリンは天使」とまで。
おかげで、嫌がらせを仕掛けてくる心配はなく、そこはありがたかったのだが。しかしそれがゆえに、無理矢理追い出すという強硬手段に訴えるのもはばかられ、対応を決めかねていた。
ベアトリス殿下も婚約者の仲を深めるためのお茶会に妹が混ざり込むのは、本人のためにも良くないと心配していたようで、彼女はちょっとした工作を仕掛けた。婚約者のお茶会の時間とキャサリン殿下のお勉強の時間を被せたのである。
「キャサリンは知識欲がとても旺盛だから、良い講師を与えておけばお勉強を逃げ出すことはないわ」
とても単純な方法だが、これはかなり効果があった。キャサリン殿下がお茶会に乱入する回数が4回に1回ほどに減ったのである。
4回に1回くらいならキャサリン殿下が同席していてもいいか、と僕は鷹揚に構えていたが、ベアトリス殿下の心境は複雑のようだった。
「あの子、想像以上に天才のようなの」
愛しのお姉様といつも一緒にいたいキャサリン殿下はベアトリス殿下のお勉強の時間も一緒に過ごしていた。ベアトリス殿下の隣で幼いキャサリン殿下はニコニコとおすまし。家庭教師はそんな様子を微笑ましく見守っていたそうだが、ふととある家庭教師が気づいたのだ。
キャサリン殿下は授業の内容を理解されているのでは、と。幼子には授業は退屈だろうし、実際エミール殿下は勉強となると聞かなかったり暴れたり逃げ出したりして今も大変である。キャサリン殿下はいい子だから暴れるようなことはしないだろうが、眠くなってしまったりしても仕方がない。しかし、キャサリン殿下は眠ってしまう様子もなく、それどころかキラキラした眼差しで教師を見つめているのである。試しに授業の内容をいくつか問いかけてみたところ、キャサリン殿下は淀みなく答えて見せた。
そして調べてみたところ、やはりキャサリン殿下は授業の内容を理解している。そしてその理解度は少なくとも5歳年上のベアトリス殿下と同程度。そして新しくわかったのがキャサリン殿下がものすごく知識欲が旺盛なこと。試しにとキャサリン殿下により高度な内容の授業を受けさせてみたところ、彼女は目を輝かせながらそれを受けていたそうだ。なかなか微笑ましい話だなと思ったのだが。
「あの子につけた教師が4週間位で辞めてしまうの。『もう私が教えられることは全て教えました』って」
教師も大変だが、キャサリン殿下も教師にそう言われるたびに寂しそうにするそうなので、なかなかに問題は根深かった。
とはいえそこは王家、可愛い王女の旺盛な知識欲を満たしてやるべく、次から次へと優秀な教師が呼ばれ、意図してかせずか、英才教育が行われていた。キャサリン殿下も新しく呼ばれる教師の講義を楽しみにしていたので、副次的に僕とベアトリス殿下のお茶会へ同席する頻度も減り、しばらくは平和だった。
ところが、平穏は長くは続かなかった。
僕とベアトリス殿下が13歳になり学園に入学したのである。
ベアトリス殿下が学園に通うようになってしまったため、キャサリン殿下は愛しのお姉様と一緒にいられる時間が激減してしまった。
「お姉様が学園に行ってしまうとこんなに寂しいなんて・・・」
さめざめと泣くキャサリン殿下。そしてその悲しみに暮れる彼女に、小悪魔がまたしても近づいた。妹の気を引きたいエミール殿下である。
「婚約者が一緒に学園に行ったら何をするか知ってるかキャサリン?」
「・・・聞きたくありませんわ」
「いちゃいちゃするんだよ、学園でな」
「栄えある王立学園でお姉様がそんなはしたないことをするはずがありません」
「いいや、するね。学園に行くと皆魔法にかかるんだ。青春という名の魔法だ。するとどうなるか。男と女は恋に落ちたり、浮かれたりするのさ! ああ! ひょっとしたらベアトリス姉上はレオナルド以外の別のイケメンと恋に落ちるかもしれないな! そうなったら婚約破棄劇場の始まりだ!! どちらにしても妹の出番はないと言うことだ」
「い、いつかは私だって学園に入学しますもの。そうなれば私はお姉様と学園生活を・・・」
「ハハハハ! キャサリンが13歳になる頃にはベアトリス姉上は18歳! お前が入学する頃には姉上は卒業してしまってるよ! 残念だったな!!」
よくも次から次へと意地悪を考えつく物だとあきれかえるが、これで本音は妹に相手にされたいというのだから、どんだけエミール殿下は拗らせているんだろうか。彼から『青春という名の魔法』などという詩的な言葉が出たのは驚いたが、その多少の知性は別のところに生かして欲しいと思うばかり。そして毎度毎度、キャサリン殿下が弱ったところにつけ込んでくるのだから本当に質が悪い。キャサリン殿下も普段であればこんな言葉に惑わされないのだが、この時はお姉様分が不足していてかなり弱ってしまっており、キャサリン殿下にエミール殿下の毒があっという間に回ってしまったのである。
そしてその結果が冒頭の珍妙な婚約破棄宣言だった。
読み物のように成人したあるいはそれに近い王族がパーティで大々的にやらかしたら廃嫡だの幽閉だのの騒ぎになるだろうが、今回は8歳のキャサリン殿下がほぼプライベートなお茶会の場で仕掛けたものだった。そのため、キャサリン殿下は王妃殿下のげんこつとベアトリス殿下のお叱り以外の罰を受けることなく済んだのである。
だが根本的な問題が解決したわけではない。ベアトリス殿下の学園生活が続く以上、キャサリン殿下のお姉様分不足は解消されない。そしてエミール殿下の言うとおり、このまま行けばキャサリン殿下は愛しのお姉様と学園生活を送ることは出来ないのである。
「もう、いっそのこと彼女を飛び級で学園に入学させてしまってもいいのではないでしょうか?」
キャサリン殿下が姉の婚約破棄を叫んだ翌週のお茶会で僕はそう切り出した。
「キャサリン殿下の学力なら飛び級できるだけの実力はあるでしょうし、学園での学びは新しい刺激になってよいのではないかと思いますよ」
加えて、キャサリン殿下は愛しのベアトリスお姉様と学園で学べることになるので、さぞかし喜ばれるだろう。そして、この提案を僕がしたことを伝えれば、彼女から僕への敵意も少しは和らぐのではないだろうか、という打算もある。
取り入りたいというわけではないのだが、未来の義妹になるであろう彼女に敵視されているというのは好ましい状態ではないし、出来れば『悪の公爵令息』の二つ名は返上したい。
誰もが幸せになれる良い考えだと自画自賛していたのだが、ベアトリス殿下は僕の提案に考え込むような様子をして見せた。
「私としてはあの子にはきちんと同年代の子達と交流を深めて欲しいのよ。特にあの子は大人びている一方で私にべったりだから、そのあたりが心配で」
流石はお姉様だ。しっかり妹のことを考えているベアトリス殿下に、僕は脱帽するしかなかった。キャサリン殿下の学力ならば、学園はほぼ交友のために通うようなものだから、その通りだよね・・・。
ところが、その数回後のお茶会でベアトリス殿下からこんな言葉が飛び出した。
「どうも最近のあの子、何かの試験を受けようとしているみたいなの」
「もしかして飛び級入学のための試験ですか?」
「多分そうなんじゃないかって思うのだけれど・・・」
ベアトリス殿下の語尾がよどむ。そして視線がどこか泳ぎながらもチラチラと僕を見ている。
もしかして僕がキャサリン殿下に飛び級入学を勧めたとか思われているのかな?
「僕はキャサリン殿下に何も言っていませんよ。そもそもベアトリス殿下がいないところで彼女に会うと威嚇されますし」
そう、慣れてない子猫のように。毛を逆立ててフシャーと威嚇されるのである。悲しい。
「僕が何か言わずとも、キャサリン殿下は頭がいいですし、ご自身で飛び級入学しようと考えられてもおかしくないでしょうね」
「あの子自身が望むのなら応援してあげるべきなのかしら」
「ベアトリス殿下はキャサリン殿下とは学園に通いたくないのですか?」
「そんなことはないわよ。でもね・・・」
可愛い妹に慕われて嬉しい気持ちと、そろそろ姉妹が離れることにも慣れさせなければという気持ちが葛藤しているらしい。姉心は複雑なようだ。
結局キャサリン殿下が何の試験の勉強をしているのかはわからずじまいだった。王宮でキャサリン殿下を見かけるとどことなく勝ち誇ったような表情を向けられるのは気になったが、それ以外は何事もなく、平穏な時間が過ぎていった。
そして翌春、僕とベアトリス殿下は14歳になり第2学年に進級、そして9歳になったキャサリン殿下はというと。
「飛び級入学してくると思ったのだけれどいなかったわね」
「入学式で新入生挨拶をするのはキャサリン殿下だと思っていましたから意外です」
入学式にキャサリン殿下の姿はなかった。入学生の挨拶をしたのはハイファ公爵家とならぶもう一つの公爵家の令息だった。
そして今、僕とベアトリス殿下は第2学年Aクラスの教室にいる。Aクラスは最上位のクラスで、高位貴族の子女が主に所属するクラスだ。昨年と同じならばもう担任の教師が姿を見せているのだが、まだそれらしい人物は来ていない。昨年と同じ教師じゃないのだろうか? そんなことをぼんやりと考えていると教室の扉が開かれた。
昨年の担任の教師ではなく、まったく予想もしなかった人物だった。
ベアトリス殿下もあまりの驚きに目を見開いていた。それどころか教室にいる生徒全員が驚きのあまり固まっていた。
狐につままれたような教室内の空気を気にする様子もなく、その人物はスタスタと歩を進め、教卓の前に立った。整えられた金のツインテールを揺らしながら、彼女は勝ち気なサファイアの瞳で教室内を見渡す。そして一礼して言葉を紡いだ。
「ごきげんよう。第2学年Aクラスを担当させていただきますキャサリン・オースティンですわ。担当教科は王国史ですの。こんななりですけれども教員ライセンスはきちんと持っておりますのでご心配なさらず」
まさか試験勉強というのは飛び級入学の試験ではなく教員試験だったと!? このレオナルド・ハイファの眼を持っても全く予想も出来なかった!
ふとキャサリン殿下と眼が合うと、彼女の口角が少しつり上がる。
『ふふん! してやったりですの!! お姉様と二人きりで学園生活など送らせてあげませんわ!!』
彼女の表情からはこんな台詞がびしびしと読み取れる。
これは完敗と言わざるを得ないだろう。お互いに何と戦っていたのかはわからないけれど。
そして一限目はキャサリン殿下の担当する王国史。
彼女の鈴を転がすような声はよく通り、そして内容もわかりやすい。本当に彼女は才女なんだなと感心する。
「ではこの要点を板書に・・・」
チョークをとって黒板に対峙したキャサリン殿下の動きが止まった。
教室が沈黙に包まれる。
キャサリン殿下は無言で黒板を見上げていた。
教室の令嬢令息達は何があったのだろうかと心配そうにその様子を見守っていた。
「どうしましょう、黒板に手が届きませんわ」
9歳だからね! 仕方ないよね!
隣のベアトリス殿下はその可愛さに悶絶している。
「妹が・・・猛烈に可愛い・・・!!」
こうなったら仕方ない、頼りになるお兄さんの登場だ。
「キャサリン殿下、板書は僕がしましょう」
「・・・レオナルドの施しはうけないもん」
「でも授業が進められないと皆困ってしまいますよ」
「うぅ・・・お願いします」
すっかりしょげてしまったキャサリン殿下はおとなしく僕にチョークを渡したのであった。
その後のことを少しだけ話そう。
次の授業からは王宮でキャサリン殿下に王国史を教えていた教師が助手につくようになり、彼女が板書を担当している。
そしてベアトリス殿下は、授業のたびにキャサリン殿下を教卓に座らせるようになった。
「お姉様? 何故私を教卓に乗せるのですか?」
「だってこうしないと可愛いキャサリンが教卓の後ろに隠れちゃうじゃない! 可愛いキャサリンの姿はみんなに見せないと駄目よ!」
姉馬鹿全開である。本当のところはベアトリス殿下が可愛い妹の姿を眺めていたいんだろうなって。そういえば『きちんと同年代の子達と交流を深めて欲しい』とか言っていたのはどこへいったのだろうか。
「大丈夫! キャサリンなら大丈夫!」
うん、わかっていたけれど、やっぱりなかったことになった。
実際可愛い教師は皆からも好評で、あまり心配する要素もなかった。他のクラスからは羨ましがられるほど。教員免許を取ったとは言え、キャサリン殿下がまだ幼いことをも考慮されて担当するのは第2学年Aクラスの授業だけだったからだ。
そして授業のないときはというと。
「お姉様! お昼は一緒にしましょうね!」
僕とベアトリス殿下にキャサリン殿下が加わり、3人でいることが多くなった。つまり王宮での茶会と変わらない。そして表面上は中が良さそうに見えることだろう。実際僕とベアトリス殿下の仲は良好だし、学園でのキャサリン殿下は僕を露骨に敵視することもなく、普通に一人の公爵令息として対応してくれる。キャサリン殿下とベアトリス殿下の仲は言うまでもなし。
だがふとしたときにキャサリン殿下は僕に呟くのだ。
「お姉様と二人きりになどさせてあげませんわ」
春の暖かい風がキャサリン殿下のツインテールを揺らしている。まだしばらくキャサリン殿下に振り回される日々が続きそうだ。
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(蛇足:レオナルド・ハイファ公爵令息とエミール第二王子)
「なあ、レオナルド。俺最近キャサリンに避けられてるような気がするんだけど」
「あれだけ散々意地悪しておいて何故避けられないと思うんです? 関係の修復はもはや不能ですので、そのまま意地悪な兄の立場に甘んじてください」
「冷たくね!? ちょっと揶揄っただけじゃないか」
「やられた方はそう思っていませんので。そもそも相手にして欲しいから、自分を見て欲しいからと言って意地悪をするのは最悪です。幼い男子がやりがちな失敗ですが、女性からは確実に嫌われます」
「俺キャサリンに嫌われてるの!?」
「厨房に出る黒い害虫よりは若干マシ程度にまで成り下がっているので諦めてください」
「酷い!!」
仲睦まじい? 姉妹を書いてみたかったのですが、何故かこんな話ができあがりました。
読んでいただきありがとうございました。




