第九話
その後、小野さんは猫愛について唐突に語り始めた。
おっさんやおばさんは大袈裟な武勇伝や昔語りをする傾向がある。
特におっさんの武勇伝は「それ、絶対盛ってるでしょ!」というものが多く、しかも何度も繰り返すため周囲にとってみれば耳にタコ状態なため非常に嫌がられる。
おばさんの昔語りは非常に、もうほんと非常に長くなる傾向があるため、これもまた嫌われる。
おっさんの昔語りの時間が五分と仮定するなら、おばさんは時間の許す限り語ってくる場合が多いのだ。
時間の許す限り、すなわちその後の予定が詰まっていなければ永遠に語っていられる、それがおばさん。
その話や話しぶりが面白ければ聞いていられるのだけど、大抵こういう人達は回りくどい上に途中で話が飛んでしまったり、思い出し笑いで勝手に盛り上がり、こちらにはその面白さが全く伝わってこないケースが多いため楽しめない。
目の前で猫愛を語っている小野さんはそのどちらにも当てはまらない我武者羅タイプ。
いわば、推しの普及活動を行っている真性ヲタに近いというか、そのものといった感じである。
小野さんは子供の頃から動物全般が好きで、自分の持ち家を持ったらそこで犬や猫に囲まれて暮らすのが夢だったのだそうだ。
勝山商事に入社してすぐ、当時事務員として働いていた現在の奥様と出会い、恋に落ち、結婚し、家を建てた。
付き合っている当初奥様は自分も動物が好きだとアピールしていたようなのだけど、結婚し、家を建てて、さぁ動物を飼おうとなった段階で、実は動物が苦手だとまさかのカミングアウト。
結局動物を飼うことは諦め、近所の野良猫や野鳥、飼い犬などを愛でる日々の中、たまたま出会った白黒ブチの野良猫の『のり平』(小野さん命名)が彼に懐き、彼の心に寄り添うようにそっと傍に寄ってきてくれたことにより猫愛に目覚め、現在に至るという。
驚くことに小野さんは、自宅周辺の野良猫や会社周辺の野良猫はおおよそ把握しており、先程見た黒猫様のことも知っていた。
「あぁ、奈美恵様だね、その子は。彼女はね、いつもならその辺にはいないから、そこで出会えたのは奇跡だよ!」
野良猫達には自分で勝手に名前をつけているらしく、あの黒猫様のことは奈美恵と呼んでいるそうだ。
普段は勝山商事の裏側、駅方面が会社の表側としたらその反対側を縄張りとして活動しているメスの猫らしい。
「彼女はいいよ。媚びない姿勢がまさに女王といった貫禄があってね、その生き様が実に素晴らしいんだ」
土佐犬が猫愛を語る……。
これはこれでかなりありである。
劇的な萌えではないけど、ギャップ萌えは確かに存在しているし、同じくフェチに生きるヲタ仲間として共感できる部分が多い。
なにより私も猫(に限らず可愛いものは全部)が大好きだから話を聞いていても苦にならないところが更なる高評価。
その後も小野さんの会話は止まらず、自身で撮影した猫達の画像まで見せながらの猫愛プレゼンは実に一時間半に及んだ。
何枚あるんだ?! というくらい猫の画像を所持していて、スマホの待受も、パソコンのそれも全て猫という徹底ぶり。
表立って猫グッズは置いてはいないと言っていたけど、ペン立てのボールペンの中に猫の手キャップを付けた物があったことを見落としはしなかった。
『うほぉ、まさにギャップ萌えですな! それを使う姿を是非とも見てみたい!』
こんなプレゼンなら何度したって構わないけど、他にも回らなければならないため、キリがいいところでお暇することとした。
帰り際、「次も君がきてよ。その時は今回と違うグッズもお願い」と言われ、どうやら私は小野さん担当と決定してしまったようである。
それだけでなく、個人的にうちの社で出している事務用品をいくつか注文もしてくれた。
あ、うちの会社はほんの少しの一般向け事務用品を扱いつつ、業務用の事務用品を手広く扱う会社である。
うちの部署は販促などの宣伝を行っているところで、主に企業向けのポスターやパンフレットなどの販促グッズの企画や普及を行っている。
仕事の内容を詳しく説明したところで全く面白味もないと思うので割愛するけど、宣伝活動の一端を担っているのがうちの課だ。
たまに販促ポスターのタレントさんと接する機会もあるのだが、タレント起用は会長が決めていて、今をときめく俳優陣ではなく、その昔花形だった方々や演歌歌手が主なため、会っても「誰?」という場合が多く、お得感は得られない。
他の部や課に比べたら華やかさはないけど、私はこの部署のこの課に配属されてよかったと思っている。
営業に配属された日には馬車馬のようにあちこちを駆けずり回る日々を送る羽目になっていただろうし、サポートやお客様対応の部署に配属されたら顧客からのクレーム対応で神経をすり減らす日々を送っていただろうことは容易に想像できてしまうからだ。
次の会社は勝山商事の最寄り駅から電車で三駅いったところの駅前のビルに会社を構えている『エイト・クリエイティブ』。
社長である『長野 英斗』さんのデザイン会社であるため『エイト・クリエイティブ』という社名で、会社規模的には大きくはない。
二年前にうちの会社のマルチコピー機を購入していただいた以降はお付き合いのない会社である。
今回は挨拶のついでに、購入していただいたコピー機の調子も聞いてくるようにとの司令を受けている。
調子が悪い場合、私はその場で修理ができるわけではないけど、修理のできる者と繋げて今後もお付き合い願おうという魂胆である。
エイト・クリエイティブは駅前のデザイナーズビルの三階に入っていて、ビルの外観が非常にオシャレで目立つため、どうやら待ち合わせ場所にもなっているようだった。
ビルの前でスマホをいじりながら立っている若者達がチラホラ見える。
残念なことにそこに萌えはなく、ちょっとしょんぼりしながら目的のエイト・クリエイティブへと向かったのだった。




