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おっさん観察日誌~普通のおっさんの中に可愛さを見出して悶えています  作者: ロゼ


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第八話

 十五分なんてあっという間で、もう目的地に到着してしまった。


 私としてはあと三往復くらいしても全く問題ないのだが、そんなわけにもいかないため、勝山商事の受付に挨拶をする。


「牧野さん、こんにちは。今日はどういったご要件?」


 勝山商事の受付嬢『山井 香』さんとは顔馴染みなので、顔を見るなりにこやかに対応してもらえる。


 山井さんはまさしく勝山商事の顔である。


 正確な年齢は聞くことが躊躇われるため知らないが、御髪は完全に真っ白で、少しだけ背中が曲がり、目尻の三本シワがとても愛くるしいおばあちゃん。


 山井という苗字だけど、実は勝山商事の現社長のお母様であり、その昔は勝山商事でバリバリと働いていていたその当時では珍しいキャリアウーマンで、定年後はボランティア なのかアルバイトなのかこうやって受付嬢をなさっているのだ。


 勝山商事の生きた伝説と言われている人物、それが山井さんである。


「いつもの挨拶回りです。岡田さんはいらっしゃいますか?」


「いつも大変ね。岡田は今日は急な用件で出てるのよ。小野ではダメかしら?」


「小野?! 副社長の小野さんですか?!」


「えぇ、その小野よ? 小野ならちょうど空いてるし、きっと暇だから相手してやってちょうだいな」


 岡田さんというのは挨拶回りの窓口のような方で、総務課の課長補佐のお姉様である。


 その代わりに副社長の相手をしろとはどういう了見でしょうか?!


 山井さんは社員のスケジュールまできちんと把握をしているらしく、たとえお目当ての相手が不在でも他の適任者に取り次いでくれるため大変有難いのだが、さすがに副社長はどうかと思う。


 副社長には以前一度だけ挨拶をさせてもらったことがあっただけで、きっと私のことなど覚えてもいないだろうし、急にこられても迷惑だろう。


「大丈夫よ。小野にはね、猫の話をしていれば上機嫌だから。取り次いでおくから行ってらっしゃい。小野は最上階の一番奥の部屋にいるから」


「は、はぁ……」


 もうヤケクソでエレベーターに乗り込み、最上階の、未だかつて足を踏み入れたことのない領域へと到着してしまった私は、現在、副社長の小野さんと向かい合って座っている。


 手土産のキャッ! トくんグッズを手渡したところ、どえらい食い付きを見せてくれて、少々面食らってしまった。


「猫がお好きなんですか?」


 そう尋ねると、キラッキラした目でこっちを見てきた。


『なんだその子供のような目は!』


 少しのトキメキを覚えたのは言うまでもない。


「わかるかい?」


 逆にわからないほうがおかしい。


「キャッ! トくんだったか……うん、いいよ、これ、すごくいい。これは誰のデザイン?」


「それは会長のお孫さんが描いたイラストをモデルにした物になります」


「そうかそうか、会長の! さすがだよ、いいよいいよ、実にいいよ」


 どこがさすがなのか、なにがいいのかわからないけど、五十代後半の、一見するとヤーサンにも見えるくらい強面のおっさんが、蕩けるような顔でキャッ! トくんグッズを愛でているという、大変貴重なシーンを目撃している。


「ねぇねぇ、これって非売品? グッズ販売されてる?」


 どんだけキャッ! トくんを気に入ってんだよ。


「そちらは非売品でグッズ販売はされていません」


「そうなのかー……販売されてたら注文したかったんだけどねぇ……残念だよ」


 会長はグッズ販売をゴリ押ししていたようだが、市場調査の結果「売れない」と判断したマーケティング部に却下され、顧客用の手土産グッズとしてだけ作られているキャッ! トくんグッズ。


 今日持ってきた物はその一部で、実は他にも色々とある。


「そんなに作ってどないすんねん!」と社員一同思っているのだが、会長の孫が喜ぶらしく、毎年続々と新アイテムが登場している。


 会長のポケットマネーで作られているため会社の損失にはならないので放置されているけど、グッズだけで現在二十種類以上ある。


「そんなにお気に召されましたか?」


「うん、すごく気に入ったよ!」


「まだ他にも色々なグッズはあるんですよ、販売はしていませんけれど」


「そうなの?!」


 他にもあると聞いて目をカッ! と見開いて身を乗り出してきた小野さん。


『ちょ、ちょっと怖いです! 圧が! 圧が! さすがにここまでくると萌え以前に恐怖です!』


 圧が凄すぎると萌えないのだと知った二十六歳の秋。


「どんなのがあるのかな? ねぇ、パンフレットとかない?」


「パンフレットはないですが……画像なら、こちらになりますね」


 少し前に撮影しておいたズラッとグッズを並べて撮った画像を見せると、スマホに穴があくんじゃないかというくらいガン見している小野さん。


 その姿にはちょっと萌えセンサーが働いた。


「全部欲しいなー……」


 ブツブツ言いながらも真剣な眼差しでグッズを見ている姿は推しグッズを吟味するヲタそのもの。


 こういうところは全人類共通なのだと実感する瞬間だ。


「ところで君、僕のことをバカにする素振りもないね」


 バカにする要素がどこに?


 なにを言っているのかと首を傾げると、小野さんが語り始めた。


「こんな強面のおじさんが、猫のグッズに目がないなんて、おかしいだろ?」


「? なにが?」


「こんなおじさんが猫好きなんて、みっともないだろ?」


「いいえ、ちっとも」


「本当に?」


「はい、誓って」


 突然立ち上がった小野さんは、興奮した面持ちで私の手を握り、ブンブンと振りながら「君みたいな子がいるだなんて!」と嬉しそうにしている。


 普通の女子ならこの時点で「はい、セクハラー!」となるのだろうが、私的には怖いと思っていた土佐犬が実はめちゃくちゃ人懐っこかったみたいな感覚である。


「あ、すまない! いきなり手を握ってしまって。申し訳ない!」


 我に返った小野さんはこっちが慌てるくらい深々と頭を下げてきた。


「大丈夫ですので、頭をあげてください」


 そういうと申し訳なさそうな上目遣いで顔を上げた小野さん。


 私の中では土佐犬にしか見えなくなっているが、シュンとした土佐犬は思った以上に可愛いのだと実感し、萌えを噛み締めていた。

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