第七話
外回りといっても私がやるのは挨拶回り。
「なにかあったら我社をよろしくお願いします」
という感じの、過去に付き合いのあったとこにうちの会社を忘れずにいてもらおう! ついでになにか仕事もらえたらラッキー! みたいなやつだ。
きちんとした営業は営業マンがやるけど、少し取引からの期間があいてしまった会社を中心に、時々行われるのがこの挨拶回りである。
他社はどうやってるのか知らないが、うちの会社はなぜかうちの課に回ってくることが多く、他の仕事もあるため非常に迷惑に思うこともあるのだが、拒否することもできないため行っている。
うちの会社のマスコットキャラである、会長のお孫さんが描いた猫をモデルにした『キャッ! トくん』は、左右のバランスが悪い耳と、どこから生えてるんだ? という髭が特徴の、まぁ、元が幼稚園児のイラストのため、なんともいえない仕上がりのゆるキャラだ。
そのキャッ! トくんグッズ詰め合わせの紙袋が手土産である。
たまに喜んでくれる他社女性社員がいるため、挨拶回りの際には必ず持っていく。
もらっても誰が喜ぶんだろう? というのが社員一同の総意(だと思う)なのだが、たまにこの微妙さが可愛いという変わった趣味の人がいるのだから、世の中はわからないもんだ。
社から一番遠くの会社から回り、徐々に会社方面に戻ってくるのがセオリーであるため、電車を乗り継いで四十分ほどかけて、まずは最初の取引先会社へと赴いた。
電車を降りて徒歩で十五分ほど行くと目的の会社に到着する。
この徒歩十五分は私にとって萌えを浴びるチャンスである。
当然、おっさん以外の純粋な萌えだ。
駅を出てすぐの横断歩道前で、私の望む、万人が「可愛い!」と言うだろう萌えを発見した。
母親らしき人物に手を引かれている幼児である。
まだ二、三歳であろう小さな女の子。
後ろ姿だけで可愛い!
親に結んでもらったのだろう、まだ毛量の足りないツインテールには、プラスチック製の丸いピンク色のボンボンが二つずつ付いている。
大きな襟にレースがあしらわれている白いブラウスを着ていて、渋めの赤に緑のチェックのワンピース。
足首より少し上まである白い靴下にもレースが施されていて、キャラクター物と思われるピンクと白のスニーカーを履いている。
もうね、本当に立ち姿だけで萌える。
許されることならばガッツリ撮影して時々眺めたいくらいに可愛い。しないけど。
その子の後ろに立って、信号待ちしながらもその子を目に焼きつける。
よく見ると肩掛けのくまさんフェイスのカバンまで下げている。
『くぅぅぅぅ! お母様、わかってらっしやる! そういうのマストアイテムですよね! 可愛いには欠かせませんよね! わかる、わかります! グッジョブです!』
隣のお母さんに感謝である。
信号が変わり、その子が歩き出すと可愛さは更に爆発する。
『その少し覚束無い足取りぃぃぃ! いいっ! いいっす! 最高すぎます! 可愛いっ! 芸術的に可愛い!』
大人よりしっかりしていないけど、懸命に歩くその姿は芸術作品と言えるだろう。
テトテトという擬音が最も相応しいような歩き方で、手を引かれた母親に必死についていこうとする健気も加わり、立ち姿の可愛さが百だとするなら、現在は五百くらいまで跳ね上がっている。
歩く度に揺れる、子犬のしっぽのようなツインテールも可愛さを増幅させていて、可愛さのテロである。
『歩くテロリストォォォォ! そのテロなら毎日でも構いません! むしろ毎日お願いします!』
このまま同じ方向を歩いてくれたらと祈っていたが、信号を渡り切った時点で私とは別方向に向かっていったため、その背中を血涙が流れる思いで見送った。
可愛いセンサーを働かせながら歩く道のり。
ビルとビルの隙間に入っていく黒猫様は一度もこちらを振り向いてはくださらなかったが、ピンッと立ったしっぽと、悠然と歩く後ろ姿がとっても優雅で、人に媚びない姿に少し痺れた。
車の窓から顔を出して楽しそうに外を見ている薄茶色のゴールデンレトリバー様は、終始舌を出して非常に楽しそうで、私の真横を通過して行った際に一瞬だけ目が合った(と思いたい)時は、脳内で盛大に鼻血を吹き出していた。
街には常に可愛いが溢れている。
養殖物も大変多いが、その辺は私のセンサーには反応しないためスルーできる。
今、目の前を歩いている女子は養殖物である。
「私、可愛いでしょ?」を体現して歩いているため、真の可愛いハンターである私からしたら偽物としか言えない。
自分が可愛いとしっかり認識している人が、可愛いを計算した上で取っている行動にはなんの魅力も感じない。
逆に、天然物は老若男女大好物だ。
歩きながらスマホに夢中になって、目の前の看板に気づかずに激突し、慌てて看板を直しながらも恥ずかしそうに周囲を気にし、顔を赤くしながら逃げるように去っていった男子高校生なんて、素晴らしいの一言だった。
思い切り看板にぶつかったのだから、本人はさぞかし痛かっただろう。
ゴンッと激しい音もしていたから、一気に注目も浴びてしまっていたし。
だからこそ、ぶつかったという羞恥心の方が勝り、見る間に赤く染まる顔のなんと素晴らしいことか。
男女共に共通していることだけど、大人になってからのドジ行動というのは、その直後に必ず萌えが発生するため非常にありがたい。
なお、ドジっ子を演じている系のわざとらしいものは論外である。
周りからしたらはた迷惑なだけなのだろうけど、私クラスになればそれすら萌えに変わるのだから大変お得だ。
世の中には萌えが溢れている。
だから私は幸せに生きていられる。
なにかと世知辛い世の中だけど、こういう無料の萌えがあちこちに存在している限り、私は幸せ全開で生きていける。
君も、萌えがどんなに素晴らしいのか実感してきただろう(誰に言っているんだ)?




